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OVER THE LEFT !  ~あるいは、ある親バカ社長秘書の備忘録~  作者: 風花てい(koharu)
月を仰ぎて花を愛ず
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月を仰ぎて花を愛ず 7

「どうしよう。姉さん、本気みたいだぞ」

「本来なら喜ばしいことなんですけどねえ。どうしましょうか?」


 紫乃が弘晃に恋していると知っているのは屋敷の中では紫乃以外の全員……という状態になってから、はや数週間。

 どれだけ紫乃が弘晃を好いたところで、いずれは別れが待っていると知っている俺たちは、他の者たちのように浮かれることもできずに、毎晩のように額を寄せ合ってコソコソと悩んでいた。


 だが、これまで他人と異なる外見的な特徴を女性と縁のない言い訳にしてきた俺と、男女交際など暇な男がするものだと馬鹿にしてきた和臣が、どれだけ頭を使ったところで良い考えなど浮かぶはずもない。


「弘晃さんは、本当に紫乃さまと別れるつもりでしょうか?」

「条件によっては別れないということもあるんだろうけど、結婚できたとしても、姉さんは病弱な夫を抱えて、気苦労を背負い込むことになるわけだろう?」


 義理堅い紫乃のことだ。 弘晃が病弱であるがゆえに結婚を諦めているなどと知ったら、本当は気が進まなくてもムキになって嫁に行くに違いない……と、和臣は、その点についても心配していた。 


「弘晃さんも、それを心配しているんじゃないか。だから、迂闊に姉さんに本当のことが言えないんじゃないかな」

「そうですね。同情されて結婚なんて、中村さんとしては嫌でしょうしね」

 俺だったら死んでも嫌だ。自分の見えない目や不自由な足のことと考えながら、俺は和臣の意見に同調した。それはさておき、紫乃の身内の和臣ならばいざ知らず、どうして紫乃と付き合って間もない弘晃が、そこまで彼女の考え方をトレースできるのか。それについては、いまだに謎のままである。

 それでも、弘晃が、紫乃のために本気で親身になってくれていることだけは確かだろうと思う。弘晃が紫乃のことを本当に大切に思ってくれていることは、彼の紫乃への接し方や彼女に向ける眼差しの優しさや温かさから、こちらにも充分に伝わってくる。


「別に病弱でもいいんじゃないかな。弘晃さんなら、絶対に姉さんを幸せにしてくれると思うし、姉さんは、たぶん彼が好きだし……」

 考えるのが面倒くさくなってきたのか、和臣が投げ遣りなことを言い始めた。

「でもなあ。結婚したとたんに弘晃さんが死んじまったら、それこそ姉さんが可哀想だし……」

「やはり、紫乃さまに、お話したほうがいいんじゃないでしょうか?」

「でも、そのせいで姉さんが弘晃さんを袖にしたら、それこそ、弘晃さんが可哀想だ」

「和臣さま。さっき、おっしゃっていたことと違いますよ。さっきは、紫乃さまは、弘晃さんの秘密を知ったら、ムキになって結婚するに違いないっておっしゃったじゃないですか?!」


 毎晩毎晩、俺たちの議論は、堂々巡りを繰り返した。そればかりか、考えれば考えるほど、解決から遠ざかっていくばかりのように思えた。 

 そうして、考えあぐねた俺たちがやっと打ち出した方針といえば、非常に誠に情けないことに、『社長に相談する』というものだった。



「絶対に、紫乃には話すな!!」


 俺たちから話を聞かされた社長は、即座に俺たちに厳命した。


「でも……」

「いいか。色恋のイロハも知らないヒヨっ子ども。お父さんの話を、よぉぉぉおく聞くがいい!」

 社長は、俺たちの向かい側から俺と和臣の間に席を移すと、両手で俺たちの頭を引き寄せた。


 恋愛問題と健康問題。これは、そもそも別問題である。

 ……と、社長はのたもうた。


 恋する女に病弱もクソもあるものか。紫乃が本気で弘晃を好きならば、健康問題などという些細な問題は、彼女の恋の障害にはなりはしない。だがしかし、彼女が本当に彼を愛している、もしくは愛していないという自覚を持つまでは、その情報は、彼女の本心からの声を打ち消す雑音でしかない。つまり、俺たちが紫乃に話をすれば、彼女を無駄に迷わせることになる。だから、これは3人だけの秘密にしておくべきである。 

 ……と、社長は俺たちに力説した。


「いや、でも……」

「『でも』も、カカシもない!」

 社長が、俺たちの反論を封じる。


「それにだな。ふたりの話を聞く限り、弘晃くんが紫乃のことを愛していることは疑いようがないではないか。だったら、彼だって、紫乃が本心から彼を好いてくれれば嬉しいはずだ。紫乃が弘晃くんを愛しているが故に結婚するというのなら、弘晃くんだって、ためらいなく紫乃を嫁にできる。ならば、紫乃に真実を打ち明けないのは、彼のためでこそある。彼が幸せを掴むためにも、我々は、黙して、ふたりの恋の行方を見守るべきなのだよ」

「本当に、それでよいのでしょうか?」

「よいのだ。たとえ、どんなことになっても、お父さんが責任を持ってやる。だから、とにかく他言無用だ。わかったな!」

 疑い深い俺たちに向かって、社長は声を張り上げた。


「は、はあ」

 いまいち釈然としないものはあるものの、俺たちは、結局、恋愛経験だけは豊富な社長の言葉に従うことにした。


 そんなことをしている間にも、紫乃と弘晃の仲は、ますます深いものになっていったようである。しかも、この交際。傍目から見ていると、心が和むというか、なんとも初々しくて可愛らしいものがあった。 


「あのふたりって、仲良しの小鳥さんみたいよねえ」


 ある日の日曜日。 迎えに来た弘晃に文句を言いながら出かけていく紫乃を自室の窓から眺めながら、紅子の母親の朱音が、そんな感想を漏らした。

「まるで、お互いに対になるために生まれてきたみたい。それに、ふたり揃ってると、とってもキレイ。あそこまでキレイなのは、ざらにないわねえ。目の保養だわぁ」


「キレイ? お似合いってことですか?」

「ふふふ。そういう意味にとってもらってもいいわ」


 不思議そうな顔をする俺に、朱音が無邪気な笑顔を向けた。俺は、もう少し朱音から詳しく話を聞きたかったが、「ねえ。葛笠さんも、そろそろ出かけたほうがいいのではないの?」という紅子の声で、自分の使命を思い出した。そうだった。この日の俺は、紫乃と弘晃の交際の進行具合を気にしている社長からの言いつけで、彼らのデートを尾行することになっていたのだ。 


 しかしながら、まるで出歯亀週刊誌の記者の真似事をするようで、俺は、その命令が気に入ってなかった。だが、『体が弱いのを隠して頻繁に紫乃をデートに誘ってくれる弘晃くんに何かあったときに備えて付いて行け』と言われれば、引き受けざるを得ない。それに、万が一にでも弘晃がデート中に倒れることがあったら大変だと、今更ながら心配になったこともある。



「では、いってきます」

「頑張ってね。ああ、そうだ葛笠さん」


 部屋を出て行きかけた俺に、朱音が声をかけた。


「あのね。言わなくても大丈夫よ」

 振り返った俺に、朱音が、不思議なほど凪いだ眼差しを向けた。


「源一郎さんの言うことややることは、いつも無茶苦茶だけど、なぜか最後に上手くいくようになっているの。だから心配しなくても、平気」

「は?」

「それとね。葛笠さんは、どれだけ頑張っても死ぬことはないから、安心して頑張りなさいね」

「なんですか、それは?」

「うふふ。教えてあ~げない」

 怪訝な顔をする俺を見て、朱音が両手を口元に当てながら、くふくふと笑った。


「『教えてあげない』って……」

「ほら、行きなさい。早くしないと、紫乃ちゃんたちを見失っちゃうわよ」

 答えを与えてくれないまま、朱音が俺を追い立てた。毎度のことながら、社長以上に、よくわからない人である。だが、『教えない』と言い切った以上、俺が追求しても、この人もきっとはぐらかすだけに違いない。

(どうせ、また、俺をからかって遊んでいるだけなんだろーよ)

 俺は、そう思い込むことにして、「ご忠告いたみいります」と、朱音に膨れっ面で頭を下げた。



 紅子は、俺を玄関まで送ってくれた。


「いってらっしゃい。 気をつけて行ってきてね」

 紅子が、ニコニコしながら、俺に手を振る。


「はい。いってきます」

 なんとなく温かな気持ちになった俺は、にやけた顔のまま、彼女が『葛笠号』と呼んでいる俺の愛車に乗り込むと、鼻歌を歌いながら弘晃たちを追いかけた。 


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