異世界レストラン信成
オレの名前は信成。
地球では三ツ星シェフとして名の知れた男さ。
「ここが異世界か?」
そんなオレは異世界にきた。
地球に出現した“門”によって、異世界に来ることは可能になっている。
「異世界からのお客さま。この物件でしたら、すぐに契約できますニャー」
「ああ、それで頼む」
異世界の街に来てオレが最初に行ったのは、物件の契約をすること。
こちらの世界で第一号店を開店するのだ。
「でも、お客様。いきなりこちらの世界でお店を? しかも、こんな辺ぴな裏路地で?」
「オレ様を誰だと思っている? だから、その物件で問題ない。契約成立だ。金ならいくだでもある!」
場所やどこでも関係がなかった。
なぜならオレは地球でも名の知れた三ツ星シェフ。各国に百店舗以上もあるレストランのオーナーシェフでもあるのだ。
「さては、まずは市場調査に向かうか。市場はあっちだな?」
店舗が確保できたので、店で使う食材を探しにいく。
えっ、なんの店をやるかって?
それはもちろんレストランさ。
三ツ星シェフであるオレが、武器屋をやるはずがないだろう?
街の中央にある市場にやってきてきた。
「やはり食材はたいしたことはないな?」
最初の感想はそれだった。
何しろ異世界の文明は、地球でいう中世風ヨーロッパのレベルである。
冷蔵庫もなければ、トラックなどの輸送手段もない。
「というか予想以上にひどいな、ここは?」
市場に並んでいる食材は、地球のものに比べてレベルが低かった。
特に生ものである魚類や肉類は種類が少ない。
せいぜいマシなのは野菜や果物ぐらいだ。
「この食レベルなら、勝ち試合が確定だな」
オレがこの異世界に来たのには、大きな目的があった。
「この分なら10年……いや、5年で制覇だな、これは」
それは異世界の食産業を制覇していくこと。
この大陸の全ての食を支配することだ。
「何しろ地球の料理の、レベルは高いからな」
地球には無数の国があり、数多のジャンルの料理とレシピがある。
オレはその全てを網羅した。
その手に掛かれば、異世界の食産業を陥落させることなど容易であろう。
「さて。食材の調査の次は、料理の調査でもいくか」
野望の成功を確信したオレは、周りを見渡す。どこか食べ物屋はないかなと。
おや? ちょうどいい所に小さな食堂があった。
2階に宿屋があることから、冒険者向けの宿兼食堂なのであろう。
さて、入るとするか。
「いらっしゃいませ!」
店に入ると質素な給仕服をきた女性が、笑顔で出迎えてくる。
異世界での接客レベルなど、最初から期待していない。
だがこの給仕の女の笑顔は悪くはない。
「一人だ。この店で一番人気の食べ物と酒をくれ」
「はい、かしこまりました! こちらのお席にどうぞ」
今回の調査は料理と飲み物のレベルについてである。
まずはセオリー通りに店側のオススメ品で、様子をみるとしよう。
「まずは先に飲み物です。こちらはエール酒です!」
「ふん。やはりエールか」
オススメで持ってきたのはエール酒であった。
ガラスが高級品な世界なので、木製のジョッキに入っている。
「温いエール酒など、飲みたくはないが……仕方がない」
冷蔵庫がない異世界では、飲み物は常温が普通であろう。
さらに酒造のレベルが低いので、生ビールなどは造り出せないのだ
「これならオレが出す店の生ビールは話題になるな」
異世界ではキンキンに冷えた生ビールが、人々の感動をよぶであろう。
もちろんオレの店では、最高の品質の生ビールを出す予定だ。
「さて、仕方がないからエール酒を飲むとするか…………なっ⁉」
エールをひと口飲んだ瞬間であった。
想像していたモノとは違い、思わず声をあげる。
「なっ⁉ なっ⁉ なんだ、これは?」
二口、三口とエール酒をノドに流し込んでいく。
そして分析する暇もなく、一気に飲み干してしまう。
「お客様、どうしました? 大きな声を出されて?」
「おい、このエール酒は、どうしてこんなに美味いのだ⁉ なぜ木製のジョッキなの冷えているのだ?」
エール酒はまさかの美味さであった。
しかもキンキンに冷えていた。
理論上はあり得ないコクと切れ味を、両立していたのだ
「もしかしたら、お客様は異世界から?」
「ああ、そうだ」
「なるほどです。こちらの世界ではエール酒は、氷の精霊の加護をかけているので、冷えているんですよ」
「氷の精霊の加護だと……」
まさかの答えであった。
だが納得はいった。
だから木製のジョッキに入っていても、地球のよりもキンキンなのだ。
「それに、このコクと泡の切れ味はなんだ? 喉が破けるかと思ったぞ⁉」
「コクは大地の精霊様の、そして泡は大気の精霊様の加護のお陰です。こちらの世界ではごく当たり前のことです」
こちらもまさかの答えであった。
大地の恵みの深みがあるのか。
それに炭酸ガスとも違う、本当の意味での自然で生きている泡が入っていたのか。
これはまさかの展開だった。
精霊や魔法があるとは聞いていたが、飲み物にまで応用さていたとは……。
「お料理をお持ちしました」
唖然としていると、料理が運ばれてきた。
今度こそ冷静に分析しないと。
「ん? これは……」
「市場で仕入れきた肉をメインにした料理です!」
オススメ料理は木皿に盛り付けられたワンプレートであった。
色どりが悪く見た目は地味である。
「あの、市場バザールにあった肉を?」
先ほど見かけた肉を使っているだと?
この街では、あの程度のレベルの肉を客に食わせるのか?
まかさの説明に思わず聞き返してしまう。
「はい。この街で食べられている庶民的な肉料理です」
給仕の女はニコリと笑みて答えてくる。
くそっ。その笑顔で返されてしまうと、キャンセルするわけにいかなくなった。
仕方がなく食べるとする。
「これはハンバーグに似た料理か? いや、それにしては形が変だな?」
皿の上のハンバーグに似た料理は、棒状で横長であった。
こんな形の料理は地球では見たことがない。
「とにかく食べてみるとするか……」
オレは料理を必ず食べてから評価する。
それは三ツ星シェフとしてのポリシーであった。
「これは……これは……なんだ⁉」
ひと口食べて、思わずそう叫ぶ。
いや、叫ぶことが出来なかった。
なぜなら料理の肉汁が口の中で踊った。まるで生きているように、旨味が押し寄せてきたのだ。
「あっ、言い忘れていました。その肉は元気がいいので、気を付けてください」
「元気がいい肉だと……そんな馬鹿な食材が……」
だが言葉を止める。
なぜなら実際にオレは体験していた。
この世のものとは思えない刺激的な瞬間だった。
「あと、そちらの自家製パンも美味しいですよ」
「本当だ! なんだ、このパンの旨味は⁉」
「そちらはササ麦を使っているから、美味しいんです」
なんだ、そのササ麦という穀物は?
小麦の一種なのか。
いや、それにしては地球上のあるどの麦とも違う味わいだ。
こんな美味いパンは生まれて初めて食べた。
「それに付け合わせの野菜料理も、美味しいですよ、異世界のお客様」
「おお、本当だ! なんだ、この複雑な味は⁉」
説明を聞きながら、どんどん料理に口をつけていく。
我を忘れながら、夢中になって食べていく。
エール酒をお替りして、肉のソースも舐めるように食す。
「ああ……美味かった……」
完食した後には、その言葉しか出てこなかった。
まるで子どものような単純な表現。
だが他の美辞麗句が意味ないほど、最高に美味かったのだ。
「一つ聞いていいか? もしや、ここのシェフはこの大陸で、名のある料理人なのか?」
こんなことを給仕人に尋ねたのは初めてだった。
だが、どうしても知りたかった。
こんな素晴らしい料理を作った者の正体を。おそらくは大陸一の元宮廷料理人なのかもしれない。
「いえ、うちの旦那さん……シェフは普通の料理人ですよ?」
「なんと、普通の料理人で、こんなハイレベルな料理を……」
答えを聞き言葉を失う。
地球でいえば庶民の食堂の大将。そんな者の料理に、この三ツ星シェフであるオレが言葉を失っていたのだ。
「異世界のお客様。美味しいものが好きなら、この次の村にオススメの村がありますよ」
「なんだと、オススメの村だと?」
「はい、そうです。“ボーワフ魚”という川魚なんですが、焼いて食べると本当に美味しいんですよ! あと“タタラ麺”もおすすめです!」
説明によると、今は“ボーワフ魚”の旬の季節だと。
駅馬車に乗っていけば3日で着く村の名物料理だという。
「なんと、そんな川魚が……女将、お勘定を」
「はい、ありがとうございます。今日はこれから、この街の観光でも?」
「いや、今すぐその村に向かう」
「えっ、今からですか?」
「ああ、“善は急げ”……これはオレの国の格言だ」
オレは決意していた。
(“ボーワフ魚”に“タタラ麺”か……今から楽しみだな……)
オレは地球でもトップクラスの三ツ星シェフである。
だが料理人である前に、地球一を誇る食いしん坊でもあった。
(店を開くのは、この大陸中の美味料理を食べ尽してからだな)
こうしてオレの異世界での旅は始まる。
未知なる食材を求めて旅に出るのであった。




