107 土に降り立つ天使
マイラを含む、数人の帰国組がカフェのテーブルを囲んで悩ましげな顔をしている。
「…3年前の風景と違い過ぎてここがどこなのか…。私たちは浦島太郎でしょうか?」
マイラは黙っているが、みんなかなり戸惑っている。
3年前はチコが軍人だった時に比べればかなり雰囲気は和らいでいたし、直接会話もしていたが、ここまでではなかった。あの人はいつもキリっとしていた。そもそも、なぜチコはそこまでサダルに会いたくないのか。
前だったら、思ってもチそれを口に出すことはなかったであろう。少なくともあんな大勢の前で。帰国組からしたら、アーツはただの雑多な集まりに見える。あんな重大発言を、最近集まっただけのメンバーの前で言ってもいいものなのか。
「フォーラムの事も吹っ飛びそうなくらい衝撃です…。」
1人の女子が言う。しかもチコより歳下と聞いている男子たちに軽くあしらわれていた。机に伏したチコも、めんどくさそうなチコも、あんな風に悪態をついているチコも初めて見る。
「幻滅した?」
マイラが聞く。
「幻滅…と言いうか…。何がショックか分からないくらいショックです!」
「ある意味幻滅しています。なんか、よく分からない…。」
「…私たち、今まで通り接すればいいのですよね?」
数人が口々に言う。
「…………。」
マイラだけ、昨日の事を思い出して少し笑ってしまう。ええ??と思うような崩れぶりだったが、あんな風に笑った顔も初めて見た。
「あ!サウスリューシアのみなさん!」
そこに来たのが、ラムダと一緒のファクト。
「いつもチコがお世話になっています。」
と、近くに寄って挨拶をし、ラムダも慌てて頭を下げた。
「??」
また訳が分からなくなる帰国組。帰国組はリーダーやミーティングに参加する大人メンバーとしかあまり話していない。なぜ、子供たちがこんな挨拶をするのだ。
「あ、チコあんなふうだけど普段はしっかりしているので、よく支えてあげてくださいね。…乗り越えられるかな。全部が終わるまで…。」
ファクトは先、事務局で死にそうな顔のチコを見たばかりである。
「…。」
反応が鈍い帰国組に、ファクトが逆にハテナになってしまう。
「あの、君たちは?」
「ファクトと言います。最初のアーツメンバーで今高3です。」
「僕もアーツメンバーで、大学に通っています。ラムダです。」
「………」
沈黙の中でファクトはこっそり言う。
「あの、皆様何か技とか持ってます?」
「技?」
「藤湾リーダーのカーフとか叩きのめせるような…。」
「は?………」
「一度も勝ったことがないので、先輩方なら知っているかと…。接近格闘術でもサイコスでも勝てなくて…。折角俺が編み出した技も、奴はその数十分後に習得してしまっていつも面食らっています……。」
電気溜まりを飛ばし、コントロールする技である。自分の必殺技にしようと思ったのに、カーフやレサトのせいで、すぐにファクトの天下は終わってしまった。
帰国組は、ザザーとアーツの報告書を呼んではいるが、余計に理解できなくなってくる。
「ファクト、変なこと聞くなよ。みんな忙しいんだからさ。早く河漢に行こうよ。すみません!」
ラムダがファクトを引っ張り、ファクトは「1回くらい勝ちたいんですー!」と、叫びながら去って行った。
「チコ様は何を彼らに教えているのでしょうか…。」
「…さあ…」
浦島太郎どころか、異世界トリップである。
***
その日の昼過ぎ、河漢に大きな衝撃が走る。
ゴミが散らかり、道路の舗装もテキトウな河漢の地に、天使のような姿が降り立つ。
「私もボランティアで参加させてください。どんな雑務でもいいです。」
という女性が現れたのだ。
現場に出ていたサルガスが言葉を失う。
アーツでは大して話題にならなかったが、顔ぐらいは知っている。
背中まである黒いストレートヘアの背筋のきれいな後ろ姿。
優しそうな瞳。はにかむ様な笑顔。
舞うように軽い足取り。
その場にいたシグマやロー、タチアナ、その他のメンバーも息を飲む。
絶世の美女ではないのに、惹かれる顔。
もう一度聞きたくなるような声。
「力仕事も任せてください。」
「…でも…」
にっこり笑う女性。
シリウスだった。
この回は、次の小説に続きます。
最後にもう一話あるよ。閑話です。




