表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/32

姫様の専属メイドだったけど魔族の待遇が良すぎて寝返りたい

 目を覚まして、即座にまぶたを開く愚は冒さなかった。


 部屋に滴る水音が反響する。肌に感じる湿気、どうやらここは地下のようだ。


 手足に巻き付くのは鉄の感触。鎖で繋がれたまま寝かされている。一応は寝台に置かれているだけマシな扱いだろう。




(なるほど、こうなったか)




 状況を認識して、小さく息を吐く。


 どうやら私は虜囚の身となったらしい。




 ***




 それは姫様がご公務で隣国へとおもむかれた際のこと。


 深夜、野営地にて。端的に言うと襲撃があった。




 下手人は人ならざるものども。魔族と呼ばれる彼らの夜襲を受け、結果として姫様専属メイドの私が囚われた。


 覚えている限り捕まったのは私だけ。姫様も護衛も他のメイドも、馬車の御者に至るまで逃げ延びたはずだ。


 そうなるよう手を打った。




「ああ、見事だった。してやられたよ。何度もシミュレーションして、極限まで偶然を排除し、一切の慢心無く挑んだ作戦がこんな小娘に打ち破られたんだからな」




 狭い室内に声が反響する。若い男、おそらく二十を過ぎたくらいの。声音に灯る感情に揺らぎは無い。


 その言葉に反応は返さず、私は目を閉じたまま静かに呼吸を繰り返す。




「狸寝入りはよせ」




 断る。こういうのは少しでも相手に情報を渡したら負けだ。




 しかしここで疑問が残る。言っちゃなんだが私はただのメイドだ。姫様への追撃を阻むためにしんがりを担ったが、わざわざ浚うほどの価値は無い。


 あの状況、私を昏倒させて連れ帰るより、即座に首をハねて姫様を追うのが正解のはずだ。




 もちろんそれを見越して罠を用意していたが……。ともあれ彼らは私だけを捕らえて退くことを選んだ。


 考えられる理由は二つ。彼らは私に人質として価値があると誤認している。もしくは、王族に近い場所で務めている私から情報を吐き出させたい。おそらくは後者だろう。




「可愛くねえ女だな、この状況で考えることがそれかよ……。ちなみに半分正解だ」




 その言葉を聞いて飛び起きた。


 目を開き、近くに石壁があることを確認する。それに向けて思いっきり頭を振りかぶって――。




「ご明答、俺はお前の思考を読む。推測して即座に自分の脳を潰そうとする思いきりも上等だ。だがな、言ったはずだぜ」




 襟首を掴まれ、行動を阻止される。ならば舌を噛みちぎろうとしたが、口内に指を差し込まれてそれも叶わなかった。


 眼前にいるのは人ならざるもの。魔族。金の瞳と超常の力を持つソレは、嗜虐的な笑みを浮かべた。




「俺に慢心はねえよ。残念だったな、トモネルカちゃん」




 くそ、名前まで割れてやがる。最悪だ。


 舌打ちもできず、せめてもの反逆として私はソレの指を噛んだ。




「質問に答えよう。俺はお前に二つの価値を見出している。一つは推測通り、情報源としての価値だ。素直に情報を吐かないと、お前さん、大変なことになるぜ」




 そう。具体的には?




「喋れよ。人の能力を便利に使ってんじゃ――ああ、喋れないんだったな。悪い悪い」




 魔族が私の口から指を抜く。この隙に舌を噛み切るか、と考えた瞬間魔族の目が光った。


 口に溜まった唾を吐き捨てる。何度も口内に指を突っ込まれる趣味は無い。




「良い子だ。隙を狙っても無駄だ、俺に慢心は無い」




 で。具体的にはどう大変になるんだ。


 殺すなら万々歳。拷問もまず無問題。最悪なのが――。




「洗脳だろ。お察しの通り俺は洗脳もできる。その気になれば情報を絞り出して捨てることだって可能だ」




 ダウト。そんな事ができるならこうして話をする意味は無い。それができないからお前は会話で情報を引き出そうとしている。




「もしくは、お前の自意識そのものに用がある。だから洗脳はしたくない。その線は捨てられないだろ?」




 …………。


 オーケー。こちらにも手札があるならコミュニケーションは成立する。自死を選ぶより意義はありそうだ。




「クレバーな女は嫌いじゃない。俺はダンタリオンだ。仲良くしようぜ、トモネルカちゃん」


「汚らわしい口で名を呼ぶな、魔族」


「つれないねえ」




 魔族はカカと笑って手を差し出す。握手のつもりか。払いのけようとして、繋がれた鎖がそれを阻んだ。


 狭い部屋、牢のようだ。魔族は隅に置かれた丸椅子にどかっと腰掛け、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる。




「親睦も深まったところで用件に入ろうか。――ああ、そんなに嫌そうな顔をするなよ。ソソるだろ」




 マジか。そっち方面に価値を見出しているならやりやすい。




「……本当に可愛くねえな、お前。おいやめろ、その小動物感満点の怯え顔が演技だなんて思いたくねえ。ああくそ、なんなんだよその無駄な演技力は!」




 ふむ、演技は一定の効果が見込めるか。思考は読めても情に訴える手は効くらしい。


 失礼、続けて。




「打算だけで動けるお前がおかしいんだよ……。まあいい、本題だ。つっても俺がお前の何を求めているか、見当はついてんだろ」


「柔らかな少女の体」


「ボケるところじゃねえぞ」




 こっちの揺さぶりは効果が薄かった。肉体的に魅力を感じているわけではないと。となると、精神的な充足感を与える方面で籠絡するのが良さそうだ。


 どうするか、と手管を考えていると、魔族が小さく呟く。




「……なあ。試しにお兄ちゃんって呼んでみろよ」


「は?」


「ごめん今の聞かなかったことにしてお願い」




 魔族が真顔で懇願していた。私は聞かなかったことにした。ここで流すのが淑女である。


 それに、私の兄はもう居ない。あの人は数年前に帰らぬ人になってしまった。




「あー……。すまん、要らんこと言った。悪かったな、嫌なこと思い出させて」


「気にしないで、嘘だから。兄なんて元から居ないよ」


「お前なんなんだよ! マジでなんなんだよ!」




 思考は読めても記憶は読めない。自分を騙せば嘘もつける。なんだ、こいつの能力、穴だらけじゃないか。


 一歩、もう一歩と這い寄っていく。詰めていく。交渉の手札がまた一枚増えた。




「それだよ、それ! お前のそれが欲しいんだ!」




 これ以上私のペースにさせたくない。得体の知れない私が怖い。彼の顔からはそんな色が見えた。


 そうかそうか、そんなに私が怖いか。可愛いなあ、魔族クン。




「先代魔王が斃れて以来、魔族が内乱を続けているのは知ってるな? 加えて昨今は人間との小競り合いも激化している。この混乱から脱するため、一刻も早い新魔王の即位が望まれているのが現状だ」


「だから私に魔王になれと」


「そこまでは言ってない」




 違うのか。やりたかったのに、魔王。




「俺は次期魔王候補の一人、グシオン様にお仕えしている。あの方を王にするため配下を集めているんだが、魔族って奴らはどいつもこいつも……」


「独善的で協調性を持たない」


「個性的、と言ってやってくれ」




 個の力を尊ぶ魔族は団結を苦手とする。実のところ、種として劣る人間が魔族に対抗できているのはこの性質によるものが大きい。




「力で配下を押さえつけるヤツもいるが、我が王は力ではなく対話による統治を望まれる。それは人間相手でも変わらない。お前らの姫を狙ったのも、姫を人質に人間側の軍事行動を牽制するのが狙いだ」




 あー、それ下策。人間側に挙兵する理由を与えるだけだよ。


 やるなら隣国の仕業に見せかけた上で暗殺して、人間同士で争うように仕向けないと。可能なら夏がいい。どさくさに紛れて田畑を焼き払えば、秋に刈り入れが出来ず多くの餓死者が出るだろう。




「……なあ、お前、本当に人間だよな? なんでそんなに恐ろしい発想ができんだよ」


「魔族に言われたくない」


「でもやっぱお前、イイ。欲しいわ」




 ストレートな要求。そうかそうか。欲しいのは私か。




「断る。誰が魔族に与するか。さっさと殺せ」


「感情的な判断は似合わんぜ。お前は自分の命すら打算で扱う。違うか?」




 正解だ。しかし、それでも人が魔族に寝返るリスクは極めて大きい。


 同族からは後ろ指をさされ、魔族からも決して良い顔はされないだろう。特別な力を持たない私が迫害に耐えられるとは思えない。


 待っているのは、それこそ死んだ方がマシと思えるような過酷な日々だ。




 …………。


 死んだ方がマシ、か。




「お前今、別に今までと変わらなくねって思わなかったか?」


「思ってない思ってない」




 危ない危ない、本心が出るところだった。思考を読む相手って面倒臭いな。




「ほら、やっぱり」


「黙れクソ野郎死ね」


「罵倒めっちゃ雑」




 るっせえな。色々あんだよ。それ以上突っ込むなら舌噛むぞ。


 胸の内で毒づくと、魔族はなんだか物言いたげな顔をしていた。ンだよコラ。




「今すぐ決めろとは言わねえ。ウチの様子を見てからでいい。これは自慢だが、ウチの待遇はスゲエぞ?」


「王宮務めだった私に待遇面で張り合うの?」


「まあ聞けよ。グシオン様は未来、現在、過去の知識を持つ御方だ。その力をお借りして、俺達はある時代の文明を再現した」




 魔族は自慢げにククと笑う。見れば必ず腰抜かす、とでも言いたげな顔だった。




「再現したのは失われた黄金時代。ニジュウイッセイキと呼ばれる時代だ。聞いたことあるか?」




 知らん。聞いたことも無い。どうせ大した文明ではないんだろう。


 どこの洞穴で棍棒振り回していた時代かは知らないけど、そんなものを自慢しているようじゃ魔族も底が知れる。




「そうか。あんまり驚きすぎるなよ」




 賭けても良いが、何を見せられても私の心が揺らぐことは無い。


 しかし、そこまで自信があるなら見せてもらおうじゃないか。


 結果は分かりきっているけどね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ