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OVER THE LEFT !  ~あるいは、ある親バカ社長秘書の備忘録~  作者: 風花てい(koharu)
無敵の髪飾り
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無敵の髪飾り 3

「ごめんなさい。わたし、気がつかなくて……」


  申し訳なさそうな顔で謝罪をする少女を見て、俺は、ますます困惑した。


「この目を見て、俺のことを『気持ち悪い』って言ったんじゃなかったのか?」

 俺は、前髪をかきあげられて露になった自分の右目を指さしてたずねた。

「ううん。だって、見えなかったもの」

 少女は、目をまん丸にして首を振った。


「じゃあ、君のお姉さんたちも?」

「みんなも気がついてなかったと思う」

「なんだ。そうだったんだ……」

 俺は、ぼんやりと言った。


 少女たちにとって、俺の見えない目は俺という人間の判定基準に入っていなかった。俺は座っていたのだから、彼女たちは、俺の脚が悪いことにも気がついていないに違いない。

 そのことがわかった俺は、なんとも不思議な気分になった。しかし、ハタとトンでもないことに思い至り、愕然とする。


「……ってことは、俺って、素のままで、そんなに気持ち悪く見えるのか?」

「月ちゃんは、いっつも、言い過ぎなの」

 少女は、クスクス笑いながら首を振った。 


「でも、君のお姉さんも、俺の身だしなみを注意したぞ」

「『人は見た目が全部のこともある』って言ったんでしょう?」

「君のお父さんの格言だそうだ」

 少女は、ニコニコしながらうなずいた。 


「でもね。姉さまは、気に入らない人に対して、わざわざ忠告なんてしないわ。初対面なら、尚更」

「へえ。じゃあ俺も、少しは見込みがあるってことかな」

「うん。絶対。でも……」

 少女は、手にしていた髪留めに視線を落とした。

「これは、つけないほうがいいですよね?」

「あ、それは……」

 俺は、少女の手の中の髪留めをしばらく見つめたあと、思い切って彼女にたずねた。

「ねえ。君の目には、俺はどういう風に映っているんだろう。俺を見て、君も気持ち悪いと思った?」

「え。わたし?」

 少女が、困ったような顔をする。 

「あの、怒らない?」

「怒らないよ。今後の自分への戒めにするから、正直に教えてほしいな」

 俺が安心させると、少女は、うつむきながら、「あのね。ゲゲゲの鬼太郎に……」と、消え入らんばかりの声で言った。


「ゲ……」

 一瞬。俺の脳裏を、鬼太郎の父である目玉親父が笑いながら駆け抜けた……気がした。



「変なこと言って、ごめんなさい。でも、さっき、なんとなくお兄さんを見ていたら鬼太郎が頭に浮かんでしまったの。それに、とっても怖い顔で睨んでいたから……」

 少女は、とても恐縮しているようで、真っ赤にした顔を覆いながら、言い訳とも思えない言い訳を口にする。その様子が可愛らしくて、俺は笑い出してしまった。少女が覆った手の指の隙間から俺を覗いた。


「気にしなくてもいいよ。なるほど、鬼太郎ねえ。鬼太郎が普通に街を歩いていたら、確かに不気味だよな」

 俺は、小さくなる少女の前で笑い続けた。こんなふうに笑ったのは、本当に久しぶりだった。


 ハンデのことを必要以上に意識して社会や世間を拒絶していたのは、本当は、俺のほうだったのかもしれない。そう思ったら、これまでの自分がアホみたいに思えてきた。笑うだけ笑ったら、失敗続きの就職活動で、すっかり落ち込んでいた俺の気持ちは、かなり上向きになった。


 変に晴れ晴れしい気分になっていた俺は、少女に、彼女が持っている髪留めで前髪を止めてくれるように頼んだ。

「でも、いいんですか?」

「ああ」

「でも……」

「じゃあさ。俺のこの顔と鬼太郎と、どっちが気持ち悪くて怖い?」

 俺は手で自分の前髪をかきあげると、自分から自分の顔を…見えないほうの目と顔の傷を、少女の前にさらした。


「『どっち?』って、鬼太郎も別に気持ち悪くないけど……」

 

 少女は、不思議そうな顔をして俺を見た。それから、なにを思ったのか、彼女の左手を、スッと、俺の見えない目に伸ばした。それほど目立たないものの、俺の額から瞼を縦に切り裂くように薄く残っている傷跡の上を、少女の滑らかで細い指先が、かすめるように優しくなぞっていく。そんなこと、いままで誰にもされたことがなかった俺は、突然のことに驚いて、少女にされるままになっていた。


「痛くないんですか?」

 傷に触れながら、少女がたずねた。

「あ、ああ。痛くはないよ。大丈夫」

 ドキドキしながら俺は答えた。けっして、相手に女性を感じたからでない。確かに綺麗な娘ではあったが、あの頃の彼女は、まだ中学生だ……って、なにをムキになっているのだ、俺?


「そう。よかった」

 俺の答えに。少女は安心したようにフワリと微笑んだ後、「あ、今のは、『痛くなくて、よかった』っていう意味ですよ。お兄さんの片目が見えないことは、とてもお気の毒なことだと思っています」と、手と首を振り回しながら、おたおたと訂正を入れた。 


「わかっているよ。そんなに気を回さなくてもいいよ。ちなみに脚も悪いんだ。昔、ちょっとした事故に巻き込まれてね。歩くのには不便だけど、でも、痛くはないよ」

 余計なことまで告白して俺が笑うと、少女も笑顔をみせた。それから、彼女は、俺の顔をまっすぐに見ながら、きっぱりとした口調で答えてくれた。


「お兄さんの顔は、ちっとも気持ち悪くないです。そうやって笑ってくれるなら、怖くもありません。私は、ただ、お兄さんがその目を見られたくないなら、隠しておいたほうがいいのかな……って思っただけ」

「見られるのは、確かにイヤだったな。いいや、今だって、見られるたびに人と違っていると思われているようで、やっぱりイヤだな。そのために侮られたり差別されたりするのも、逆に同情されて変に優しくされるのもイヤだ」


 俺は、子供相手に、信じられないほど素直になっていた。なにもかもさらけ出しても、ちゃんと受け止めてくれる。彼女には、そういう人(別に俺に限ってのことではなく)を安心させるようなところがあった。



「でもさ、『イヤだ、イヤだ』と言っていても何も変わらないなら、現状を打破するために、自分なりに思い切った行動に出てみるのも悪くないな……と思ったんだよ」


 社会の風も世間の人間も他の人間に比べれば、確かに俺に対しては厳しいのかもしれない。でも、その厳しさから身を守りたくて、俺自身も殻に閉じこもっていたに違いないのだ。俺は、その殻を破りたくなった。


 少女は、俺の決意を確認するかのように俺の顔をじっと見つめた後、「わかりました」と、うなずいた。


「可愛い髪型にしてあげますね」

「おう。頼む」


 俺は、精一杯の虚勢と胸を張って、少女にされるがままになった。


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