1 森のレプシロン
※この物語は『ZEROミッシングリンクⅠ』の続きです。
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※このお話はその時のメイン登場人物で、文章の視点が変わります。
よろしくお願いいたします!
美しい山の中に幅広で大きな滝が流れる。
小さめの山脈、森林地帯の中に点々と平地がある神秘的な地形。
熱帯のようで温帯であるここは、朝の霧が晴れて今日も美しい晴天である。
「せんせーい!どこですかー?」
助手は見つからない先生をずっと探している。
「せんせーい!」
ここを探すのは3度目だ。
「はあ…。」
「やっぱりいないの?」
「いないみたい。ごめんなさい。」
「いいよいいよ。そのうち会えるよ。」
「でも、先生喜びそう。前来た時より大きくなったね。」
もう1人の助手が頭を測る。
「リートさんが小さくなったんですよ。」
「なっていません。」
そのリートと呼ばれた助手は顔を赤らめた。
ワンワン!
すると、山裾の方から大きな白いフサフサの犬が駆けてくる。
「タロウ!」
タロウは少年に一目散に駆け寄って、思いっきり抱き着く。
「うわ!やめろ!」
顔中を舐められそうになるので、あっちこっち撫でてやると、犬は目の前にお座りをして落ち着いた。
そして少し経つと、もう2匹の狼のような犬を連れて、少し背が高めの茶髪の男性がやってくる。
「ファクト!元気だったか?」
「トルク!エタム!」
2匹の犬も少年の方に向かって来るので、首回りを両手で抱きしめる。犬たちは嬉しすぎて、遂に少年を押し倒してしまった。
「やめろって!久しぶり。いい子だな!」
「…犬が先なのか…?」
さみしそうに言ったのはトルク、エタムと一緒に来た心星ポラリス。その少年ファクトの父親である。
「博士、何言っているんですか!こんなに探したこちらの身にもなって下さい!!昨日の連絡も処理していないでしょ!」
男の助手の1人が怒っている。
「いいよ。全部返さなくても。」
「返すべきものは、私が仕分けしています。返してください!」
「分かった…。はあ…。」
「父さん、みんなを困らせないでよ。」
「…。ファクトにそんなこと言われるなんて…。」
「皆さん!お茶にしましょー!」
建物の方からお手伝いの夫人が呼ぶのが聴こえる。
「行こう。」
ポラリスが言うと、タロウがファクトを引っ張るので皆でゾロゾロ移動した。
***
ここはアジアから離れた国、タニアのレプシロン研究所である。
吹き抜けのフロアに、温かいお茶の香りがする。
外には美しい自然が広がっていた。
「母さんは来ないのか?」
父ポラリスに毎回聞かれるが、母ミザルは忙しい。同じロボメカニックの最高研究者だ。
少年はファクト、二人の息子である。
「父さんが一度来なよ。」
「…そうだな。そろそろ動かないとな。」
「チコが…会いたがっているし。」
「チコ?…。
チコ・ミルク…か?」
「うん、チコ。」
「お前たち会ったのか?!!」
「会ったも何も、前にベガスの学校に編入するって言ったじゃん。」
「は!そうか!!チコは今ベガスなのか!か、母さんは大丈夫だったのか?!怒ってなかったか?」
「チコ、ひっぱたかれていた…。」
「!」
頭を押さえて、大きくため息をつくポラリス。
「大丈夫だよ。母さんも仕事に関しては区別しているし。」
チコは心星家に養子になった義姉だ。母と折り合いが良くない。
ファクトはタロウをなでながら言う。
「ちょっと心配でさ。シェル・ローズ社(SR社)に行くのを嫌がっている感じなんだよね。チコ。」
SR社は、ロボメカニックの中でも生体メカニック分野の最高峰組織である。義姉であるチコはニューロスサイボーグ。ずっと調整に来るように言われていた。
ポラリスは何か考えている。
「先生、今度私たちも一緒に行きませんか?」
リートが興味深そうに言う。
「もしかして、そういうのがイヤなのかもしれなくて。」
ファクトは言いにくくて、なんとなく分かってほしい感じで言ってみた。
「…そういうの?」
研究者には理解されにくいのか。
「だって、みんなに体を見られるわけでしょ?全部。」
「…。」
そこにいた研究者たちが黙って考え込む。チコはアンドロイドではない、人間だ。数年も経てば、当時と研究所職員の顔ぶれも変わっているだろう。信頼している人以外、触らせたくないに違いない。
「…それもあるけれど、それだけじゃないだろうな…。
そういえば、チコの型は6年前だろ?」
ポラリスは年配の博士に聞く。
「そうだな…6年前だ。」
「そろそろ新調してもいい頃だ。多分、嫌なのだろうな…。全部。」
どうしようもないような顔でポラリスはトルクの首を抱く。美しいトルクが目を細めた。
人の多いそこではポラリスは、これ以上チコについては何も言わなかった。
「近いうちに行けるように調整しよう…。」
「ファクトー。馬に乗るか?」
管理人のおじさんがみんなのところに来た。
「ホント?いいですか?」
「先生、いいですよねー?」
「ああ、気を付けてくれ。」
「あ?お前大きくなったんじゃないか?俺を超えたか?」
おじさんがびっくりする。
「惚れました?」
友達のシグマやイオニアなら言いそうなセリフを言ってみた。
「ふざけるな!好みとしては10点中3点だな。まずその髪を切れ。無駄に長い!」
思いっきり頭を叩かれ、そのまま肩を抱かれて外に引きずられる。
「待ってください!私も行きます!」
リートが白衣を放り投げ着いて行く。
「あ!リートは一緒にラボを片付けよう!」
「いやです!先生も遊んでいたので、私も少し遊びに行きます!」
「リートくーん!」
何人かが先生に構わず外に出て行った。
取り合えず朝の仕事を片付けてくれと言われ、ポラリスは仕方なしに研究室に戻る。ファクトももっと別のことも聞きたかったが外に出た。
***
馬には意外にも早く乗りこなせた。
小さい頃から顔は出していたので、馬も覚えているのかどうなのか嫌われてはいないようだ。しばらく手綱を引っ張って、それから少し老年の優しい馬に乗る。おじさんが付き添いながら、なだらかな斜面をゆっくり進んだ。
柵の向こう側には牛が休んでいた。
「もうすぐ牛の出産があるんだ。今夜あたりかな?見ていったらどうだ?」
おじさんが牛を見ながら言う。
「アンタレスではそういうのは見れないだろ。」
「…最近うちの学校、農業科の別の敷地もあることを知ったんです。肉牛や豚がいるって聞いたけれど。」
「そうなのか?」
「でも、だからって見れるわけでもないから、ここで見ていきたいです。」
「おう!その時に連絡してやるから。」
「ねえ!こっちに行こう!」
リートが小川を指し、ファクトの馬がトコトコと歩いていく。
今回は1週間の予定でここにいる。しばらく乗馬も練習しようと決めた。