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OVER THE LEFT !  ~あるいは、ある親バカ社長秘書の備忘録~  作者: 風花てい(koharu)
月を仰ぎて花を愛ず
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月を仰ぎて花を愛ず 12


 社長の書斎から和臣の部屋に戻った俺たちは、そこで簡単な打ち合わせをした。


 打ち合わせといっても、たいしたことではない。どれだけ頭を使ったところで、俺たちが恋愛音痴であることや女心を読みきれないことは、既に実証済みである。よって、今回は和臣の妹たちを巻き込もう!


 以上である。


 都合の良いことに、紫乃以外の六条姉妹は、いつものように和臣の私室の隣に集まっているようだった。五女夕紀が弾くピアノの音が、微かにではあるが、こちらまで聞こえてくる。妹たちの前では素敵なお兄ちゃんでいたい和臣が、部屋の入り口から「やあ」とすました声で彼女たちの注意を引くやいなや、兄の後に控えていた俺を見つけた紅子が、「葛笠さん、聞いて!」と、憤慨しながら訴えた。


「お姉さまたちが、てるてる坊主にお願いしてくれないの!」

「てるてる?」

「別に意地悪しているわけではないのよ」

 事情がわからない和臣に俺が説明する間も与えず、次女の明子が紅子に言い返した。

「ただ、中村さんとお姉さまが仲直りできるようにと、お願いするのは嫌だと言っているの。お姉さまを傷付けたまま長い時間放ったらかしにするような人と無理に結婚したところで、お姉さまが幸せになれるとは思えないもの。お姉さまが弘晃さんのことを忘れたいと思っているのならば、忘れさせてあげるたほうがいいと思うの」

「そうよねえ。紫乃姉さまなら、他にもいくらでも素敵なお相手が現れるでしょうしね。だから、そこまで弘晃さんに固執することもないんじゃないしら?」

 三女の橘乃も明子と同意見であるようだ。 


 だが、姉たちから反対されても、紅子はくじけなかった。顔を真っ赤にして、「でも、紫乃姉さまは、弘晃さんが好きだもの。このまま、忘れたくても忘れられなかったらどうするの。苦しいままのお姉さまを、ずっと放っておくの?」と、ふたりに意見する。人の意見に流されやすい橘乃は、「それじゃあ、お気の毒よねえ。だったら、早く仲直りできたほうがいいわよねえ」と簡単に態度を変え、「橘乃は、どっちの味方なのよ」と、明子に睨まれた。


「でも、ふたりがいつまでも仲直りできないのは、お父さまのせいかもしれないでしょ。お父さまが弘晃さんの会社に嫌がらせをしているから、そのせいで、弘晃さんが紫乃姉さまと話し合うことをためらっているのかも。お父さまが、ふたりの間の溝を広げているのだとしたら……」

「でも、それは紅子姉さまの思い込みでしょう?」

 姉たちのやりとりが感情的なものになりかけたところで、末妹の月子が、賢しげに言葉を挟んだ。

「思い込みかもしれないけど、でも!」

「それが、思い込みではないかもしれないんだよ」

 話に置いてきぼりにされたまま、和臣が、どうにか妹たちの会話に割り込んだ。

「え、そうなの?」

 妹たちの視線が一斉に和臣に集まる。紅子だけは俺を見た。俺は、「黙っていて、ごめん」という気持ちを込めて、彼女に小さく頭を下げた。


「うん。姉さんがフラれたことで逆上した父さんが、中村物産に対して愚かな嫌がらせをしたことは間違いないようだ。そのせいで、うちは中村を……いや、中村一族全体を怒らせてしまったかもしれない。今、かなり、ややこしいことになっている」

「弘晃さんも、怒っていらっしゃるの?」

「それが、わからないんだよ」

 脅えた顔をする五女夕紀に、和臣が、殊更に優しい微笑を向けた。

「弘晃さんは怒っているわけではなくて、父さんからの嫌がらせの対応に追われていて手が離せないだけなのかもしれない。あるいは、姉さんとの交際を続けることを一族全体から反対されて、そっちの調整に追われているのかもしれない。あるいは、――これは、違うだろうと思っているんだけど―― 弘晃さん自身が、もう顔も見たくないほど姉さんを嫌っているのかもしれない。別れた原因がハッキリしないから推測のしようがないんだ。だけども、姉さんは、彼と別れたために、ショックを受けている。だから、僕としては、姉さんにその気があるのなら、ふたりの仲を戻す手伝いをしたい。そうすれば、こじれかけている六条と中村の関係も良くなると思うんだ。どう?」

 和臣が、妹たちの意思を確認するように見回した。その視線が、明子のところで止まる。紫乃が同席していないので、この場での姉妹の最高意思決定者は次女の明子である。姉と弘晃との復縁にかなり消極的だった明子は、和臣の話を聞いて、少しだけ考えを変えたようだった。


「弘晃さんは、まだ紫乃お姉さまのことを想ってくださっているかもしれないんですね。お父さまのせいかもしれないんですね」

 明子は、何度も和臣に確認すると、「そういうことなら、私は、お兄さまを手伝いますけれども……」と言葉を濁した。

「でも、もしも、お父さまやお兄さまが、六条と中村の仲を修復したいばかりに、お姉さまを再び利用しようと考えてらっしゃるなら、私は協力したくありません。たとえ、そのことで六条家が良くない立場におかれるようになったとしてもです」

 おっとりしているようでも、やはり六条家の次女である。明子は、兄の言葉の裏に潜む何かを敏感に感じ取ったようだ。


「明子の心配はわかるよ。約束する。姉さんの気持ちと幸せを最優先にする。それは、父さんも了解している」

「明子さまのご心配はもっともです。ですが、まずは、紫乃さまの今の気持ちを確認してみないことには、社長も和臣さまも利用しようがないと思うのですが」

 俺も、和臣に加勢して明子の説得に回った。明子は、しばらく逡巡した後、「それもそうよね」と呟き、「まずは、お姉さまの本心を聞き出すなり自覚させるなりすることが必要よね」と、兄の計画に乗った。姉の決定に意義を唱える妹もいない。さっそく紫乃と弘晃の復縁計画を練り始めた。


「では、世話の掛かる姉さんの幸せを祈って!」

 俺たちは、紅子が修復したてるてる坊主を真ん中にして円陣を組むと、試合前の選手よろしく、「頑張って行こう!」「おう!」と声を上げた。 


「では、最初の作戦として、これを姉さまの部屋に吊るしてくるわね」

 解散後、月子と紅子が、てるてる坊主を持って部屋を出て行った。


 行動開始である。



***


 翌日から、和臣を作戦参謀とする姉妹は、長姉の恋の成就のために本格的に動き始めた。


「まずは、姉さんの本心を明らかにしないとね。弘晃さんのことが忘れられなくて気がふさいでいるのか、それとも、ふられたことでプライドが傷つけられて不貞腐れているだけなのか」


 それを確認するために和臣が指名したのは、次女の明子だった。人への気遣いが得意で歳が近い明子とふたりきりであれば、紫乃も話しやすいだろうという配慮である。


「なにがなんでも、姉さまの気持ちを聞きだしてきますわ」

 前日のうちに話題のきっかけとなる小道具まで準備してきた明子は、緊張した面持ちで姉の部屋へと向かった。

 ……が、1時間も経たないうちに、彼女は、「お兄さま、ごめんなさい。私、大失敗してしまいました!」と、血相を変えて戻ってきた。


「お姉さまが、別の方とお見合いをするって言い出してしまって……」

「なんで、いきなり?」

「すみません。私がお見合い写真なんか見せたのがいけないんですけど」

 明子がうなだれた。


 明子が紫乃に見合い写真の束(どこから調達してきたのか、見合いする気を著しく減退させるような、ロクでもない男性ばかりが映っている写真ばかりだった)を見せたのは、話のとっかかりを作るためでしかなかったそうだ。これらの馬鹿げた見合い写真を見せれば、いくら気落ちしている姉でも面白がってくれるだろうし、『見合い』というキーワードから、弘晃のことを思い出すに違いない。そうしたら、明子は、弘晃のことなど忘れて新しい恋をするようにと紫乃に勧めるつもりだった。 


 新しい恋をしろだなんて言われたら、紫乃は、ためらうだろう。ためらうはずだ。 

 そこで、明子が、すかさず「弘晃さんのことが忘れられないんですね?」とたずねる。 

 紫乃は、うなずくか、押し黙るに違いない。そうしたら、明子は、ゆっくりと時間をかけて姉の本心を聞き出し、もう一度弘晃と話し合うように勧める。


 ……というのが、明子の当初の計画であったようである。


 そんなに都合よく明子の思い通りの展開になるわけがない。そう俺は思ったものの、彼女の計画は、それこそ最初の最初の段階でつまずいてしまったらしい。

「なるほど、あの姉は、見合い写真を見せられるなり、いきなり前向きになって新しい未来を目指すと言い出したわけだ。この見るからに金持ちだけど親のすねをかじる以外に能がなさそうな男たちと見合いだなんて、姉さん、どうかしすぎだろう」

 落ち込んでいる明子の頭を撫でながら、和臣が、締りのない笑顔を浮かべている見合い写真の中の男を蔑んだように見下ろした。


 しかしながら、明子の思惑通りに進まなかったとはいえ、彼女は、だた事態をややこしくしただけではなかったようで、兄から与えられた使命だけは、しっかりと果たしてきていた。

「お姉さまは、まだ弘晃さんのことが大好きです。絶対に間違いありません」

 明子が力強く報告する。 

「お見合するなんて言い出したのは、弘晃さんを忘れたいからです。忘れたくて自棄になっているんです。そうとしか見えなかったもの」


 

 明子の失敗は、それから3日後に、別の成果ももたらした。


「紫乃と弘晃くんが別れた訳がわかったぞ。弘晃くんが紫乃をふったんじゃなかったんだ!」

 夜明け前、社長が俺たちを叩き起こして嬉しそうに報告した。


 弘晃は、体を弱いことを紫乃に隠していた。その秘密を守るために、彼は、幾つかの嘘をついていた。嘘というよりも、彼女に言わずにいたことが沢山あった。

 その隠し事によって生じた弘晃の行動の矛盾に、紫乃がある日気が付いた。 


 なにを自分に隠しているのか。どうして隠さなければならないのか。


 何事もハッキリさせておきたい紫乃は、弘晃を問い詰めようとした。だが、ここでタイミングの悪いことが起こったようだ。そのために、紫乃は、弘晃が説明を始める前に自分のほうから別れを切り出してしまったらしい。初めから結婚を諦めていた弘晃は、「本当のことを教えてくれないなら、このままお付き合いを続けることはできない」とかなんとか心にもない脅し文句を口走ってしまった紫乃を引き留めるための言葉を持たなかった。もはや潮時なのだろうと、彼は自分の秘密を告げぬまま、彼女に言われるがままに彼女を解放し、その後も彼女に連絡を取るのを控えた。


 以上が、新しい見合いをさせてくれるようにと頼みに来た紫乃から、社長が聞き出したことであった。


「あの馬鹿姉は…… 毎度のことながら単純というか突発的すぎるというか……」

 唸るように姉を罵る和臣の横で、社長が「ということは、弘晃くんも、まだ紫乃を忘れていないかもってことだよな。よっしゃっ、希望が湧いてきたぞ!」と小躍りする。社長は、散々思わせぶりなことを言って紫乃の気持ちを揺さぶり、彼女が自分から弘晃と話し合いに行く気になるように仕向けたらしい。紫乃の希望通り、見合いもさせるという。


「とにかく、紫乃には、弘晃くんへの恋心を、はっきりと自覚させてやる必要がある」

 恋の権威者としての自信を取り戻した社長が述べた。弘晃以外の男と一緒になるなんて考えられない。紫乃がそう思い込みさえすれば、猪突猛進な彼女のことだから、こちらが余計な画策をしなくても弘晃の元へと突っ走るに違いない。

「それで、見合いもさせることにしたのですか」

「ああ。健康だけどもロクでもない男と見合いしてみれば、賢い紫乃のことだから、弘晃くんのほうが百倍マシだってことを悟るだろうよ」


 だが、賢いはずの六条家の長女は、弘晃を忘れることに必死すぎて、完全に自分を見失っているようだった。弘晃後最初の見合いの直後即結婚を決めようとした紫乃を、社長は必死で思いとどまらせなければならなかった。

「あんな、見るからにチャランポランで親の金をアテにして生きているだけの人と結婚したって、幸せになれるわけがないでしょう?」

 妹たちも、言葉を尽くして姉を説得した。


 そんななか、人の悪口を言うことができない橘乃だけは、見合い相手にも優しかった。

「親御さんのお世話だけで生きていけるってことは、それだけ親御さんがしっかりした人ってことですよね。それに、この方、耳の形が面白いですよ。それに、ピアスが4つも。ピアスの穴あけって痛いのでしょう。それを4つもなんて、私なら怖くてできませんわ。お仕事は続かないみたいですけど、本当は我慢強い方なのかもしれませんね」


 さすがの紫乃も、橘乃をもってしても親と耳の形しか誉めるところのない男に、自分の未来を託すのが恐ろしくなったようだ。その日のうちに、彼女は、自発的に、この縁談を断ってくれるようにと父親に頼みに行った。 


 橘乃の成功に気をよくした妹たちは、作戦を変更した。彼女たちは、その後も懲りずに見合いを繰り返す姉の見合い相手を、誉めて誉めて誉めまくることにした。もちろん、《橘乃流》にである。その甲斐あって、その後の3度の見合いは、気持ち良いほどあっけなく縁の無いままに終了した。断られて気を悪くした者もいたようだが、先方の親というのが、あの子にしてこの親ありというか、社長が以前から交際を絶ちたいと思っていた者たちばかりであるらしい。このことで疎遠になるのならば、かえってありがたいと、社長は言っていた。


 しかしながら、紫乃は、くだらない男ばかりを見合い相手に選んでくる父親の意図に、そろそろ気が付いていた。

「わたくし、弘晃さんとはお別れしたんです。彼と話し合うことなんて、もう、ないんです」

 だから、もっとマシな男を紹介しろと、紫乃は父親に要求した。


 社長は、「紫乃は、もっと自分の気持ちに素直な子だと思っていたのに、困った子だねえ」と、笑いながら娘を諌めるものの、内心では、かなり焦っていた。中村のおかげで (否、そもそも社長が嫌がらせなんぞするからいけないのだ)、その頃の我が社は、かなり危機的な状況に陥っていたのである。


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