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OVER THE LEFT !  ~あるいは、ある親バカ社長秘書の備忘録~  作者: 風花てい(koharu)
無敵の髪飾り
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無敵の髪飾り 1


 まずは、トップバッター。 


 向かうところ敵なし。その美貌と思い込みの強さで全てをなぎ倒す破壊の女王、六条家の長女紫乃の登場から華々しく話の幕を開けたいところではあるが、その前に俺が六条家の娘たちと関わる羽目になった経緯を書いておく必要があるかと思う。それというのも、俺が六条社長の秘書に納まることができたのは、あの娘たちのおかげによるところが大きいからだ。



 大学卒業を間近に控えた俺の前途は真っ暗だった。


 俺が通っていた大学は、学校名が持つブランド力という点では日本有数だった。それを証拠に、友人たちのほとんどは、夏休みに入る以前に有名企業の内定を幾つも手にしていた。それにも関わらず、俺に限って言えば、夏休み中着慣れないスーツに身を包み大汗流しながら駆けずり回った挙句、最終面接にさえ行き着けない。そんな有様だった。


 原因はわかっていた。

 俺にハンディキャップがあるせいだ。


 子供のときに事故にあったせいで、俺の右目には視力がない。義眼を入れてはいるが、視力を失う原因となった傷も顔に残っている。右足も軽く引きずっており、人事面接で好印象を持たれるような外見や条件からは、程遠い。


 右目と右足に問題があるものの、左目と左足には何の問題もない。ゆえに、俺は、この歳になるまで、このハンディキャップのために不快な思いをしたことはあっても、具体的に社会的な不利益を被った覚えはなかった。むしろ、ハンデがあったからこそ、人並み以上の頑張りがきいたと思っている。


 そんな愛と理想と建前を重視してくれる『学校』という揺りかごの中でヌクヌクと暮らしてきた俺が始めて触れた実社会の風は、冷たく厳しい向かい風。明日の希望に燃える若者の心を凍らせるには充分だった。


 自分の能力が友人たちに劣るとは思えなかった。むしろ俺のほうが上だという自負がある。それなのに、俺が少しばかり人と違うというだけで、どの企業も門前払いに近い扱いをする。有名企業が採用してくれないなら、それほど名前の知られていない中堅の企業に狙いを変えればいい。それはわかっていた。だが、悔しさとプライドの高さが邪魔をして、お馬鹿な俺は、受ける企業のレベルを落とすことができなかった。否、レベルを落としても内定がもらえなかった時のショックが怖くて、有名企業の面接を受けては落ちるを繰り返した。 



 夏の終わりになっても就職口が見つからない俺は、迷路の中に閉じ込められた実験用のハツカネズミになった気分だった。 


 単純な迷路なのに出口がわからない。

 出口を見つけ出さない限り迷路からは抜けられない。 

 もうイヤだ。 早く終らせたい、こんな生活……



(こんなことなら、親や先生の言うことを聞いておけばよかったな)


 秋の初め、面接会場の外の廊下に並べられたパイプ椅子に腰を下ろした俺は、ようやく後悔した。自分のハンディキャップが取得条件に引っかからない国家資格のある仕事を目指せと、彼らはことあるごとに言っていた。資格さえ取ってしまえば、ハンデを理由に社会からはじき出されることはないと彼らは言った。そう。大人たちは、俺よりもずっと賢く、社会の厳しさを知っていたのだ。


 彼らの忠告に耳を貸さなかったのは、俺。そんな資格に頼らなくても、己の能力を認め受け入れてくれる者がいるはずだとうぬぼれていたのである。



(いずれにせよ、今回落ちたら真剣に考えるしかないな)


 既に、ほとんどの企業が今年の募集を打ち切っている。この会社に落ちたら、堅実に公認会計士か税理士でも目指そう。あるいは国家公務員試験…… ひょっとして、今からでも来年度の採用に間に合うのだろうか。


(この面接も、このままトンズラするかな。どうせ落ちるだろうし)


 俺は天井を見上げながら考えた。その日、俺が面接を受ける会社は、『六条コーポレーション』という会社であった。この会社の主体は、たぶん建設業。いや、建設業じゃなくて、経営コンサルタントなのかもしれない。あるいは投資会社。というより、異業種ごった煮闇鍋企業と呼んだほうがいいのかもしれない。とにかく、調べれば調べるほど、六条は、大企業だということ以外いまひとつ実体がわからない実に胡散臭い会社だった。


 しかも、今回の募集人数は3人。本部募集分のみの採用とはいえ、年にたった3人の人員追加で、この規模の会社が回っていくのものだろうか。えり好みできる立場ではないが、受かっても行く気になれない。


(やっぱり、帰るか?)

(いや、でも、これが最後の機会だしな)


 天井にしかめ面を向けたまま、俺が考え込んでいると、

 

「見て、あの人、気持ち悪~い!」


 ……などと、崖っぷちに立たされた俺を崖から突き落とすような容赦のない言葉が、耳に飛び込んできた。




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