12 また蜂の話
アーツやベガス青年たちを前に、カウスは続ける。
「それで私は…」
周囲を見渡すので、みんなが注目する。
「異動します。」
「異動?!」
サルガス、タウ、シャウラも驚く。聞いていない。
「突然言われまして。今チコさんが長期不在でしょ。自分が警備見回りします。それで、河漢もサラサが私のポジションに入ります。」
「は?でも現場は?」
イータが抜けて、サラサがこっちに来たら事務局から2人も総務ができる人間がいなくなる。その前に、そんな危険な場所に女性のサラサを送るなど無理であろう。
「サラサに任せます。」
「え?任意参加にするぐらい危ないところなんでしょ?サラサさんではヤバくない?」
「大丈夫です。サラサなら。」
「?」
もしかして、サラサさんもヤバい系?とみんな息をのむ。
「河漢といってもムギの家族も暮らしています。危ないところに入らなければ大丈夫ですよ。」
みんなホッとする。そういう事か。
「…なら…、俺らには直接関係ないことですが、チコさんそのものの位置には誰が入るんですか?ベガス総長や総督とかいう役割は…。」
チコ自体が代理なので、誰かがそのさらに代理になるのかなと思うファクト。
「いったん空席になります。」
「空席…。」
本当はアンタレス駐在ユラス軍の位置のことも聞きたいのだが、率直に聞けない一同。ここにはアーツ以外の人間もいるし、軍事関係に踏み込んでいいものか。ユラス人がはっきり言わないので、アーツはチコを軍人と思っているのだ。
「はい!」
「何ですか。ファクト君?」
「カウスさん、ファクトでいいって言ったじゃないですか!」
「あ、すみません。じゃあファクト、何ですか?」
「カウスさんや同僚さんたちの指揮は誰がするんですか?」
お!よく聞いた!ファクト!と、一瞬アーツの英雄になる。
「…。君たちに直接関わることはないと思いますが、他の人間が来ます。」
「強いですか?」
なぜそんなことを聞くんだと思う、アーツ以外。
「……まあ、指揮官は別に強くなくても頭が回ればいいですからね。普通の人が来ます。」
普通って?!
「真面目で面白味もない人です。顔も跳躍力も普通です。数年ぶりに会った部下に、直下の部下じゃないと言ってコーヒーも奢ってくれない人です。勝手に買って会計をしないから自分が2人分お金を出しました。パワハラですね。」
「………。」
跳躍力は関係ないと思う一同と、おもしろそうな人じゃんとただ一人思うファクト。でも、新しい技がないか期待していたのに戦闘員でないとは少しがっかりだ。
ただ、考えてみれば、チコはアーツも担当していたからよく会っていただけなので、特別なことでもない限り確かに会うことはないかもしれない。
「大丈夫です。異動と言っても、役職はそのままなので私もきちんとアーツ責任者の位置には入っています。最近いろいろ起こっていますので、警備に駆り出されたんです。抜けた穴はミラか南海から立てますので、さみしいけれどよろしくお願いします。」
仕方ないのだろう。
ただ、やはりみんなバカではない。正確にはただバカというだけではない。
チコの長期不明瞭な不在、ファクトの骨折。様々な人事異動。突然強化されたアンタレス全域の警備。よく見るようになった東アジア軍。
何か起こっていることは分かっていた。
***
響が珍しく、コソコソ隠れてアーツ男子寮付近のたまり場で誰かを待っている。よくアーツがだべっている場所だ。
隠れているつもりだろうが、全く隠れていない。
午後6時近いので、仕事も終わるはず。直接何かのトレーニングなどに行かなければ、一度帰ってきそうな気がしてここに来た。
「…。響先生。何してんすか?」
「わあ!!」
心臓が飛び出しそうな勢いで驚く響。
「あ、えっと…。キファ君!」
「何ですか?イオニアですか?」
ぶんぶん首を振る響。
「絶対会いたくない!」
「…あ、そうっすか。イオニアかわいそう…」
「何もかわいそうでないです!私の好きな人の条件にあてはまりません!それに、私もこの前嫌われたはずです!」
あのタイプの男性の条件に当てはまる人間は、おそらく女性小説や漫画の中のヒーローだけであろう。
イオニアはなぜそんなに響先生が好きなのか。
長い黒髪に、とろんとしているのに意志の強そうな目。黙っていれば、大人系セクシー系ミステリアス系にもなれるのに喋ってしまうから、三枚目になってしまうお姉さん。
確かにかわいいと言えばかわいいし、キレイと言えばキレイだ。性格もいい。でも、大学校内にはそれなりにキレイな子は他にもいる。というか、ちょっと好みなら誰でもいいというか…と思ってしまう20代フリーの男子。
「何ですか…?」
響が怪訝な目で見る。
「あ!いや、先生こそ誰を持っているんですか?」
「タ…」
「タチアナ?」
「タラゼ…」
「タラゼド?」
コクっとうなずく。
「え?タラゼドにしたんですか?あの不愛想なのでいいの?」
「は?」
訳の分からない響。
キファはタラゼドに通話を繋ぐ。
「タラゼドー。響先生が寮前の一服するところで待ってんだけど。」
「小さい声で言って!」
焦る響。一服すると言ってもベガスは禁煙である。何人かが気が付いて、こっちを見ている。
「あー?近くにいる?来て来て。」
しばらく待つ二人。
「響先生、なんでイオニア嫌いなの?」
しつこいなあと、いやな顔をする。
「嫌いとかじゃなくて、びっくりしたし。だめ。」
それは…、あれはびっくりするだろ。修了式のことだ。事務局からアーツ一同までみんなびっくりしていた。
「それに今度、お見合いするの。」
「お見合い!?」
キファ、やっと表情が変わる。
「いい加減結婚しなさいって言われて。こっちにも同郷の人たちが結構いるから勝手に紹介が来るんだよね。でも、私もそろそろ相手にされなくなりそう…。いい歳だし、がんばらなきゃ!」
「………。」
何とも言えない顔で見てしまう。お嬢様らしいので、紹介相手もそれなりの人だろう。大房ではお見合いする人なんて聞いたことがない。サラッと言ってのけるところで、自分たちの世界とは違う人間なんだなと思った。
「おい、何なんだ?」
タラゼドが来る。
「あ…!」
響の目が輝く。
「……。」
この目は怪しい。変な顔で見てしまう、タラゼドとキファ。
「み、見付けたんです!」
「………何を?」
「ハ…」
「……。」
「蜂………。」
「ハチ?」
「またハチの巣獲ってください!ちゃんとお金渡します!!小さいのだから負担はないと思います!」
超キラキラな目に、さらにドン引いてしまう二人。
「この季節だったら周りに飛んでなきゃ、さっさと袋に入れて持っていけばいいよ。」
タラゼドがそっけなく言う。
「えー!もし刺されたら死んじゃうかもしれないのに!!冬も危ないでしょ!」
青ざめる響。
「それに届かない…。」
「どこにある?」
「この前と違う階段裏。これ写真。」
「これ南海か?」
三人で眺める。
「………。」
「1階と2階の間だろ。大きくない巣だしさっさと取ればいい。」
「えー!こんなに高いところにあるのに?!」
「たいして高くない。金払う方がバカみたいだな。」
「お金を払ってもお願いしたいんです!」
「助手に任せればいい。学生に男いただろ。」
「研究室の子が怪我したらどうするんですか!!」
「こんなんでケガするのか…?」
遂に怒る響。
「いいです!自分でやります!網のついてる帽子買ったんです!グローブに目張りしてやります!」
怒って歩いていく。
ちょっとヤバそうだと、後ろから着いて行くキファとタラゼド。
バッと振り向く響。
「ついてこないでください!今日は暗いからもうしません!明日します!!」
「響せんせーー!!」
聞きつけたイオニアがやってくる。
「俺を見に来てくれたんですか?」
笑顔で声を掛けると、すこぶる不機嫌な響。この顔は初めてだ。だが、それはそれでかわいい。
「私の好みは、金髪琥珀眼の皇子さまか、赤毛短髪の白馬の騎士です!あっち行ってください!」
「まだ夢見てるの?前とタイプが違うよ。」
「夢はいつまでも忘れないで生きるタイプなんです!」
「響先生~。夢と現実同時進行しようよ。」
「しつこい!」
イオニアはバチっと腕を叩かれる。
「思い知りなさい!」
「え?もう1回叩いて…。」
ぞわっとする響。
「え…やだ。変態。」
「え?叩いてよ。」
響の張り手など、腕に食らったところで全く痛くない。
「来ないで!気持ち悪い!!」
離れてほしくて押すように胸元を叩くが、そのまま手をキャッチされる。
「柔らかい…」
「…っ。うぎゃー!犯罪者!!」
バシっと手を振り切る。
不細工な声を出して逃げていった響であった。
また何かやっていると、ギャラリーが集まっていたが、残された男三人は何を言ったらいいのか分からなくて、ただ見送った。
●前回のハチの巣退治
『ZEROミッシングリンクⅠ』74 蜂の巣をもらう
https://ncode.syosetu.com/n1641he/75




