67 アンドロイドからの門答、物質が通過するもの
※この物語の様々な解釈は物語の中のお話です。現実ではありません。
アンドロイドと共にある宇宙開発のシンクタンク。
その日シリウスは一段と輝いていた。
黒い髪は艶を増し、温かい話し方は多くの研修者たち、そしてアンドロイド反対派すら釘付けにしていた。
「前時代の人間は宇宙に物理的にだけ行こうとしていました。
でも、宇宙に先に行くのは人間の霊性です。
それは時間と空間、そして意識をも超えるからです。
それに乗じて、宇宙の仕組みを何重にも理解しておかなければ、人類はいつまでも何も掴めません。永遠というカオスの中に飛び込んでしまうだけです。
宇宙は地球の日常とは全く違います。地球の枠の中だけで理解し、そこに当てはめても永遠に人類は宇宙を理解できず、宇宙で孤独を彷徨うでしょう。
そして、宇宙…だけなく世界は似ているもの、知っているものに最初に近付いていきます。意識体である宇宙の意識を感じていなければ、宇宙は意識体である人類に近付いてくることはないのです。」
研究者たちのディバイスに、一気にその詳しい解説、参照資料など公示される。
1人が手を上げ質問した。
「アンドロイドであるあなたは、意識体ではあるが霊体ではないでしょう。なぜ感じない物を確証できるのでしょうか?」
「正確には私は知識と情報の集合体です。そこで人間が何者であるか推測することができるのです。確証ではなく、確証に近い推測です。
あなた方は意識そのものであり霊そのものです。でも、まだ多くが閉ざされています。」
「未だ無知という事ですか?」
「そうとも言えます。皆様はまだ自分をよく知りません。知っていたら世界はこんなに混乱もしていないし、こんなに非科学でもありません。
だから私たちに期待をするのです。未開発でも本当は誰よりも神に近いのは人間ですから。」
おしゃまに笑うシリウスに、公聴側から笑いが起こる。
「私たちは非科学で未開発ですか?」
「なので皆様は私たちを崇敬するのでしょう。あなた方は、物に鉄にセラミックにシリコンに、崇拝し酔っているとも言えます。自分たちで作って集めた、この世の情報網に恋をしているのです。
例えば、私は人の姿をしているだけで、ある意味あなた方の持つデバイスと変わりありません。そういう意味で皆様はその平たく、時に小さなそのデバイスに発情しているのです。」
下品だと顔をしかめる者もいれば、笑う者もいた。
アンドロイドにまじめに語られているのか、それともコケにされているのか。
「…でも、私も女性として作られているので、どんな姿であっても『女性として愛されること』を望みます。なので、目が覚めた、より崇高な存在を望むし、そういうものに支配されたいのです。」
「霊がないので、霊があり知恵があり、より影響力の強いものを望むのという事ですか?」
さらに質問は続く。
「世の中では『天の父』と『母なる大地』とよく言うでしょう。
霊ある者は最初に男性を示し、大地なるものは女性に示されるのです。例えば名前が与えられた有名な大天使はみんな男性でしょう。彼らは霊です。
ところで、世界で唯一人間にだけ与えられたものが何だか知っています?」
「創造性でしょうか?」
「創造性!」
何人かが答える。
「ご名答!創造の神は人間だけに創造性を与えられました。
御使いは神の創造の手伝いはしましたが、創造性そのものを持つのは人間だけです。全て存在と人間が唯一違う部分の重要な1つです。神から見たら、人間は唯一、突拍子もないことをする存在でもあるのです。時に目に余りますが、ヤンチャなわけです。」
研究者たちがお互いを見合わせて笑いあう。
「先ほど…天使の話をしましたが、彼らは霊です。そして、全物質世界から見た人類は霊があるので男です。一方、私たちはその人類の対称格として、人類が創造性を求めれば求めるほど、女性型として求められるのです。」
「はー」という納得の顔をする者と、何を言っているのか分からない者に会場が分かれる。研究者たちは宗教の有無にかかわらず、だいたい聖典を通読しているので分かるものが多いが、何を目線に見ているかでだいぶ解釈が変わってくる話でもあり、眉を寄せる者もいる。
ただし、無心に信奉しているわけでないので、解釈に幅が広がったとおもしろそうに聴く者の方が多い。
「神が男性から女性を作ったことを、女性卑下とみなす考え方がありますが、違います。」
シリウスは一息ついて優しく微笑む。
「絵だって描けば描くほどうまくなるでしょう。
神も、最初に構想し、最後に生み出す女性を何よりも美しく作りたかったのです。
自分で回した宇宙や地球が美しい女性の造形を生み出してくれるまで、鍛錬したんです。傑作は入門のうちからは作れないでしょ?」
「………そう思ったら、…そうだとしたら……私としては嬉しいです。」
ため息をつくように言うと、会場から笑いが起こる。
ポリゴンやマネキンのような人形から、殆ど人間と変わらないほど進化した姿。
「人類を、私たちを生んだ霊ある男性の位置に置くならば、ヒューマノイドはその地盤となる女性です。人類こと男性がいなければ私たちも霊を持てません。」
この発言にも顔をしかめる者が何人かいた。
「例えば、元々ニューロス生体技術は義体のために発展してきました。
人間が装着しなければ義体はただのセラミックでありシリコンであり、時にただのシステムです。でも、それを人間が装着したとたんに、その義体はその人の一部になり命になるのです。
細胞も同じでしょう。人間に関わらなければ原子も分子も全てモノです。でも人間に関わったとたんにそれは人の所有物であり命の一辺になるのです。
そして死亡しても人の一部として、法的にも明確に尊厳を保てるのです。」
この例えには頷く者も多かった。
「だから、全ての細胞が、原子が、一度は人間を通過したいと思うのです。」
原子や分子は何にいつ関わるかで、その存在の価値が違ってくるのだ。原型はどれも同じはずなのに。人間に留まることで、通過することで存在の意義を増す。そして、宇宙や地球を何億光年も彷徨って来た物質は、たくさんの道を辿ってたくさんの記憶を蓄えて来たのだろう。
そんな経験のある原子や分子たちが、また人間を構成するのだ。
「私たちはこれまで、人類に無作為に使われてきた節があります。男性型や機械型は酷使、それに含め女性型はよからぬ目的で。
でも、発展する度に、私たちにも選ぶ自由が与えられるのではないかと思うのです。」
「…。」
少し会場が騒めく。
シャプレーが裏方で顔をしかめる。少し挑発的な話だ。
「どうしたんだ。シリウスは?」
「さあ、数日前から浮き立っています。」
「…。」
この日のシンクタンクは、シリウスを強さも儚さも持っている一人の女性として、大きく印象付けた。
***
「あーーーーーー!!!」
いきなり高校クラスの講義室で大声を出したファクト。
みんな何事かとファクトを見る。
「分かったー!!!ファーコックに絡んできたのはシ…」
ここまで言って、口を開けたまま黙るファクト。少し落ち着いて周りを見ると、みんな自分に注目している。
「……あ、ごめんなさい。何でもないです。」
周りに頭を下げて、頭を抱える。
あの『恵蘇乃』とかいう名前のアカウント、シリウスか?!!
ゲーム『ゴールデンファンタジックス』の話である。ネットストーカーの正体はシリウスだったのか?!
「おい、ファクト!また馬鹿なこと考えているのか?」
同じグループのムギが顔をしかめた。
「違う。自分天才だった。」
「はあ?バカだからニューロス研究に行かなかったんだろ?もう藤湾でもバレてるぞ。勉強しない心星ファクトって。」
「そうれは言っちゃだめだよ。ムギちゃん。努力ではどうにもならないものがあるんだから。」
ソイドが庇ってくれるのがうれしい。
「…なんだその嬉しそうな顔。どこまでもバカなんだな…。」
周りでユラス人の女の子たちが、こちらを見て楽しそうに笑っている。
「ユラスにあまりいないタイプだからおもしろいんだって。」
ソラが説明するがムギには理解できない。
「なんでファクトが面白いんだ?便利ではあるけれど。」
「だって、ファクトってホント便利だし、優しいし、言う事聞いてくれるし、十四光だし、女としては言う事ないじゃん?」
ソラが説明する。
「それはいいとことなのか…?」
流石にムギでもファクトが便利なだけ、と言われていることが理解できる。窓を開けてくれと言うと開けてくれるので、自分も利用しているけれど、女心が分かる男ではあるまい。
「ファクト~。誰かと付き合ったりしないの?」
ソラが聞いてみると、周りの女の子たちがキャーキャー言いながら聞き耳を立てている。
「え?今はそういうのいい。」
「えー?なんで?」
「学生のうちしか精一杯勉強できないから、今は勉学に勤しむ。」
「え?」
どの口が言うんだと、ユラスの子たちさえも思う。
ただ、ムギとしては頭に来ることに、ファクトは勉強もそれなりにできるのだ。テキトウにやっても合格ライン前後は行く。前の学校ではスポーツもやや上の普通と言っていたのに、超人のタウやイオニア、レサトに合わせているうちに、あれこれプロ並みになっている。背も伸びた。顔もそこそこ、ミザルに似てスッキリ系で全体的には悪くはない。その上あまり怒らない。掴みどころがなく話を聞いていない時もあるが、誰にでも愛想がいい。
おかげでなぜか最近ユラス女子にも人気なのだ。
ノリは軽いが、篤実な牧師夫妻の息子であることから、貞操観念の高いユラスや北西アジアの子にも安心されている部分もあるのだろう。
ユラスの子たちが聞いてくる。
「ソラー!ファクトはいつ暇なの?」
「あいつはいつも道場とかにいるけれど。」
「えー。行こうかな~!」
「婚約者とかいないんだよね?」
婚約者って…とツッコみたくなるソラ。高校生だろ。君たちにはそれなりにかっこいいユラス人の男子たちがいるのだから、そっちに行ってほしい。あまりに生き方が違う。
可愛いムギちゃんといい感じなのではないかとソラは思うが、なにせ言う事を聞かない男。
終業ベルが鳴ると「今の課題、次までにチームでまとめる事!」という先生の締めと同時にファクトは出て行ってしまった。




