58 新たなスタート
「え?ほんとサルガス?」
なんだか赤くなって笑い、チコは少し耐えてから話を戻す。
チコの反応に加え、なぜか一部周りが恥ずかしがっているので、さらにサルガスは恥かしくなる。シグマが何も語らず背を叩いて励ました。
チコは冷静さを取り戻し、無表情になって挨拶を始めた。
「えー。先ほどサラサから報告があったと思うが、みんな本当にご苦労だったと思う。おめでとう。」
拍手が起こる。
「とくに全体をまとめていた総リーダーであるサルガス…。クっ…」
と、言ってまた何か耐えている。
やめてやってくれ。
「副リーダーのヴァーゴ、タウ、ベイド、ハウメア。それからシャウラ、ライブラ、ナシュパー、ソア、ミーティアたちには感謝しているし、全員に礼を捧げたい。」
再度拍手が沸き起こった。
今日はシャムや久々のレサトたちもいた。
「で、タラゼド、イオニア。」
二人の方を向く。
「お前ら逃げんなよ?」
笑うチコさん怖いと思うギャラリーと、「はあ?俺の勝手だろ」という感じのイオニア&タラゼドである。
「カウスさんからは?」
チコの挨拶が終わると、カウスも一言と言うのでその場で立ち上がった。
「…感無量です…。」
しーんとする。
「皆さん…。
篭絡しないでここまで来てくれて…ありがとうございます!!!!」
ウオーーーーーー!!!!!
ここまで言うと、歓声が響く。
カウスーーー!!と、言う声まで響き、なぜかやたら感無量の男たちと、ガッツするカウス。意味の分からない盛り上がりを見せている。
「カウス先生!女子アナにも耐えましたーー!!!」
第2弾メンバーはまだ全員『傾国防止マニュアル』を聴いていないのか、それともカウスがアーツ担当を離れていたのであの講義を聞く機会がないのか、この騒ぎは何かと驚いている。
「何よりユラスとアジアの足掛けを作ってくれてありがとう。これはユラス人だけでは進めないことだったから。」
大房本人たちは何も考えていないようだが、アジアのごく一般人からユラスの入り口が開けたことは、外交とは全く違う発展の始まりでもあった。
三度目の正直。
初めてカウスが創設に関わった非営利団体が、壊れない基盤を築きスタートしたのであった。
感無量過ぎる。
「サルガス、タウは何か?」
「いいです。パスしてください。」
下を向いて、いいとサインを送るがチコに挨拶をしろと言われて、したかなくサルガスは帽子を被ったまま立ち上がる。
事情をまだ知らないメンバーから、サルガスさん?と小さなどよめきが上がった。
「あ、みなさん。今日までありがとうございます。1年前はこんなことになるとは思っていませんでした…。ベガスに関わる聖職の方や教官、VEGAの皆様に本当に感謝です。これから組織に職員やスタッフとして関わるメンバーも、そうでないメンバーもお力添えをお願いいたします。」
拍手と共に、サルガスの声と分かって再度ざわざわしている。言い終わって直ぐに座り込み、タウも軽く挨拶をした。
一旦チコが総事務局長に。サラサは外部顧問。サルガスがベガス事務局長。タウがその副となる。とにかく大房を抜かないでくれ!と大房議会に頼まれ、大房も盛り込んでみた。
もう一度サラサが仕切り、全員静かになる。
「いくつか皆さんに大切なことがあります。」
「まず、変わらないものと変わるものをよく見極めてください。」
「これは一切変わりません!!」
と、『傾国防止マニュアル』『命への道』を見せる。懐かしい。涙が出る。
「私たちの目標は、アジア、ひいてはこのセイガ大陸が、誰もが均衡な生活をすることができるようになることです。最終的には自身の力において、1人1人がその知恵と実践力を持ち合わすことのできる環境と教育を施すこと。他者と関わる、精神や能力を持つこと。」
みんな聴き入る。
全部聞いたところでローが言う。
「スッゲーな。誰がするんだ?」
「あなた方です!!」
響とムギ、そしてライもこっそり後ろのドアから入ってきた。
「実は、本音を言ってしまうと、あなた方が初期の段階でこんなにも残ると思わず舐めていました。なのでそういうことはあまり話さず来ました。皆さん固い話も嫌いでしょ?」
おいおい。はっきり言うなーと思うが、実はアーツの半分以上が自分たちもそう思っていた。よく残ったな、俺ら。
「そして、隣にいる人と語り合い、思いやる気持ちを持ってください。
とくにあなたたち!!!」
ABチーム当たりの男子たちを指している。ゲッと言う顔で見る。
「CDチームのようにもっと話し合い、協力や助け合いをして下さい!!!」
CDチームはゲームオタクな一心同体魂において、妄想ノートを温め合っているだけである。妄想は貪欲なのだ。
「そして、しばらくは気を抜かないように。
これからの事業は膨大です。おそらく最終的にはもっと多くの組織も関わり、そして新しいものが生まれ、新しい人も来ます。よい出会いもあれば問題も起こるでしょう。自分たちだけだった時とは違うことも多くなるし、思うように解決できないことも出てきます。
でも、それを受け入れて、今いる人も、後で来る人々も同じように親睦を広めてください。誰にでも関わるわけではありませんが、その心は持ってください。
時には自分たちが数か月掛かったことも、数日でこなしてしまう人が後から出てくるかもしれません。それも新しい力と受け入れて、これからも頑張ってください。」
途中でエリスも来てお祝いと感謝、祝福の祈りをした。
「皆さんおめでとう。」
初めてエリスが屈託なく笑った。
サラサは他にいくつか説明をして、深く礼をし解散した。
アーツはチコにおいても、初めて自身の名でエリスと共に連名で登記する団体となる。
これまでチコには、自身のそのもので名乗るものは1つもなかった。
***
全部が終わると、ウキウキ顔のチコがサルガスの近くに来た。
「本当にサルガスなのか?…」
「放っておいてください。河漢で子供に切られたんです…。」
「え!本当にサルガス君?」
どう考えても先しゃべっていたし、サルガスであるのに敢えてまた驚くカウス。サルガスはみんなにやたら敬称付で呼ばれる。
「切ったんですね!髪!!」
そして顔を見ると、なぜかカウスも赤くなる。
「前と違い過ぎて心の行きどころがない…。」
と呟くカウス。サルガスとしては、周りが恥ずかしがっていることがさらに恥ずかしい。
「カウスさんもやめて下さい……」
「まあ、これから公式の場にも出るようになるから、すっきりしていいんじゃないか?」
「はあ…。」
たくさんの有識者や役人の集まる場で、任命授与式や年末の報告会などもあるらしい。ここまで急に大きくなるなら、もう少し小さい規模で収めておきたかったというのがサルガスとタウの本音だが、お金、特に給与の事だけはこの方法が一番であり、最も重要項目の一つであるので仕方がなかった。
後になって世間に叩かれないためにも、アーツの個人経歴や前科などを隠すことはしていない。
チコが赤いまま変な顔をしているのに周りが気が付く。何か笑いが止まらないようだ。
「チコ、いつまでもやめてほしんだけど。何すか?その含み笑い。」
「だって…、ファクト大みたい…。」
何の話だとレサトたちと話しているファクトを見ると、なるほど。目のつくりがよく似ているし、少し瞼の形は違うが、茶系の黒目黒髪。どおりで警官が兄弟扱いする訳である。
なんだ。いつものファクトびいきかと白い目で周囲は見る。
「チコさんはファクトなら何でもいいのか…。」
「なんかもう、本人じゃなくてもファクトぽかったらそれでいいんじゃないか?」
出会ったときからしっかりし過ぎていて、非常に大人に見えるチコも、こういう時だけはとても幼く見えた。
「チコ!おめでとう!」
後ろから響がチコに飛びつくが、目の前にいるサルガスを見てみんなと同じ反応をする。
「えーーー?!本当にサルガスさん?かっこいいじゃないですか!」
嬉しそうに言い、ムギもジーと見ている。
「ファクトみたい…。」
やっぱりそう思う人もいるのか…。あの能天気な高校生に似ていると言われ複雑である。
「サルガスさんもお疲れ様です。私もできる範囲でお手伝いしますので、声を掛けてくださいね。」
響が楽しそうに言った。
そして、みんなにすっかり忘れられているが、今、大房のレストラン、アストロアーツの守護神はシャウラに代わってウヌク。彼も今日、整備屋の方をまとめるヴァーゴのじいちゃんと共に来ていた。
背がひょろっと高い、眼鏡を掛けたツイストスパイラル黒髪の男。
「かわいい子いるじゃん。大房にいない感じが新鮮だ。」
講堂を見回してクルバトやシグマたちにつぶやく。
「やめろ。殺されるぞ。蜂の巣では済まない。」
絶対に手を出してはいけない女性たちを見ている。
「というか、めっちゃ美人だし。」
チコの方まで指すので、その手を叩き打つ。ウチの帝王は不可侵領域であり、下手したら紛争になるレベルであることをウヌクは知らない。こいつにも『傾国防止マニュアル』が必要だなと思う男子ズ。やっと乗り越えた、カウスの銃創を忘れてはならないのである。
ちなみにアーツ男子の中で、チコさんはもう帝王であり大房のオバちゃんで定着している。何せ最近結婚相談所を始めているとかでみんなが騒いでいる。禁欲の後にそれは何だと言いたい。
その理由を問うと、新しい地域が人の住む1つの街として世間に認められるには、単身のようには動けない結婚した固定人口がある程度いることは、けっこう大きなポイントらしい。つまり、ベガスに夫婦で残ってほしいのである。若者は卒業、転職したら離れていく可能性も高い。
中高大学生はまだ学区以外の遠距離通学も当たり前で、寄宿舎生活ができるが、園や小学生に関しては一定内部人口がいないと非常に不安定な状況になるし、小中学校で家族別居はベガスの望むところではない。
また、東アジア人とユラスや西アジア人が同じ区域に共存できることは重要な目標でもある。もともとここはアジアなのだ。ユラス人ばかりで街を作っても仕方がない。
「そんなわけで、アーツの皆様。結婚したかったら言って下さい。強制はしません。ご希望で。」
と、チコが敬語で頼み込んできた。
「そうです!結婚は素晴らしいですよ!ねえ、総長?」
と、未婚のサラサが言うので説得力がない。
が、もっと説得力がなかったのは顔をしかめて言ったチコの返事であった。
「え?結婚って人生の墓場って言うだろ?」
と、思わずな感じでぼやいてしまい、チコを無視してカウスに振る涙ぐましいサラサであった。墓場と思っている人が婚活するなど何を考えているのだ。
以前カウスの失言から、もしかしてチコはバツイチか、ユラスで夫を亡くした未亡人かと推測を立てていたメンバーは確信に近い手応えを持つ。あまりに若く地位のあるチコに未亡人ですか?というのも申し訳なくて聞けずにいた。
でも思う。
おそらくバツイチであろう。
「旦那がイヤで離婚した系?」
と、さらに聞けなくなってしまった。
↓『傾国防止マニュアル』はこちらです。
前小説「36 宴」
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※小説に出てくる様々な制度や仕組みは創作です。




