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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第十章 第3ラボ

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30 未開封の幸乙女



料理が届く頃に、スーツ姿の兄が現れた。


「兄貴、こっち。」


イオニア兄は少し周りを見渡す。

「ここはお前の知り合いがいないだろ。イオニアの私生活の場が見たかったのに。」

「はあ?会ったら噂の的になるだけだぞ。餌にされたいのか。」

あの二人とは目を合わせないようにする。



一方女子二人。

「ねえ、あの人?女じゃなくてよかった!」

「かっこいい?」

「悪くはないけど…。イオニアがいいかな!サラリーマンの妻とか無理!」

「見ない方がいいよ。イオニア怒らせるだけだから。」

サラリーマンではなく、イオニア兄は経営者である。

イオニアは父方の血が強く髪色や目が少し淡かったが、兄は母似で目も髪も黒い。顔立ちはよく似ているが、遠目で分かる感じではなかった。



「まだパルクールとかしているのか?」

「してるけど俺は趣味だから。」

「で、こんなところでバイトか?たいした金にならんだろ。」


本当は今、団体職員手前の段階である。サラサが、アーツ自体を正式な非営利団体にするので、そこの職員に入ってほしいと言われ話が止まっている。だが、目の前の男にそれを言うかどうかはまだ心が決まらない。何しに来たのか分からない兄に、自分の隠し駒も持っておきたい。


「…俺を親父の下僕だとでも思っているんだろ?」

イオニア兄が皮肉な感じでいう。

「別に…。」

別にそんな風にこき下ろしていない。そこまでの子供の時期も過ぎてしまった。


むしろ、よくあの父の元で耐えたなと感心するくらいだ。かえって兄の方がこじれている気がする。あの時代錯誤の男尊女卑の父の仮面夫婦の元に20年以上いればそうもなるだろう。兄は中高大だけは寄宿舎などに入り、うまく逃げ切っていたが卒業と同時に父につかまった。


そう、イオニア家は我と自己の信念が強すぎる父親のために家庭内崩壊していたのだ。


そして、それは全部母のせいになった。既に母は、自身と子供の間を取り持ちできないほど疲れていた。よって、子供の時から全員が家庭内別居状態である。兄弟もかわいがってくれる親戚が違い分裂。兄ともお互いの学年を忘れるくらい疎遠だったが、なぜかイオニアが大学卒業をして少ししてから時々連絡が来るようになった。



兄も正道教のやや堅実な信徒なので、祈って食事に手を付ける。

「お前も食べろ。」

「あ…、いただきます。」

「……。」

クセで手を合わせてそう言うと、兄が少し驚いている。


大房でこいつがしつけられるのか?という顔をしていた。


家では「いただきます」も言ったことがなかった。

日曜に無理やり行かされた礼拝も、クソくらえと思っていた。大口献金の父親に媚びる牧師を見て、ここが神ならまずは親父をどうにかしろよ!と。


実はそうではなく、父がうまく隠すので崩壊している家庭事情までは読めなかったようだが、牧師たちは父のきつく身勝手な性格は分かっていた。教会も迷惑していたのである。そして、「糸1本分でも天に繋がるなら、その子孫たちに天の運勢を与える道を下さい」と祈っていたと知るのはもっと後の話だ。



あの地域では父より大きな献金元はいくらでもあったし、アンタレスの正道教は自立していた。牧師たちがほしかったのはお金ではなく、小さくとも真摯さだった。


お金は全て名簿が残っており、教会や文化施設維持の基金以外は、世界の保健、学校建築や教育、教育指導に使われ、ユラスが紛争から解放された時も再建に多くのお金が使われた。「ユラスに大金が流れた。巨悪降臨!」というネットの噂も広がったが、あの時ユラス首都再生に尽力しなければ、中央ユラス内戦が継続され、北メンカルに押されてアジア圏域にも紛争の火種が散っていたかもしれない…という事情に関してはユラス、正道教を調べまくったので、イオニアも今は多少知っている。


おそらく、この中にチコやカウスたちも関わっているのだろう。


元はプロテスタント共同体である正道教は、前時代後期には大きくなりすぎて、欲目が働いた一部の幹部たちにより分裂も多々あり、不信や腐敗が広がっていた。ただ、本流はしっかりしていたし、その後、新時代に入り新しい人材によって改革の手が入り、その姿を変えていった。



そして、兄は話を戻す。

「ただの下僕じゃないがな…。刀はなくとも下剋上はできる…」

笑った顔がヤバい。学生時代まではイオニアの方が家族親戚に責められていたが、どう見ても兄の方が闇落ちしていると思う。

「………」

「…………。」

取り敢えず少し食べるが食事どころではない。つまみ程度でよかったと後悔する。


「戻ってこい。」

「ふーん。」

「………。」

「…?はあっ!ゴフ!」

兄の言葉に思わず咳き込む。



奥の席で女子二人は元気に食べながら、イオニアたちの方を見ていた。

「イオニア何話してんだろ?」

「見るのやめなって!どうせここまで聴こえないんだから。」


「お前の方が頭はいいだろ。仕事手伝わないか?」

家に戻りたくないためイオニアは4年間大学に通ったが、高校時代に既に大卒の証書は持っていた。

「…え?俺、そこまで金いらないし。そのうち貰えるだろう遺産も法的取り分だけでいいし、家や親のことを別居でもなんでも面倒見てくれたなら、その分は兄貴とダリアさんで持って行ってよ。」

ダリア、兄の奥さんもやり手だ。


「…離婚したんだ…。」

「…。グっほ!」

また咳き込んだ後、久々に変なため息が出る。


「…子供もできなかったしな…。両親に向き合ってくれた分の慰謝料もちゃんと払ったし、申し訳なかったと思っている。」

「……。」

「ダリアが義父から守ってあげられなくてごめんと言っていた。お前に挨拶をしたかったそうだ。最後という事でいい。会ってあげてくれ。」

「…………」


あの頃は学生だったからと放置し過ぎたか…。自分は途中から父に追い出され、そもそも逃げていたのでこちらがダリアに謝りたい。学生男子に兄嫁を気遣ってあげることなんてできなかった。

思わず目を逸らすと、奥に座る大房女子二人と目が合ってしまう。


こっち向くなとジェスチャーしておく。

兄ならあ二人を軽くあしらうだろう。あの二人は何も考えずに生きていそうだが、一応れっきとした歌手として生活もしている。でも馬鹿にされそうで、それはちょっとかわいそうだし、兄も無駄に話題と敵を作ることになるので防ぎたい。



なんとなく世間話をして、食べ終わる前にイオニア兄より先に会計を済ませ外に出る。酒は飲ませるタイミングがなかったし、そういう雰囲気ではなくなってしまったので、袋をもらって瓶ごと兄にあげた。


「俺が奢ってやったのに。」

「大房では俺が奢るから。」

「…お前幾つだっけ?」

「24だけど。」

「…まだ若いな。」

アーツでは年長組にカウントされているが。


「お見合い紹介してやろうか。」

「!」

やっぱり待合をアストロアーツにしなくてよかった!と、イオニアはホッとする。お見合いとかネタの的でしかない。


「いい。」

「誰かいるのか?」

「………」

「…まあ、戻ってくることも考えといてくれ…。」


そう言ってタクシーを捕まえるとイオニア兄は去っていった。




見計らったように女子二人が出てくる。


「ねえねえ、イオニア!先の人誰?」

イオニアを咳き込ませていた男が気になる。

「大丈夫!私はイオニアの方が好きだから。」

「俺はお前が好きじゃない…」

「なんでそういうこと言うのー?!ねえ、今日うちに泊まってよ~!」


「ツィー呼んで!みんなで飲もうよ!」

会いたくはなかったが、今日会ったのがこっちの彼女でよかったと思うイオニア。


この女子の前のツィー彼女は、サルガス自身が本当に尽くしていた人だったからだ。

少し年上で程よく付いた筋肉もかっこよく、非常に大人っぽい人だった。急にどこかのプロダンサーにななるとツィーの前を去ってしまった。まだ世間知らずな高卒後から一緒だったので、ツィーの心の穴も大きかったのか。


その後、ツィーの面倒見の良さを知っていて、「ケガをして今は何もできない~、もうすぐダンスイベントがあるのに~」と、前の彼女に雰囲気を似せて仕掛けてきたのが、目の前にいるこの女子である。前からツィーが好きで、前の彼女が大房を離れそうな雰囲気に早々気が付き、後釜を狙っていたらしい。スタイルと歌声だけは抜群だ。そして、口が悪い。


今思えば、それがハニートラップか。

それとも戦略家と言った方がいいのか。



「先は見るなって言ったのに、何私を見てるのー?」

怒る女子。

「…いや何でも。…じゃ!」


イオニアもそう言ってタクシーに乗り込むと、すぐにベガスに向かう。


女子二人は無視するなと非常に怒っていた。




***




今日も天気がいい。



第3ラボの大きな窓の部屋には、既に来客があった。



暖かい日差しが注ぐ部屋。

朝からチコのベッドの前にいて、今はベッドに顔を伏せて寝ている少女。

ムギである。


ポラリスが部屋に入ると、ユラスの女性が礼をした。ムギと反対側に立ったポラリスは静かに声を掛ける。


「チコ…。」

「………」


「起きているか?」

チコは眼球を懸命に動かした。ポラリスは見やすいようにもう少しベッドに乗り出す。


目が合って、チコが目を見開いた。

「チコ、ごめんな。今更だな。

…頑張ったな。」

「………」

撫でてあげると、その目からダーッと涙が出てくる。

「本当に悪かった。」


チコはパクパク口を動かす。


どんどんあふれてくる涙をポラリスが手でふき取る。



両手でチコの顔を包み、もう一度涙をぬぐった。



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