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辺境惑星戦線~ある兵士の軌跡~

 人類が地球の庇護から自立を始めて幾百年。


 人類は太陽系を飛び出し別銀河まで到達するに至った。


 そうして幾つもの銀河を跨ぐまでに広がった人類の生存権。




 その一角〝辺境〟




 その片隅で辺境を統治する政府軍と、幾つかの惑星自治体から成る連合軍との間で、複数の星系を跨ぐ戦争が起こっていた。




 ***




 乾いた音と共に穿たれる弾痕で土が、壁が、抉られ飛び散る。


 放物線を描きながら飛び交う手榴弾で、車が、看板が、捩れ吹き飛ぶ。


 この惑星の市街地だった場所で、今では兵士たちが建物などの陰に身を寄せ小銃を突き出し撃ち合いをしている。




 ――そんな火線の中を俺は駆ける。




 身体にはパワーアシスト機能の組み込まれたスーツ。


 頭を覆うのは各種計器とそれの数値を映す透明なディスプレイが組み込まれたヘルメット。


 背中に取り付けられているのは、敵の凶弾から全身を守るシールド発生装置と一体化した移動補助用のブースター。




 ――俺は猟兵(イェーガー)。戦場を駆け回り敵を蹂躙するエリートだ。




 味方の兵士の頭を障害物越しに飛び越し敵の最前へと躍り出る。もちろんそのまま前進するだけではただの的。故に、建物を利用した三次元機動で敵に迫る。


 味方の誰かがソナーを使ってくれたおかげで、ヘルメットには壁越しに敵の位置が表示され、そこに居る敵兵を目指して行く。




 ――黙って言う事聞いてりゃ楽なのに。




 スーツのアシストを受けた脚力で跳び、建物の壁を走って電線のワイヤーを軸に一回転。


 振り子運動で加速、そこにブースターの加速も加えて上へ飛ぶ。


 バリケードの上空八メートル程からサブマシンガンで弾をばら撒き、敵が崩れる姿を視界に収めつつバリケードの向こうへ着地。


 三メートルほど横へ跳躍し、そのまま奥の兵士に右足を伸ばし蹴りを繰り出す。


 その兵士は驚きの反応を見せて上体を右に捻じって躱す。




「へっ、いいねぇ」




 兵士の頭の横まで腰が来た時、ブースターの片側だけを作動させ右足を軸に回転。


 悔しさに口を歪ませ、鋭く睨んだ目尻に涙の浮かぶ女の顔を左足で蹴り砕く。


 頭が潰れた兵士の身体が地面を打つ鈍い音と共に着地する。




「でも詰めが甘――」


「その通りだ」




 冷たく低い声が聞こえた時、視界は上を向いていて雲がまだらな空の中央から、拳が一直線に落ちてくる。それがこの兵士の最後の記憶になった。




 ***




 敵の足を払い倒した後に殴り、拳を引き抜いて走る。


 ヘルメットの硬質な感触ともう一つ、別の硬い感触が伝わるが頓着している暇などない。




「……すまない」




 去り際に歯の隙間から倒れた兵士に言葉を投げる。




『――もしや先程のはアニスでは?』




 落ち着き払った低音と共に視界の右端に小さいウィンドウが開かれ、通信状態と相手の名前アトラスの文字が表示される。


 前進し敵を撃ち倒しながらヘルメット内無線で通話する。




「まあ、な」


『……残念ですね。以前から気に掛けていらした』


「ああ……いい猟兵になれると思ってた」


『それはまた……』




 言葉を交わしてすぐにウィンドウが消える。




 ――真面目なAIだったのにいつの間にか。




 うるさい時もあるが、そんなAIの気遣いが今回はありがたかった。




 何度も感じた感慨を思考の隅から追い出して跳躍する。


 立ち並ぶビルの壁を走り飛び移ってまた走る。その合間合間に手榴弾を投げ落とし敵兵士集団を吹き飛ばす。


 その時腕への重い衝撃と目の前を銃弾が横切り、視界の隅にマークが表示される。




 横から敵の猟兵が接近していた。




 即座にブースターを切って壁面を垂直に滑り落ちる。五メートルほど落ちて壁を蹴って横に飛び、敵へ真下から移動補助用の鈎付きワイヤー射出機、通称アンカーを打ち込む。


 体を捻って腕を振り抜きながら引き寄せ、すれ違い様に銃弾を叩き込む。引き寄せた勢いで向かいのビルの壁面に取り付きまた走る。




『シールドエネルギー30%減少。リチャージまで2秒』




 視界にゲージが表示されチロチロと満たされて消えた。


 ふいに腕を後ろに伸ばし、数瞬前まで走っていたビルの壁面にアンカーを飛ばし爪を立てる。




 ただの勘。首筋をナイフでなぞられる様な感覚だった。




 アンカーによって身体が空中で一瞬停止する。


 その眼前を人の上半身を包めるほど巨大な鉄拳が、ヘルメットを削り取る様に思える程の直近を横切った。ヘルメットの集音センサーは、目前の風切りの音を零すこと無く回収し、無機質な暴力が重厚な唸りで肌を粟立たせる。




 死を間近に感じると時間が遅くなる。


 視覚はノロノロと横切る巨大な拳に刻まれた、小さな擦過痕を数えることができる程に鋭敏になっている。




 脳裏には今までの記憶。家族との記憶。


 食べたい盛りなのに我儘も言わずに「分けよう」と言う妹の顔。


 二人の子を育てながらも仕事に通い疲れ果てても笑顔で座る母。


 一日中仕事を掛け持ち布団の中で聴く扉の音と置かれた封筒で認識する父。




 次には放たれた風が拳を突き出した方へ身体を煽る。咄嗟にワイヤーを引き戻して身体を丸めると、背中から地面にぶつかって数回転がる。


 ほとんどの衝撃は軽減されたものの僅かな残りが肺へとダメージを与える。負傷はしていない様だが衝撃で空気を取り込めない。




 敵が迫る。ズン、ズン、と骨まで震わせる重々しい足取りの鋼鉄の巨人だ。




 ARMS(アームズ)




 その名は、猟兵の手足となって暴力を振るう八メートルの鋼鉄の巨人を示す。


 バッサリと言うならば頭の無い巨人と言った所だ。




 やや丸みを帯びた大きな胴体には搭乗席と動力炉、それに行動補助用のAIが積まれ、全てを厚い装甲が守っている。


 ゴツゴツとした無機質な複合センサーのカメラは胴体装甲の上、人で言う所の首の部分に配置され左右に揺れている。


 強固なフレームとそれを守り支える装甲で構成された脚部。射撃安定性を求めてつま先の部分に大きなジャッキが付いている。


 つい先ほどこちらを吹き飛ばしてくれた大きな手に太い指を備える腕部。そこには人では扱えない大きな重火器が握られている。




 悠々と目の前まで来て立ち止まる。


 敵は嘲笑うような雰囲気と共に機体の片足を持ち上げた。潰す気なのだろう。




 ――思い通りになれる程では無いんでね。




 降ろされる大きな足の下でアンカーを飛ばし、引き摺られる様に敵機の後ろへ抜けて、一瞬よろめきつつも立ち上がって走り出す。


 すぐ後ろで追いかける様に土の柱が乱立し、それを避けるために跳躍して壁に取り付く。飛び移り、滑り降り、不規則な動きで死角に入ってアンカーで上昇。ビルの適当な階の窓を破り転がり込む。


 左右に視線を配って中に敵が存在しない事を確認し、壁に寄り掛かりズルズルとへたり込む。


 その息は上体が揺れる程に荒く、ゴホゴホと水気を含んだ咳を吐き出す。




「ハッ……ハッ……」


『ご無事ですか?』


「……ああ」


『それは何より』


「やっぱ……先行組はキツイな……」


『潜入の際に機体(私達)は邪魔ですから』


「ああ、分かってるさ」




 アトラスとの会話の間に多少は回復し、ゆっくりと手を付き立ち上がる。




『もうすぐ要請許可が出ます』


「そしたら一安心か……」




 窓から外を覗く。その先には見えないものの重々しい足音が響いている。




「……あれ、やるか?」


『了解』




 敵に見つからないように移動し死体から装備を奪う。複数種類の手榴弾と使い捨ての無反動砲だ。




「……行けそうだ」




 敵を罠に嵌める場所を探そうとした時通信が入る。




『助けてくれぇ!! 敵が! 猟兵が――』


「くっそ!!」


『危険。非推奨』


「見捨てるのはないだろ!!」




 制止を振り切り窓から飛び出る。そのまま体を捻じり、ビルの壁にアンカーを打ち込み体を壁に沿わせて、ブースターの推力を受けて駆け出す。駆け付けてみれば味方の歩兵隊が敵機に襲われている。最後の兵士が今まさに鉄拳によって押し潰されようとしている。




 ――奴らは我欲で無限に搾り取る。その所為で




 壁を走りながら持っていた無反動砲を敵機へ撃ち放つ、同時に敵機は手に持つ火器をこちらへ向けた。


 一足早かったこちらの弾は敵の火器に衝突して爆発。その破片は敵の火器を八つ裂きにする


 衝撃によろける敵機を掠めて着地して味方を抱え走る。


 相手の火器は潰した。後は――




「ミサイルだ!!」




 抱えた兵士の言葉を受けてアンカーを放ち急転換。無誘導のミサイルを横跳びで回避した。




 が、駄目だった。




 直撃の被害は無かったが、炸裂したミサイルの破片は無数の刃となって襲い来る。味方の盾になってスーツのシールドで破片を防いでいたが、破片の一つがワイヤーを切断した。


 勢いのまま転げて、起きた頃には敵機が目の前に来ていた。




「ぐっ……」




 片足を引いて振りかぶられる鉄拳。


 無駄だと分かっていても味方を抱えようとする身体。


 逃げる事など出来る筈も無く鉄拳が放たれた。




 その時




『お待たせしました』




 その言葉と共に上空から大きな物体が落ち、金属の拉げる音と共に敵機は残骸と化す。




 ――俺の相棒アトラス




 猟兵としての俺の半身。敵とほぼ同じ見た目だが角付いた装甲の所為かすっきりして見える。




「助かった」


『行きましょう』




 そう言って開かれるコックピットハッチに足を掛けて乗り込む。




「幸運を」


「そっちもな」




 閉まっていくハッチの隙間から兵士と言葉を交わす。




「行こう、アトラス」




 その言葉で巨人は足を踏み出した。

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