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OVER THE LEFT !  ~あるいは、ある親バカ社長秘書の備忘録~  作者: 風花てい(koharu)
月を仰ぎて花を愛ず
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月を仰ぎて花を愛ず 17

 高等部の最上級生が力を合わせて『ちょっとした圧力』を下級生にかけた結果、紫乃へのイジメは、ピタリとやんだそうだ。


「いきなりですか。え、なんで?」

「なぜならば、隣の学校では、校長先生よりも高等部のお姉さま方のほうが、ずっとずっと恐ろしい存在だからだそうです」

 戸惑う俺に、弘晃が重々しい口調で教えてくれる。


 校舎も活動も基本的に別々とはいえ、紫乃が通っていた学校の中等部の生徒は、ほぼ全員が同敷地内にある高等部に進学する。そして、例えば、中等部で音楽部に所属していた者は高等部に行っても音楽部に、生徒会活動に熱心だった者は、かつての中等部の先輩に引き抜かれるようにして生徒会活動をすることが多いという。つまり、中等部と高等部は互いに独立しているようでいながら、実は、クラブ活動や委員会の活動を通じて密接なピラミッド型の人間関係を構築している。 

「そのピラミッドの頂点にいるのが、高等部の3年生の中でも特に華やかな、生徒会や部活動の長などの経験者からなる30人ばかりの生徒(華江も、この上位集団の中に含まれているらしい)であり、ピラミッドの最下層にいるのが中等部の1年生ということになるわけです」

 弘晃は手近な紙を引き寄せると、掛布団を乗せた膝の上で、少しゆがんだ三角形を描いてみせた。


 上級生の意向に逆らって紫乃へのイジメを続ければ、今度は自分たちの立場が危うくなるかもしれないと、中等部の生徒たちは本能的に察知した。いじめられ無視されていた紫乃を間近で見ていただけに、彼女たちの恐怖は相当なものだったと思われる。

「だから、彼女たちは速やかに紫乃さんをいじめることをやめたのです。結局、人間というのは自分が一番可愛いのでしょう」と、弘晃が見も蓋もない言葉で結論づけた。


 とにもかくにもイジメは止んだ。おそらく、紫乃にとって一番納得のいかない形で。

 でも、だからこそ、自分を急にいじめなくなった級友たちの変わり身の早さが、紫乃の記憶に深く残ったともいえよう。


「結果的に、紫乃さんの努力は水の泡になってしまったわけですが、僕は、ああいう解決の仕方でも良かったのだと思っています。あのままでは、いつか紫乃さんが大怪我をしていたでしょう。紫乃さんにもしものことがあれば、それこそ、六条さんが何をしでかすか、わかったものではありませんしね」

「…………確かに」

 もしも、そんなことになっていたとしたら…… 考えるだけで恐ろしい。


「それに、紫乃さんという人は、つくづく真っ直ぐな人だったりするものですから……」

 弘晃が苦虫を噛み潰したような顔で話を続ける。


 イジメから解放された後の紫乃は、彼女をいじめた級友たちに仕返しすることもしなければ、上級生からえこひいきされて天狗になることもなかった。上級生の脅しにあっけなく屈した級友に内心呆れてはいただろうが、それを顔に出すこともしなければ、嫌気がさしてグレるようなこともなかった。


「それどころか、まずは、自分へのイジメが止んだのと同時にイジメの首謀者として爪弾きにされかけていたクラスメイトと、自分からお友達になったそうです」

「なんの報復もせずに、許しちゃったんですか?」

 社長だったら、二度と立ち上がれない程度にいじめ返したに違いないというのに?

「彼女がいじめられなくなってから一週間ぐらい後だったかな。僕が彼女を見かけた時には、その子と一緒に仲良く花壇を作っていましたね」

 その花壇の作られた場所こそ、中村家めがけて紫乃の持ち物が投げ込まれた場所であったそうだ。学校側から見ると図書館の裏手にあたるそこは、人気のない寂しい場所だったので、生徒たちが隠れて悪さをするのに打ってつけだった。 

「その寂しい場所に花壇を作れば人の目が自然に集まるし、花によって気持ちも和むだろう……と」

「紫乃さまが考えたんですか?」

 考えただけでなく、彼女は、一週間で実行に移したのだ。なんというバイタリティーだろう。というより、紫乃……たくましすぎる。


「なにも彼女がそんなことまでしなくてもいいのにと思いませんか。しかも、そんなに急いで頑張らなくてもいいのに……って、ねえ?」

 驚いている俺に、弘晃が悲しそうな顔で問いかける

「あれだけ惨い目に遭わされたんです。少しは自分の心の傷を癒すために休んだっていいと思うんですよ。だけども、イジメが終わった途端に、彼女は、皆のために一番良いことをしようと頑張り始めてしまうんです。母や華江ちゃんは感心していましたけど、僕は正直、彼女に呆れ果てていました。良い子すぎて鼻につくというか、痛々しいというか、お人好しというか、馬鹿だとしか思えなかったというか……」

「お察しします」

 憤懣やるかたない様子で紫乃をこき下ろす弘晃に、俺は、同情を寄せた。ふと気になった女の子が、自分の目と鼻の先で、正しいけれども利口とは思えない真似ばかりしている。弘晃にしてみれば、きっと心配で心配でしかたがなかったことだろう。


 その後も、学校の隣で心配している男の存在など全く知らない紫乃の『清くて正しいけれども、どうして、いつもいつも自分から損な役割と多大な苦労を引き受けるような真似ばかりしたがるんだ?』的な行動は続いたという。


 紫乃は上級生に目をかけてもらっているという特典を大事に生かしながら、クラブ活動にも生徒会活動にも全力で取り組んだ。そして、先輩にも後輩にも同級生にも気を配りながら、校内で最も人気のある最大実力者へと成長していった。その間、彼女は、何ひとつ手を抜こうとしなかったようだ。いつでも全力投球。その甲斐あってか、彼女は、当初の目的であった校内からのイジメの撲滅も成し遂げた。おかげで、彼女の妹たちが、イジメられることはなかった。特に下の3人の妹たちは、『妾の子』と蔑まれるどころか、『あの紫乃の妹』として皆に羨ましがれるほどであった。


「……と、ここまでは順調に自分の目的を達成していた紫乃さんですが、高校卒業が近づくにつれ、不安になってきたらしいんですね」


 彼女の学校には、物心ついたときから婚約者がいる生徒も少なくなかった。高校卒業後に結婚式を挙げる予定の級友もいた。彼女たちの婚約者は、いずれも親が決めた男性であり、彼女たちの予定された結婚は、いわゆる政略結婚である。


 紫乃は、自分もまた親の都合で嫁がされることになるのだろうと確信していた。古くて由緒のあるものが大好きな父親のことだ。彼女の嫁ぎ先も、そういう家に違いない。そういう家だと家柄の良さを鼻にかける人も多そうだ。すると、自分はまた『成り上がりの男の娘』だとか『妾の子』だとか言われて蔑まれることになるのだろうか。中学1年生の時の悪夢再びというわけね。ああ、なんて面倒くさい。……と紫乃はうんざりしたそうだ。


 ならば、自分で好きな人を見つけて、その人とさっさと駆け落ちでもしてしまおうかと、彼女は一時考えた。だが、妹想いの彼女は、同時に「でも、自分がそうした場合、残された妹たちはどうなる?」ということまで考えてしまった。

「紫乃さんが逃げたら、そのシワ寄せは彼女の妹さんたちに行くでしょう。六条さんは、彼なりに考えて、妹さんたちにとって一番良いと思う縁談を押し付けることになる」

 紫乃には訳ないことであっても、5人の妹たちの全員が父親が持ってくる意に染まない縁談から逃げ切ることは不可能だろう。それに、たとえ政略結婚でも、意に染まないものばかりとも限らない。あの子煩悩な父親が娘と結婚させるために本気で選んできた男たちであるならば、その人を本当に好きになる妹もいるかもしれない。


 親の言いなりで嫁いだ先で、一生懸命幸せになろうとする妹もいるかもしれない。

 妹たちが、成り上がりの六条家から嫁いで来た妾の娘だということを理由に、婚家で嫌な思いをすることがなければいいのだけれど。そうならないために、自分ができることはないだろうか?

 ……などと、余計なところまで気を回してしまうのが、六条家の長姉の悪い所でもあり良い所でもあった。


「その時に、紫乃さんが思い出したのが、自分をイジメから救ってくれた上級生のやり方でした」


 殺したいほど自分を憎んでいるのではないかと疑いたくなるほど熱心に紫乃をいじめていた級友たちが、上級生の何気ない一言で、掌を返したように紫乃に優しく接してくれるようになった。あの後、紫乃は、本気で自分をいじめていたのは一握りの生徒にすぎず、残りは、その場の空気を壊すことで自分までいじめられることを恐れて、悪いことだと思いながらも必死で皆に同調していただけだと知った。それどころか、イジメの首謀者とされた生徒でさえも、いきすぎたイジメを止めるに止められずに困り果てており、上級生が介入してくれて内心ではホッとしていたということも知った。


 正攻法ではないかもしれない。今だって上級生のやり方がベストだったとも思えない。 

 だけども、紫乃は彼女たちのおかげで救われた。頭でっかちでキレイ事ばかり言っていた当時の紫乃には、成し遂げられなかったことだ。

「だから、紫乃さんは、親の言いなりになって由緒のある家の御曹司と結婚することに決めたんですよ。そして、自分がいじめられていた時に上級生から助けられたのと同じ状況を、今度は自分で作り出そうとしていたんです」


 中学高校での6年間で、紫乃は、この学校の生徒たちの多くが他の生徒と何らかの血縁関係にあることを発見した。

 例えば、1年A組の○○さんの叔母さんの子は、2年C組のXXさんで、彼女のお祖父さんと3年D組の△△さんのお祖母さんは兄弟で、そのお祖母さんの息子の嫁の実家の叔父さんの姪っ子が高等部の2年の○×さん……という具合に、それこそ、全ての生徒に同じ血が混じっているのではなかろうかと疑いたくなるほどの複雑さである。

「複雑ではありますけれども、逆に言ってしまえば、複雑に絡み合っている分だけ彼女たちが形成する社会 ――この国の上流社会とか社交界と言い換えてもいいですけど―― は、狭くて小さい」


 自分の嫁ぎ先も、この狭い世界の延長線上のどこかに繋がっているはずだと紫乃は予測した。そう理解してしまえば、事は単純である。紫乃は、この先の自分が嫁として飛び込むであろう世界を、彼女が6年間過ごした世界の拡張版、すなわち卒業のない彼女の母校みたいなものだと仮定した。その世界では、家柄の良い者、血筋の正しい者、育ちの良い者が優れた者であるという価値観が幅を利かせている。また、血の穢れとなるような生まれの者、取るに足りない家柄の者は、それだけで忌避されがちでもある。


 この価値観は、ある意味とても歪んでいる。現代日本においては、タブーでもあろう。彼女たちは、そのことを理解している。だからこそ、それらの価値観が通用しない世界に放り出されることを恐れる。その世界から自分がはみ出してしまわないようにと、自分たちよりも上位者と見なしている者の意向を先読みし半ば盲目的に従ってしまうようなところもある。上位者に逆らうと、自分の居場所を失う危険があるからだ。ということは、多くの者が上位者と認識している者が紫乃を認めてくれさえすれば、その他大勢も、(心の中までは知らないが)とりあえず紫乃に対して愛想良く振舞おうと思ってくれるのではないだろうか。 


 彼女たちと仲良くやっていけるかどうかは、それからの話だ。相手が多少なりとも心を開いてくれさえすれば、紫乃は、友達になる努力を惜しまない。学校でも、彼女は、そうやって仲間を増やしてきた。上辺だけの付き合いにならない本当の友人を作ってきた。


「だから、そのために、まずは上位者が多くいそうな……多くの者に羨ましがられるような大きな家の御曹司と結婚することが、紫乃さんの第一目標でした」


 嫁入り直後は虐められたり蔑まれたりするだろうと、紫乃は覚悟していた。だが、イジメなら、すでに体験済みである。何をされてもへこたれない自信が、彼女にはあった。何をされても耐え切るつもりだった。そして、その家の者だけでなく親族からも、「六条家から来た嫁は、できた嫁だ」というお墨付きを、できるだけ早い段階で獲得するつもりだった。その上で、いわゆる社交界で幅を利かせているような婦人たちに自分から積極的に近づき、大いに仲良くなっておく。

「そういうことをやって、自分のステータスを上げられるだけ上げておけば、妹さんたちがお嫁に行く先の人々も、『六条家の娘』というだけで毛嫌いするようなことはしないでくれるかもしれない。それどころか、妹さんたちを介して紫乃さんや紫乃さんが嫁いだ先と関係を持てるならば……と、彼女たちを歓迎してくれる家も出てくるかもしれない。万が一にでも、妹さんが嫁ぎ先で理不尽な目にあわされた場合には、紫乃さんが自分の婚家の力を利用して強引に介入することも可能かもしれない。……と、紫乃さんは期待した訳です」

「は……あ……」

 わかったようなわからないような。なんともいえない気分のまま俺は曖昧にうなずいた。


「でも、それ、本当に効果あるんですか?」

「ないかもしれませんね。でも、意味のないことかもしれないと思いながらも、紫乃さんは、妹さんたちのために試してみずにはいられなかったみたいです。僕もいろいろ考えてみたのですが、結婚して姉妹が離れ離れに暮らすことになる以上、彼女の打てる手は、それぐらいしかないと思います。それに、僕は、紫乃さんと彼女の妹さんたちの嫁ぎ先……という狭い世間に限定すれば、結構、彼女の思惑通りになるのではないかと思っています」

 弘晃は微笑むと、「ずるい手だって、本人、自覚していましたよ」と言った。自覚というよりも、自己嫌悪。だから、利用させてもらう代わりに、結婚した男性には誠心誠意尽くそうと、紫乃は考えていたそうだ。

「そうですか」

 それを聞いて、俺は、少し安心した。


「とはいえ、紫乃さんにとっての当て外れは、僕が六条家以上に曰くつきの男だったということです。評判を上げるために結婚する予定だったのに、僕と結婚することで、紫乃さんの現在の評判までもがガタ落ちになってしまいそうなんですが……」

 弘晃が苦笑しつつ、枕の脇に積んである書類の束や、自分の膝の上の乱れてもいない掛け布団を直し始めた。

「いやいや」と首を横に振りかけた俺も、「そんなことはないですよ」と、彼の懸念を否定してやることができなかった。なにせ、巷には現実の彼を知るものがほとんどおらず、どこから探っても、ウサギやらクマのぬいぐるみにまみれた噂にたどり着くような御仁である。


「でも、紫乃さんの願いは叶いそうですよ。うちの分家が偉いおかげで旧中村財閥のネームバリューはいまだに健在であるようですし、その分家のひとつを仕切っている大叔母さんで葉月という人が、例の株についての念書の一件で、紫乃さんのことをいたく気に入ってしまいましてね」

 元東栄銀行頭取夫人こと中村葉月は、日本の政財界を支える奥さま方の社交の場において、若い時分から現在にいたるまでの半世紀以上を、その時その時の同年代の女性の一番の花形として権勢を振るってきた女性なのだそうだ。その葉月が紫乃をえらく気に入ってしまったという。この先、紫乃や彼女の妹たちに対して理不尽な差別をしようとする者が現れたとしたら、きっと葉月が黙っていない。それ以前に、あえて葉月を怒らせたい愚か者がいるとも思えない。

「厳しい人ですが、紫乃さんならば彼女と仲良くやれるでしょう。僕も、紫乃さんの妹さんの幸せのために、できる限りの協力を惜しまないつもりです。紫乃さんが守りたいものは、すなわち、僕が守りたいものでもありますから」

 弘晃がしっかりとした口調で約束してくれる。それが嬉しくて、俺は感謝を込めて頭を下げた。


「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

 馬鹿丁寧に礼を言う俺を見て、弘晃が笑い出しそうな顔をする。

「葛笠さん。すっかり六条家の一員ですね」

「いっっ?!」

 『しまった』というように、俺は片手で顔を塞いだ。社長のおかげで死ぬほど頑張らされた結果、六条家の一員として認定されるのは……ちょっと勘弁してほしい……かもしれない。 


 俺は、「う~……」と、くぐもったうめき声を上げながら、顔を押さえつけている指の間から、弘晃を恨めしげに睨んだ。弘晃は、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。つられるように、俺も力なく笑い返した。

「……べ、別に、いいですけどね、それでも」

 ため息を吐きながら、精一杯の強がりを言ってみた。

 できることならば、六条家とはもう少し距離をおきたいところだが、和臣との約束もある。俺は、たぶんずっとあの会社に勤めて和臣の補佐をしていくのだろうし、六条家での居候生活も、しばらくは続けることになるだろう。ここまで六条家と関わっておきながら、今更「赤の他人です」と言い張るもの、なんだか虚しい。


「まあ、それでも、別にいいですけどね」

 気を取り直して、もう一度言葉にしてみた。すると、案外悪くないかもしれないと思えてきた。そう思えるほど、今の俺は、六条家の人々に愛着を感じているようである。



 その後、紫乃に勧めに従って中村家の客間で寝かせてもらった俺は、数時間後に晴れ晴れとした顔で中村家を後にした。

 外は暗くなりかけており、隣の学校の窓や通学路を等間隔で照らす街灯にも灯がともっていた。制服姿の少女たちが並んで降りてくる坂の上方から、運動部のものらしき掛け声が聞こえてくる。


(そういえば、紫乃さまが作った花壇があるって言ってたよな)

 折り目正しい老執事に見送られて中村家を辞した俺は、ふと思いついて、いつもならば降りるはずの坂を、中村家の塀を右手に見ながら登り始めた。紫乃の花壇は、中村家との境界近くにあるはずだ。 


「……となると、この辺か?」


 車を止めて、窓を開ける。

 女子高の塀は、要塞を思わせる中村家の塀と比べると実に開放的だった。


 高さは3メートル近くありそうだが、赤レンガっぽいタイルで装飾した塀は腰の高さほどで、そこから上はアルミ製の縦格子になっている。すぐ近くにある通用門は、下校時刻でもあることから全開に開いていた。通用門から図書館だと聞かされている校舎に沿って続く道なりに視線を延ばすと、例の花壇があった。暗くてはっきりとは見えないが、校舎に向かって立った時に見ごたえがあるように、草丈の違う植物が植えられていた。世話している者の好みなのだろうか、全体的に淡い色合いの花が多いようだ。もともと紫乃が開拓した花壇だということは、あの花壇を世話しているのは、中学校の園芸部なのだろうか。

「今は、紅子が部長をしているんだったな」

 そういえば、紅子も、園芸部の部長の自分は、ちょっとした権力者なのだと言ってたことがあった。俺は、弘晃が図解してくれたヒエラルキーを思い出しながら、「なるほどなあ」と、遅ればせながら納得する。


 そういえば、弘晃が入院してすぐの頃に紅子が見舞いにくれた花もあの花壇のものだったはずだ。場所的に紫乃と弘晃を引き合わせた花壇にかもしれないから(実際、その通りだったわけだが)と、許可を得てもらってきてくれたあの花は、まだ咲いている時期なのだろうか。後で、紅子に聞いてみよう。そんなこと考えながら、俺が車をUターンさせ社に戻ろうとした、その時である。


「あなたたち! 恥ずかしいと思わないの!」


 どこからか、紅子の声が聞こえた。

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