100年後の未来から来た聖剣使い、敵も味方も低スペすぎて無双してしまう。
転移した先は、戦場だった。
激しい戦いを物語るように、周囲は焼け野原だ。
僕の前方で、剣を構えた女と巨大な魔獣が対峙していた。
「勇者ギルドのランク1位──アニエス・フィーダの名にかけて! 世界は私が救う!」
女勇者が凛々しく叫んだ。
知性的な美貌に、肩のところで切りそろえた黒髪が良く似合う。
身に着けているのは、銀色の装具がちりばめられた黒いコート。
勇者ギルドの制服だ。
「人も、世界も──この『レクイエム』によって滅びる。誰にも止めることはできん!」
魔獣の声が大気を震わせる。
全身を黒い装甲で覆った巨大な虎、といった外見だった。
その全長は三十メートル以上。
禁忌の錬金術によって生み出された魔獣兵器『幻想鎧種』である。
単機で都市を丸ごと壊滅させるほどの超火力。
大規模軍用魔法ですら傷一つ負わない不可侵級の防御力。
最高の勇者VS最強の魔獣兵器──今まさに、世界を救うための決戦が繰り広げられているわけか。
「君は……」
僕の気配に気づいたのか、女勇者が振り返る。
「まだ避難していない人がいたの!? 早く逃げて」
「この時代ではラスボスでも──僕らの時代では雑魚にすぎない」
背中の長剣を抜く僕。
「えっ、何を言って……?」
「まとめて消し飛べ!」
『レクイエム』が黄白色の光弾を吐き出す。
「炎よ!」
彼女は長剣を一閃させた。
聖剣。
幻想鎧種に唯一立ち向かう力を秘めた、神秘の剣。
勇者と呼ばれる素質者だけが操れる魔導武具だった。
剣から飛び出した炎は、しかし、光弾によってあっさりと弾け散る。
「そんな!? 防げない──」
都市一つを焼き尽くす威力を持つ光弾が向かってくる。
「下がって。僕が処理する」
僕は彼女の前に出て、剣を構えた。
ゆるやかなカーブを描く黄金の刀身。
闇を凝縮したような黒い鍔と柄。
僕専用の聖剣『沙羅双樹』。
「──5秒停止」
告げる。
直後、空中の光弾がまるで凍りついたように動きを止めた。
いや、動きを止めたのは光弾だけじゃない。
幻想鎧種も、隣にいる女勇者も──。
すべてが、凍りついたように停止していた。
「時間操作能力──この時代でも問題なく起動するみたいだね」
僕は無造作に聖剣を振るった。
最初の一撃で衝撃波を放ち、光弾を吹き散らす。
次の一撃で破壊光線を放ち、『レクイエム』を貫いた。
黒い巨体は無数の光の粒子となって散り、消滅する。
しょせんは、旧式の幻想鎧種。
あっけないものだ。
そして──時は、ふたたび動き出した。
「えっ、あれ……?」
女勇者が驚いたように目を瞬かせる。
「幻想鎧種がいない? 何が起きたの、いったい?」
時間操作能力で瞬殺しました──なんて言っても、この時代の聖剣使いには信じられないことだろう。
※
僕──ユーマ・クレストの生まれた時代では、人類と幻想鎧種たちとの戦いが続いていた。
パワーバランスは拮抗し、それなりの平和が保たれていたと思う。
だけど──。
光歴2504年のある日を境に、世界は激変した。
たった一体の幻想鎧種によって。
成層圏まで届くほどの巨大な魔神──第七世代幻想鎧種『ディーヴァ』。
とある幻想鎧種が突然変異的に自己進化した姿だ。
その戦闘能力は絶大だった。
ギルドに所属する十万の勇者たちが立ち向かったが、いずれも一撃で消し飛ばされた。
『ディーヴァ』は世界中を破壊して回った。
生き残った人々は、世界に点在する小さな町で細々と暮らすようになった。
僕は『ディーヴァ』との戦いで帰らぬ人となった勇者──父の聖剣を五歳で受け継ぎ、修行の日々を送った。
幸い、僕は勇者の中でも飛び抜けた素質を持っていたらしい。
修業を重ね、十歳になるころには勇者として最強レベルの力を身に着けた。
そして『ディーヴァ』に挑み──、
──まるで、歯が立たなかった。
奴は、化け物だった。
生きて帰れたのは、幸運という他ない。
僕はさらに修業を重ね、父の聖剣の能力を完全開放することに成功した。
その能力とは『時間を操作すること』。
僕は過去に向かうことにした。
正面から立ち向かっても『ディーヴァ』には勝てない。
ならば、まだ自己進化する前の『ディーヴァ』を破壊する。
そうすれば歴史が変わり、僕らの世界は破滅から免れるはずだ──。
※
「……そのはずだったのになぁ」
時間移動の調整をしくじったのか、あるいは超長時間の時間移動だとこれくらいの精度が限界なのか。
「今が光歴2404年だなんて……」
あの後、アニエスさんに教えられたのだ。
ここが、僕のいた時代から100年も前なのだと。
『レクイエム』なんていう旧型の幻想鎧種の名前を聞いて、嫌な予感はしていたけれど……。
『ディーヴァ』が誕生した約10年前に跳ぶつもりが、まさかこんな大昔まで跳んでしまうとは大誤算だ。
「はあ……」
「さっきからため息ばかりね」
ここは町はずれの食堂だ。
さっきの戦いの後、アニエスさんと二人でここまで来たのだった。
「あらためて。ありがとう、ユーマくん。君のおかげで勇者ギルドの任務を果たせたわ。世界は救われたのよ」
アニエスさんが深々と頭を下げる。
聖剣から過去の歴史書を召喚して調べたところ、本来の歴史では『レクイエム』によって世界人口の二十七パーセントが犠牲になるはずだったようだ。
あっけない戦いではあったけど、僕が世界を救う格好になったわけか。
「とりあえず、これでも食べて元気出して。お礼というにはなんだけど……」
サンドイッチを差し出すアニエスさん。
100年前の食べ物か、どれどれ……。
「っ……!? な、な、な、なんですか、これっ」
美味い! 舌が蕩けるとはこのことだろうか!
ハムが卵の、卵がハムの──それぞれの味を引き立てる!
そして、それらの味のハーモニーを決して邪魔せず、引き立ててくれるもちもちしたパンの味も良好!
すべての味が一つに溶けあい、魅惑のハーモニーを奏でている!
「? ただのサンドイッチだけど?」
「いやいやいや、これ、ものすごく美味しいですよ!」
キョトンとしたアニエスさんに、僕は力説した。
少なくとも僕のいた時代に、こんな美味は存在しない。
食料の確保すら苦労し、餓死者が出ることも──あるいは食料を巡っての戦いが起きることすら珍しくない、僕の時代には。
「ええと、よかったら、これも食べる?」
「ま、まさか、これは伝説のポテトサラダというやつでは……!」
「……ユーマくんって食欲旺盛なのね。育ち盛りだからかしら」
微笑と苦笑の中間の表情でアニエスさんがつぶやく。
「僕に、いただけるんですか。この伝説の食べ物を」
「え、ええ、どうぞ」
「あなたが女神か!」
若干引き気味のアニエスさんに礼を言い、ありがたくいただくことにした。
「んまーい!」
「子どもみたいね、ユーマくん……っていうか、子どもね」
「僕はもう十四歳ですよ……もぐもぐ」
言いつつ、ポテトサラダを頬張る僕。
「私は二十一よ。七歳もお姉さんね。背だって君の方がずっと低いし」
「……背はすぐ伸びます。子どもじゃないです……もぐもぐ」
ついムキになってしまったけど、ポテトサラダはおいしく味わっておく。
「そういうところ、可愛いわよ」
むむ、完全に子ども扱いされてる。
「あら、かわいらしい彼氏さんねぇ? アニエスちゃんにもとうとう春が来たのかい?」
近所のおばさんらしき人が彼女に話しかけてきた。
「もう、やめてよ。私よりずっと年下よ、彼」
「お似合いだよ、美男美女で」
「おばさんってば」
二人は楽しげに笑っている。
それを見て、いいなぁ、と思った。
僕が過ごす時代では、誰もが『ディーヴァ』に怯えていた。
生きて明日を迎えられるか分からない、その恐怖に震えていた。
僕らにとって『生』とは不安であり、恐怖であり、絶望だった。
だけど、この時代には笑顔と希望がある。
僕が過去の『ディーヴァ』を倒すことができたら──元の時代にも、こんな光景が戻るんだろうか。
いや、戻してみせる。
絶対に。
僕はアニエスさんと別れた後、町はずれの森までやって来た。
「『沙羅双樹』──時空歪曲形態」
呪言キーワードに応じて、聖剣が変形する。
長剣状態から、鉄板のように幅広の刀身を備えた大剣へと。
年単位の時間移動をするための聖剣全開起動形態だ。
「時間軸指定。光歴2494年。時間移動開始──」
今度こそ『ディーヴァ』がいる時代に行かなくちゃ。
そして自己進化前に倒してみせる──。
そのとき、聖剣から白煙が上がった。
刀身に大きな亀裂が走る。
「えっ……!?」
ぱきん、と。
甲高い音を立てて、聖剣『沙羅双樹』は真ん中からへし折れてしまった。
「こ、壊れた……?」
100年後の魔導技術で作られた聖剣を修理できる者など、この時代にいるはずもない。
まずい、これでは時間移動ができない──!




