52 敵陣と焼肉屋
ベガス駐屯の一角。
「はい!」
「何ですか?チコさん。」
「私、抜けてもいいでしょうか?」
「ダメに決まっています。」
今回はユラスの事で会議に出ているチコ。
ずっとそわそわしているので、気になるカウスが横から話しかける。
「ファクト関係ですか?」
「違う。黙ってろ。」
「教えてくれてもいいじゃないですか!」
「そこうるさい!」
ワズンが二人を黙らせる。
「チコが戻って来たからな。体制を変えないといけない。」
頬杖をついてチコは嫌そうな顔をする。
「俺、カウス、チコ。この中で誰かユラスに戻れと言ってきている。というか、ここは1人でいいと。カーフもな。」
チコは驚いた驚いて立ちあがった。
「何で私も?それにカーフはこっちでもらう約束だったはずだ!」
「ベガスが一定のモデルを完成したとして、学生たちのリーダー格数人を送り返せとも言っている。向こうでもさらに地域再構築をしたいそうだ。」
「まだこっちも完全な基盤ができたわけじゃない!」
南海とミラしかないのだ。
「…そんなこと向こうには関係ないからな。」
「くそ!」
チコはペッドボトルをぐしゃっと潰し言葉を続ける。
「取り敢えず、ワズン。お前だろ。」
「え?帰りません。ここ気に入りましたから。」
「はあ?なんで上司に逆らう。」
「カウスを行かせましょう。」
「私、今帰ったら離婚させられます。」
「じゃあやっぱワズンだな。カウスを返して私もこれ以上エルライに嫌われたくない。」
ワズンが嫌そうにチコを見る。
「じゃあ、ユラスに家族がいる…フェクダでいいだろ!」
「私は呼ばれていません。」
あー!と、チコが机を叩く。
「私を帰らすとか拷問だろ…。」
「…それユラスで言わないでくださいね。」
ワズンは小さくため息をし、机に伏せているチコに、雰囲気を正して静かに言った。
「…大丈夫です。やっぱり私が帰りますから。もう少しだけ仕事をしてからです。この状態であなたを帰らせるようなことはしません………。」
静かに笑ってワズンに、周りも静かになった。
会議が終わり、人が引いた部屋でチコはワズンに尋ねる。
「行ったり来たりでそろそろ疲れないか?」
「独り身ですからね。」
「結婚はしないのか?」
「…こんな身なので。」
ワズンは両手を出した。
「それくらい関係ないだろ。本国で申し込みがそれなりに来ているって聞いたけれど?」
「………。」
ワズンはチコを見て笑った。
「ここが気に入ったんです。襲撃があっても平和じゃないですか。」
「…ワズンはずっと荒涼とした場所が好きなのかと思ってた……。」
「そんなわけないですよ。」
「そういう場所を選んでただろ。」
「……派遣されるから仕方ないし、それでいいかなと思ってたから…。でも………」
「………」
「…もう少し足掻いてみようかなっと。」
「………足掻く?」
「サダルの件が片付いたら考えます。」
「………。」
「それまでは…………」
「………」
「ところで、用事には行かないんですか?」
「……煙たがられるかもしれないからやめとく……。」
「あなたが言えば全部パワハラになってしまいますよね…。」
と、笑う。
「……面倒な立場だな…。」
二人はしばらくガラス越しに見えるベガスの風景を見ていた。
***
その夕方。
セラリの二人が奢るという事で、この前の焼肉屋で来たい人全員での夕食になっていた。響の研究室の学生や仲のいい先生たちもついて来たので、20人を超えてしまった。
「シンシー姉さん。高校生以外は会費出しますので予算言って下さい!」
なぜかここでも仕切っているシグマ。もちクルバト書記官も、そして高校生のソイドとソラも遊びに来た。
「いいよ。こっちか押しかけたんだし。」
「つーか、ベガスに来たらこっちが奢るもんでしょ。」
「いいのいいの。お昼は奢ってもらったし。」
「だめですよ!人数が違います!」
最終的には高校生無料、学生は千円にし、それ以外会費で賄ったので、お客様にごちそうすることができた。話しやすいリーオは学生や先生に囲まれているが、明らかに時々響を気にしているのがファクトには分かった。ファクトは鈍感なのに敏感な男なのである。
「まさか、この焼き肉屋でシンシーたちと食べることになるとは…。」
響が複雑な顔で落ち込んだ。
「未来は分かんないもんだね。」
ファクトが一番いい肉を食べながらほざいているので、ジェイが呆れている。
「お前も金出せよ。むしろ一番出せ。」
そこでシンシーがハッとする。
「あ、それで思い出した!」
「あの、高校時代や制服の写真を見たいとか言ってた変態はどこ?!!一緒に住んでるとか、訳わかんないこと言ってた奴はどいつ?!!」
イオニアとキファであるが、二人ともいない。そして、制服どうこう言っていたクルバトは言ったこと自体忘れている。
「リーブラちゃん!あなたも私を煽ったでしょ?」
「えー知らない。」
そっぽを向くリーブラ。
「とにかく私の響に余計なことしないでほしいんだけど!」
「言ってませんしいい加減、幼馴染離れしてください。」
「あのねー。ケンカ売ってんの?」
無視するリーブラ。
アーツは今回も酒を控えた。それに気が付いたリーオも乾杯の一口以外飲まなかった。
飲み会が終わり、一同は挨拶をしてミラに住んでいる学生や先生たちと別れる。今回の大学メンバーに南海住まいはいない。
「リーオさん!また来てください―!」
「こっちも次のアンタレス公演見に行きますねー!」
先生たちに気に入られたようで、若い男の先生が酔って一言言ってしまう。
「僕も響先生いいなーと、思っていたんだけどリーオさんには負けるかな…。」
「ハハハ…。」
笑ってごまかすリーオ。多分今押しても脈はないのだ。
外に出ると夜風が気持ちいい。
まだ街灯が少ないベガス。
ここに新しい灯が灯っていくのか。それともこれが限界なのか。いつの間にかアーツは新都市の一部になろうとしている。
少し歩いてから別れようという事で、大通りまで出て来た。
「響~。ダブルルーム取ってあるから今日は一緒にホテル行こうよー!語り合おうよー!超ふかふかのお布団だよ!」
シンシー姉さんは少しだけ酔っている。
「ダメだよ。明日は仕事だし。」
「ホテルから出ればいいじゃん。まだ夜8時だよ-!子供の時間じゃん。リーオも近くのホテルだからバーとか行こうよ。」
「はあ?絶対ダメ。大人の時間は小2は寝るんだよ!」
リーブラが横で防波堤となる。
「俺?」
ファクトも反応する。なにせ背は伸びても頭は小2とよく言われるからだ。よくて小3だ。
「いいじゃん!1日くらい泊ってくれても!もう数年ゆっくり会えてないし、この前の帰省も飲んだだけだし!こんな機会なかなかないのに!」
ちょっと泣きそうなシンシー。セラミックリーバス。そんなに辛いのか。
「そりゃもう奥様だもん。いつも一緒に長居はできないよ…。」
響がどうしようもないという顔で言う。義家族同じ敷地にいるらしく、普通の家ではないので、まだ子供がいなくても独身時代のようにはいかない。
「姉さんは、ずっと響さんに会いたがってたんですよ。私も今夜は仕事仲間と過ごしますしバーとかは行かないので、少し姉さんの話し相手になってあげてください。今日は二人ではゆっくり出来なかったし。」
リーオが申し訳なさそうに笑って言うので、リーブラもかわいそうになってきた。
「今日くらいいいじゃん。」
シグマもよいしょする。
響の方を見ると、響もシンシーが少し心配そうだった。
「…先生、行くのはいいけれど、夜と朝、電話するし出れなかったらメールください。でも、ムギが怒るかも…。」
最後の一言は小さな声で言う。
「うん、大丈夫。ムギとは早めに時間を取ってお話しするよ。」
ムギが逃げた理由も気になる。
「分かりました。じゃあ、先生をよろしくお願いします。」
リーブラがそう言うと、シンシーは「リーブラ~」と抱き着く。
少し待つと、呼んだタクシーが来て止まった。
だが、少し不自然なことにファクトが気が付いた。
なぜか3台止まったのだ。
「響さん、おかしい…。」
ファクトが小さい声で伝える。シグマや数名もそれに気が付いたようだ。響がシンシーとリーオを庇うように立ち、ハーネスの入ったカバンに手を入れ装着する。シグマたちはファイやリーブラや高校生たちを囲うようにした。
案の定、タクシーから12、3人の男たちが出て来て、一番近くにいた男が響の手首を握ろうとした。
ファクトが咄嗟に上段蹴りを入れる。そして、もう一発、側頭部に横蹴りを入れ込んだ。男はズダっと倒れる。
「きゃあ!!」
と、シンシーが叫びリーオが義姉を庇う。その二人をさらに庇うように立っていた響が、シグマたちに向かう男にハーネスを投げた。ハーネスに巻かれて、2人が一気に倒れる。
そばで見ていたリーオも驚くが、シグマたちも目を丸くした。
「響さん?!」
銃を出そうとした男たちより先に、キロンとクルバトがショートショックを打ち込んだ。
ウガッ!と倒れる。
「ファクト。簡単にでいい。動きを押さえて!」
響が叫ぶとファクトが近くに来た別の男を背負い投げた。
「次行って!」
そう言って次の男に攻撃を仕掛けさせる間に、響は走って先倒れた男の方に行く。
その男が起き上がると同時に両腕を掴んだ。
そして目を見ると、何かバチン!と衝撃を走らせ、男は動かなくなった。
信じられない顔で、シンシーとリーオが見ている。周りも状況がよく分かっていない。ファクトは客人二人をこの場から遠ざけるように離した。
「響!」
シンシーが呼ぶがファクトに強く押される。
「体を低くしてこっちに!」
その間にシグマも蹴り入れられそうになり、腕でどうにか弾いて最近覚えたサイコスを打ち込んだ。ダン!と小さく衝撃を受けてその隙に蹴りを入れ1人倒れる。
さらにシグマたちの方を狙っていた他の男が、攻撃を仕掛けようとした時だ。
突然どこからか撃たれたショートショックが当たり2人倒れた。
近くの道場にいたサルガスやキファたちがバイクで走って来たのだ。
「響先生!」
一緒に来たバギスは男に乗りかかり、サイコス発動時の目つきになっている響にびっくりする。ファクトたちが他を当たっている間、大きな男が出てきて響を後ろから掴もうとした。響はとっさに後ろを向き、またその男の目を見る。
目が合ったとたんバチっと一部の人間にしか聞こえない音を出し、その大男も倒れ込んだ。
「はあ…っ。」
が、響も座り込んでしまう。
そこに、ハーネスを巻かれていたが起きあがった1人が響の手を掴もうとした。響が反応できないでいると、キファがバイクから飛んで蹴りを入れ込み、男が倒れると同時にそのまま着地した。
「響先生!」
「響さん!」
キファとリーオが同時に叫んで目が合う。
「先生ー!!」
しかし、それ以上に大声で駆け寄ったのはクルバトの牽制を振り切ったリーブラだった。
「響さん…」
リーオはそだれけ言って言葉がない…。
「………」
リーブラにがっちりつかまれた響は、少しだけ虚ろな顔でリーオを見た。
現場はサルガス、キファ他数名がいたことで、河漢用に渡されていた拘束帯を付け男たちを縛ると、あっという間に片付いてしまった。
「何々?なんでみんな争い慣れてるの?」
筋トレや合わせ稽古しか見たことのなかったファイは、驚きで口をあんぐりしている。
「先生、大丈夫?!」
リーブラは響のポカーンとした顔を確認する。そして両手で頬を軽く叩いた。
「響さん、どこかで休む?そこのタクシーの席に乗る?まだ地面冷えるよ。」
まだ夜は冷える日もある。ファクトが声を掛けるが、響は答えない。
ファクトはガッと響を抱き上げて、一旦タクシーの後部座席に座らせた。
「こんばんは。大丈夫ですか?私はベガスに所在がある組織アーツの責任者です。お怪我などありませんか?」
サルガスが、シンシーとリーオの状態を確認する。
「大丈夫です…。」
と、少し遅れて警察も出て来た。




