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正解者ゼロの魔王城

『第一問』




 呼吸をとめて、早押しボタンに手を添えたアンナは、静かに目を閉じた。


 対面するゴブリンよりも早く答えるために、次の言葉に聴覚を集中させる。




『オーストリアの作曲家フランツ・シューベルトの歌曲名にもなった、悪魔や妖怪などを統べる王様の役職を意味する……』




 ピンポーンッ!




 甲高い電子音は、ほぼ同時に鳴った。


 やや焦りながら目を開けたが、出題者の顔はアンナの方を向いていた。




『冒険者アンナ、答えは?』




 解答権獲得。




 思い浮かべた言葉が間違ってなければ、正解は揺るがない。


 絞りだすように、答えをゆっくり述べる。




「……『魔王』」




 向かい側の席に座るゴブリンの顔が引きつる。


 目の動きで、自分の頭の上に表示されたHPバーを確認しているのが、アンナにも分かった。




『正解!!』




 音一つなかった洞窟ダンジョンの中、正解チャイムが鳴り響く。




 刹那、ゴブリンの体を電気ショックが襲う。




「ぎぃやあああああ!痛いゴブ!」




 ゴブリン 残りHP 20→15




 アンナはニヤリとする。続けて始まる次の問題に備えて、再び早押しボタンに手を伸ばす。




『第二問』




(大丈夫よ。訓練学校と同じだ。初めての戦闘でもアタシなら勝てるわ)




 アンナにとって、今行われているゴブリンとの『一対一の早押しクイズ』は得意分野である。ゴブリン程度の弱小モンスターには、つまづきたくはない。




『2018年の平昌オリンピックにて、『カー(むす)』『そだねーJAPAN』等の愛称で知られる女子日本代表チームが史上初めて銅メダルを獲得した競技……』




 ピンポーンッ。


 鬼のような反応速度で、アンナはボタンを叩いた。




『勇者アンナ、答えは?』


「『カーリング』!」




 これで先制二連続攻撃に成功――




『……した競技はカーリング、で・す・が』




――とはならない。




 アンナの顔から血の気が引いていく。




『カーリングで使われる重さ約20Kgの円盤型の用具のことを』




 逆襲の早押し。電子音が鳴る。




『ゴブリン、答えは?』




 ケケケという、意地の悪そうな笑い声と共に、解答権がゴブリンに移る。




「『ストーン』」


『正解!』




 身構える間もなく、アンナの体を鋭い電流が駆け抜けた。




 勇者アンナ 残りHP 20→15




 唇を噛む。


 一気に、立場が逆転する。




『第三問』




 △ △ △






 この世界は、一人の神様に呪われた。




 いつからそうなったのかは分からないが、人も魔物も『血を流すような戦闘行為』をすることができなくなった。




 なんでも、過去に起きた「神様同士の戦争」で勝利した知恵の神『トト』が、「殺し合いは野蛮な行為」だと判断し、世界のルールを作り替えたらしい。


 とにかく知的生命体同士が「血を流す」行為をしようとすると、体から力が抜け、動けなくなる。




――代わりに生まれたのが、この「クイズ方式戦闘」だ。




 敵対する者同士が顔を合わせると、地面から「メガネをかけた出題者の男性」と「クイズ番組風のひな壇的なセット」が出現し、クイズで決着をつけなければならなくなる。


 旧文明の知識を元に、「早押し」「フリップ方式」「四択問題」など様々な方式のクイズで競わねばならない。




 今のアンナのように。




『第三問』




 両手を重ね、アンナは相手の誤答を祈った。




 今回、アンナは『お手つき』によって次の問題の解答資格を失っている。


 ゴブリンに分かる問題が出た場合、二連続で攻撃を食らわざるを得ない。




『七夕の伝説における『彦星』に相当する恒星の正式名称であり、はくちょう座のデネブ、こと座のベガと共に夏の大三角を成す星の名前は?』




 ゴブリンがボタンを押した。




『ゴブリン、答えは?』


「『アルタイル』」に決まってるゴブ!」




 正解チャイムが鳴り響き、アンナは唾を飲み込んだ。


 強めの電流が全身を貫く。




 勇者アンナ 残りHP 15→10




 リードを奪われ、心臓の鼓動が加速する。


 次の問題を取られると、『リーチ』をかけられる。


 何がなんでも、次の問題は答えなければならない。




『第四問』




 呼吸を再びとめる。


 頬を汗が伝い、顎からポタリと落ちる。




 絶対に負けられない闘い。




 コンマ数秒でも早くボタンを押そうと、指先の感覚を尖らせる






『今回は文学ジャンルからの出題です』






(よりにもよって文学!? クソ! あたしの苦手分野だ!)




 じわりと、手汗がアンナの指の間を湿らす。


 鼓動で胸が張り裂けそうになる。




『明治時代の文豪 夏目漱石の小説で(わたくし)はその人を常に先生と呼んでいた。 という一文から始まる文学作品のタイトルを』




 アンナが解答を思い浮かべるよりも、早く電子音が鳴った。




「――『こころ』」




 出題者が確認するよりも早く、解答がはじき出される。


 答えたのは、アンナではない。


 しかし、ゴブリンでもなかった。




 なびく銀色の長髪。男らしく鋭い目。


 真っ黒なローブに身を隠した長身の若い男。




 アンナが早押しボタンに添えた手の甲を上から押すようにして、解答者はボタンを押していた。




「……ゼロ、先生?」


「――アンナ。まだお前がダンジョンに入るのは早いと言っただろ」




 息がかかりそうなくらいの近距離で、解答者――ゼロは淡々とそう言った。




『正解!』




 解答者(ゼロ)の戦闘レベルが高いため、ダメージはアンナの解答時の三倍以上。


 ゴブリンに強い電流が走る。




「ぎしゃああああああああ!!!!」




 ゴブリン 残りHP 15→0




 叫び声をあげて、ゴブリンの肉体はドロップアイテムと金貨に姿を変えた。




――その男の名は、ゼロ。




 かつて、魔王の肉体を破壊した英雄。


 そして死に際の魔王に"呪い"をかけられ、魔王の魂を体に封じ込められた不幸な男。




 彼は三年以内に、肉体を体内の魔王に乗っ取られることになっている。




 △ △ △






「どうして規則を破ったんだ。アンナ」




 訓練学校に戻り、ゼロはアンナに問いかけた。


 皮鎧を外し、装備を全て外したアンナは何も言われなければ、ただの若い町娘にしか見えない。赤い瞳に赤い長髪。装備から解放された大きな胸を隠すように両手を組みながら、不満そうな顔をする。


 冒険者訓練学校は文字通り、ゼロが優秀な「冒険者」を育成するために作った育成施設である。


 アンナはそんな冒険者訓練学校では主席クラスに優秀な生徒であったのだが、勝手に寮を飛び出してダンジョンに向かったのだった。




「ごめんなさい……」


「謝れと言ったわけじゃない。お前のことだ、何か理由があったのだろう?」




 ゼロにそう言われ、アンナは顔をしかめた。




「……仲間外れにされたんです」


「誰が?」


「分かってますよね。あたしです」




 アンナは、ぼそりと呟く。




「先生も知ってると思うんですけど、私クラスで嫌われてるんです。『赤い目をした女は不吉だ』『呪われてる』って噂されて」


「またか。いじめられたら俺に言えって言っただろアンナ」




 ダンッ!




 アンナは、床を強く踏んで音を立てた。




「もうそんなの意味ないんです!」




 涙を目にためて、頬を膨らませる。




「……ゼロ先生。ウチの学校の卒業試験、つまり模擬遠征が近づいてることは知ってますよね?」


「そりゃ教員だからな、俺は」


「次の模擬遠征、アタシと一緒にパーティを組んでくれる友達がいないんです」


「ああ……」




 ゼロは頭の後ろを掻いた。




 いくら教員が注意したところで、生徒間の人間関係改善には限界がある。


 たとえ”嫌がらせ”が排除できたとしても、その人間と仲良くできるかどうかまで強制する権利は教員にはない。




「……アタシ、このままじゃ一人で試験に挑まなきゃいけません。さっきダンジョンに挑んだのは、ソロで卒業試験に挑んでなんとかなるかを試したかったんです」




 アンナの行動は無謀である。 


 見習いの冒険者はたとえ弱小モンスターであろうと、基本的にはパーティを組まないと確実には倒せない。冒険者とはもちろん、ダンジョンからドロップアイテムや金貨を拾い、未知なる大地の攻略に挑む職業だが、たいていの場合専門外のクイズを出されても対応できるように、複数人によるパーティでダンジョンに挑むのが安全策である。




「……お前の気持ちは分かった。アンナ、お前は『地理・歴史・スポーツ』分野なら十分戦える。だが、そのほかの分野のクイズじゃ、お前はまだまだひよっこだ」


「でもどうすればいいんですか! アタシと一緒にパーティを組んでくれるような友達、学校には一人もいないんです。呪われた目をした不吉な女なんか、誰も味方にしたいと思わない! このままじゃアタシ、学校を卒業できない」




 アンナは目を潤ませながら、必死に訴えかけた。


 ゼロは頭を抱える。


(アンナほどの優秀な生徒が、人間関係を理由に訓練学校を卒業できないなんて、あってはならない。


……俺が魔王に体を乗っ取られる前に、どうにかしないと)




「……分かったアンナ。先生がなんとかしよう」




 策も思いつかないまま、ゼロはアンナにそう告げた。




 後に、ゼロとアンナは魔王城にて人類の存亡をかけて「早押しクイズ対決」をすることになるのだが、それはまだまだ先の話である。

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