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OVER THE LEFT !  ~あるいは、ある親バカ社長秘書の備忘録~  作者: 風花てい(koharu)
無敵の髪飾り
6/27

無敵の髪飾り 6

翌年の春。 

六条コーポレーションに入社した俺は、あの髪留めの少女……紅子と再会した。


社長の出勤時間に合わせて、俺が彼の家の玄関前で待機していると、制服を着た紅子が、あの時と同じように内気そうな少女(俺が泣かしかけた少女だ。紅子と同い年の妹で、名前は夕紀という)と連れ立って、家から出てきた。

 紅子は俺を見つけると、パッと顔を輝かせ、小走りに近づいてきた。


「あの時は、どうもありがとうございました。おかげで、この会社に入れてもらうことができました」

 俺は、彼女に礼を言った。紅子は雇い主の娘である。だから、彼女に対して、この間のように気安い話し方をするわけにはいかないのだが、彼女は、俺の話し方が変だと言って笑った。


「それに、葛笠さんは、社長室付きになってしまったのですってね。うちのお父さまは、本当に我儘だから、かえって恨まれてしまいそう」

「はは…… 他に行く場所がないから、ここで頑張るしかないですよ」

 気まぐれ社長と社長室の諸先輩たちにしごかれて、既にこの会社に入ったことを後悔しかけていた俺は、彼女の的を射た台詞に冷や汗をかいた。


「ところで葛笠さん」

 紅子は、内気な彼女の妹が離れたところから早く出かけたそうな素振りをしているのを気にしながら、でも、どうしても気になるというように、俺に顔を近づけた。


「その眼……」

 彼女は、間近で俺の顔をまじまじと見つめた。 

「光の加減かな……と思ったんだけど、やっぱり色が違う。青みがかっていませんか?」

「気がついた?」

 紅子が気がついてくれたことに気を良くした俺は、つい職分を忘れて、彼女に対して気安い口調に戻っていた。


「取り替えたんだ」

 俺は、彼女の兄の和臣との最終面接に望む前に、丁度交換時期を迎えていた義眼を入れ替えていた。その眼の瞳の色は、瞳孔の部分は黒…というか濃い茶色なのだが、瞳孔の周りの虹彩の色には薄い茶色だけではなく暗い蒼が使われていた。

 今の紅子のように、見えるほうの左目と比べてよくよく見れば色の違いは明らかなのだが、ぱっと見ただけでは、右目のほうが左目よりもちょっと色が暗いようにしか思われない。


「兄さまが、『今度、葛笠さんに会ったら、紅子はきっと驚くよ』って言っていたけれど、本当にビックリしちゃった」

「おかしいかな?」

 俺は、見えないほうの眼の周りを、落ち着きなく指でいじりながらたずねた。


「『おかしい!』 ……と、言いたいところなんですけど。すごく似合っています。でも、どうして、その色にしたの?」

「綺麗だったから」

「それが理由?」

 紅子が呆れたような顔をする。

「そうだよ。ほら、学校、遅刻するぞ!」

 本当の理由を彼女に話すのは気恥ずかしかったので、俺は紅子を追い払うことにした。

 

 顎をしゃくって紅子の注意を背後に向けさせれば、送り迎えの車の脇で、夕紀が、訴えかけるような目をしながら紅子を待ち続けていた。

「あ、いけない」

 彼女は、俺に、「じゃあまた」と言って頭を下げると、「ごめんね。夕紀ちゃん!」と言いながら、妹のほうに駆け寄っていった。


「頭に髪留めでもよかったんだけど…… でも、それは、さすがに恥ずかしいんだよなあ」

 車で去っていく少女たちにヒラヒラと手を振りながら、俺は、誰に言うでもなくつぶやいた。


 そう。 

 彼女の兄の和臣から指摘されたとおり、この色の違う義眼は、俺にとって、あの時に紅子にもらった髪留めの代わりだったりする。


 紅子に髪留めをもらった時、俺の中でなにかが変わった。

 これからは、いたずらに、障害のことで自分を卑下することは決してするまいと……あの時……紅子と話した後、俺は決めた。


 結局は受け入れてはもらえないかもしれない。

 今まで以上に傷つくこともあるかもしれない。

 

 それでも、これから先は、社会や他人に対して、自分から壁をつくることはしない。辛くても自分を見失うことなく正々堂々と前を向いて生きていこう。

 彼女のおかけで、俺は、そう思うことができた。


 あの時の気持ちを二度と忘れないためには、彼女からもらった髪留めを頭に付けっぱなしにするのが一番手っ取り早いと思うのだが、さすがにそれは恥ずかしい。

 だから、俺は、あえて義眼の色を、ほんの少しだけ変えたのである。


 鏡の中に、あるいは俺を見る他人の瞳の中に俺のこの見えない眼が移るたびに、俺は、あの時の決心を思い出すことになるだろう。この眼がある限り、彼女が教えてくれた大切なことを忘れることはないだろう。


「……。なんてな」

 

 そこまで考えて、俺は自嘲気味な笑みを浮かべた。本当は、眼の色なんぞ変えなくても、いちいち思い出さなくても、堂々としていられるのが一番いいのだ。

 どうやら、俺は、自分が思っていたよりもずっと小さい男だったようだ。


「さて、変なこと考えてないで 仕事、仕事!」


 俺は気を取り直すと、寝ぼけ顔で家から出てきた社長に、元気よく頭を下げた。





( Episode 1   無敵の髪飾り  END )




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