20 お酒は禁止の理由
これは雲行きが怪しい。
バカにされている大房民よりも、ネジが一本なさそうな響よりもおかしなことを言っている。
「あの、お姉様?響さんはあまり大企業の社長ご子息嫁にもプロダンサー嫁にも合わないと思いますが?」
勇気あるシグマが意見を述べる。
『あのね、私も響もそういう環境にいたの!ウチ、蛍惑ジリコン化学工業で、響の母方は蛍惑物流です。全然平気です!』
知っているメンバーは驚き、知らないメンバーが一斉にキロンを向く。
「蛍惑ジリコン化学工業も大手かな…。」
ガチお嬢様か!とみんな驚く。物流というからには響の母実家もそれなりの会社であろう。
「蛍惑物流は、西アジア北方の大手だよ…。」
地方の小金持ち程度にしか考えていなかった。
『私はね、赤ちゃん、保育園から大卒までずーと一緒なの!響は女子学校でずーと高嶺の花だったの!あなたたちとは年季が違うんだよ!絶対渡さないから!!』
「え?高嶺の花って?」
そんなこと聞いたことがなくて、思わず響、本人がハテナになる。
『蛍惑ペトルで、一人モッズオーラでみんな声も掛けられないお姉さまだと思ってたのよ!』
「それってただ単に話しかけにくかっただけじゃ……」
「蛍惑ペトルはこっちの中央区で言う、昴星女子に該当。」
ササっと調べるクルバト。さらに男子が驚く。ミッション系最高峰の昴星級?!
お嬢様学校で、一人モッズスタイルを貫いた響に、普通な生徒たちは話しかけられなかっただけであろう。
「え?お姉さま、響先生の高校時代の写真とか持ってます?」
別の勇気があるイオニア。
「やめてー!黒歴史だから!!」
叫ぶ響先生。
『あんたたち、脳湧いてるの?』
「制服ですか?」
クルバトもなぜか聞いてくる。モッズなのか、お嬢様なのか。ジョブ付けのためにも書記としてはここは押さえておきたい。が、そんなことは妄想チームしか知らない話である。
『ちょっとなんなの?!響!あんた本当にどういう場所にいるの?!!変態の巣窟??』
「例え幼馴染だろうと、今一緒に生活している方が勝ちっす!」
『一緒に???どういうこと?そいつと一緒って何?!』
キファが適当なことを言う。見合いを引き受ける時点でそんなわけない。
「そうでーす!蛍惑とアンタレスは何キロ離れているのか知りませんが、今、毎日一緒にいるのは私でーす!」
リーブラも煽る。
『何?!ホントムカつく!!一体どこに住んでるの?響!こっちで仕事見付けてあげるから、さっさと戻ってきなさい!!』
本当にこのお姉様はお嬢様なのか…と呆れる冷静メンバーたちであった。
***
その夜、響はたくさんのお土産を抱えてライやリーブラたちと寮に帰る。
ムギに栄養のあるものを摂らせてあげないと…。
ムギは2日間何も食べていなかったので、初めに何も入れないお粥は作ろう。重湯で胃を慣らしてからゆっくりと。それから胃に優しい果物をすってあげよう。即席で漢方ドリンクも買って、塩もちょっといい物をといろいろ考えて買い物をした。
空の星たちが揺れる。まだ夜は肌寒い。
***
話は少し戻って、2日前の夜になる。
この日、アーツメンバーは禁酒の理由を知る。
サルガス、タウなどメインメンバーたちはサラサやベガスの人たちと共に、巨大スラムを抱える河漢の人間たちと懇親会を持つことになった。
スラムの河漢開発の会とは思えない、大きく豪華な料理屋に招かれる。
入店前に全員サラサに釘を刺された。
「お酒を勧められても、食前酒でも絶対に飲まないように。
アレルギーですでも、飲まない主義ですでも何でもいい。絶対飲んではいけません。」
何人かの挨拶が済み祝杯が始まる前に、店員だけでなくきれいな女性のコンパニオンたちが現れグラスを準備した。この時代、宴会に女性のコンパニオンしかいないというのも珍しい。接客専門の配膳だ。
「今後の計画の良き推進を祈って。カンパーイ!」
と、音頭が取られ、宴会が始まる。既に食前酒がお酒なので、VEGAや南海の青年たち、アーツはグラスに口を付けるだけにした。
それから暫く経って、サラサの言っていたことが分かる。
とにかくおじさんたちにお酒を勧められる。そして、主催者が近寄って来て、最初にリーダーのサルガスに話が回って来た。
「どの娘がいいですか?腰に赤いリボンを下げている娘なら大丈夫ですよ。」
まるで会議でもしているかのように、普通の顔で言う。
は?と思うサルガス。
「ここではちょっとというなら、後で外に準備します。今はベガス側の女性もいますからね。大っぴらには…」
隣りの席のおじさんもニコニコ笑っている。
今日はサラサ以外に、状況を知りたいと来たハウメアもいる。河漢側にも要職の夫人たちがいた。こちらの総責任者がサラサなので、やたらサルガスに絡む。
サルガスの横に座り、肩に寄って来て主催者が言う。
「皆さん若いって聞いたから、なるべく若い子を準備しました。女のコたちもおじさんじゃないから張り切っていましたよ。」
片側のおじさんも楽しそうに付け加える。
「あの子がお勧めです。」
まさかとは思ったが、やっぱりそうなのかと理解して、頭を抱える思いになるサルガス。断って当たり前なので、とにかく辞退すると今度は女性の方から寄ってくる。時々見渡すと、他のメンバーも声を掛けられている様子だった。
ちょっと待て。俺らは子供の教育にも関わっているし、あんたたちもそうじゃないのか。今も仕事の一環だ。教育関係者もいるだろ。
貧困地域、統制が取れていない地域、独裁国家、無法治国家系の国はまだまだこういうことがあるらしい。ただのお楽しみの場合もあるが、お酒や女性でおもてなしがいわゆる賄賂で、自分たちの地域の実績を上げることによって地位の安定や向上を図らっているのだ。こういう世界が当たり前で、悪気のない場合もある。
昔は上級層、中間層、現連合国国家群もひどかったが、霊性やサイコスが開発されて、今は大分変っている。能力を持つ国民たちはごまかせないからだ。
カウスの言っていた話が、まさかこのアンタレスのこの計画で、早々に出てくるとは思わなかった。
残念ながらそういう人たちでも、付き合っていかなければならない。内部なら処分すればいいが、他人の領域に入って行くわけで、法に反していない限りはそれも仕事なのだ。
「つうか、アンタレスでもこれって条例違反じゃ…というか統一アジアでは違法じゃね?」
キファが思わず言う。もちろん違法である。
「ここは半分海外ですからね。アンタレスもまだ全部に手を入れていないので、私たちはひとまず静観です。ベガスも移民中心の自治体なので、あまり強くありません。」
南海の責任者が、ため息交じりに言った。チコの責任地域はベガスのみである。肩身の狭い移民だけでなく、アンタレス市の倉鍵に動いてほしかったのにはこういう理由もある。
「それに、こういうところの女性に手を出すと、後でもっと怖いモノや人たちが出てくることもあって、抜け出せなくなることもあります。」
昔のように金持ち客が捕まらないので、今だけのお楽しみで終わらない場合も多い。
「これ、酔っているとけっこう雰囲気に流されてついて行っちゃいますからね。
まあ、前時代に比べたらこれでもこういう話は無くなった方です。」
と、サラサはしれッと言っていた。




