25 金色のメモリー
自分の姿を取り戻すと、ファクトは大事なことを思い出した。
「響さん。チコが見付かったら俺は元の場所に戻るの?」
「うん。危ないし、約束だから。」
言っておかないといけないと思った。
「……聞いてるかもしれないけれど、チコ、襲撃されたんだ。」
「…うん、聞いた。」
「それだけじゃない。もしかしたら、始めはそのつもりじゃなかったのかもしれないけれど、チコがわざと負けたのかもしれない。」
「………」
「何だろう。…そいつ力だけでなく、いろんな意味で強かった。多分、チコが不安がっているのに気が付いて来たんだと思う。」
「……チコは不安だったの?」
「さあ、なんかその日は朝から変な感じがしていたから…。分かんないけど。」
「……」
「そいつ、余裕な感じで俺やチコを殺しはしないとか言っていて。言葉で整理できないけれど……あいつの力も目的もはっきりしていなくて、危ないかもしれない…。」
「……分かった。」
響は様々な想定をする。強力な霊性の持ち主か、サイコス使いか。チコの意識に入ると、響も特定されるかもしれない。響は自分以外のDPサイコスターと対峙したことはこれまでなかった。
「…やめてもいいんだよ。チコも大事だけれど、それは響さんも同じだし。響さんに何かあったら、チコも傷つくと思うから。」
「うん…。ありがとう。」
あの時のチコのような笑顔で響が笑う。
あの時…?いつだっけ?
あの時の笑顔、シリウスお披露目イベントの後?
シリウスの顔?
パチン!と急に世界が揺らぐ。
黒髪青茶目の青年が見えた。いや、青味のある深いブラウンヘアだろうか。よく色が見えない。
「ワズンさん…?」
チコの教官だった人だ。今はベガスにいる。
チコだろうか?力なく壁にもたれ掛かっている誰かを、その男性が抱きしめようとして…
止まる。
そこにもう1人……
…違う。
ワズンさんがいた今の記憶と、既に別の場所だ。もう1人知らない人との場面。
今度はビターブラウンの髪に…カウスと同じ色の目。落ち着きを払った男。
「もう1回!構え―!」
という声と共に辺りは土砂降りになる。
その男にチコは胸ぐらをつかまれ怒鳴られた。
「遅い!敵なら死ぬぞ!」
と、地面の泥の中に叩きつけられた。それでもチコはサッと起きあがり、泥のついた顔を泥のついた重い手で拭き、音も無く一瞬で銃を構える。
ダン!
と、発砲すると、銃弾と共に画面が曲線を描いて変わってい行く。
もう一発。
ガン!と、銃を放ち、世界がクリアになった。
表情もなく相手を攻撃する誰か。チコ?奥まった場所で、辺りにはたくさんの人が倒れている。
どこにも感情がない。
「チコ!」
先の男が走ってくる。荒涼とした場所だ。次々世界が変わる。
持って来た袋を横に置くと満面の笑顔でチコを少し持ち上げ、伝えてからそっと地面に下ろす。その男がそんな顔をするなんて初めてだ。きっとチコの見ていた風景なのだろう。自分がチコの視点と感覚で状況を感じていた。
チコをギュッと抱きしめ、男は笑った後、横の袋からオレンジを出した。
「食べろ。みんな一番にチコに持って行けって。」
見渡すと、軍服を着た大柄な男たちが手を振っている。
男が手でオレンジを半分に割り、チコに渡した。
「嗅いで見ろ。初めてか?いい匂いだ。」
無表情…視点が同化していてファクトからは見えないが、おそらく無表情のチコが、オレンジの香りを吸った。
甘く、少し引き締まる匂いが一気に広がり、胸がドキドキする。
顔よりも先に、胸の中が熱くなった。
と、共に…気が付くとそこは、ファクトのよく知っている第3ラボだった。
「チコ!よく頑張った!」
そう言って泣いていたのはファクトの父ポラリスである。
周りに、自分も記憶のある研究員たちが少し若い姿でそこにいた。
「…申し訳なかった。本当にすまなかった…!」
流れる記憶の中で、初めてチコがラボで笑う。背は高いのに、まだ幼いような、毛先が癖毛な、おかっぱの愛らしい少女。
「ポラリス、泣かないで…。お父さん…」
優しくポラリスの頬を触れる手を急にこちらに向ける。
「………サ……ダ……リク」
「…?」
そして、今は意識だけになっていた見物人の自分に、そっと笑いながら手を出してきた。
「サ……ダ………」
『…?それは俺の名じゃないよ。』
ファクトはチコに伝える。
ふと見ると自分は子供だ。小学生の頃。もっと小さい?
「ファ…ク…ト…?」
と、大人になったチコが今度は両手を出してきた。
…チコ?
バン!
と弾けて一気にマーブルのような世界が流れる。
そこで気が付いた。
自分はチコの意識か記憶の中に入ったんだ。
すすり泣く声。泣いているのは自分?それとも誰か?
また世界が変わり…なんだろう。このカビ臭さ。
掃除もしていない埃だらけの薄暗い世界。
窓もない建物。たくさんの歳の違う子供たちが静かに勉強をしていた。周りには銃器など構えた男たちが常にいる。足が隠れるほど長い裾のスカートを履いた女性が、無表情で子供たちに共通語や数学、科学など教えていた。
ここは?
嫌な臭い…。すえたような…しけたような…。でも、無機質な。
「……?!」
見渡してファクトは戦慄した。
その部屋の隅の椅子、同じく長いスカートを履いた女性が抱く、まだ言葉も話せないような小さな子供。
その子の髪色は濃い黒のような、いまいち掴めない…グレーブロンド。
あの目。
…?!
『あの男だ!』
と思った時、その子供がファクトに視線を合わせ、眼が近づいてくる。
危ない!!と思ったとたん、瞬く間に一点から輝きが淡いオーロラのように広がる。
響の光だ。
お寺のような匂いがして、ガーーっ!と土の上に引っ張られるように引き上げられた。
―――
「ガっ!がほ!!」
いきなり覚醒して、椅子から落ちそうになる。
「ファクト!!」
それをカウスが支えた。
お香の匂いが漂っている。
「大丈夫か?!」
カストルも駆け寄った。
「ファクト!」
アーツの面々も心配そうに見ている。
「ちょっと待って…。大丈夫っ……」
心臓が少し早く打っている感じがするが、酔ってはいない。焦ったミザルが階段を下りてくる。
「ファクト!!」
「ガッ!あ、お、俺は大丈夫…。」
少し涙目で四つん這いの体を起こし、椅子にもたれ掛かって口を開く。
「響さんが…
危な…危ないかもしれない…。」
「危ない?」
カウスが聞き返してくる。
「あいつがいる……」
デネブがリーブラを下がらせ、カストルがファクトを落ち着けて聞き返す。
「あいつとは?」
「チコを…チコを襲撃した奴…、チコの中にもいる…。」
「?!」
シャプレーも含む、その場にいて聴こえた面々が目を広げた。
ミザルはシャプレーの後ろでそれを聴いていた。




