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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第七章 消えたあなた
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9 イータの涙




数日前、まさかSR社訪問の、日が変わった時間にこんなことが起こるとは研究員側も思っていなかった。


チコの状態を画像で先に送られた研究室では、深夜でも大騒ぎになっている。



近隣の提携病院で応急手当をしてからこちらに運ぶか、医者をこちらに呼ぶか。そして、もともと限定された人間だけが関与している特別ニューロス体に、どこまでの人を関わらせるか。

現在社長もいないため、連絡を取りながら誰もが慌ただしく話し合っている。輸血の準備から培養液、様々な液体が用意された。一旦倉鍵(くらかぎ)の研究室に運ぶが、第3ラボの方もいつでも入れるように準備を整える。




真夜中の都心の森に静かなざわめきが起こった。


「到着しましたー!」


裏の屋内ヘリポートに、一見普通のレスキュー用に見える軍の大型ヘリが到着する。シャッターから入る冬の風と、ヘリの風が周囲を渦巻く。



風が収まりかけたところで、ドアが開きストレッチャーが運ばれた。

また、過呼吸が始まる。


「先生!まだ風が危ないです!」

ミザルは構わずストレッチャーまで走る。

「こちらで連絡した鎮痛剤を打っています。」

付き添いの軍医が伝える。


「チコ!分かる?!」

ミザルが走りながらチコの目を片手で覆うと、その手から白い光が走り、しばらくすると呼吸が収まった。

「ファ、ファクト?…」

「私よ。ミザル!」

「ミ、ザ…ル?」

「そうよ。安心して。」

「………」

ミザルは走るストレッチャーから離れ見送った。風で黒い髪が顔に掛かる。


「どちらに?!」

ユラスの護衛が搬送先を聞き、研究員に案内され、途中でSR社にストレッチャーごと引き継ぐ。


ユラスの護衛も、連合国国籍を所持の上はっきりした身元があり、ヘリ内で申請が通った者しか奥へは入れない。


ミザルは渡されたカルテを見た。

「準備しましょう。医療処置が先ね。」

「はい。先生たちが来ています。」



先の言葉を最後に、チコの意識は戻らなかった。




***




「ねえ、何か隠してるでしょ?」


「は?何が?」

「なんで骨折したの?」

「落ちたんだってば。」

「どこから!どういう風に!どういう角度で!どこに!」

「…あのさ、授業始まるんだけど。」

「いい加減に白状しなさい!」

しつこいムギにファクトは教科書で顔を隠す。


「ファクトはさ、そんなことで骨折したら、自分からジェイやラムダたちに絶対何か言うタイプでしょ。自慢すらしそう。なのに何も言わないのおかしいもん!」


世間のことなんて何も分かっていなさそうなのに、なんでこういう時だけ頭が回るんだと、いやになるファクト。

「自分のバカさに反省してるから。」

「…何を?」

ムギはしぶしぶ大人しくなった。

「調子に乗って無茶し過ぎた。カウスさんにも大人しくしてろと怒られた。」

カウスをダシにする。とりあえず、カウスやサラサを出しておけば言い訳になる。


ムギはもちろん、いつもファクトの近くにいるリゲル、サルガスやヴァーゴも聞かないけれど何かあったと勘づいてはいるのだろう。カウスもしばらく姿を見せていない。ただ、リゲルはごまかせそうになかったので、チコの重篤以外は多少話をしておいた。



チコはSR社での検査の結果、思ったよりも改善の必要があったから、集中調整に入ったという事になっている。



驚いたのは、サラサとカウス同僚が話しているのを聞いてしまったのだが、チコの意識不明が続く、もしく容態急変の事態、つまりは死亡の可能性まで考えて今後の見通しを立てていたことだ。


しばらくはショックで授業が全く身に入らなかった。

ムギがこんな話を聞いたら、SR社の門を破壊してでも会いに行くだろう。藤湾のユラス人の生徒たちはどう思うのだろうか。



この話も聞きたくて聞いたのではない、伝心で聴こえてきたのだ。


チコがあそこまで怪我をした状況が分からないので、何度かベガスの一般人が入れない裏側に呼ばれた。その後に、たまたま聞いてしまった。

男の件に関しては、組織立っての犯行ではないと今のところ見ている。存在を残さずに身を隠した手練れさと、顔を出した不用意さの差がどこの組織に当てはめても違和感を抱かせる。捨て駒にされる一般人、もしくはメカニック体にしてはあまりに強すぎる。はぐれ兵という可能性もある。




チコがいなくても当たり前に進んでいく日常が変に思えた。でも今は、これ以上の対処もできないのだろう。


ファクトもサラサから、普通に日常生活をするように言われていた。イータも出産を控えているし、小さな襲撃はベガスだけの不安事項ではないため、1人にならないように警報装備を持ち歩くようになど注意勧告しか出ていない。その注意勧告もアンタレス全体に出ている。



「ねえ、ムギ。」

「なんだ?」

「俺のこと無視はしなくなったね。」

「…うるさい。何だ。」


ソラやソイドに聴こえないようにこっそり言う。

「いろんな武具の使い方教えてよ。」

「…。」

「有効な武器とかさ。」

「……習っているだろ。」

「だから実戦で有効的な対処の仕方とか。命中率の上げ方とか。片腕がないときの対処とか。複数人がいて、誰か怪我したのに攻撃されるときとか。」


こういうことは、カウス、現役兵クラスの次にムギが一番動きがいい気がする。

「…。」

「何その顔?」

「……お前、調子に乗り過ぎて反省中じゃないのか?」

「反省だけならサルでもできるじゃん?その上を行かなきゃ。」

イヤなものを見る顔で、顔をしかめるムギ。


こいつは何の反省もしていない…。と、断定したムギであった。




***




その週明けの明け方、予定日より大分早めにイータが出産をした。


アーツベガスで最初の赤ちゃんは男の子であった。母子ともに健康、安産である。



ユラスや西アジアの知り合いの女の子たちが、蠟燭をともして祈りを捧げてくれ、不在のカストル、エリスに変わってクレスという牧師が病室で最初の祝福を与えてくれた。これまでエリスはあまり顔は見せなかったが、エリスに並ぶ役割をしている立場の人だ。

下町ズは、出産にそういう事をするのかと、祝福の写真を見て不思議がっていた。


タウ父は声も出せないほど大喜び。

タウや妹ソラが呆れてしまうほどだった。


どこ習慣なのか分からないが、太極拳の仲間たちに報告すると、なぜか紙幣を体中に挟まれたらしい。


タウ母も駆けつけている。イータが3泊入院することになったので、ひとまず子供に触れて顔を見ただけだ。出産後の体を休ませる産褥(さんじょく)期間は、移民友達のライたちも手伝い、彼女たちの仕事中はタウ母が母子を見ることになった。


入院中は、アーツの面々がガラス越しに新生児室の赤ちゃんを見に来ていた。退院したらかえってしばらくは見られなくなると知って、みんなゾロゾロ見に来たのだ。

新生児室にいるタウ赤ちゃんをあまりにたくさんの人が見に来るので、看護師は数回目にして、ベッドに『タウ&イータ』と少し大きめに書いて張っておき、お見舞客が来ても何度も対応しなくていいようにしておいた。勝手に見てくれという事だ。



「わあ!かわいいねえ!」

ムギがガラスにへばりついて、子供みたいなことを言っている。


「生まれた時はしわくちゃだったのに、もう赤ちゃんになってる!不思議だね。」

ソラが自分の甥っ子をジーと見る。

「もう、オバサンなんだね!」

バシっと叩かれるファクト。


「なんか顔が歪んでないか?」

ジェイがヤバくないかと心配する。

「大丈夫だよ。生まれる時にそうなるけど、しばらくすればきれいな顔になるよ。」

ジリは性格の悪い姉の、かわいい赤ちゃんを姉よりよく見ていたので知っている。



タウのSNSは超にぎやかなことになっていた。タウは全員に一括で『皆さんありがとうございます』しか返していない。


サルガスが通り掛けに、

「おめでと。」

と、タウに一封渡す。

「お前からは受け取る。」

タウは遠慮なくスパッとサルガスの手から受け取った。


実は、数人からモバイルに入金が来た時点で個々人のお祝いは断っている。アンタレスではお祝い返しの習慣はないが、アーツだけでなく大房でも南海でもこれから結婚、おめでたしそうな奴らが数人いるのに、毎回こんなことをしていたらキリがない。

ただサルガスが、最初だしお前だからみんな盛り上がっているんだよ、受け取っておけと言っていた。



イータはあれほど出産を楽しみにしていた、カストルの妻、デネブが用ができたと入院中全く顔を見せないことを心配した。


デネブは「一番に抱きたいわ!」と、父母、祖父母ドン引きのことまで言っていたのだ。


おしとやかな淑女な女性と思いきや、デネブはムギもいるのに、妊娠中も問題ないなら夫婦仲を深めた方がいいとか、夫との時間が嫌いですという女性に、ちょっと人前で言うには恥ずかしくなるようなお勧め話をしたりとけっこう大胆な女性であった。牧師夫人は夫人たちからそういう相談をよく受けるので、逆に詳しいらしい。

下町ズが野暮な話ができないわけではない。ピュアなわけでもない。無表情で聴いているムギや熱心に聴き入る移民の年下の子たちもいて、なんだかよく分からないが、こっちの方がそわそわ恥ずかしくなってしまう事がよくあった。ムギはピュアなのか世の中慣れしているのか本当によく分からない。


デネブは蛍たちのことも、母親のように気を遣ってあげてよく見に来ていた。



何かあったのだろうか。


チコの調整に付き合っているとだけは聞いている。デネブはアジアの筆頭牧師夫人であり、自身も牧師だ。忙しい立場だから仕方がないのかなと考えた。



安産で体が安定してることもあるだろうが、世間で言われているほど産後の周りのうるささ、賑やかさはいやではなかった。ベガスは人が多すぎて、誰が何を言っているのか把握しきれないし、いちいち気にしていても仕方ないというのもある。


むしろ、デネブやチコが来てくれないことが寂しかった。

分かっている。チコもデネブもアーツよりもっと大きなたくさんの位置がある。



少しして間をおいて、デネブから祝福の一報が入ったのは夜、授乳している時だった。


今なら通話できるのだろうか。忙しい合間なのだろうか、疲れているのだろうか。必死に考える。

その後に通話が来た時は、子供みたいに通話越しに泣いてしまった。



おめでとうの次に、慰労。祝福。それから連絡できなかったことを謝られる。

タウ母のように、お母さんの声みたいで安心する。


それに喜んでもらいたかった。

今まで過分に誰かの関心を買いたいと思ったことはなかった。人が自分に無関心でもよかったし、注目されたいと思ったこともなかった。そんなのはチームダンスの時ぐらいだ。

でも、今は話がしたい。以前のように寮のマンションでみんなで囲い合って、私たちの間で笑ってくれたらいいなと思った。


カメラで、少し顔立ちが整ってきた赤ちゃんの動画を見せてあげると笑っていた。チコさんにも見せてあげてと泣いていたら、たくさん慰められる。チコさんも頑張ってね、デネブ夫人も無理しないでと言いながら、また涙が出てきた。


通話を切った後も、しばらく涙が止まらない。



それに気が付いたタウが、指で涙を拭いて、寝たままの自分の唇にそっとキスをしてくれた。




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