勇者をクビにされまして
「ここか。」
黒く厚い雲に覆われた空は今にも雨が降りそうで、草木は一本も生えない不毛の地が延々と続き、ところどころ現れる黒く濃い瘴気が視界を遮る中、それは見えた。
古びた真っ黒な城。この城の最上階に倒すべき存在がいた。腰に携えた光るサーベルに触れ、今までのことを思い出すと覚悟を固め、城へと乗り込んだ。
城内は今まで以上に、不気味なくらい静かだった。
「やはり、もうここには。」
唇を強く噛み、この世界をこんな風にしてしまった原因の元へと歩みを速めた。広い広い城内を何の警戒もせず、最上階へと、ただただ向かっていった。
最上階の大きな扉を押し開けると、既に玉座にそいつはいた。真っ黒な鎧をその身にまとい、厳つい冑から覗く赤く光る瞳がギロリと来訪者を捉えていた。ふてぶてしく座っていた姿勢をゆっくりと起こし、上手に準備していた大刀を手にした。
「ようやく、終われるようだな。」
鞘からサーベルを抜き、構えた。赤眼のそいつは音もなく、先制攻撃を仕掛けてきた。しかし、目で追えなくはなかった。すぐに攻撃をかわすと、カウンター攻撃を仕掛けた。
「さよなら。」
ズバッシャッ
サーベルで捉えたそいつの首をはねた。これで、この世界は・・・・・・
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「もうすぐで町が見えてくるはずなんだけど。」
もともと旅商人だったライラは地図を確認しながら、うんうん唸っていた。
「ここいらは魔王の城が近いんじゃろ? 地殻変動が起こっててもおかしくはないんだから後はお前の勘で行ったらいいじゃないか。」
スキンヘッドの大男のアドルは相変わらず適当なことを。しかし、このままライラが悩み続けて、また野宿は勘弁してほしかった。
すると、やわらかい何かが腕に当たった。何かではない、胸だ。
「私が占って差し上げましょうか?勇者様」
彼女は僕に何度も色気を使ってくるが、僕をからかうのが好きらしい。
「勇者様はやめてくれっていつも言っているだろ?ノーチェ。でも、ライラに助言はしてほしいかな。」
「了解いたしましたわ、ルチ様。」
彼女はるんるんとスキップをしながらライラの元へと向かう。あんなんでも、優秀な大魔道師だ。そう、人は見た目じゃない。あんな豊満な胸で露出の高い格好をしているが、自分の数十倍生きているとは信じたくはない。
「ははは、ノーチェは相変わらずだな。」
「ルチ様も冷静に対応しすぎでしょ。」
シャルとカタリナは遠くから僕らの会話を見ていたようだ。
「あ、あっちだ!!」
ノーチェの助言により魔王領手前、最後の町・シャラレインへの道を見つけたライラが興奮して、そう叫んだ。
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「ライラの馬鹿。」
「ごめんって。」
ライラが林の中叫んだ所為で、魔物の群れが襲ってきて、ノーチェの機嫌は最悪だった。
「まぁ、いいじゃねぇか。魔王の直属の配下と戦う前に、大量の食料や資材が手に入ったわけだし、それに修行にもなった。がはは。」
パンパンに、はち切れそうになったアイテム袋を両手にホクホク顔で大男が笑う。
「アドルの修行馬鹿。」
「あぁ、俺は修行大好きだ!!」
「もう!!馬鹿ばっかりでいやだわー!!」
この言い合いも何度目だろう。正直、このやり取りすら平和に感じる。最初はお互い腹の探り合いで、ここまで旅を続けられるとは思っていなかった。
「まぁまぁ、そろそろ日がくれるから、早く町に入れるようにしません?ルチ様も、なんか思いにふけるのはいいですけど、今じゃありませんよ?」
カタリナは笑顔だったが、目が笑っていなかった。
僕らは静かに町へと歩みを進みなおした。
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「勇者さまご一行だ!!」
「お待ちしてましたー。」
町の近くまで来ると、歓迎の声が聞こえてきた。どうやら多くの住民が外で出迎えてくれていたようだ。
辺りは暗くなり始め、危険が隣り合わせの夜へと変わろうとしているのに。
うれしくもあるが、少し不安に感じている僕に気付いたのか、すっと、
「歓迎ありがとうございます。到着が遅くなって、皆様を待たせてしまい、申し訳ございません。」
シャルは人々によく通る声で優しく伝えた。いや、何かの魔法を声に乗せていた。すると、魔法の効果か、人々がニコニコしながら、町の中に入っていった。
「魔剣士っていうのは黒魔術で人を操ることもするの?こわいわねー。」
ノーチェはシャルを睨み付けた。
「魔法は使い方さえ気をつければいいのですよ、大魔導師殿。あー、そうじゃなくて、ルチ様にいいトコ見せたかったのを俺に横取りされて嫉妬してます?嫉妬してます?魔剣士なのに黒魔術も白魔術も使える俺に嫉妬してます?」
ほんと、よく、ここまでたどりついたな・・・
僕らは火花を散らす二人を無視して町へと入っていった。
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「明日早朝には魔王の右腕、アミナの基地のひとつであるサダビの沼に向かう。そこに向かう途中、クロヴの洞窟も通るから灯りの準備も必要になる。みんな準備は出来ているか?」
飯を食い、宿屋に戻ると、僕はみんなに確認した。
「勇者様、もう準備は万端ですわ。」
「もう、このメンツで旅するのも長いからな、もうルチ様が何言うかくらい俺たち分かってるよ。」
「あしたも先導はあたしにまかせて!!」
「明日も早いですからもう身体を休めましょう。」
「がはは、そうだそうだ!!早く寝よう。」
僕の確認が済む前に、ランプの灯が消された。まぁ、いつものことではあるんだけども。
もし、この基地が潰せたとなれば、魔王軍に大きな損失が与えられるはず。だが、もしも、基地にアミナ本人がいた場合、無傷で済むだろうか。
もう、僕はこれ以上仲間を失いたくはなかった。そう強く思いながら僕は目を閉じた。
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真夜中、ライラによって僕は起こされた。
「どうした?」
「馬の走る音が聞こえた。嫌な予感がする。」
魔物や魔人は馬を使うより、自らの足で走るほうが速いものが多かった。なので、基本馬は使ってこない。それに、もし魔物が入ってきたなら、見張りが警報を鳴らすはずだ。
ドンドンドン
強く扉を叩く音で、僕らの嫌な予感が当たったのを確信してしまった。気付くと他の仲間たちも起きていた。
「勇者一行、さすがといったところか。」
ドアを開けたのは皇国の軍人だった。僕らは皇国の人間が嫌いだった。彼らのせいで紛争に巻き込まれたり、逆に意味のない交流会に参加を人質を使って強制してきたり、僕らを政治の道具や兵器に使い、その結果、大事な仲間を失ったこともあった。
だが、魔王領に向かうには皇国を通るほかなく、それに敵に回したら一番面相臭いやつらということは重々分かっていた。
「今日は何の用でしょうか。明日、魔王領手前のサダビの沼の敵殲滅と浄化をおこなう予定でして。」
「その必要はない。」
冷たくそう黒い軍服の男は言い放つと、ノーチェの腕を掴み、どこかに連れて行こうとした。
「その必要がないというのはどういうことだ!!」
「魔王は先日、異世界から召喚した戦士によって討伐された。徐々に瘴気も減り、魔人も魔物も力を失う。そしたら、もうこちらの人間で倒せる。今日で貴様ら勇者一行は解散。彼女は皇国専属の魔導師として引き入れることが決まっている。」
男の話がいまいち理解できない。魔王が倒された?異世界からの戦士?ノーチェが皇国に連れて行かれる?
「この女以外、貴様らは、もともと、ただの平民か商人。少しばかり力があり、神託があったから特別扱いしていたが、魔王が倒された今、もう貴様らに価値はない。」
ガチャリと少し大きい袋を床に叩きつけるように投げた。袋からは金貨がコトリとこぼれた。
「一応、王から貴様らへと預かった金だ。これで自分たちの故郷へ帰るんだな。」
「勇者様!!」
ノーチェが助けを求め、僕を見た。僕は刀を手に取り、軍人へと攻撃を仕掛けた。すると、男はノーチェを盾にした。慌てて、軌道をずらした。
「卑怯者・・・。」
「いいのか?お前は、墓守のノルド一族だろ。まぁ、いいんだぜ、攻撃しても。一族ごと滅んでもいいならな。」
僕の手から刀が離れた。
「それでいい。それじゃあな、元勇者一行様。」
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これは僕が勇者をクビになってから、この世界が滅ぶまでの物語。




