53 アーツへの襲撃
すみません。気が付いたら7000字を超えていたので、2つに分けました。
前回部分の後半と同じです!
「だから…、いっつも遅すぎる!!」
サルガスが怒るのは、ベガスを管轄に持つ特警に対してである。
「サルガスがめっちゃ怒っている…。」
いつものごとく、警察にドリンクを貰いながら、サルガスの静かな激怒にみんなビビってしまう。
大房では見たことのないような、ガタイのいい警官たち。「こんな普通じゃない警官、おかしいだろ、怖いだろ!」と思うのに、サルガスはそんな警官をさらに責める。
「俺らで他の人間の安全確認もしたんですけど。」
「すまん。…でもお前らが片付けるの早過ぎたんだろ。」
先に帰った学生たちの帰宅も確認もし、藤湾の先生たちにも知らせ、全学校関係者に知り合いの安否確認や外出を避けるよう通知が送られた。
呼んだアーツは誰が来れるか分からないので、タウにも連絡。そのため数人が動いていたので、もう片付いたと他のメンバーにも連絡を入れるなどサルガスは忙しく動いていた。直ぐに動けるメンバーだけでないので、多めに呼んでいたのだ。
「それに、もう絶対に事情聴取は嫌です!」
疲れ切ったサルガスが半切れ状態だ。実は河漢でも毎度警察のお世話になっているので少し限界が来ていた。河漢警察はねちっこいのだ。
「イヤって言っても仕方ないだろ。俺だって嫌なんだ。なあ、1億7千万。」
「てか、もっと早く来てください。」
ファクトも警察に楯突く。
「通報が来て5分だぞ!ベガスでは早いだろ!」
「1分で来てください。ここにも交番置いてください!」
「交番はあるだろ!ただ、酔っぱらいの世話をしていた。」
「何すかそれ!警官増やしてください!」
「ベガスはまだ、舐められてるからな…。お前らがもっとしっかりした街にすれば上も動くよ。チコが凄まなかったら、特殊警察も置けなかったからな。」
「………。」
ユラス人がいるという事で軍は置いたが、始めは警察署すらテキトウだった。大学設立でやっと動いたのだ。ベガスの敷地なら今の3倍あってもいいが、まだ人口的にそこまでしてもらえない。
警察上司がファクトとサルガスを見る。
「…お前ら兄弟、やっぱり筋がいいな。公安関係に来るか?」
「ふざけないでください。プロとは違います…。前科持ちですし。」
「性犯罪、虐待、クスリとかでイカれていなければけっこう前科持ちは多いぞ。」
サルガスが呆れるがファクトはいつも間違えられるので一応言っておく。
「兄弟じゃないっすよ。」
「あ?でも似てるだろ。お前ら。」
「そうですか?」
無駄話をしているところに、シンシーが何事かと目を見張っていた。前科持ち?この人たちは何を話しているわけ?
ため息をついてサルガスはチコに連絡を入れた。
「チコにかー?やめてくれ。また嫌味を言われる…。」
「報告までが俺の責任範囲なので。チコの嫌味ならかわいいじゃないですか。」
「お前もそう思うほど擦れたのか…。」
ベガスで責任者にさせられて、相当揉まれたのかと憐れんでしまう。
リーダーとしては、それなりに大きな襲撃だっただのでメンバーが心配だ。
サルガスたちは河漢で多少暴漢に会っているが、こんなこと初めてのメンバーもいるだろう。ソラがこんな場面に遭遇したと知れば、タウ父母からベガス撤退を言い渡されるかもしれない。
まだボーとして座っている響の近くにいたシンシーがすごむ。
「何?ここではこういうことが頻繁にあるの?!」
「頻繁ではないが…無くもない。」
ファクトが言うと、シンシーは信じられない顔で見ている。ファイが「言うなよ」という顔でファクトを睨みつけた。
「ハッ!こんなところに響を置いておくわけ?」
今回は移民やスラム再構築に反発するチンピラみたいな奴らだったらしい。おそらく警察からもチコにベガス総長として連絡は入れているだろう。今のところ河漢の持ち場を荒らされている怨みの線が濃い。ただの嫌がらせか、バックに誰かいるのか。
でも、ファクトやサルガスは思う。これがもしただのチンピラでなかったら、軍が動くような人間だったら…。チコですら生死をさまよった。
そしてもう1つ。チンピラかプロか。多分自分たちにはまだ初動や雰囲気でそれが見分けられない。
力を入れ過ぎたら殺してしまうかもしれない。
油断したら殺されてしまうかもしれない。
この見極めができるほど力も経験もなく、味方であろうが他人であろうが命を預かる覚悟もない。
もし何か一つ違っていたら…と息をのむ。
それはシグマやキファたちも同じであろう。ショートショックも打ちどころしだいで殺傷能力があるのだ。
そして今回思い知らされたのは、守るべき人間がいる場合だ。
女性や実践経験のないメンバー。何より外部の客人に、先に帰った大学側の人物。自分たちが自由に動けないだけでなく、役職を持つという事は「責任」という大きな重みがあることも感じた。誰かの下に着くのとは全く違う重さがあった。
気の抜けていた響がハッと気が付いてタクシーから降りると、ファクトとサルガスに何か話し掛けた。みんな何事かと見ている中、失神して拘束された2人の男の方に行く。
そして、2人と共に周りに見えないようにサッと何かをして戻って来た。警察が何をするんだ?というように聞いていたが、「医者の卵の卵です!心配なので瞳孔を見てみました。フフ!」と言っている。
SR社に通っていたリーブラやキファ、ファイだけは何があったか察した。
全員の名前を聞いていた警官が響で止まる。
「ミツファ響?」
少しデバイスを眺めた警官はそこで他の警官と話し合っている。
「ここにいた状況と今夜から明日の滞在場所、連絡先だけ教えてください。後は別で対応します。」
実は、DPサイコスターには普通の警官は対処できない。ベガス警官も全然そこらの警官と違うのだが、それでも駄目なようだ。
響への簡単な聞き込みが終わると、あまり今日の観光に関わらないようにしていたキファが、思わず響の前に駆け寄った。
「響先生!危ないことするのやめてくれませんか?もう少し待っていたら、俺たちか警官が来たのに!」
キファも少々動揺している。それはそうだ。サイコスを使ってまた前のようになったら…。
「大丈夫。」
そう言って響は小声でキファに話しかけた。
「ピン!って少し彼らの意識を飛ばしただけだから…。」
指先を外に向けて弾く真似をし、安心させるように言う。
「何言ってるんすか!少しはリーブラの心配も考えてあげてください!とにかく大人しくしていてください!」
全くキファが笑っていないので、リーブラを振り返ると目が不安そうに揺れていた。リーブラがあの日泣いていた理由をなんとなく感じていたジェイもその横で心配そうに見ている。
それを見渡しながらシグマが考えた。
「なんかキファ。弟枠から、オカンになってないか?」
「ついにオカンですか。」
クルバトがささやき、シグマが思い出したように言った。
「つうか、響さん。ハーネス使えるんですね…。」
不器用そうなのに…と思ってしまう。
「10回投げて5回は巻けるよ!」
「え?50%?」
元気に発表する響に戦慄する。そんなんで相手に向かったのか。弱い相手じゃなかったらどうするつもりだったのだ。外れたら…もっと言えば味方に絡んだらどうするんだ!!
その横で、見ているしかできないリーオ。
動体視力のいい彼は、響の変化を見ていた。それにこの子はおそらく危険に飛び込んでいくタイプであろう。
そして、遂にシンシーが耐えられなくなり言葉を塞いだ。
「響!どういうこと?!危ない橋は渡っていないって話だったじゃん!」
「あ、あの…。これはそこまで危なくない…」
「何言ってるの?!これで?相手は銃を持ってたんだよ!」
「相手もショートショックだったし…。」
ショートショックは、刺激を与えるだけの電気銃である。ただ、当たるとかなり痛い。
「帰ろう!蛍惑に!!ほんとありえない!」
シンシーが警察に聞く。
「私たち、もう帰れますか?」
「ああ、もう少しだけ話を聞けば。皆さん被害者でここには観光ですよね。」
「ええ。それに何?あの小さい茶髪の女の子が関係しているの?」
「!」
研究室の様子を見ていたメンバーは、それがムギを指しているんのだと分かった。
ファクトが困ったように警察を見る。一番上司の特警のおじさんに「ムギ」と、口で伝えると、そういえばシンシーが来たのが蛍惑だと気が付いた警察が動いて止めた。
「お嬢さん。し!」
「何?!」
「おそらく今回の襲撃でその線はないです。それにその件はここでは、ここまでで…」
と、警官が人差し指を口元に当てるので、納得できないが口を閉じた。黙っていろという事だ。
「今日はホテルに行けないな…」
と、響がささやくとシンシーは遮った。
「何言ってるの!このままここに置いておけない!一度実家に帰るよ!」
「でも………」
シンシーが手を引くが、そこにリーオが割って入った。
「姉さん、ここは響さんの生活の場です。まずは響さんの話と意見を聞くべきです。」
響の手首を強く握った義姉の手を緩めさせた。
「まずはホテルに帰りましょう。いいですか?」
聞くと警察も頷いた。
キファが、お見合い相手ってこいつか?みたいな感じで、じっと見る。
「ナサ、後で送っていけ。」
は!と、警察の部下が返事をした。リーオは千秋楽後にそのまま少し休みを取っていたが、明日朝まで会社で取ったホテルに仕事仲間といる。
「私、今日は行けないよ。」
こんなことがあったし響はリーブラが心配だったが、リーブラは気丈に言った。
「大丈夫だよ、先生。こんな状況で説明もなかったら、不安で余計にみんな大変になるから。シンシーさんに先生の話せることは話してきなよ。」
大人びたことを言うので何とも言えない気持ちになり、響はリーブラの手を強く握った。
「ちょ、ちょっと待って。ホテルってなんっすか?」
キファが割り込む。
「安心して、シンシーさんと二人だよ。」
「シンシー?」
「先生の友達。」
リーブラが説明すると、シンシーと目が合ったので、キファは無言で会釈をする。
「響、あれは?」
シンシーが尋ねる。
「時々研究所に遊びに来るキファ君って言う子。」
「………。」
シンシーは苦水でも飲まされたような顔をした。男が多すぎる…。
オカンみたいに世話を焼くキファに怪訝な顔をするシンシーを見て、本当にここにイオニアが来なくてよかったと思う下町ズ。それに、響友達一行を見て思う。シンシー姉さん、口は悪いが身なりから立ち振る舞いまで自分たちとは完全に違う。響もきっとそういう世界の人間なのだ。
ここから早く響を撤退させねばと思い、早く聴取を終わらせてパトカーに乗り込むシンシー。リーオはファクトや周りにお礼をして手を振った。
「兄さん、ありがとうございました!」
「ああ、こちらこそ。」
チコが来たのはシンシーや響が去った後であった。




