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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第十章 第3ラボ

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38 帰りたい場所



数人の博士、スピカが静かな研究室で響を見ている。

ポラリスも来ていた。


シャプレー、リーブラ、タラゼドは響の近くに。そしてサラサも後ろにいた。



響は大きな椅子に座り、DP(深層心理)サイコスを発動するときの瞳になっている。


リーブラはまた眠ってしまうのではないかと心配で震えたが、何かパチン!パチンと数回弾けた後、響は静かに姿勢を崩し、サイドボートに置いてあったペッドボトルの水を一口飲んだ。今日は、(こう)の香りも何もないシンプルな作業だ。


「これで大丈夫。痕跡を消しました。」

ニコッと笑う。


意識層ときちんと区別するためと、チコ以外の者が意識下にいたために追われないように撒いたのだ。

リーブラとタラゼドがいるためにその細かい話はここではしないが、術に関与したので念のため対処しておく。


「その弾ける感覚も区分のためなのか?」

「私の場合は。」

「……。」

シャプレーが少し考えている。シャプレーはそのまま現実と意識下を行き来した。しかし、そうすると人によっては現実世界と区別ができなくなり危険である。


「弾ける音?」

ポラリスにはそれが分からなかった。



メンタリティー(情的な)サイコスとサイコロジー(より原理的な心理)サイコスは厳密には違うが、どちらも相手に関与し過ぎない精神的強さ、もしくは無関心さが必要だ。自分に関心があり過ぎる人間も向いていない。


そういう意味では淡泊なシャプレーはサイコロジカルサイコスに向いていた。


SR社には冷静沈着に見えた響は、友人たちといると違う顔を見せる。むしろ感情的で、それを装っているようにも見えない。なのに、なぜ最も難しいと言われるDP(深層心理)サイコスができるのか分からなかった。


「30年以上私のサイコロジー系サイコスは啓発されなかった。それがここに来てなぜ?」

「…誘発された…かもしれないです。もともと潜在的にあったものが。」


それに関しては、ここにいる博士たちは異論がなかった。彼なら十分あり得る。



「では彼らも?」

リーブラとタラゼドを見る。

「…外部からの物理的刺激なので、おそらく違うでしょう。霊性と区別がつかないこともあるので、もう少し見てみないと確定したことは言い切れませんが。心理層に霊性も通う事ができます。少し不思議なものが見えたとしてもサイコスとしてではないし、サイコスターに影響されているのみの可能性もあります。」


タラゼドは考える。

あの時、研究室に入った時、香の中に揺らぎと振り返る響が見えた。あれはサイコスか、それとも霊性が見せたものなのだろうか。



長年の研究者たちも、ここでは霊性とサイコスの違いが分からなくなってくる。世界には圧倒的に霊性を扱える人の方が多い。

「霊性…?サイコス…?だんだん分からなくなってきた…」


「でも、間違っていけないのは、霊性は固形でないが形ある人間や世界の「本体そのもの」であり、心理は「心や記憶の反映」です。言葉選びが正しいかは分かりませんが…。

これを見失う人間にはサイコスは扱えません。」


響はこれに関しては言い切る。



「君はそれをどこで習ったんだ?蛍惑(けいわく)の学校か?誰かに付いて?」

博士たちも話し出す。

いつもの響に戻って思い出そうとする。

「うーん。…学校とか…教会とか?」



ほぼ新教と区別がなくなった旧教、多重信仰なども含め、正道教は現在世界半分を占める。こんなことを教会で学べるなら、人類みんなサイコロジカルサイコスターだ。絶対に違う理由がある。世界を圧巻しているSR社でさえ、これまで専属のDPサイコスターはいなかった。


ただ、響の持つ知識は、原理的には学校や教会で学ぶ神学原理論と根は同じである。


「通っていた教会は、蛍惑ペトル校内と他はどこだね?」

蛍惑は商工業を中心とした中規模都市である。

「あそこにサイコスターや高位霊能者いたか?」

「あの蛍惑だぞ。」

「悪い。忙しくて調べてない…。」

「……。もっと話が聞きたいな…」



サラサが止める。

「他にご質問は?今は一般のメンバーもいます。簡単なもので。」


「リーブラ氏と…タラゼド君。君たちはなぜ、あそこで指を鳴らしたのですか?」

いきなり話を振られて、タラゼドは逃げたくなる。こんな博士たちの前で何を話すのだ。


「響先生が音でもいいと言っていたからです。それだけです。」

リーブラが普通に答える。

「なら手を叩くとかでもよかったのでは?」

「先生は指鳴らしを頑張っていたから、その方が共鳴できると…。必死だったからそれだけかな?指が鳴らなくて、先生練習してたから。」


「指鳴らしができないのか?」

「本当にそれだけなのか?」

誰も起こせないし、1週間も寝ていたのに、指鳴らしで起きてしまった。

(こう)ではだめだったのか?それが要になるのでは…」

博士たちが一斉に響の方を見る。


「他人が介入したから、ちょと混乱したんです!」

なぜか響は怒り出し、機嫌が悪くなる。


「深層の中で起きてみたらチコが追われていたから、あの男とを引き付けて撒いて…。途中でチコはこっちに…」

3日後にチコが起きた時のことだろうか?響は何やら慌てて説明している。


あの男の存在や、響が首を絞められていたことなど知らないタラゼドは、言葉にしないが正直驚いてしまう。本当はかなり危険だったのではないか?


「…だーかーらー、それ以上はプライベートです!!」


は?思うSR社一同。

「今後に関わってくるかもしれないし…」

「プライベートです!!!」


プライベート…。今回の件で響には説得してSR社まで来てもらった。しかも外部の人間。確かにプライベートと言われれば、これ以上追及もできない。


「ここで、他に見えたもの話します?チコの中のSR社にいる皆さんも垣間見えましたよ?」

ギョッとする研究陣。


人によっては苦い顔になってこれ以上の追及はやめることにした。

チコの心理や記憶の中の自分たちを、普通に見られるだろうか…。


答えはNOだ。




響は言いたくなかった。


あの男がしつこくチコや響を探した時、一瞬出口を見失いそうになった時、あの場所に帰りたいと思ったのだ。


そう、研究室の前。あの場所、あの時に…。リーブラもいて、彼もいて……

なんだか楽しかったから…。


と、そんなことは、響の思いでありSR社の社員にまで知られることではない。話すにしても、アンタレスの母代わりのデネブに話したい。


「話すべきことはきちんと話しますので、放っておいてください!」

プリプリ怒っている。


そんな響を、興味深く見るおじさん。

「君、おもしろいね。今度お茶でもしよう。」

いきなり変なことを言っているのは、ポラリスである。

「先生をナンパしないでください!」

ポラリスはリーブラに怒られたので、ちょっと控えめに言い直す。

「じゃあ、君やファクトたちも一緒にお話ししよう。」



ポラリスは気が付いていた。


彼女がDPサイコスターとして動けるのは、家系の性質がいいのと、うるさいのにあのさっぱりした性格もあるのだろうという事を。

響の家系は歴代夫婦仲が良く7代かそれ以上に浮気、離婚がない。霊性が分かるようになった新時代ならともかく、7代も遡れば紊乱がはびこっていた前時代。非常に霊線がきれいで先祖の加護を受けやすい環境だったのだ。逆に不器用でも7代保っていれば、それは試練を越えた強さと、魂の安定と、何かの突破口に繋がる。彼女の霊線が乱れていたら、おそらく心理層の方に取り込まれていただろう。


そして蛍惑という、土地柄もあるかもしれない。


最初に経歴を見ているのでSR社側もそれは感じていたが、性格そのものが向いていると思ったのはこの時点でポラリスだけであった。



「ああいう子がお嫁にほしいなあ…」

とつぶやくポラリスに、博士たちはまたかとため息をつき、アーツ陣は「はあ?」と反応する。ポラリスは仕事中に意味不明なことをしょっちゅう考えているのだ。



まだ、何が原因でチコが起きたかは特定できないが、この後の話し合いで研究員たちは、DPサイコスがやはりチコを引き戻したのだと感覚的確信は得た。





サラサにリーブラ、タラゼドが席を外してから、響はあの男とチコが心理層で近い状況を有しているとSR社に説明したのだ。そこからチコを助けにチコに入ったと。


それは、すえた匂いの、でも乾いた荒涼とした室内。ファクトからの聞き取りとも幾つか一致する。


ベガスにも情報があるとはいえ、ユラスの人間はあれこれ話はしないだろう。

あの男とチコが肉親だという事を。


でも、響は既につながりがあると気が付いている。


そして、あの男はアジア文化圏ではなく、そうだとしても西寄り。もしくは文化的教育を受けていない環境にいた可能性も示唆した。

東アジアの人間なら東洋五色を知っているはずだ。子供の教科書にも出てくるし、城や寺など観光地にもある色。メディアでも流れるので白赤黄くらいは言えるだろう。人生のどこかで見ているはず。


でも、彼は何も知らなかった。



響とファクトの話を繋いでいくと、いろいろ現実と繋がっていく。



しかし、久々にたくさんの話をして、疲れた響がもう一度休みたいと言ったため、ここまでとなった。




***




「ねえ、タラゼドさんが最初に私の顔を見たでしょ?」

個室に戻った響は、ベッドで横になってうらめしそうに見る。


「…起きた時はな…。」

何を言い出すのかとタラゼドは思い出そうとするが、瞬間的な話でなければ、シャプレーやリーブラも同時だ。それ以外あまり覚えていない。



「…私、ヨダレ垂らしたり、白目むいてたりしなかった…?」

「は?」

またどうでもいいことを言い出したと、タラゼドは響を見た。目を開いた瞬間を見たというだけで、それ以上でもそれ以下でもない。しかもそんなことよりも、あの時一瞬いつもの顔つきと違ったことの方に驚いた。


「友達がさ、泊りの時半目が開いてるって言ってて…。変な顔してなかった??!」

「そんなの見てもない。あの社長や介護の人、あとファイやリーブラたちに聞いたら?」

「リーブラや介護さんはいいの!今更だし!みんなが集まった時、変な顔していなかったかな…って。」


「先生大丈夫。私がちゃんと整えてあげたから。カメラも動いているって聞いたから、ちょっと化粧もしてきれいにしたよ!」

「うう、リーブラ天才!」

「……」

変な女同士の友情を見せられる。


「じゃあ、俺帰るから。」

「あー、だからなんでタラゼドはいつもおもしろくないの?!響先生、暇なんだからちょっと遊んで帰りなよ!介護さんももう全日はいないから、先生さみしいよ。」


「疲れたなら寝ろよ。」

「あのねー!あんなガチガチな尋問の場所と、自室では疲れ具合が違うの!先生も少し話したいよね。」

響を見ると、布団を頭からかぶってタラゼドを見ている。

「…うん。」


…うん?

何だ?と思って、目の前の椅子に座り直す。

「で、何?」


「何とかホントつまんないよね。何か話していればいいじゃん!コーヒー淹れてあげるから。」

「飲み物はいらん。」

「うるさい!黙ってお茶でも飲んでなさい!」

お茶のペッドボトルを投げられる。


「………」

「……。」

話せとか言われると話すことが分からない。


少し遠くでデバイスを見ているリーブラ。

しばらくすると、響は布団を被ったままくーくー寝てしまった。



タラゼドは肩まで布団を下げて、リーブラに「ベー」をされながら静かに席を外した。




***




今日も晴天。



オレンジの香油が漂う。


「チコ…。首が動いたんだって?」

カウスがチコのベッドを覗く。


響の件が終わってから、サラサもカウスが先に来ていたチコの部屋に向かった。


瞳がカウスの方へ動くと同時に、首もぴくっと動いた。

「チコ……。」

カウスが何とも言えない顔をし、サラサもベッドを覗く。



「お茶をご用意しました。どうぞ。」

ユラス女性が、カウスたちにユラスのお茶を用意する。


「少し報告ね。」

と言いながらサラサと席に着いた時だった。



「ファ…」


「?」


「…ファク…ト…?」



全員が立ち上がる。



「チコ?!」

「チコ様?!」

「チコさん!!」

と、同時に叫んでしまう。


「ファ…クト…いる?」


「チコ?!話せるのか?!」

カウスが駆け寄る。



「…誰…?」


は?と思うカウス。

全員血の気が引く。カウスが分からない?


え?

記憶喪失とかそういう展開??

そんなのあり?


と思うカウスであった。




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