4 大切なあなた
「チコーー!!!」
ベガス内ラボの一室に駆け込むチコの友人、ムギと響。後ろから総務のサラサも入ってきた。
「チコ!チコ!!」
ムギが一気にベッドに駆け込み、そして危ないと思ったのか、近くまで来て駆け寄るのをやめ、ベッドの前にしゃがんだ。
「大丈夫だ。」
チコは布団のシーツを握るムギを笑って撫でてやる。
「…チコ…」
そっとムギが顔を上げると先客がいた。
「あ、どーも。」
ファクト、サルガス、ヴァーゴ、タウだ。
「…。」
なぜこいつらがと、言葉がない。男性陣の方を見て変な顔をしている。
「ひどかったって聞いたけれど。」
響が心配気に近くの椅子に座った。思ったよりは元気そうだ。
「ちょっと手足を変えた。予備の。」
「………」
響は黙ってしまう。普通、手足なんて変えない。手足の予備とは何だと言いたい。
新しく着いたチコの手脚は皮膚ではなく、完全に外に機械の義体を表していた。いわゆるロボットである。ここで隠しても仕方ないと思ったのだろう。
動かしても無音だが、ファクトは音がするなら映画みたいに、ジー、シャーンシャーン、カシャカシャと動きそうな手でカッコいいと思ってしまう。口には出さないけれど。
今回、チコがなるべく肉身部分や結合部に負担を掛けない姿勢にしたため、機械部分だけの損傷で済んだそうだ。血は出たが捻った以外骨などの損傷はない。
「同じ時に作った同じSR社の同型機種のものだからすぐ馴染むと思うけれど…調整は技士によって違うからかまだ左右違和感があって。でもこれだと手袋でもしないと人前には出られないな。ベガスの技術では自然な皮膚をつけられなくて。余計な物付けるくらいならこのままでいいか迷ってる。」
ムギも響も話さないのでチコがそのまま説明するが、それをサラサが止めた。
「チコさん、死ななくてよかった。」
おいおい、率直だな、と思う男子ズ。
「でもね、もう少し自重して。あなたには今そういう役目はない。守られる側でいいから、総長、総監としてしっかり生き抜いてください。」
「でも、あの子…。助かっただろ。」
「そうね。それに関しては何も言えないです。でも、もう一度言うけれどあなたは今そういう立場ではないから。」
「……」
「あのね、チコさん。事故にあった子。どうなったか知ってます?」
「何かあったのか?」
「ケガよりショックの方がひどくて、カウンセリングを付けることになっています。ナオス族の中学生だったらしくて…。チコさんの関節が自分の目の前でねじっていてすごくショックだったみたいです。」
「!」
あの体勢で見えていたとは思わなくてびっくりする。
「あの、1つ確認したいんですが、チコの頭部は生身ですよね?」
サルガスが気にしていたことを聞いてみた。
「…いや、あの状態でこれ以上車体が押し掛かったら頭潰れていたし…」
「自分そのままの頭だけど。」
チコがサラッと答える。
「はーっ。」
サルガスが思い出し、ゾッとしてため息を吐いた。
「背中に回るウェアラブル装備を着けていたから、首や背骨も大丈夫だ。最近はずっと装着していた。よかった…。」
「首とか背骨とか、言わないでほしい…」
危険なスポーツをする大房の人間は、体が不随になるケガもややあるので、言われることがリアルに分かってぞっとする。それに骨はよくても筋肉や血管だってあるのだ。
今の科学では、人は一定以上頭部が胴体から分離された時、魂が離れてしまうことが分かっている。
魂と体が頭でつながっているからだ。一部脳機能が止まっただけでは、その限りではない。
線が切れたその時点で霊魂と肉体は別々になる。
霊性にまだ力があり体に戻ったとしても、霊線のつながりが切れてしまうと、憑りついているという形になるのだ。
本人の細胞や体を利用し似た義体を作っても、デジタルニューロス体や義体そのものが本人になるわけではない。どんなにオリジナルに似ていても別の個体になる。
存在そのものが分離したら、またそれは違う固体になる。分離したモノに対し統制力を持っていても、いつかは手放さないといけないし、コピーはあくまでコピーであって、同じ自分にはならない。
自分という統一体は世界で、全ての次元でたった一人。
肉身が死んだら死んでしまうのだ。
でも、この人には生への執着がないのか。ネジが一本とれているのか。普通の人は防衛本能が働いて、あんな恐ろしいことはできないだろう。
「チコさん一人の生死で、争いが起きたり勢力図が変わったりしますから、そりゃショックでしょ。自分のために族長家系に何か起きて。」
「あの子のせいじゃない。」
「あの子のせいでなくてもそういうものなんです。少なくともあの子は分かっているからショックを受けたんです。」
はっきり言い切るサラサ。
「今回カウスたちも状況確認ではなく、チコさんに付いて行くべきだったとかなりまいっていました。もっと人が必要ですね。」
そしてそれだけではないだろう。藤湾のあの敬愛ぶり、とファクトとサルガスは思う。
確かにチコが死に至ったら大きな騒ぎになりそうだ。
それにしても、族長娘か姪かは知らないがすごい力だと思わざる負えない。ユラスは男性家系と聞いていたのになぜチコ一人の状態で、部族の勢力図が変わるんだ。そんな人、南海にいる場合じゃないだろ。
「後でお見舞いに行ってあげよう。」
チコは窓の外を見た。
「お見舞いは何がいいかな…。女の子の喜びそうな物…お菓子?他に特別なものある?ムギなら?」
「…分からないよ。」
ムギが困ってしまう。
「私が買ってきてあげる。他に必要なものは?」
響なら頼りになりそうだ。
「お見舞い以外は動け次第起きて自分でするからいい。」
「…少し寝てたら?」
「放っておけない。サラサ、怪我した子の名は?」
「ニューと言っていました。」
「家と家門を調べておいてくれ。家族がいたら挨拶に行く。」
チコはアナウンスで誰かに伝える。
チコがここまで怪我をしたことも、ラボに入院していることもアーツは知らない。
シャウラ以外の新しいメンバーにもまだ言っていない。一応イータは総務も受けもつことになったので知らせている。サルガスは、警察もいない場だったら多分ケガした事実さえ知らされなかった気がする。
ムギが突然ファクトに向いた。
「ファクトもケガしてるな。間抜け。」
「え!どこどこ!」
チコが驚いてファクトを見た。
「這いずって出た時、地面でかすっただけだけど。」
フードをずらすと、いくらかの傷やかさぶたがあった。腕にも擦り傷があり、昨日のことなのでまだ赤い。
「医者に見せたのか?!」
「え、何もしていない。」
「傷が残ったらどうするんだ!」
チコが焦る。
「え、どうもしない。」
「ダメに決まってるだろ!菌が入いるだろ!医者に行け!」
「え、俺よりあの子の方が怪我してたからそっちが心配だよ。女の子だし。」
「そうだよ!いいよ!放っておきなよ。チコの方が傷がいっぱいあるのに!」
ムギが食って掛る。
「ファクトもまだ結婚前の高校生だろ!」
それが何なんだと思う、男一同。
引いているタウ、呆れるサルガスとサラサ、笑うしかないヴァーゴ。
「それに、ああいう場では少しでも打ったり、怪我をしていたら絶対申告しておけ!」
まあ、そうれはそうだろう。そこはみんな納得する。補償、保険の問題だ。
「チコって本当にファクトのこと好きなんだね。」
響がぽか~んと見ている。
「チコさん、弟離れしてください!もうファクトも来年成人です!」
タウが叫ぶ。
「え!この前会ったばかりなのに?!」
幾つの子供だと思っているのだ。
サラサの喝も飛ぶ。
「こんなに大きい子供にかまう必要はありません!自分の心配をしてください!!」
もうみんな、サラサに直のマネージャーになってほしいと願う。周囲のやり取りをよそに、当人のファクトはお見舞いのお菓子をつまみながらポケーと聴いていた。
『チコ様、外部からお客様です!』
その時アナウンスが入る。
「まさかSRから誰か来たんじゃ…。」
チコが青ざめた。
『ワズン・アクベンス様と申しております。』
「…ワズン?通してくれ。」
その人はすぐに駆けてくると、息切れしたまま部屋まで来てベッドにいるチコの方を見る。
「大丈夫だ。」
チコは落ち着いた感じで右手を振った。
「チコ…」
短髪青みががった黒髪で長身の男は、左右にいる自分たちに気が付くとそれぞれに頭を下げ簡単に自己紹介する。
「…チコ様の昔の仕事仲間でアクベンスと申します。今アジアの他の都市にいて…」
「…あ、どうも。」
「こんちは。」
最初に『チコ』と呼んだところからして、カウスやカウス兄と似た位置にいた人かなとファクトは思った。
そして、彼は焦った様子でチコの前に来て、少し驚いている。
「昨日までは、前のままだったのか?」
「ああ。けっこうもっただろ。」
彼はメカニック丸出しの左肩に触れようとして…
止まった。
「…無理しないでほしい。」
「大丈夫、サダルが戻るまですることはするから。」
「そうでなくて!…あなたがちゃんと生きて下さい…。」
アーツのメンバーや響たちはそっと席を外し、サルガスもファクトを引っ張った。ファクトは、小さくチコに手を振って出て行く。
ワズンはチコよりも憔悴しきっている感じであった。