中古車と少女
カーオーディオだったら、自宅の薄い壁と違って、ヘッドホンをせずに音楽が聴けるぞ……それに免許を取得すれば、中古車といえどタダでプレゼントしてもらえる。
それからの僕は、別人のように頑張り……そして今。
僕はベッドに寝転がり、教習場での出来事を思い出しながら、自分の免許を眺めている。
ああ人間、明確な目標が出来たら(美味そうなニンジンをぶら下げられたら)こうも頑張れるものなんだと改めて実感する。
(おっと、こうしちゃいられない)と立ち上がり親父のもとへ。
「免許、取ったよ……約束、覚えてるよね」
「ああもちろん、しかしお前が車に(はしること)興味を持つなんて意外だな」
「まあね」(ここはあえて賛成しておこう)
「じゃ、この土曜、学校休みだろ……知り合いの中古車屋にでも行くか」
「うん」
免許取得祝いと親父と中古車めぐり
スーパーカー販売店の駐車場に……確かにこのお店様にも中古車は有る。そう中古車は……中古といえど、くさってもスーパーカーだ、中には三千万以上なんて、へたすれば家が買える……僕の家ならダース単位で買えるんだろうな、ははは。
あまりの驚きに思考停止気味の僕は
「まじ、すげーすげー」
連呼するばかり……分かっている、人生そんなに甘くない。
これが現実とばかりに減速する事なく駐車場を通り抜けた車は……一路、廃車場に。
「すげー」から「ひでー」へまさに天国から地獄である。
『津出自動車』
と書かれた少しさびた看板の前には、新旧十台ほどの中古車が並ぶ。
(スポーツカーも有る……五十万前後、これなら)
「親父、ここが」
「ああ」
その言葉に降りようと、シートベルトの解除ボタンに手を掛ける。
「おい、まだ運転中だ。そのボタン押すなよ……事務所に行くぞ」
「うん」
そして車は、鉄筋コンクリートとプレハブのハイブリット、のような建物の前に停車し……下車したとたん機械油の臭いが、鼻を刺激する
(なんだ、灯油、油性ペン、いや油粘土みたいな)
ガラス戸を押し開け入る親父
「おう、来たぞ」
「お待ってたぞ」
大工と機械工……その体から香る臭いは違えど職人だ。漂う雰囲気は似ている。
知り合いと聞いてたけど、あの親父がかなり親しそうに話しをしている……親友かなと考えていると、男が話しかけて来た。
「おう免許取得で、車プレゼントしてもらえるんだって、うらやましいな……そんなラッキー坊主の名前はなんて言うんだ」
「初めまして。大出尾元です……よろしくお願いします」
「ははは、そんなにかしこまるな……で、どんな車を探してるんだ?」
「しいて希望はありませんが、CD、音楽が聴ければ大丈夫です」
「だったら、軽自動車で良いか?」
以前、軽自動車に簡単に調べた事があり……普通車に比べ車両本体、税金、保険、タイヤ等の部品が安い。つまり維持費にとってメリットがあるが……車体が小さい、馬力が無い……そして「トロトロ走るな」「庶民、貧乏人」と時代遅れな考えを持つ人がいるらしい。がそうだっていい
(車内が狭い事以外、メリットしかない)
「はい、軽自動車で大丈夫です」
「即答だね……でも軽自動車は、寄せ集めの部品で娘が板金したのしかないけど良いかい」
「はい」
「おいおい、ちゃんと走るんだろうな」
「バカにするな、零には少しでも早くあとを継がせ、良いメカニックになってもらおうと……無駄に高校に通わせず、夜間定時制だけど高卒学歴を取れる専門学校(技能学校)に通わせて……ここで実務経験2年以上のおかげで、去年ちゃんと特殊整備士の資格をっとってるんだ」
「おお、そいつはおみそれしました」
「来年には二級だ……て、うわさをすればなんとやら」
事務所奥のドアが開き、肩にふれない茶髪ショートヘアの女性が、機械油の臭いを振りまきながら現れた。
「今から学校か」
「うん……いらっしゃい大出尾さん、昨晩ぶりですねって、パパ、もしかしてまた飲みに!」
「違う違う、今日は」
焦った表情で男が、僕に視線を向ける
「誰、その子……ひ弱そう」
「零、お客さんに失礼だぞ……彼は大出尾さんの息子で」
「はじめまして。大出尾元です」
「はい、はじめまして……あたしは津出零……若いわね免許取り立て……うちに、何買いに来たの?」
「零よ……もっと丁寧な言葉で接客しろと、何度も言ってるだろ……それと、喜べ、彼がお前の整備、板金した軽自動車を買ってくれるらしいぞ」
言葉に出さずとも分かるほどのやな顔をする零
(整備士にとって……愛情をこめて整備した車は、我が子同然なんだろう……それが免許取り立ての人間のもとにいくんだ)
「事故って、壊されそう」
「大事に乗るし……修理の時は必ず持って来るから」
「え、修理って?」
「ごめん、その、修理じゃなくって、改造だった……おじさん、ここって車検とか」
「もちろんやってるよ」
「君以外誰にも触らせないから」
僕の言葉に、彼女は腕を組みうつむき加減に考え……ため息一つ。
「それ、約束だからね……車、見る?」
「うん」
「ついてきて」
「おい零、学校は、シャワーは」
「作業着のまんま原付で行けばぎりぎり……無理なら休む」
「おい」
「パパ……分かんないかな~!」
感情的な声を出す彼女の真意に気付いたのか
「そうだな……みんなで行こうか……売値もお前がつけて良いぞ」
「ありがとう」
プレハブ整備場のシャッターを上げると、そこには……どんなレースゲームでも出てくる青いスポーツカーと、未塗装で鉄板むき出しの軽ワゴン車が。
「あ、青い方はあたしの車だからね……ほら、これがあなたの車……車検書には本来の名前が書いてるけど、フレーム以外は全部寄せ集めだから……改名『カオス』」
(何とも痛々しい名前)だけど満足げな彼女には反論できない(それよりも)
「カオス……いくらで売ってくらますか?」
「構造等変更検査と車検込みで……三十二万千円でどう」
「じゃあ、それで」
「車体の色はどうする?」
「虹色で」意地悪で
「虹色ってふるっ、あんたいつの時代の人間よ。マジョーラ、で良いかな」数秒考えるが
「マジョーラ?」
「ああいう色……ベースカラーは、青か紫でいいよね」
ちょっと上から目線の彼女を、虹色なんて無茶ぶりで戸惑わせてやろうとしたがあっさり返され……僕の方が戸惑ってしまった。
「あ、うん」
見透かされてたのか、彼女は鼻で笑う
「マジョーラだと、少し時間かかるわね……来月ちゅうじゅんか、末あたりで良いかな」
「うん」
「じゃ、スマホ持ってる?」
電話番号交換
「これ、あたしの携帯番号と、メールね」
「ありがとう」(母さんの居ない僕にとって、もしかして初の女の子のアドレス~)
「住所はパパが知ってるから……必要書類は来週郵送するね」
そうして、流れるように手続きをすました彼女は「それじゃ、分かんないことが有ったら連絡してね」と早口に学校へと出発した。
……そして週明け、僕は学校に免許取得の報告と共に、卒業まで免許証を預けた。
読んでいただき、ありがとうございます。
『車に興味ない僕が、カーオーディオ、はじめました。』
第四部『中古車と少女』
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by.メガネ君(作者)