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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第十一章 in ベガス
52/110

50 蛍惑



響の故郷、蛍惑(けいわく)は、少し風変りな土地であった。


西アジア北方に位置し、豊かな山や川に恵まれる。


そこは仏教や儒教の聖地のようで、山々の裾にたくさんの寺や寺子屋、孔子廟などが存在し、修道を求める者を引き付けて止まない地であった。


数千年そうして過ごしてきた地域には自然とその子孫たちが繁殖していく。

朝は読経や読書。書物を好み、研究熱心。正道教宣教時代には他宗教であっても尼僧たちは宣教師や信徒たちをかくまい、語学から学術、工業分野まで熱心に諸外国の知識を学んだ。そのため儒教、仏道などをベースにした正道教信徒たちも増えていき、先端の学校や病院が次々に建つ。


近代に至ると、寺などを継がない子供たちは独立して工業経済の担い手に。最終的に蛍惑は、山と川、少し校外に行けば田畑が残り、寺院や教会、工場や倉庫も溢れる不思議なバランスの都市になっていった。



そして蛍惑はさらに数奇な道をたどる。


西アジア、北メンカル、ギュグニーなどの反自由政権が侵入してきた時、徹底的に弾圧に耐えたのだ。


坊主も武器を取り、教会や寺子屋を守った。そして、始めは連合国の手助けを頼りにしていたが、その時代のアジアにも自由圏主要国家にも、昔のような向上性と体力がないと悟った蛍惑は、戦闘能力の非常に高かったユラス、主にオミクロン勢力をを同盟に入れたのだった。寺などは信仰の自由に同盟の意味を見出し、経済人たちは自由経済の死守に価値を求め、ユラスも同じように頷いた。


ただし名目上は経済、技術同盟として。貿易や技術交流などを始め、ユラスは産業活性化の旨味を貰う。蛍惑には西アジアの入国規制が始まる前に、退役軍人や兵役経験のない人間を蛍惑に入れていく。反自由主義陣営も、ユラスを敵にしたくなかった。ユラスはオミクロン族を中心として、軍人でなくても一定の訓練を受けていたからだ。

統一アジア、連合国家はそこに乗っかるように、最先端のニューロス兵器などを提供。


ほとんど僧兵に近い蛍惑の僧たちと、命も惜しまず、当時戦車ですら人に敵わないとされるほどの戦闘員を持っていたユラス軍。近隣地域の防衛もしながら自由が確証されるまで、蛍惑はその重い時代を耐え続けたのであった。




***




寺や教会は蛍惑にいくらでもあるという事で、ステンドクラスも惜しかったが、天つ日(あまつひ)の迎賓館や剣崎邸を見ることになったファクトたち一同。


「へー!こんな所があったんだ!」

和洋折衷が織り込まれた建物群に感動するファイ。

「素敵だねー!」

響はこういう建物が大好きである。蛍惑の学校も一部旧侯爵邸であった。


「アンタレスに住んでいたけど、こういう所は今まで全然行ったことがなかったよ。」

「僕もです!」

ラムダやファイにとっては新しい世界のようだ。

「ファイー!ほらこっち!当時のドレスとか、民族衣装とか飾ってあるよ!」

「シンシーお姉さま~、椅子の布張りもすごいんだけれど!」

シンシーとすっかり仲良しである。


ワクワク見ているみんなを眺めてボーとしているファクト。

「ファクト君!」

リーオがニコニコ優しい感じで話しかけてきた。

「はい。」

「響さんの友人の弟でよかったんだっけ?」

「そうです。」

「ご兄弟は女性?」

「女性です…。」

「よかった。響さんモテるの?」

直球だな。

「モテ期だからいつまで続くか分からないとか言ってましたけど。」

「そっか…。」


「ダンサーは嫌だって言ってましたよ。とくに人が多く関わるバレエみたいな華やかな世界は。」

こっちもストレートで送る。

「え?!そうなの?」

「勉強や趣味が忙しくて、相手のために頑張れないって。スズメバチの焼酎漬け作ってた方が楽しいそうです。」

いろいろ省略して簡潔に言葉を送る。正しくは「モテそうな相手を繋ぎとめる努力はし続けられない。そんなの辛い。」という事だけれど超直球にしておいた。

「あと、今日はメイク盛ってるけど、ファイがいないと盛れないから、普段はで美人な盛り顔を保てないらしいよ。」

「………。」

悩んでいるのか。

「クっ」

いや。笑っていた。おかしい、ドン引きするセリフだと思ったのだが。


「…あ、そういえば高校生にこんなこと聞いちゃってごめんね!」

「いえいえ。」

「…まあ、こっちが努力すればいいか!」

なんだ、この陽キャ。陽キャが多くてイヤになるな。




***




その頃、アーツリーダーのサルガスは、河漢近辺のいくつかの施設と話を合わせていた。この先の都市計画のすり合わせなどである。


今日は、養護学校などの聴き取り。河漢にもそれなりにしっかりした設備の養護学校があり少し驚く。車道から敷地に入ればバリアフリーも整っていた。


その建物の中央階段を上ろうとした時だった。

階段の途中で、電動車椅子で立ち往生している女性がいた。タイヤの形が変わり階段も登れるものだが何か挟まっているのか。


「大丈夫ですか?」

「あ、はい。…なんか空回りしてて。」

無精ひげの怖そうな人が話しかけてくるので、少しビビっている。

「この車椅子いけるかな。」

抱えられるのは嫌だろうし、どこが悪いのか分からないのに抱えて動かすのも怖いので、タチアナと他の空いた男性スタッフを呼んで車椅子ごと2階に運ぶことにした。

「あの、重いし危ないです…」

「このまま階段にいる方が方が怖い。」

「なら…持ち上げ補助機能があります。」

「あ、これ?便利だね。タチアナ。いけそう?」

「OK、OK。」


「ひぃ!」

少し傾くので女性が怖がっている。

「お、重くないですか…。」

「大丈夫。」

「見た目より重くない。」

5段ぐらい上がると上階に着く。


「動く?」

床の上で再度動かしてみると、電気は稼働するがタイヤは動かない。


「なら少しそっちの椅子に移ろう。」

スタッフの女性を呼んできて可動ソファーに移ってもらう。

「何か挟まってるとかだったら今直せるし。そうじゃなかったら聞いてみないと分からないな。」

と、車の裏側を見るとタオルが絡みこんでいた。絡みこみ防止カバーがあるのだが、それが外れていたのだ。タオルをゆっくり引きながら、タイヤをスロー逆回転して取り出し、カバーを付け直したら修理はすぐに終わった。


「ありがとうございます!」

「このタオルは?」

「…少しほつれていますね。一度教室で誰のか聞いてみます。」

二人の見た目が怖いのか、引き気味だ。


タチアナがふと気が付く。

「…先生ですか?」

「あ、そうです。ここで数学と読み書きを教えていて。」

「お二人は新しいスタッフさんですか?」

「…俺らは河漢のまち整備の仕事で回っていて。障害者の方の状況や施設のことも知りたいし、外部からの意見もほしくて。」

「そうですね…。河漢は、親が登録や障害報告していない子もいるので、調べればもっといろいろあるでしょうね…。」


サルガスが気が付く。

「先生は…ベガスの移民ですか?」

髪は太めの黒いくせ毛。瞳は緑系グレーでやや彫りが深い。あまり見ない顔立ちである。アクセントも効かない訛だ。

「…半分はそうです。ベガスミラに住んでいます。」

ミラからここまで?

「失礼ですが、足が良くないのに河漢まで通うのは大変かなと。」

少し道を外れると、ゴミだらけで劣化した地下道。でこぼこ道も多く、機能していないエレベーターもあり、この施設はまだいいがトイレが悲惨なところが多い。

「車で来て車で帰るだけなので。」

「上司に聞いてみましょうか。」

「……?」

「希望でここに来ているならいいけれど、そうでなかったらもう少し通いやすいところにしては。」

「え!いいです!仕事があるだけでも十分ですから!」

タチアナとサルガスは顔を見合わせる。


よく見ると、カバンから見える教科書には大学の数学なども入っている。

「ベガスの大学の方に通われたら…」

「…いいです!私、ベガスの卒業生ではないですし。」

「養護学校が希望ならあっちにもあるし、人手不足と聞いていたので異動できると思いますが…」

「お構いなく。私…ヴェネレ人なんです…。あまり立場がなくて…。」


「……ヴェネレ?」

教科書やニュースにも出てくるので、名前は知っている。ヴェネレ人は、聖典の正統14家系で唯一現代に残ったヴェネレ族の血族だ。それより規模は小さいがユラスのナオス族くらい世界に知られている、頭のいい民族である。2つは比較されることも多い。

「…それにここの子たちも大切な生徒ですから。これから授業があります。」

女性は少し遠慮がちに笑った。


他の学校ならともかく、調査したところ河漢はやはり少し危ない。

中央広場周辺以外は、よく分からない人たちに絡まれることもあった。この学校は安全区域から一区画だけ離れている。敷地内の警備は基準をクリアしているという事で、予算の都合上元安全区域だったところが警備対象外エリアになってしまったのだ。移転しないならば、警備増強か監視カメラ強化スペースにしなければいけない。河漢でなかったら、完全にアウトである。一般の学校でもこういう事例があったので応急対処をしているが、ここも考えないといけない。


「分かりました。何か困ったことや希望があれば連絡ください。提案とかもあれば。」

サルガスは連絡先を伝えた。


「あと…先生。河漢、ベガス構築計画知っています?」

「え、ええ。大枠だけなら。」

「受け取り証明がいるんですけれど、資料や意見書見てみませんか?」

「意見書?」

「いろんな人からの意見があった方がいいし、ベガスからの教員なら受け取り資格があります。」

「あ、はい。」


「デバイスに送ります。」

「……」

「そう。ここ。こっちが専門家チームで立てた構想で、こっちに外部意見が入れられます…。」

時間がないので、簡単に内容を説明していくが、デバイスを指さすために近付いたら少し後ろに引かれる。

「……多分読めば理解できると思います。」

「分かりました。」

「……。」

女性は力が抜けたように連絡先を見て、一礼すると教室に入っていった。


「サルガス、怖がらせるなよ。」

「いや、お前も十分ビビられてたから…。」


こんな風貌でも、なぜかご老人と小さな子供には結構人気なアーツである。だが、若い女性はちょっと嫌なようであった。




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