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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第十章 第3ラボ
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37 退院を目指す



次の日ファクトは学校前に、朝一で第3ラボに向かった。



裏門から入館し、母のプライベートルームに行く。すると直角折りに2つの簡易ベッドが繋げてあり、二人は頭と手だけ近くして、ポラリスはミザルの手を握って寝ていた。


湿度温度調節はされているのでそのままでも快適だが、父のずり下がった布団を掛け直しておく。


ここはデバイスとパソコン以外に機密事項はないので、ファクトもキーをもらっている。デバイスも本人しか作動できず、キーも本人の許した人物に、許した状態でしか開かない。この時間に寝ている母を見るのは久しぶりだった。寝ているところ自体ほとんど見たことがなかったので安心する。


差し入れだけ置いて、今度はチコの方に向かう。




こちらは、入館の段階から限られた人しか入れない空間になり、あとは西洋の屋敷のような普通の家のような感じに作られている。


「おはようございます。チコ、大丈夫ですか?」

大きな戸を叩くと、連絡を入れておいたユラス女性が戸を開けてくれた。

「おはよう、ファクト。」

「おはようございます。チコは起きてます?」

学校に行く前に顔を見たいとユラス女性にお願いしていたのだ。


直ぐベッドに向かい挨拶をする。

「チコおはよ。元気?」


『元気なわけないだろ!何で昨日、ほとんど話さずにいなくなったんだ?』

小さい声で答える。

「それは今度、サラサさんから説明聞いて…」

そして袋から1つ取り出す。

「チコ、マンダリン好きなの?それともオレンジ?」

『…ミカンやマンダリンでもいいけど、今はオレンジかな。』

「なんで好きなの?」


『…そっちこそなんでいきなりそんなこと…。』


「父さんがチコがマンダリンの香りが好きだって言ってたから。」

『…タニアはミカンの方がよく採れるからかな。ポラリスが好きだったから…』

「じゃあ、オレンジは?」

『………』


昨日まで響が眠っていたので、まだチコは何も知らされていないはず。チコは複数人が心理層に入ったことを知っているのだろうか。


チコにオレンジをあげていたのは…多分カウスの亡くなったお兄さんなのではないか、とファクトは思った。あれが現実の記憶ならば。


『忘れた…。気分だよ。なんでもいいよ。』

「そっか。あとこれ。リーブラから。」

オレンジとマンダリンの精油と香油のポット。目線まで持って行ってサイドテーブルに置くと、少し首が動く。

「使い方は…。忘れた。」

検索するが、よく分からない。要するに関心がない。



「まあ、ユラスのアロマポットですわ!精油もそうね!」

掃除をしていたユラス女性が嬉しそうに言う。


『アロマ…?アロマって?』

(かおり)のことだけど知らないの?」

小声で聞き返す。


『香?芳香のことか?…いつからそんな乙女になったんだ…。』


血と火薬や人間のすえた匂い、消毒臭、腐敗臭、カビや埃臭さ。そんなものに囲まれてきたチコは、急にファクトがかわいい話をし出すから心配してしまう。しかもミカンとかオレンジ臭とか。そういえばアーツはやたら、デオドラントとかしていたな。ファクトも色気付いたのか…。なんだか切ない。


ファクトでなくても、スポーツ系の中高生はそれくらいしている。が、そんなティーンな世界のことなどチコは知らない。ちなみにチコもカウスたちも、戦場やサバイバルでもない限り、そのくらいはしている。



「あの、チコ。首が動いているけれど…。」

「ほんと?!」

ユラス女性が驚いているのを見ると、どうやら初めてのことらしい。うれしく思うが、体機能が完全に戻るとはいいがたい現状だ。自分の力で復帰できないと、かなりニューロス技術に頼ることになるので、それは避けたいとポラリスが言っていた。


「チコ、よかったね。」

温かいおでこに手を置くと、チコと目が合う。


大人っぽく見えていたけれど、目が大きいせいか、こうしてみると案外幼さもある。不思議な感じがした。



「で、ウチの両親のところにも置いてきたけれど、これ、オレンジとミカンです。みんなで食べてください。チコも食べられますか?」

「柑橘系より、始めは梨やリンゴの果汁やすり身がいいんだけど…。ずっと点滴と胃ろうだったから。…でも胃には入れてたから絞って薄めて口に含むところからかな。先生に聞いてみますね。」


「…あ、じゃあ、あとはよろしくお願いします!

シャム(ともだち)と約束したんで朝練行ってきます!アロマ、オレンジの方、焚いてください!」


何で、あいつはオレンジにこだわっているのだと思うチコ。理由が知りたい。


『ちょっと待て!』

と、呼び止めるチコにVサインをして、早々学校に向かった。




***




「はあ…、信じられない!」


「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。」

もう一人、介護のユラス女性が響の部屋で優しく言う。


睡眠状態に入ってから、響は尿管カテーテルを入れられていた。それだけならまだいい。



いきなり眠ってしまった若い女性が、起きたらオムツとかはかわいそうだからと、大きなパッドが入れられていた。

「女性は排泄だけでなく生理もありますからね。」



1週間の間、水分以外は出なかったらしい。

はじめて、便秘体質超万歳!と、思う響。


ただしこの1週間を目途に看護体勢を変えるつもりで、親族への報告なども話が進んでいたと聴かされる。


はー、よかった…。とベッドでゆっくり動く。


眠った次の日以降は関節も動かしていてくれたらしく、体はスムーズに動いた。


時々固形物以外を口に流していたらしいが、点滴以外、ほぼ絶食状態であった。空っぽの胃に物を入れ始めた時点で腸が動き出すだろうから、トイレに行ける状態にしてからしか食事もできない。まだ転倒の恐れもあるので、食事前後はトイレまでの移動ですら介助してくれる。恥ずかしかったが仕方ない。


脱力してあれこれため息をつく響に、ユラス女性はにっこりする。

「気にしないでね。私は慣れてるし。10代20代でも病気や怪我で、トイレがうまくできなかったり、オムツを当てている人もいるから。」


「はあ…。」

響も高校では第1選択で看護や介護をしていた。実習にも行ったし、同級生とペアで介護、介助経験もしている。服の上からだがオムツの装着も習い、入浴介助などもする。現在、力仕事はほぼロボットの仕事なので昔より非常に楽だが、人力やサポート道具も一通り習う。

職業病というのか、ユラスやアーツのデカい人たちを見る度に、この人たちの介護、大変そう……。介護設備やメカニックの準備すら大変だわ、お棺とかどうなるんだろ、と勝手に心配していた。



なのに、パッドであっても、人を介護する前に自分が介護されてしまうとは…。


しかも二人に告白され、お見合いまで待っているこのモテ期に。


結婚する人は、こういう話も打ち明けられる、心の柔らかい人がいい…と響は思う。看護経験がなければ、今の状況にもっと落ち込んでいただろう。


あの、バレエダンサーの人は無理かもしれない…。引き締まった顔で背も高く、女性を選べる立場だ…。キレイな事しか受け入れてくれなさそうな雰囲気。でも細身だから、介護は楽かな……。いや、男性バレエダンサーはモモなどの筋肉が凄い。脱いだら凄いのかもしれない。


とか考えて、なぜ私はそこに話が戻ってしまうのか!どうしてせっかくのモテ期にロマンティストになれないのか!と、自分の中で混乱暴走するのであった。






そんな朝が過ぎ、さらに響は叫ぶ。




「だーかーら!なんでタラゼドさんが来るんです?!」


「そんなの俺が聞きたい…。」

響の部屋には、サラサ、リーブラ、ファイ、タラゼド、ムギがいた。


「あの…。キファ君は…?今どこ?」

「キファを選ぶの?」

キラキラファイが攻める。

「違います。お礼を言わなきゃ。」

あまりにお世話になってしまった。研究室まで見てくれたらしいし。




そんな中、

「…響も倒れていたってこと??!!」


未だ信じられない顔で怒りに震えているのはもちろんムギである。

「この元凶、ぶちのめす!!!!」

響の意識が戻るまで、言わなくて正解だったと思うアーツ。事故か事件か何が元凶かも知らないのに、今ですら暴走直前だ。

「ムギ、大丈夫だって!」

響が宥めても怒っている。


やっぱりムギが男だったら良かったと思うファイ。男ムギがその怒りを何処にぶつけるのか見届けたい…。女子中学生ムギちゃんでは、怒ってもいかせんかわいすぎる…。

かわいいのは好きだが、見た目と性格にこれじゃない感があり過ぎるのだ。この想い、書記官クルバトに相談せねば…。


しょうもないことを考えていると気が付き、我に返らせるため、タラゼドはファイの頭を拳でグリグリする。

「ちょっとやめてよ!髪が崩れるじゃん!」


「…本当に仲いいんだね。」

響はあんぐり見てしまう。


「え?」

「タラゼドさん自分からはあまり話さないし干渉もしないけれど、ファイとは仲がいいから…」

「嫉妬?!」

「違います!ファイはそういうことしか考えられないの?!」

「ぶー。」

顔だけ反抗する。ファイは萌えたいのだ。まさにそう言う事しか考えられない自分勝手な女なのだ。


「…兄妹とほとんど同じだよね。私とタラゼドは。」

「兄妹を通り越して、娘だな…。」

「なにそれ!」

ファイは家が嫌いで、幼少期からタラゼドの家に入り浸っていた。

4人兄妹の上に従兄妹又従兄妹どころか、ダンス仲間の子供も出入りする家。1人増えたところで大して変わらないと、腕っぷしの強い元ダンサーのタラゼドママが、まとめて面倒を見てくれていたのだ。ファイはいじめられやすく不器用だったので、年の近いタラゼド妹たちにもよく面倒を見てもらっていた。


「いいなあ…」

思わず言ってしまう響。

「…何が?」

みんな注目する。


「え?!」

と、タラゼド含むみんなに見られて我に返る。

「あ、いやね…!」

あれこれ飾らなくていい相手がいるなんて羨ましい。悩めるお見合い女子なのである。


「…楽そうで…」

「楽??」


一見コミュニケーション能力がありそうなのでみんな気が付かないが、響はプライベートでの男性との対応に疲れ切っていた。

仕事なら割り切れるが、万年女子のエスカレート出身。兄姉はいるが、どちらも響に対してはきつい性格だった。その上、1人で自然観察をして満足するタイプ。蟻や蜘蛛、年輪や樹の皮や苔を見ているだけでも1日が過ぎてしまう子であった。蛍惑の友人たちがあの性格なのでどうにもこうにもだが、友人たちが強引女子でなければ、女友達もたいしていなかったであろう。


決め顔で検索に上がるようなバレエダンサー系の人たちと、付き合えるとは思えなかった…。



やめよう…、お見合いは断ろう…。


「やっぱり研究室の子たちが一番だよね!」

疲れ切った顔でリーブラに聞くが、いきなりそんなセリフを言われてもリーブラは話の根幹が分からない。

「…先生、後でゆっくりお話ししましょう…。」




「はい皆様、静かにしてください!響さん、体はどう?動けそう?」

サラサが場を仕切る。

「…そうですね。走るのは怖いけど歩けます。」

「よし!ではこれからのスケジュールを把握してください!」


「ここでの生活は最長明日まで!普通、入院の必要がないのにいつまでも病院にはいないでしょ?早くここを出でます。」

「はい…」

「ベガスにも立~派な病院がありますので、いくらでも見てあげられますし!」


いや、今、入院は必要ないと言って、また入院させてくれるとか矛盾しか感じない。


「そもそもここは病院ではありませんし。SR社からサイコスに関する面談があれば、SR社が赴けばいいのです!」

今日のサラサは強い。


「あの…、トイレまでは普通に歩けそうですし、通常食までのメニュー表だけいただいて、家に帰っては…」

考えたら研究室もそのままだ。仕事を確認したい。ここはデバイスも制限されていて継続の使用はできない。

「一旦安心できる場所にいた方がいいでしょ。」


『あの男』のこともある。SR社も基本安心できる場所のはずだが、サラサにはそうでないらしい。



一先ず、SR社とのサイコスに関する面談をして、退院の準備を整えることにした。



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