アップグレード・三月。タイヤさん『走行中もお静かに』
仕事終わりに休日と、暇さえあれば音楽を聞くために車を走らせるのがある意味日課となっているこの頃。
『目的と行動が逆だろ』なんてツッコミが聞こえてきそうだけど、僕は今晩も車を走らせる。
ちなみに……音漏れで近所迷惑にならないよう、自動車道を走っている。
(至福の時間……もうどれだけの距離を走っただろう……でも)
最近良さがわかってきたジャズを、気持ち穏やかに聞きながら走りたいけど……足元から聞こえる『ゴー』という音に、ドアスピーカーから中低音(演奏音)がじゃまされ聞こえづらい。
しかも曲がる時、すこし不安定だし、ブレーキも弱くなった気がする。
(これって、もしかしなくてもタイヤか?)
心配になり……自宅に帰るなりタイヤを見る
(浅いが、まだまだ溝は有る……けど)
タイヤサイドを見て『小さい矢印』を探し調べると、ほぼ平だ
(これって車検通らない、というよりも危ないって聞いた……明日にでも彼女のもとを訪ねよう)
翌日、仕事を終えた僕はそのあしで『津出自動車』のドアを開ける。
「いらっしゃい……あたしと違っておいしそうな油の匂いさせて仕事帰り?」
「うん」
「へえ、急いで何の用」
「タイヤ替えたいんだけど……有るかな」
「もちろん有るけど……給料日ってまだよね?」
「スリップサインが出たから、しっかり溝があれば中古でも良い」
「ふふっ」
吹き出すような薄笑いに
「え?」(今、何か間違ったこと言った?)
不満に不安まじりの顔を向ける僕に……彼女は感心と満足げな笑みを返す
「いやごめん。うれしくてつい……その口を開けば『音質アップ』だの『カスタム』だの言ってたあんたが……安全運転意識にめざめるなんて」
「いやそんなの当然」僕の返事などお構いなしに言葉はつづく
「何事も『基礎なくして発展なし』もちろん車も例外なく『メンテナンスさぼって、カスタムに金かけるな』なんて……と、ちょうど良いタイヤがあるの『ブリックストン製の』プレミアムタイヤ『レジェンド』……なんてどうよ?」
『はい決定』とばかりにやりと笑いながら強引にすすめられ
「うん。CM視るたび『良いな、つけたいな』て思ってるだけど……ほら、プレミアムタイヤって四本だけで(タイヤ本体)六万前後もするでしょ。高すぎるむりだよ」
高いと言いながら(けどほしい、どうしよう)優柔不断にもじもじする、庶民丸出しの僕をみて、また彼女が笑う
「ごもっとも。だけど紹介するのは型落ち品……だけど新品……どう、安くするよ」自信満々に歩み寄ってくる彼女に(逃げ場はなさそうだ)と観念した。
「安くするって、いくらですか?」
「ラッキーセブンてことで一本、七千の二万八千……さらにまけて、きりよく二万五千……廃タイヤや、工賃はサービス」
(驚きの価格)目を丸くする僕に
「決定だね……代金は給料日まで待ってあげる。ってことで早速つけるから、車うらに回して」
毎度のことながら、僕の意見なんてお構いなしに決めてくれる。
(正直、この決断力は見習いたい)
うらのガレージに車を回し、中を見ると「有った」
ほこりをかぶり少し汚れや傷は有るけど、確かにあこがれの『レジェンド』がワンセット積まれている。
(これが今日から僕のもの)
撫でながらこれを付けたマイカーを想像し……期待に思わず笑みが浮かぶ。
「よろこんでくれたようで、すすめたかいがあったわ」
びくりと肩を揺らし振り返ると、零がニヤリと笑う
「作業は半時間もあれば終わるから」
「うん。じゃあここで見てる」
うなずくなり彼女は、慣れた手つきで作業を始める……。
リフトアップされ、久しぶりに見る車の下をのぞいてると……滑り落ちるように外されるタイヤ。
「ほぇえ」声をもらし感心している間に、バランスがとられたタイヤが取り付けられた。
ゆっくりリフトダウンされる車……と零がどこか申し訳なさそうに頼んできた。
「もし良かったらこれ、運転させてもらえないかな?」
「え、どうして」
「あたしのスポーツタイヤ『グリップザ』との違いを感じたくて……運転させてくれたら、お返しに窒素じゅうてんサービスしてあげる」
「『窒素じゅうてん』カーショップでけっこう見たり聞いたりするし、二千円前後だからやってみたいんだけど、窒素だって言ってしまえばただの空気でしょ……空気に二千円って」
「ははは出た、相変わらず庶民発言。気持ちは分かるけど……カーオーディオいじるなら、この先二千円なんて挨拶みたいなもんよ」
「……覚悟しておくよ。と、運転したいんだったね、元論良いよ。日頃お世話になってるし『人の運転見るのは勉強になる』ってきくし」
「ありがとう」
作業完了し、リフトから下ろされた愛車のタイヤ(あし)に『レジェンド』のロゴが。感動し再び撫でてるいる僕へ
「早く乗って早速行くわよ」
気づけばいつの間に運転席に座った零が声をかける。
帰宅ラッシュが終わった車の少ない道、沈みゆく日を横に走る
(耳がおかしくなったのか⁈)
足元はほぼ無音になった。かわりに窓を撫でる風の音が聞こえるほど驚くほど静か。
あまりの変化に思わず耳を撫でる(今日の僕は撫でてばかりいる)
「すごい」
「うん。さすがプレミアムだけあって静か」
目を輝かせ楽し気な零にうなずく。
「それに適度なグリップ感だから、ほら、曲がる時スポーツタイヤみたく強引に引っ張ってこない」
ガレージに戻ってくるなり
「感覚が薄れないうち。すぐすむから入口で立ってって」
僕を押し出し、すぐさま窒素充填(空気を抜き、窒素を入れ、窒素をある程度抜き、再度充填)車の周囲を回るように五分以内に完了させ。
「乗って、行くよ」
すぐ出発したが、数百メートル後……予想と違ったのか渋い顔で息をもらす零。
「あまり変わらない、というか、プレミアムタイヤ自体が静かだけど、分かる?」
「うん。段差を越えた衝撃が優しくなった……そのおかげか少し静かになってる」
「それにしてもけっこう走ってるね……てことで、これからしばらくは今日みたいな消耗品の交換をするから」
「安全運転のためにも、メンテナンスは基本だからね」
「そういうこと」
読んでいただき、ありがとうございます。
『車に興味ない僕が、カーオーディオ、はじめました。』
第十八部『アップグレード・三月。タイヤさん『走行中もお静かに』』
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by.メガネ君(作者)