10 人事
東アジア駐在、ユラス軍派遣VEGA職員とかユラス軍派遣警護員とかいう、ややこしい名義の人たちの会議が終盤に入った。
「大佐、ワズン大尉が到着しました。」
「あ、分かった。入れ。」
壮年に入りかかった大柄の男は、似合わない図体でデバイスを操作したまま頭も上げない。
「大佐、入ります!」
「うるせーな。入れって言ったんだから勝手に入れ。ワズン。お前はこれからチコの位置に入れ。しばらくベガス駐在になる。」
「…。」
「返事しろ!」
「は!了解!」
と、ここまでまじめに答えて、ワズンはそばにあった椅子にドカッと座った。
「何でベガスなんですか?」
「聞いているだろ。チコがもうダメかもしれない。」
「…。」
「だからいちいち俺がここまで来て組み直しているんだ。」
「…。死んだわけじゃない。」
「意識だけでなくまだ傷も塞がらないらしい。結構経ってるのにな。いつどうなるか分からない。」
「…。」
横の方で立っているカウスが何とも言えない顔をする。
「このクソが!なんでしっかり見ておかなかったんだ!!2回もどういう事だ?!!」
大佐はカウスの顔に書類を投げつけた。
「申し訳ありません。」
直立、無表情でカウスが言い、横で兵士たちが慌てて書類を拾う。
「1回目の事故の後になんでこんなことになってんだ?!!クソか?!!!全員解散でもいいくらいの不祥事だぞ!!!」
夜の時間は関与しないようにチコから命令を受けていたのだ。それがチコがユラスに残る条件として。
それでも見ていたが、全員撒いていたのだ。
「………」
「あいつもなんで深夜に出歩いてんだ。仕事増やしやがって!」
ワズンは何も言わずに窓の方を見ていた。
大佐が書類を一枚出してワズンとカウスに見せる。
「チコからだ。何かあった場合ユラス、東アジアに全て任せるとな。ベガスアーツに関してはカストルを筆頭にエリス、カウス、サラサに一任する。その後のアーツでの進退はカウス自身に任せるが、継続できる後継だけは立ててほしいとのこと。読め。」
カウスに向かってプリントした書類を投げた。
キャッチしたカウスは無表情でそれを見る。
「カウスはしばらくベガスの見回りをしろ。アーツって言うのはよく分からんから任せる。アンタレスも関わっているんだろ?無下にできないからひとまずお前の責任下に置く。ただし、実務はサラサと別の人間にやらせる。」
「分かりました。」
それだけ言うと、大佐はそのまま机に頭を伏せた。
***
休憩に入り、ワズンとカウスは二人でコーヒーを飲む。
正直カウスは何も飲みたくなかったが、落ち着かなくて何か持っていたかった。
「本当に誰にやられたのかも、なぜそうなったのかも分からないのか?」
ワズンが聞く。
「…1人最初に駆けつけた時にはもうあの状態だったらしい。申し訳ない…。」
現職を解任されるくらい覚悟はしていたが、そのまま残るように言われた。
「ユラスとしてはこのまま死んでくれた方が好都合だろうな。正直、チコはもうユラスには必要ない。金も設備も掛かる。」
ワズンが言うとカウスが食ってかかる。
「そんなこと!」
「誰もが思っているわけじゃない。でも、一世代前の人間はそう思っている方が多い。反面、東アジアはこのまま受け入れても歓迎だろうし。」
カウスは少し自分を落ち着けた。ワズンは現状を話しているだけだ。
「使うだけ使って、役目を終えたら煩わしいから去ってほしい。都合がいいな。でもそういうもんだろ。いらない人間をトップに置きたいわけがない。」
「………」
「こちらとしても、このままユラスが捨ててくれた方がいい。」
ワズンの言葉にカウスが驚きを隠さない。
「…まさかまだ…」
「状況が変わって来ただろ。先は分からない。」
「……」
良からぬことを言う上司にカウスは黙る。
「ユラスはチコの位置を空位にしたいからな。サダルが帰ってくるかもしれないんだぞ…」
「…確定なのか?」
「…それも分からない。」
ワズンは考えながらもはっきりと意志を示す。
「帰ってきたら、もっとチコは邪魔だな。成り行きを見ながらの話だが、俺は好きなようにさせてもらう。」
そこで大佐も入って来た。
「おい、お前ら。」
「…なんですか?」
「先の会議の判断は俺がした。」
「…はあ、それがどういう事で?」
そんなことは分かっている。先聞いたばかりだ。自分の決定を再度言いに来るとは子供なのか。
「ユラスからは、どちらか帰って来いと言われている。お前ら二人も要らんだろ。アジアに。」
「!」
「?!」
二人同時に驚く。
終戦したとはいえ、ユラスはまだ不安定な上、北メンカルにも動きがあり権力を狙う者もまだまだいる。カウスクラスの人材はできるだけ国内に留めたい。だが大佐としては、今アンタレス、そしてベガスが重要な分岐点にあると思ったのだ。ユラスにいては分からない重みがここにある。アジアから引き上げたくない。
「ワズン大尉が帰って下さい。俺はチコから直接任されていますし、ベガスから引揚げはもう無理です。」
「上官に指示するのか?お前が帰れ!お前だけの話だ!」
「イヤです!これだけは譲れません。あなたのさらに上官からの命令です!…考えてみれば今俺はフリーです!」
「何がフリーだ!じゃあ、ただ先輩に譲れ!」
フリーの国軍軍人なんているわけがない。カウスは現役ではないが、ほぼ軍人のようなものだ。
「お前らの不届きでチコがああなったのにか?!免職にならなかっただけでもありがたいと思え!」
「……」
普通だったらカウスだけでなく今のベガス陣営は解散、免職だ。
「大尉といっても、あなたも今はフリーみたいなもんじゃないですか!好きに国で仕事してください!」
「あっちには権威欲の塊が何人もいるだろ。そいつらがすればいい。」
「ダメです!私は夫婦でチコに終身宣誓しました!一生チコ様の奴隷です!!」
「は??」
今度は大佐とワズン、二人が驚く。
「お前何勝手なことを!」
大佐がカウスの胸ぐらをつかむ。
「無効だろ!」
ワズンも言う。
「残念ながら80人近い人の前で誓った上に、実家にも報告してしまいました…。あ、100人はいたかな?ウグ…」
今度は首を絞められる。
「チコの前に神に誓うだろ!神が帰れと言ったら帰れ!」
「まだ神様からそんな命令は受けて…いません……」
苦しそうなカウスをやっと離す大佐。
「実家に殺されるぞ。」
「…既に逃げてきているので…」
「なぜ敵を増やす。チコのユラスでの立場がもっと悪くなるだろ。アジア対オミクロン戦になったらどうするんだ…。」
「なりませんよ。若い世代は味方です。」
「そんなに簡単な話じゃない…。」
「そういう話と…思いたいです。」
カウスの言い訳にもならない言い訳に、ため息をつく上官二人。
「なら公平にジャンケンで決めよう。帰る方!」
ワズンがワズンらしからぬことを言う。そんなこと言う男でなかったのに、と思うカウス。
「ジャンケンは弱いのでいやです!絶対帰りません!帰ったとたん吊るし首です!」
「ジャンケンで、大尉の移動を決める軍隊がどこにいる!ワズンも大尉から降りろ!」
大佐は二人に蹴りを入れた。
***
ダン!ダン!
ダン!ダン!
南海の射劇場でほぼ的に当てているのはムギという少女。半プライベートブースにいるのだが、ガラス越しに見物人たちがいる。
なにせ普通の銃捌きではない。
最初は横に走って…、次は左手で回転して走ったまま撃つ。
「はい、次ファクト!」
「…走って撃つなんて無理なんですけど。」
まだ構えるだけでやっとだ。
「襲ってきた敵が的みたいに待ってるわけないだろ!」
「だから教えてください。ムギ先生。それに俺。骨折ってます。」
「あっ、そっか!めんどいな。」
少し考えるムギ。
「…普通のはできるんだろ?じゃあ、的の方を少し動かそう。こいつら大して動けないからな。」
いきなり最速にするムギ。
「速いんですけれど。」
構えたままムギを見る。
「うるさいなー!さっさと撃て!」
ジーと狙いを定める。
「腕が疲れました!」
「………。」
ムギが怒らずに堪えている。
「そんなに重いのじゃないだろ。」
「ずっと持っていると重いです。」
「手首と腕をもっと鍛えた方がいい。背も伸び切っただろ?好きなだけトレーニングしろ。」
伸びきったかは知らないが、これ以上伸びなくていいと思うファクト。正直このくらいが動きやすいので180を超える前に止まってほしい。もう少し低くてもいいくらいだ。
「……。」
ファクトがムギの手首をじっと見る。
「この細い腕でなんであれこれ使えるんだ?」
「疲れる前に撃ってしまえばいい。」
ムギはファクトの持つ物より重い銃を構えると、腕をあげて手首だけで銃を起こし、一瞬で打つ。
バズ!
と、的の中心を射た。
「……。」
できないだろ…と思う。いつ照準を合わせたのか。
「実践では誰の銃を使うか分からない。自分の使い易い物が習得出来たら、他のも使っておいた方がいい。この銃は衝撃はあるけれど速度が速い。この距離からなら銃口がそのまま的を狙った角度でも十分当たる。」
どんどん説明していく。言っていることの意味が分からないわけではないが、セリフが速くて頭が追い付かない。
「飛距離がある場合は歪むけど、ファクトの体格なら力さえあれば片手でいけるぞ。」
ムギも今、片手で撃ってたんですけれど、と思うのにツッコませてくれない。
「あの…その早撃ちの仕方を教えてくれませんか?何というか…感覚が全く分かりません!」
「…。」
ムギが仕方なく動く的を止める。
「とにかく撃とう。撃って撃って撃ちまくって感覚を掴むしかない。剣も素振り千回するだろ。…ただ銃の方が、機種ごとにクセが強く現れるからな。」
罰以外は素振り千回もしないし、剣の素振りと銃は大分違う気がする。
「あんまり銃弾使うと怒られそうですが…。」
「BB弾か、ショートレーザーに変えよう。…BB弾は軽すぎるからな。ショートで行こう。ショートの欠点はよほどの抵抗がなければきれいにまっすぐ進むから、弾丸の感覚がつかみにくいことだな。でもいい。ショートの後に銀弾でいくぞ。銃弾とショックガン、レーザーとかの大きな違いを見極めてから細かい調整ができるようにしよう。」
「レーザーにも実弾体感モードとかあるよ。」
「それはあてになない。銃の重さは変わらないだろ。それに今、必要以上に振動を与えるな。骨折した腕によくない。」
最初は、実弾を模して衝撃や重みをつけていない銃タイプを選ぶ。
「取り敢えず手首に負担はないように少しだけにしておこう。」
ムギはファクトが構える腕を横から支えて角度を伝える。
一度それで撃つと、少し外れたが的には当たった。
なぜ、横下から照準が分かるのか。
知り合いのおばさんに袴を着せられた時、前からどんどん着物や帯を締められたが、それを思い出す。なぜ自分がする時と反対なのに勝手が分かるのだ。混乱しないのか。映画や漫画でも、照準を合わせてもらう時は後ろからだろ。
「よし!慣れたら10弾ずつで交替して、それから間にショットガン3発を入れよう。それも慣れたら的を動かすぞ!最終的に5種に増やして自分も動く!」
「ケガしてんですけど。」
「あー!本当にめんどいな!」
そのまま夢中で撃っていると、ガラス越しに知っている顔が飛び込む。
「うわ!」
ソラやソイド、リゲルやローたちがいる。とくにソラはかなり怒っていた。
「ズルい!なんでファクトだけそんな特訓してるの?!」
それは、大切な箱入り娘の高2女子に実戦訓練なんてできるわけないからである。タウ家族に叱られる。ファクトはまだ、他の武器も習うつもりでいるので時間も勿体ない。
無視して続けると、ズルイズルいと、ガラスをぶち破る勢いでドンドンする。
使用禁止になると困るので、仕方なく中に入れた。
おかげで、変な訓練をする人数が増えてしまった。