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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第九章 あなたの中に
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26 サラマンダー



ファクトのいる場所が目的の場所に繋がっていると気が付いた響は、元の世界にすぐにファクトを押し出した。


そして気が付いた。もう一人入った。

チコの元に来た人物か。


ただ、一つだけ想定外のことがあった。





もう一人いた存在に声を掛ける。


「あなたは?」


「さあ?」

グレーブロンドの男、…赤ん坊から成長した―――、今は4歳ほどの男はおどけて言った。

「こっちが聴きたい。お前は?」


「さあ?」

全てが流れる世界の中、響は鳥の姿で答えた。自分と同じ返事をした鳥を男は不満に思った。


響は感じていたが、今いる場所はチコとこの男の境界だ。

男が自覚しているかは分からない。


これも自覚しているか分からないが、男は無意識下でビルドを描いていた。そう、想定外だったのはこの男もサイコロジーサイコスターだったことだ。しかもビルドが描けるほど強力な。

まだ未知数だ。この男の意識に入るのはやめておくことにした。


様子を探ろう。



「どうしてここにいるの?」

「さあ?」


「この子はケガをしているんだよ。目覚めないの。」

響はチコのことをこの男に『この子』と言った。子供の姿のこの男と歳が近い方がいいかと思ったからだ。でも、姿を保てないのかいくらか姿が変わったり歪んだりする。


「知らない。思ったよりやり過ぎたのかもな。」

どこともない方向を見て困った顔をした。おどけてはいない。本当に困惑してるようだった。

「怒りもしないし、助けも呼ばない、叫び声も上げないから大丈夫かと思ったんだ。」

「チコはそう訓練されているもの。でも人の体はそんなに強くないんだよ。」

「……そうか。」


「あなたも痛いの?」

「…?」

「たくさん血が出てる…」


男が自分の顔を触るとアトピーのように皮膚がおかしくなり、フケのように皮が剥がれ、搔きむしると血やリンパ液が出てきた。指や様々な関節、肌や筋が割れ、肉が見えそこからも体液が出てくる。


男は困惑しているのか、冷静なのか分からない表情で顔中を触っている。


「お前は誰だ?」

男は急に大人の姿になると、すごい形相で鳥の姿の響の首を片手で掴み、羽をもぎ取ろうとした。


スルっと響は消え、光のような無固形体になる。


ガシッ!

「っ!」


しかし空間ごと掴まれて固形体に戻されると、響の体に乗りかかって来た。


そして笑いながら言う。


「おもしろいな。

俺の物にしようか、それとも死にたいか?」




__




「響さん!」

カウスが揺すっても起きない。

「カウスさん待って!」

ファクトが近付くと無いはずの手が見え、モヤが響に乗りかかっている。そのモヤが人間に見えた。しかも、ラボにいる数人が感知できるほどの。


「響さん!」

ファクトとカウスが同時に手を出そうとするが、またバン!と弾けて意識世界が断絶した。


ファクトは響のハイネックを少し下げ首を出す。

「!」

そこには完全な締め跡が出て、響が痙攣し始めた。

「っ!」

「何か薬は?」

「やめろ!何の反応か分からない。」

「もう一度行きたい!今なら行けるかもしれない!」

ファクトがそう言って響の手を握ろうとするが、ミザルが遮った。

「バカなこと言わないで!!」


「霊性でこっちに引き戻せるか?」

カストルがシャプレーに尋ねる。

「どういう次元にいるのか分かれば、辿ることはできるが…。」

専門でないここにいる人間は、意識層の次元層が分からない。


シャプレーは響がファクトを引き上げた後、意図的に意識世界を遮断したことは分かった。ただそれが、任せておけという事なのか、あまりに危険で遮断したのかは分からない。しかし、今、一瞬見えた表情から、まだ余裕さは感じられた。


「先生…っ」

リーブラがまた泣きそうだった。




__




「女。…名前は?」


首を絞められているのに答えられるわけがない。

意識世界で起こっていることは、実体の感覚に直接伝わることもある。二つは相互関係があるのだ。


しかし、首を絞められながらも響は、全くの無表情だった。


そして苦しんでいるかと思ったら、急に両生類のような感触から鱗のある蛇になって、スルっと男の手を抜ける。



「…さあ?」


そう言って、蛇は龍のような麒麟になった。


一気に世界が東洋五色の青・赤・黄・白・黒の極彩色となり、そこに金彩色が加わり蠢き流れる文様が一面に散りばめられる。小川のせせらぎのように、時に這いまわるミミズのように文様が展開されていく。


「…?!」


男は見たこともない風景に戸惑う。

独特な色に独特な文様。それに魅了されるように辺りを見渡していた。


いつの間にか男も、模様の中の小鳥になっていた。ただし少し不格好で、模様も(いびつ)で羽も歪んだ鳥に。



麒麟になった響は舞うように駆け回り、男の周りを一周してそのまま同じように極彩色の背景に混ざりあう。



そしてパチンと弾けて全ての風景が消えていった。


取り残された男は目くらましをされたように戸惑い、響を追うことはできなかった。




__




その隙に響は、男を通じてそこからチコの中に接触した。


男が無意識で意識下を動いていると感じ、それを利用したのだ。




……。



ここはどこだろう。カビ臭い。


いつまでも出られない、ずっと続く地下通路を歩く。

どこまでもどこまでもそれは続いていく。


外はすぐ上にあるはずなのに、土埃まみれの通路と階段が延々と延々と続く。


歩き飽きた響は、いつのまにか小さなサラマンダーになってカビ臭い壁や天井を伝った。ここは乾燥しているのでトカゲの方がよかったが、嫌だと言うのに研究室でキファにやたら嫌いなコウロギ、カドマウマ、イモリやサラマンダーを見せられるので、なぜが頭で覚えてしまった。



土の匂いもする。


糞尿の匂いも漂うのに、人間のいる雰囲気はない。それから、人間臭さも通り過ぎてしまったような、埃臭いだけの底寒さが漂う。


空気孔なのか天井に穴があったが、頑丈な柵状の金属でがっちり閉められていた。


そう、部屋だ。ここは部屋だ。


この鍵の閉まった部屋からは、鍵があってもおそらく外には出られない。あまりにも地上までの通路が複雑で永遠に迷子になってしまうだろう。



目の前のカビを、響は人間になった手でそっと辿った。

手が真っ黒になる。



誰かが見ている。


どこからかも誰なのかも分からない。

この意識の主だろうか。


「チコ?」

響はチコを呼んだが、誰も答えない。


チリンと音がする。

何だろうと天井を見ると、先の鉄格子から鈍く光る何かがコン、コン、チリンと落ちてきた。


指輪?


でも、何もない。


「チコ…?」


気が付くと自分の前にボロボロの布に(くる)まった、何かがあった。


「…?…人?!」

布団の塊というには大きくて、くの字に曲がっている。

「大丈夫?大丈夫ですか?」

響は驚き、汚れてひどい匂いのする布をそっと捲し上げた。

「!」


しかしそこは、孤独な宇宙船が迷い込んだ宇宙のように真っ暗で、星もない深く何もない空間が広がる。

そして、ただじっと眺める目だけが、黒い空間の中に浮かんでいた。それは響には目に見えたが、ただじっと何かを見つめる何か…。



その布の中の人は、黒い空間でしかないのに何かを大事に握りしめていた。



…リング。


少し幅の広い、ホワイトゴールドのリングだ。


「……」

響はそっと布を戻す。


しばらく言葉をなくし、そして小さく祈った。



チコじゃない…。この人はチコじゃない。



…でも見付けた。


でも見付けたのだ…。




響は愛しい人を視界に入れようとする。

「…チコ、帰ろう。」


「…ここはチコのいるところじゃないよ。」


立ち上がった響の目から涙が出てくる。

返事も変化も何もない。


「チコ、帰ろう。きっとここにもまた来るから。でも、今じゃないよ。」




こんなに悲しい場所なのに、胸がいっぱいで涙が止まらない。


「帰ろうチコ。

ムギがずっと泣いていたんだよ。

チコが今いるのは、ファクトがいて…みんながいて…私たちのいる場所なんだよ。」



そう言うと、響はとても大きく不安定な光の塊に手を添えた。


水平線から光が現れて、また一気に世界が変わる。



バチン!と弾けて響は少しだけ意識の中で眠りに入った。





__





現実世界の響は、ニューロス調整用のストレッチャーに眠っている。

大きな研究室から、個室に移ることになった。



そう、起きなくなってしまったのだ。


「響さんは本当に大丈夫なんですか?」

キファが慌てて詰め寄った。


まさか、チコを起こしに行った響が眠ってしまうとは。



現場はいったん解散することになる。

「大丈夫、睡眠の中だ。脳波も脈拍も異常ない。」

不安がるファイやリーブラにシャプレーはそれだけ説明する。


いや、不安だろ。

起きない人が二人になったんだ、しかもこの研究室で。ファクトは帰りたくなかったが、ミザルに強く言われサルガスやカウスたちと帰ることになる。



もしも想定外のことが起こった場合…


何かあった時の対処は、あらかじめ響からSR社と牧師たちに伝えてあった。

首を絞めた痕はすぐに消え、痙攣についても医療行為は行わず霊性を流した。起きなかったら個室に移してほしいと響に伝えられている。睡眠状態だったら問題ないと。


もしものことがあったら…自己責任でいいですとも、実は言ってあった。責任を問わない誓約書も書いてある。



デネブとユラスの2人の女性で響も見ることになったが、リーブラも泣きながら近くにいたいと叫び、研究所に残った。


念のため次の日も響は休みを取ってあったが、リーブラは代理で出席するように言われている。でも、動揺しているこの状態では明日も行かない方がいい。学校側にはカストルから、学生たちにも休みのことは伝えてあったが、研究室にはキファが伝言を伝えることになった。





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