41 ベガスで会いましょう
みんなが帰った後に蛍惑の親友、シンシーに響は電話をした。
「うん、だからごめんね。連絡できなくて。」
『ちょっとホントびっくりしたよ。大丈夫だったの?おじさんに電話するところだったよ。そんなに大変な風邪って…。』
「ごめんってば。それに、お父様には連絡しないで…。」
『ごめん。そっちに面倒見てくれる人いるんでしょ?』
「うん、大丈夫。いっぱいいたから。疲れもあってね。連絡する気力がなくて…。」
『……そう…。』
ちょっと疑っていそうだ…。仕方ない…。
「あとね、先話してたプレゼントなんだけれど…。
やっぱり受け取れない!お見合いはできない。ごめん!」
『え?!…なんで?!』
「ここにやっと仕事の基盤を作り始めたばかりだから…。数年はアンタレスからは動けないと思う。」
『…。』
「お金は返すよ…。ごめん。」
『…。そっちに誰かいるの…?この前電話してたあのチャラチャラした奴らの誰か?!もしかして同棲っ??』
「ひっ!やめて!!!…それはない!でも……なんか今ちょっとモテるから、そういうこともあり得るかもしれないし…。」
『モテるの…?』
「よく分からないけれど…。ただのナンパかもしれないけれど…。」
ただのナンパになぜ反応するのだと、シンシーは疑問しかない。ナンパなんかになびく、そういう性格ではないことをシンシーは良く知っている。
『響…』
「ん?…」
『ただ、会いに行くから…』
「は?」
『ただ会いに行くならいいでしょ?』
「へ?遠いよ。」
『義弟も今度そっちで公演があるから、どっちにしても一度行くことになってるの!ベガスで会いましょ!』
「え!絶対いや!!」
『別に私たちは2人で会えばいいじゃない!』
「…2人ならいいけれど…。」
『あ。でも、今の舞台、アンタレスが千回記念公演で千秋楽だから、響の分も席をもらってるよ。』
「…えーーー!!!
お見合い断るのに行けるわけない!…チケットは誰かにあげて…」
『じゃあさ、こうしよう!一旦お断りの申し出があった話はするよ。』
「…ごめん。」
『でさ、義弟にその上でどうしたいか聞くから。』
「え?全部断って!もうしばらく結婚する気もないよ!」
『だからさー!アンタレスは東アジア第2首都機能でしょ?義弟はもともと観光したいって言っていたの!お見合い関係なく!取り敢えず聞いてみるね~。』
「ちょっと待って!」
『ごめーん。ダーリン呼んでる~。あ、服とかはそんな高いのじゃないし、勝手に送ったのだし、普通のプレゼントだと思って受け取って!じゃあね~!アイラブ響~!!』
「ちょっとてば!」
切られてしまう…。
唖然とする響であった。
***
昨日の午後、ミザルにすごい怒りをぶつけられたのはポラリスである。
なにせ、響の最後の術だけでなく、SR社での最後の面会の間寝ていたのだ。しかも知らないうちに響は転院させられている。この機会にも、起こしてくれなかった夫ポラリス。
正気じゃないほど怒り狂ってミザルは責め立てる。
「悪かった。」
「謝ればいい話じゃない!前の日にあなたに話したばかりなのに!!」
「ごめん…。疲れていそうで心配だったんだ。」
「そんな心配、今更することじゃないでしょ!」
一応プライベートスペースで言い合いをしているが、いつもと違うのは明らかにミザルが冷静さを失っていることだった。仲間たちは、ミザルが今いくつかの安定剤を飲んでいることを知っている。湧き上がる怒りを抑え、頭の突っ張り感を軽くする薬。胸の動悸を押さえる薬。胃腸薬。
「うう、ううっ…。うわ!!」
頭を掻きむしって、自分の手の甲を噛み始めた。
「ミザル!」
突き飛ばされ、もう一度近付くが何度か叩かれる。
「私の邪魔をするために来たの?!何が楽しいの?!!」
何度か言うと、今度は親指の付け根を噛み始めた。
もう一度ポラリスが近付くと、さらにいろいろまくし立てる。
ものすごい怒りと涙の形相で一度黙り込んでしまった隙に、ポラリスは暴れるミザルを少し抱いて無言で抱え込んだ。そして、ミザルの額に手を当てる。
キラキラした白い光が手から頭の中に入っていく。霊性が見える人間にしか見えなかったが、少しの気を送ると、ミザルは少し慟哭してまた眠ってしまった。
ドアを開けて、ポラリスは研究員のチュラを呼ぶ。
「ここまでひどいのはあの時以来だな。いつからだ?」
「ファクトが第3ラボに通うようになってからでしょうか…。ここまででは初めてですけど……。ファクトがベガスに行ってしまったことだけでなく、チコとあんなに気が合うなんて思ってなかったようですね。それから、目覚めないままのチコがここにいて……」
「……」
「そして、DPサイコスターまでベガス側が確保していたことも、ショックだったようです。」
ポラリスは少し考えて深いため息をついた。
「…。今日はミザルと家に帰ってもいいか?」
「その方がいいと思います。ただ、家に1人にさせないでください。」
「分かった。しばらく家で仕事をする。その間私が対応できないが、誰がチコのコーディネートリーダーに入る?」
「ワンシアは?」
「…お願いしよう。ナンシーズ、来てくれ。」
そう言うと、女性型ヒューマノイドのナンシーズが礼をして入って来た。
「ミザルを車まで運んでくれ。家までお願いできるか?」
「お任せください。」
ナンシーズはミザルに大き目のジャケットを着せ、周りから見えないように布団を被せると、ひょいと横抱きにして一番近い入り口から車に乗せる。ポラリスも急いで荷物をまとめる。忘れないように、引き出しからミザルの常用薬もカバンに入れた。そして少しだけ処方箋を見て、この薬でいいのか確認する。
ナンシーズは、スピカとカペラの次に高性能のニューロスアンドロイドだ。ワンシアは、昔から心星家とチコを知る年配の女性である。ポラリスがいない間、チコが自身において何を望み何が可能かを本人と確認していく。
ニューロスの施術の聞き取りは、メカニック的なものだけで基本5重にする。
本人の筆記と、2重コーディネイト。言いにくい人に本当の希望や思いを報告しない可能性もあるので、2人を別の時間に割り振る。最後は、ポラリスクラスの執刀研究員からの確認と、最終的な契約内容の発効。確認だけで十数人が関わる。
今夜だけ自分がミザルを見て、もし明日からファクトに数日看病を頼んだら、ファクトは中央区に戻るようミザルに言われるかもしれない。
初めてファクトが自分から選んだ進路を、大人の都合でなしにしたくはなかった。
チコのために研究室にいたい気持ちもあるが、ひとまずミザルが落ち着くまで、心配事はそれだけにしようと決めた。
「今度私にも休みを下さいね!」
車のドアを閉める前にチュラが笑って言う。
「あ、でも、チコの再調整の時は立ち合いしたいです!」
分かったと笑って、ポラリスは今回の帰国で初めて自宅に帰っていった。




