48 気さくな人たち
倉鍵近くの日暈のホテルで待ち合わせをした4人。
他の公演関係者もここのホテルを取っていたのか、朝のロビーはやたらスタイルのいい人であふれていた。
「すっごーい。超かっこいいお姉さんとかいる…。」
「僕こんなとこに来たの初めてです。」
ラムダが勝手が分からなくてオドオドしている。
「響ーー!!!」
そこに現れたステキなお姉さま。
「シンシー!」
マナーも何もなく、響に飛びつく美女。
「おひさー!」
「元気だった?」
「元気元気!超元気!この服着て来てくれたんだねー!はー、かわいい!!」
「姉さん!」
小走りをしたシンシー義姉にやっと追いついたのが、おそらく義弟であろう。
ファイが一瞬硬直している。
ネットの写真で上がっていた雰囲気より背が高く見える。服に隠れているが非常に筋肉質だ。そして、顔立ち全体はキリっとしていたが、醸し出す空気は柔らかい。考えてみれば、わざわざ陰陽を付けるプロモーション写真と違うのは当たり前だろう。
「あ、えっと…。ごめんね!皆さんが響のこちらでのお知り合いかな?お名前聞いてもいい?」
「そう、この子がファイ。私のメイクとコーディネートしてくれたの。」
響が紹介するとファイが挨拶をして頭を下げる。
「えー!そうなの?!響では心配で!届いたとたんに放置するんじゃないかって!ファイさんありがとうー!サイコー!」
「え!その通りです。よく分かりましたね!でも、シンシーさんのセレクトが最高でした!」
「キャー!感動!!ファイって呼ばせて!」
「こっちがラムダ君。時々うちの研究室に遊びに来てるの。」
ラムダも自分でもう一度名乗って礼をした。
「で、こっちがファクト君…。」
シンシーと義弟はファクトを見て少し驚いてしまう。何の紹介もないと、響がなぜ連れて来たのか分からないただの若い年頃の男性である。ラムダもそうだが。
「…あ、彼は高校生で…、彼もうちの研究室に遊びに来ている子です!私の友達の弟で、私も…今は弟みたいな感じかな?」
「どーも。心星ファクトと言います!」
「高校生?!すごい!若ーい!」
若ければ何でもすごいと思ってしまう社会人。歳を取れば取るほど、若いはミラクルなのである。まだシンシーも20半ばだが。
「あ、私は響の幼馴染のリバース・シンシーと言います。」
響を抱きしめた時と違って、大人っぽく言うのでみんなが改まって礼を返す。
「で、こっちが夫の弟。昨日までずっと公演をしていました。」
「リーバス・リーオと申します。リーオと呼んでください。」
なぜかファクトの目がキラキラしている。
ファイが、何だこいつ?ダンサーに憧れていたのか?と思うが、ラムダは悟った。人気ゲーム機『リーオ』と名前が同じ。ただそれだけだ。その1点において、ファクトの中のリーオ株が爆上がりだ。
「兄さん、よろしくお願いします!」
ファクトが言うと、リーオが両手を出すので二人で固い握手をした。首脳会談か。
ラムダとファイも両手で握手をする。ウッキウキのファイは、握手した手を思わず頬に当ててしまう。
「スリムなのに肉厚…。なにこの見た目と触感のギャップ…。」
ファイがヤバくならないか監視しておけとリーブラやジェイに言われているので、ラムダは、
「トリップしないでください。」
と小声で目覚めさせる。
そして、リーオは両手を響の前まで持っていって止まった。
「ミツファ響さんですか?」
「あ、はい…。」
リーオが響を見たまま停止していいる。
「あ、リーオと言います。」
「…ミツファ響と言います…。ベガスの藤湾大学で講師をしています。みんなそう呼んでいるので、響とお呼び下さい。」
「あ、はい!響さん。」
はー、やだやだ。
これ、あの時のキファやイオニアと同じ顔してんじゃん!と思うファイ。男性ダンサーにモエても、公私は混ぜないファイである。今回の場合の「公」は響先生の護衛であるが、そこはきっちり分ける頭脳を持っているのである。リーオには萌えるが、「公」は果たすのだ。
握手の手を出そうとしたが、響があたふたしながら手を引っ込めたので、優しそうに笑ってリーオも手を下げた。
「姉さん、行きましょうか。」
無理をさせずここで引くとはうまいな、リーオ。とファイは思った。
「どうする?来る子がみんな若いって聞いたから、1階のビュッフェかいいかなーて思ったんだけれど。」
「シンシー姉さん、マナーに気を遣わないところがいいです!」
ファクトが即答する。
「じゃあ、ここでいーよね!アラカルトもほしいなら違うところだけど。」
「ここでいいです!」
なぜか最初から姉さん付きの呼び名になっているが、自然に受け入れる懐の広いシンシー。全員ですぐそこのレストランに入った。
朝モーニングをしていたのにさらに肉料理を盛るファクトを、みんな何とも言えない顔で眺める。
「ファクト朝食べてたのに。」
「あれは、朝、一杯のコーヒーみたいなもんだから。パンしか食べてないし。」
いくらお見合い的な雰囲気を作らないのがミッションと言っても、ファクトの食べっぷりに、常識として恥ずかしいファイとラムダ。これだけ見ていると、誰もファクトがボンボンだとは思わないだろう。ビュッフェの元を取る精神にあふれている。
シンシーが感心する。
「すごいね。高校生ってこんなに食べられるんだ!」
「運動してますから!」
「へー。ファクト君は何の運動してるの?」
リーオがちょっと関心を寄せてきた。
「格闘術。」
「え?格闘技、ってこと?」
「こうして、こう!」
背負い投げの動作をする。
「ラムダやファイもできます。」
「そうなの?!みんなすごいね!!」
「少しですよ。」
目がワクワクしているリーオ。子供か。
「ファクトは少しダンスするよね。」
ファイが言うと遂に乗り出す。
「え?どんなダンス?」
「…あれなんて言うの?」
ファイはジャンルなど知らない。
「え?ジャンルの事?俺も知らない。背中や頭や腕で回ったりできる。全部まとめてストリートダンス?」
スポーツ助っ人要員のファクトは言われた見たままに何でもするので、ジャンルなど知るわけない。食べながら答える。
「大房はいろいろあるからね…。雑種の世界だよ。」
と、ファイが言うとリーオがさらに輝いた。男の輝き、モエる。
「大房出身なの?!」
「大房って?」
シンシーは知らないようだ。地元民やローカルメカニック好きでなければ、知るはずがないマイナーな街である。
「今、響先生の周りにいるのは西方面からの移民や大房出身者が多いですよ。僕とファイも大房です。あ、テトリーはってことで、自分出身は倉鍵だけど。」
ファクトは自分のダンスなどのルーツを話す。
「ダンサーなら大房を知っている人は多いですよ!ウチのバレエ団にも一人います!…今回の舞台には参加していないけれど…。」
「ええ?そうなんですか?」
響は大房に行ったことがない。
「バレエ界じゃないけど、最近有名になった人だと…、ユンシーリとか!」
出たー。それサルガスを捨てた昔のカノジョーー!!
ラムダは知らないが、傷心の頃のサルガスを思い出して切なくなるファクト。ファイも話には聞いているので切なくなる。
「バレエじゃなくても見るんですね。」
「なんでも見るよ!モダンバレエだし振付もしているから!大房のスタジオとか行ってみたいです!!」
勢いにファイが押される。リーオ、積極的だな。
「ねえ、大房ってそんなに有名なの?」
響の方が大房を知らない。
「そこまで有名ではないと思う。一部の人がレアな世界で有名。タウとか。イオニアもけっこう有名かも。」
「そうなの?!」
「タウってパルクールの?」
「リーオ知ってるの?パルクールって何?」
シンシーも話がよく分からない。リーオ、なんだかんだマニアだな、とファイ、驚くしかない。
「ジッドのプロモーション出てた人!」
「そうです!」
ファクトと拳を当てあう。リーオとめっちゃ気が合うな。
ジッドは大手スポーツメーカーだ。
「ふーん。」
「え!生で見たいんだけど!ファクト君!どこに行けば見れるの?」
「今タウたちはいないけれど、他のみんなはどうかな…?月曜日はあまり早い時間には何もしていないと思う。」
「大房行きたい!!」
大房ファンなんて初めて見たファクトとファイ。しかもプロバレリーナなのに。
萌えを追いかけるファイ並みにキラキラなリーオに、大房よりあなたを見たい人の方が多いでは?と思ってしまう。
「イオニアも出てたんだよ。」
ファクトがPV見せると、遅れて反応する響。
「…え?!イオニアさんも?」
リーオが反応する。
「…知り合いですか?!」
「知り合いも何も…」
と、響さんを口説いた人ですとファイが言おうとしたところで、流石にファクトが口を塞いで止める。
「ファイ姉さん、あまり世界を広げないように…。」
「…?」
少し気になるリーオだが、今は聞かないでおく。
「ほら、これがタウで、これがイオニア。」
「へー。」
「かっこいいですね。ちょっと人間の域を超えていますね。」
ものすごい勢いで非常階段を手摺だけで降りて行ったり、公園の階段は1段も踏まずに一気に飛び降りていた。カメラワークやBGMもあるが、かなりスピード感のあるCMに仕上がっている。
「私、幅跳び1メートルちょっとだよ。足首ジーンとしないのかな?同じホモサピエンスとは思えない…。これCGじゃないの?こんなに飛べる人いるの?」
パルクールを知らなかった響がラムダと感動している後ろで、リーオがクスリと笑った。
「こっちのバージョンはキファも出てる。」
「これ、キファ君?よく落ちないね。キファ君って指示に従えるの?私なら3歩進んで死んじゃいそう。この短いPVだけで100回以上昇天できる。」
響節が出てきた出てきたと思うアーツ。このままリーオに嫌われてほしい。
「タラゼドさんは?」
「タラゼド?」
なぜここでタラゼドが出てくる。
「タラゼドはダンサーでもトレーサーでもないよ。」
「そうなの?」
「改装業してるじゃん。」
「ちょっと何?響はベガスの大学で漢方の講師してるんでしょ?なんなのPVに出てる人みんな知り合いなの?」
「みんなじゃないけれど、今、この人たちと住んでる。」
と、ファクトが誤解を招く言い方をする。
え!と固まるセラミックリーバスこと、略してセラリのお2人。
「ベガスに女子寮と男子寮があるんです。女性はルームシェアみたいな感じで棟も別ですよ。」
その誤解はよくないと、ラムダが直ぐに訂正する。寮は隣同士だが。
「え?だって響はベガスにいるんでしょ?皆さんは大房人だよね?」
「いま、大房とベガスで共同都市計画みたいな感じの仕事があって、大房民がアーツという組織でベガスに何人かいるんです。」
「はああ?!」
ラムダの説明にシンシーが驚き、そしてあの焼き肉の日を思い出す。
「あ!この前のヤンキーどもか!!」
シンシー、言葉がぶっちゃけ過ぎる。
「私、先生の横の部屋に住んでいます!」
ファイが元気に言う。
「あー!やっと話が繋がった!」
と、頭を押さえるシンシー。
「………。」
とてもきれいな姿勢で椅子に座ったまま、呆気に取られているリーオ。
話し込んでいると、食事を終えた他のダンサーやスタッフらしき人が次々リーオに声を掛けていく。
「こんにちはー!身内?紹介してよ!」
「姉さんの友達や知り合いだから。」
と、リーオが言うと、「ごゆっくりー」と笑顔でみんな手を振ったりして去っていく。中には、
「どの子が会う予定だった子?」
「今度皆さんもお食事しましょー!」
「リーオ、がんばりな。」
みたいなことも言ってくる。同じダンサーでも、大房とは客に対するパフォーマンス能力が違い過ぎる。もっとキリキリした世界かと思ったら、想像以上に皆さん人懐っこい。
リーオももっと固そうな男かと思いきや、超楽しそうで、ラムダやファクトとも仲良く話している。
シンシーと響は幼馴染同士少し内輪の話をしていた。
「あのー、皆さん。1つ私のお仕事していっていいでしょうか?一緒に行きましょう!」
食べ終わるとリーオがみんなを誘った。
***
「で、何だつーの!」
クルバト書記官の元に、ファイからの通信。
『あの目はヤバい。奴らと同じ目だ。』
「だから奴って誰なんだー!!名前を書け!」
リーオの目が、イオニアやキファが響を見初めた時と同じだったという事である。
『ファクトとラムダ、奴にあっという間に陥落。私はモエだけ押さえる。写真よりキメこんだ感じではなく、写真よりエモい。』
「ファクトの野郎…」
クルバト書記官の周りにいたメンバーが集まってデバイスを見ている。
『響さん、ほとんど目立ったことは話さない。きれいなお姉さんを持続中。』
「お、これはその3路線になるか?」
「まだ朝は始まったばかりですからね。分かんないっすよ。」
『敵は大房のファン』
「大房のファン?」
大房のファンがいるなど考えたこともない人々。
「ますます訳が分からん!」
リーオは大房に行きたくて仕方ないようだ。
「あいつらはなんでそんなどうでもいいことに頑張れるんだ…。」
メールに熱中している大房メンバーに、仕事中なのにと、呆れているサルガスとタウであった。