104 土地に引かれた線と結界
「…ファクト…だよね?」
リーブラもソアも思い浮かぶのはファクトしかいない。
「ファクト?」
シンシーが思い出す。
「あー!観光した時の高校生くんね!ラムダ君とファクト君!」
ラムダは高校生ではない。
「ファクトは、心星博士夫婦のお子さんだよ。」
「心星って…。…は?!ニューロスの?!!!聞いてないけど?!」
「そういうところ抜けてるから。ファクトは。」
「えーー!!!」
「何々?なんで?どういう繋がりで心星家とお友達なの?!!」
また興奮気味の蛍惑女子。
「ただ単に、大房楽しいって子供の頃から遊びに来てただけだけど。友達のサルガスやヴァーゴが食べたいものなんでも作ってあげて懐いてた。」
リーブラは、ファクトが小学生の時からリゲルと遊びに来ていたのをよく知っている。
ただ、蛍惑女子としては、大房と倉鍵がなぜ繋がったのかも知りたい。一見、ベガスは自治区域レベルだが、ユラス議長がいるのである意味ベガスは国家クラスだと言える。普通はこんなふうに『縁』は繋がらない。
道を歩いていた何も知らない一般人が、いきなり大統領に会って今度会う約束までしたりしないのである。普通は。
「ちょっと面白いよね。名簿ほしいな。アーツやその周囲の人間の。」
シンシーは専門外だが、友達のうちの3人は風水や相見が分かり、その中でもソリアスは専門家だ。
「あ、名刺です。」
営業もしておく。
ソリアスは先のノートとファイたちを見比べる。
「でも、3人を見た時、そういう環境にいたって全然分からなかったな…。私、普通に対面するだけで、少し分かるんだけど。でもみんな霊性がキレイだったから。」
シア、リーブラ、ファイの事だろう。これには響が説明する。
「カストル牧師や、エリス牧師、クレス牧師が凄く浄化をしているからね。総長や牧師夫人たちも。」
「あれ?ベガスってカストル総師長だっけ?!すごいね。」
「祈りから断食から荒行もしてるし。」
「…へ?」
ポカーンとなる下町女子ズ。
「今、河漢もあるからね。『世俗を切り離したことを代償にして世俗から守る結界を張る』の。」
「はあ???!!」
「へ???」
めっちゃファンタジーやん。妄想チームが喜びそうな話である。が、リーブラは話がよく呑み込めない。
「河漢は花街も点在するから、カモにされた人や女性の怨みもすごく多いし。そういうのに引き込まれないように結界を張ってたくさんの見えない力を作るんだよ。何でも質量の法則が働くから。エリス牧師は結界型に区域ごとに置き石もしているし。」
ちょっとよく分からなくなってきた3人。それは、反対派も反対するに違いない。何のカルトだ、ファンタジーだ。
「ヴェネレ人も、似たようなことをしますよ。聖殿や石碑がそうです。」
ロディアも付け足し友達が説明を加える。
「簡単に言うと、ファイたちのためにみんなが安全を祈ってくれてると思えばいいよ。蛍惑だと、教会や寺院がその役割をしている。建物という置き石で、運気や霊性の流れを変えるの。」
聖殿を置き石に変えて、世の中が悪い流れに向かないように結界を張るのだ。
「そう。でもね、全体を覆う事は出来ても最後は個々人の責任だから、ファイたちもベガスに来た1年ぐらいで、そういう選択をしてきたってことだよ。精神や体、霊性が入れ替わっていくような。」
逞しくなったお腹を触るリーブラ。
「この腹筋もそういう事?」
頷くファイである。ぷにっとしたお腹が割れてしまったのだ。もちろん1年間背筋もしてきた。
ノートを書いた友達がファイやリーブラを見る。
「私には神がいつもいるけれど、神は私たちに、教えと自由と選択肢しか与えない。」
強制は何もしない。出来ないのだ。
「人間だけが創造と選択ができる実体の創造物だから。
もし私たちが神の選んだことしかできないなら、人は神の決められたプログラムでしかないでしょ?神が唯一コントロールできないのは人間だよ。だから私たちは成長しないといけないの。神と同じ創造の力を譲られたから。
アジアでは昔、バカ息子ドラ息子にも会社を譲る習慣があったけれど、それじゃあ会社を持続管理できない。初めは父の代の優秀な人たちが情けで支えてくれても、代替わりもするし、他人任せにして時が来たら落ちぶれたり破裂してしまう。周りだってそんな社長は認めないねよね。
そうしないために、自分で学んで自分で力を付けて、自分で判断力を付けて行かないといけないんだよ。」
なんとなく言いたいことは分かる。
「人間は他の万象に試されているんだよ。自分たちを、世界を、私たちに任せられるのか。ある意味ね。
物は普通に会話できないでしょ?でも見てる。
まあ、長兄から継いでいくのは本来の形ではあるんだけど、捻じれちゃったから。長兄が家を出ると戻るまでに数代かかるんだよ。」
他の友達も口を挟む。
「ファイやリーブラは選択を変えて来た…。そこで1年数か月前より、自分をコントロールする力を付けてきたってこと。自由だったでしょ?ベガスを離れてもよかったけれど、そうしなかった。」
「………。」
無言でお腹を揉むリーブラ。響の昏迷の件以来少し痩せたままだが、お腹や足腰は逞しくなった。
そんなお腹を見ながら思う。チコたちは何度も自分たちに選択をさせた。出て行っても止められなかっただろう。自分の意思で残ったのだ。そしてきっと、今出て行っても、前と同じ生き方はしないだろう。
「周りの環境や自分を取り囲む人間も替わってきたよね?」
「………。」
ファイは無言で…ただ心で同意した。ここに来なければ、サルガスやファクト、ラムダたちともここまで仲良くならなかっただろうし、全く世界の違うロディアやチコたちのような友人もできなかっただろう。
響や、シンシーたちだってそうだ。
ファイの中に、安心と共に、ずんぐりした闇が自分を覆う。
「で、響!気になっているのはいるの?アーツのどいつなの?」
そこで、全ての会話をシンシーが一気に最初に戻す。
「そいつを潰す…」
なぜか悪どい顔のシンシー。
「だからー!いないってば!!私は芦毛の馬に乗った王子様を待つの!!」
初めて聞くセリフに響に引きまくるソアだが、何度か聞くメンバーは冷めた目だ。
「響さん。アシゲって何色か知らないけれど、せめて黒か白か、なんでもいいから色を統一してくれませんか?」
冷静に言うファイに、何色でも素敵なの!と響は怒る。
しかし、ここでみんなの注目が一気に変わった。
今気が付いたが、なぜならその横で、響でなくロディアが真っ赤になっていたからである。大房の誰と、積極的に聞いてくる友達勢になぜかロディアが反応してしまった。
「……。」
「………ロディアさん?」
「もしかしているの?誰か?」
「っ!」
首を横に振る。
「い、いません!皆さんが直球過ぎて、なんだか恥ずかしくて…。こんな会話したことなくて…。」
「え?全然直球じゃないけど。ダブルトリプルカーブ球だよね?」
蛍惑女子が一般蛍惑女子以上に奥手そうなロディアに驚く。
「ロディアさんはちょっと男性が苦手で…。」
ソアのフォローが入り、思わず言ってしまうファイ。
「そうだよ!ダメだよ。なんだかんだ言ってもロディアさんはフォーチュンズの令嬢なんだから、大房男子は絶対ダメだよ!」
「フォーチュンズなの?!!」
蛍惑女子がまたまた一斉に驚く。
「いえ…、会社は従兄弟たちが継ぐので…。」
「え?なんで?有名なの?」
レアなヴェネレ人世界の狭き話かと思いきや、西洋圏やラテン文化圏でもアジア各地の輸入食品店として有名らしい。ロディアと付き合っても誰もその重荷に耐えられないであろう。
「下町のあいつらは、そんなの絶対にまとめて行けないから。高校すらトンズラして開き直ってるのもいるのに!私もだけど…。」
一応高校は卒業しているがファイもお情け卒業である。ファイでも分かるが、フォーチュンズも蛍惑も絶対に大房男子では無理だと思うのであった。このお姉さま方を見れば分かる。どう考えても釣り合わない。
が、やっぱり響ではなく、ロディアは真っ赤になったまま、顔を覆ってしまった。