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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第十章 第3ラボ

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29 ポラリスの帰還



その後、チコは驚異的な回復力を見せた。



3日目には口をパクパクさせる。話そうとして息も漏れた。


「ねえ、チコ。脳や脊髄、内臓には異常がなかったのよ。腰に少しひびが入ったけれど、もうくっ付いているし、ずっとマッサージやリハビリを続けていたから、きっと早く回復するわ。」


デネブがマッサージをしながら、いろいろ聞かせる。



ただ、響はまだ目覚めない。


意識の隙間にでも迷い込んでしまったのだろうか。




***




ミザルは、大きなディスクチェアに仰向けるようにして座っていた。


今日は倉鍵の研究所にいる。



まだ、確定ではないけれど、もしかしたらファクトは心理系サイコスも持っているかもしれない。霊性以上に危ないので、あまり関わってほしくない。心理層は霊世界以上に不安定な世界だ。


それから響のこともあるし、チコに関してもまだ不安材料はある。研究以外のことも運営人と指揮していかなければならないため、頭を抱えることが多い。


響のことはチコに、そして家族に何時、どう伝えるのか。



もしチコがこのまま回復したらニューロス体に何を選択するのだろうか。


一度手を加えた体は元には戻らない。今後ニューロス化するにもどこまで手を入れるか、慎重に考える必要がある。


「………。」

何か飲もう…と、立ち上がろうとした時だった。


「……ミザル。」


懐かしい声に椅子ごと振り向く。

一瞬言葉が出てこない。


クセのある淡い髪色で少し髭があり、大きくふんわりした目の男が入口に立っている。


「…ポラリス。」

立ち上がって、驚いたままのミザル。

「サプライズだ。」


ポラリスはミザルの腰を持ち上げると、軽く回してギュッと抱きしめた。

「ちょっと、職場でやめてちょうだい!」

ポラリスが離さないのでビシバシ叩く。

「…1年以上会っていなかったのに…。」

さみしそうに言って、さらに抱き寄せる。

「もしかしてサプライズって、あなたのこと?」

「そう。だから連絡なしで来た…。驚いた?」

「スケジュールを崩すようなことはしないで!」


その時、研究員が数人、部屋の入り口で入りづらそうに見ていた。

「…え?あ?」

誰かを誰かが抱きしめている状況が全く理解できない研究員。その席はミザル博士なんじゃ…。


でも一人が、髪型で後ろ向きの人物が誰かに気が付く。

「ポ、ポラリス先生!!」

「え?ポラリス博士ですか?!」

現在チコがいるため第3ラボは人が限定されているが、倉鍵は新人たちもいる。初めて見る若手が口をあんぐりしていた。

「ちょっと離しなさい!!」

まだ抱き寄せられて、ミザルは恥ずかしくて仕方ない。


「タニアの研究所なんて、朝夕としょっちゅうキスをしているぞ。マーカーたち。」

「私は慎ましくしていたいんです!あなたには恥じらいがないの?!」

「恥じらいなんかがあったら、君と結婚できるわけないだろう。…いて!」

ミザルに思いっきり手をつねられて仕方なく離すポラリス。


あのミザルに全く引かない夫と、二人の真逆すぎる性格に驚いてしまう新人たち。



「あ、久しぶり。君は初めてだよね…。心星ポラリスだ。よろしく。」

普段ポーカーフェイスのミザルに対して、柔らかい感じでニコニコのポラリスだ。

「あ!はい!!」


「ポラリス、談話ルームに行きましょう。みんなごめんね。今日はちょっと会議がいろいろあって。」

「あ、お飲み物お持ちしましょうか。」

「そうね、コーヒーを2つお願い。」

「先生朝食べてないでしょ。何かお食事持っていきますか?」

「大丈夫。」

「…食べてないのか?軽くサンドイッチか何かお願いできるだろうか?」

「あ、はい!」


突然現れたポラリスに、今日は倉鍵研究所も沸き立っていた。




***




入り口側ではなく、奥の小さな談話ルームで二人は資料を見合う。


「チコには会った?」

「これから一緒に行こうかと。行けなくて申し訳なかったと思う。」


…頭を抱えるミザル。


「…今ね、大変なの。DPサイコスの報告書読んだ?」

「ああ。」

「目覚めなくて。」

「………。」

「それにね。ファクト、共鳴しやすいタイプみたい。サイコスターにはしたくない。」

サイコスターはサイコス使いのことである。


ミザルもポラリスも牧師資格を持っていて、それなりに高い霊性を持っている。二人の家系的にそういう人間も多いため、その子供の感性が高くてもおかしい話ではない。ただ、霊性ではなくDP(深層心理)は危険だ。コントロールが霊性以上に難しく、混濁した世界である。実際、響が起きない事態になった。


霊性は物質ではないにしろ、固形世界は持っているし理性が働く世界だ。

心理は境界があいまいで揺れが大きい。


「…一応シャプレーが対応しているけれど…。」


カストル、エリス、シャプレー、ミザル、他数人は施術に入る前に響から一通りの深層心理世界の指導を受けている。その中で適性が最も高かったのがシャプレーだった。基本的に感情的な人間はDPサイコスは合わない。また疲れている時などは、危険を伴う人物への接触は絶対に控えなければならない。


「…もしかしてチコ、駄目だったかもしれないんだよ…。もう最期かと思った…。なんで来なかったの?」

「……そうだな。チコにもミザルにも申し訳なかった。」

「親になったのに、駆け付けもしないなんて。」

「ごめん。」

「私に言わないで。いくら私でも…。あの子が成人しても…あの時サインをした以上……立場だけでも親として最低限…のこと…は…」


疲れ切ってこめかみを押さえたまま、ミザルはそのまま寝そうになる。

「……」

少し待つと、そのまま寝てしまった。

ポラリスはミザルを後ろのソファーに移して、髪を整えこめかみにそっとキスをする。


そして外に出て人を探す。

「えーっと、安曇(あずみ)君、さっきの女性の誰かに頼んで、ミザルに掛ける布団を持って来てもらえるかな。」

「はい!待ってください。」


新人の女性がミザルの毛布など持ってきて部屋を整え、ルーム表示を個人使用に変え鍵を掛けた。

「第3ラボに行くからよろしく。」

「分かりました。」



ポラリスは気を引き締める。

そして、チコのいるところに向かった。




***




その頃イオニアは大房に戻っていた。


兄から呼び出されたのだ。



正直、都心のどこかのレストランでよかったのだが、兄が大房を指定してきた。あんな下町に来るような奴じゃないのにと思う。しかもアストロアーツというので、やめてほしいと断った。なぜ家族の話をあいつらのたまり場でせねばならんのだ。あそこほど、壁に耳ありな場所は…いや、壁すらない。


仕方ないので、兄も行きそうな昼はランチ、夜はSAKE(サケ)バーの小洒落た店にした。

そして、さっさと酔わせて帰らせようという目論見である。兄は自分と違ってアルコールに強いが、飲むと少し機嫌が良くなる。


が、兄が来る前に、今は会いたくない知り合いが来てしまう。しかも兄からは少し遅れると。もう店に入ったから早く来いと言っておく。


「あ!イオニアー!」

「ねえ見て!イオニアがいる!」

女の知り合い二人だ。しかも二人ともスリットからかなり足…というか(もも)が出ている。


夜でもないのにやめてくれ。兄にいろいろ言われるだろ、とイオニアはため息をついた。


「お(ひさ)だねー!ねえ、座っていい?」

「ダメだ。待ち合わせだから。」

「え?誰々?彼女?男?」

「うるせーな。あっちに行けよ。」

「えー。いいじゃん!ご一緒しようよ~。」

「ヤダー!昼から合コン?」

ヤダなら、行けよと思ってしまうが、女子二人はヤッターと盛り上がっている。


「ねえ、イオニア。私さー。最近さみしいの。」

「ふーん。」

「何とも思わない?」

「何が?」

「………。」

ぶりっコしてくるが無視するに限る。

「ねえ、付き合わない?」

「ご遠慮しときます。」

「…ひどい…。」

もたれ掛かってこないでくれ。



ベガスにいる間に自分の価値観がすっかり変わってしまった。

あんな祈ってばかりいるのやミッション系の人間とは縁がないと思ったのに、人生を立て直したいと思うようになった。個々人の事情だけでなくもっと高い信念で結ばれているカストル、カウスやマリアスたちの夫婦が羨ましかった。

せめて、結婚は彼らに純粋に祝福されるような道を選びたい。


もう一人の女が言う。

「ねえ、なんでツィーは全く帰ってこないの?」

こっちにはもっと会いたくなかった。


ツィーことサルガスの昔の彼女だ。

よく知らないが自分でサルガスに愛想をつかしておいて、今更何をと思う。しかもツィーはどこだとずっとアーツに出入りしているらしい。

「仕事が忙しいらしい。」


「ねえ、ベガスって移民地区なんだよね?そんなにいいの?危なくないの?それにあそこ、ユラス人ばかりなんでしょ?すっごく宗教色が強くてすぐ戦争してすっごく偏ってそう。楽しい?」

危なく…無くはない。知っているだけで3回特殊な襲撃があった。が、

「楽しい。」

思わず本音を言ってしまう。


響の怒った顔が浮かぶ。

ああいううるさいタイプは好きではなかったのに、引いた顔も怒った顔もかわいかった。マゾか。俺は。


「…私もスカウトしてよ。声、掛けられてないんだけれど。」

チコは試用期間にアーツ内も含めて身内に手を出す人間、目的が合コンにある人間は男女共に絶対に入れないと言っていた。サルガス目当てなのに無理だろう。



「あの、注文まだですかー?」

店員が声を掛けてくる。

「あ、すみません。お勧めのランチ2つと『幸乙女』1本。お前ら何食べる?」

「えー!奢り?お酒まで?!うれしい。ハンバーグ定食!」

「私は…この酢豚で!定食ね!」


店員がメニューを入れてから即お願いをする。

「この二人の分は、いっ~ち番あっちの席にお願いします。」

と、向こうの席を指す。

「え~!ひっどーい!!」

「じゃあなんだ?酒もいるか?」

「イオニアと飲まなきゃ意味がな~い!」



これだから大房はイヤだったのだ。ランチまで知り合いに出会うとは世界が狭すぎる。



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