18の誕生日に結婚することになったんだが~うちの嫁は学園のアイドルらしいです~
「誕生日おめ」
「おめっとさん」
「おめでとう」
「おう、ありがとな」
という訳で、俺、板倉健人は今日18歳になった。
「しかし、2学期初日に誕生日ってのは、忘れられそうだな」
「まあ、否定はしない。こうして祝ってくれたのはお前らと理恵だけだし」
2学期初日の昼休み、3年特別クラスの教室の隅では俺の誕生日がひそかに祝われている。祝ってくれているのは、鶴岡博人、香坂徹、丘村美波の3人。一応言っておくと、特別クラスってのは、学年トップクラスの成績の持ち主が割り振られるクラスの事だ。決して問題児が集められているクラスではない。担任は、ここ私立南条学園の学園長だ。
「で、理恵たんはいつ来るの」
「美波、お前ってやつは……」
「仕方ないじゃない、板倉の妹とは思えないほどに可愛いんだから」
それについては俺も同意だ。こんな冴えない俺とは違って、明るいし、可愛い。まさに自慢の妹。人使い。いや、兄使いが荒いって点を除けばな。
「おっ、噂をすれば」
上級生の教室だというのに、堂々と入って来た。
「兄さん、誕生日おめでとう。それと母さんが呼んでた、学園長室に来いって」
理恵の言葉が終わるのを待っていたかのように放送が入る。
『3年特別クラス、高瀬真奈、ついでに板倉健人、至急学園長室まで来なさい。繰り返す……』
やっぱり、母さんから早く来いって催促する放送か。
「何したんだ、お前?」
「知らないけど、月末にある文化祭の資料作りとか、経費確認とかその辺の雑務の押し付けだと思う。高瀬さんは、何か表彰とかその辺じゃないかな」
「なるほど、あんたも大変ね。学園長の息子って贔屓されるイメージが強いのに」
なんとなくそのイメージに行きつくのは分かるが、俺の場合はただの使い勝手がいい学園長のパシリみたいな感じなんだよな。
「まあ、それまでは私が理恵たんの相手をするから安心していいわよ」
そんな鼻息荒げながら、理恵に近づかれて安心できるわけが無いんだよなぁ。
「あとは任せたわ。理恵も悪いな、せっかく来てくれたのに」
「悪いと思うなら、これどうにかしてよ兄さん」
それは無理だな。そうなった美波の相手はしたくない。高瀬さん誘って一緒に学園長室に行くか。
「あのさ、板く、健人君一緒に行かない?」
一瞬で殺意が集まった。それはもう、MMORPGの盾職プロの人も驚くくらい一瞬でだ。男女問わず人気があり、ファンクラブがあるとまで噂されている美少女に名前呼びされたのだ。ここで返す返事を間違えたら俺は即死だ。落ち着け、考えるんだ俺。
「いいよ。学園長室って慣れてないと、行くのに緊張するからね」
見ろ、どうだこの回答は。まず、承認することで向こうの優しさを素直に受け取り、さらに俺を誘った理由として、共に呼び出されたからだけではなく、学園長室に行くことが緊張することだと認識させて、呼び出され慣れているのを連れて行こうと思ったと思わせる。まさに完璧、俺の勝利だ!
俺に殺意を向けてきたやつらは納得しているようだ。た、助かった。
という訳で、俺は高瀬さんと共に学園長室に向かった。あ、もちろん会話なんかなかったよ。
「失礼します、高瀬です」
「母さんや、今日は一体どんな書類片付けるんだ? それとも挨拶回り?」
「よく来たね、真奈ちゃん。遅かったじゃないか、バカ息子」
いや、さっき聞いて、すぐ来たから。
「そりゃ悪かった。で、用件は?」
「板……健人君、お母さん相手とはいえ、さすがに失礼じゃないかな?」
なんていい子なんだ、あの雑務押し付けてくる母さんの味方に付くなんて。そりゃ男女問わず人気が出るわ。
「ほんと、あんたにはもったいないくらいにいい子ね」
心読まれてるし。俺にはもったいない? 釣り合わないのは知ってるから。
「うちのバカ息子は話について来れてないみたいだけど、放っておいていいわ。さあ、真奈ちゃん、座って」
*****
「さて、美波先輩、離れてください」
「しょうがないなぁ」
教室では、美波に抱き着かれていた理恵が、持ってきたノートパソコンを起動する。
「これで、学園長室の様子が分かるんだな」
徹の言葉に、多くのクラスメイトが集まってくる。皆、興味津々のようだ。
「板倉君に頑張ってもらいたいけど、板倉君だもんね。真奈ちゃん、頑張って」
「板倉はあんだけ好かれてるのに、気づかないからな」
パソコンの画面をのぞき込みながら、口々にそう言うクラスメイト。
そう、健人は誤解をしている。真奈は学園のアイドルではあるが、健人の事が大好きな、恋する乙女だ。それも周りが、あぁ、と温かい目を向けてしまうほどに分かりやすい。健人に真奈が話しかけた際に集まったのは、殺気ではなく、真奈への温かな目で、学園にあるのは真奈のファンクラブではなく、真奈と健人の仲を応援する会なのだ。
この特別クラスは、2人の関係を近くで応援したい面々が、死に物狂いで勉強して入っている、いわば、応援する会の先鋭が集まったクラスなのだ。
「学園長と話してるみたいだね、音を拾えたりする?」
「任せて、兄さんの鈍感残念ヘタレっぷりを、音声までつけてお送りしちゃうから」
*****
「さて、バカ息子。なんでここに呼ばれたか分かるかい?」
「雑務をやらされるもんだと思ってたけど、そうじゃなさそうだな。分からん」
ここに呼ばれたら、帳簿、経営資料、スポンサーリスト、辺りを作ったりするくらいだしな。時々生徒の個人情報が書かれた紙とか、纏めとけって言われたりもするけど、それ以外で呼び出されたことないんてないしな。分からん。
「少しは、考えたらどうだい? すぐにあきらめるのは悪い癖だよ」
そういわれても他に思い当たる節も無いからな。何かをやらかしたり、表彰されるようなことをした覚えはないし、この忙しい時期に、誕生日を祝うとも思わない。っていうか、祝うにしても、呼び出すようなことじゃない。うん、やっぱり分からん。
「そんな事より、高瀬さんの要件を済ませて解放してあげろよ。こんなくっだらない親子茶番で、高瀬さんの時間を奪ってどうするんだよ」
「まあ、確かにその通りだね。でも今回は、あんたと真奈ちゃん2人に用があってね。言っておくけど、文化祭でも、主席、次席の話でもないよ。大雑把に言うとあんたらの話」
進路関係か? ちょっと人手不足だから、教員免許持ってここに戻って来いとか?
「ああ、とりあえず健人。誕生日おめでとう。ようやく18になったね」
「健人君、誕生日おめでとう」
「あー、ありがとう。母さんの発言には色々言いたいが、我慢しておく」
「そりゃありがたいね、あんたの話は長いから。さて、ここからが本題だ。二人でこれを役所に出してきな」
この手のお使いクエスト的な雑務は、俺だけで十分だと思うんだがな。
で、これは何の書類だ?
「ええっと、婚姻届? 夫、板倉健人……」
「妻、高瀬真奈。夫婦の苗字、板倉」
「安心しな、書くべきところは全部書いてある。あとは出すだけ。新しい家は、駅前のマンションね。これは鍵」
いや、いや、待て、待て。これは俺か? きっと同姓同名の人だろ。承認欄には、父さんの名前、住所はうち。高瀬さんのも多分そう。少なくとも生年月日までは合ってる。
「なあ、母さん俺の見間違いじゃなければ、これは俺と高瀬さんの婚姻届なんだが」
「あんたの見間違いじゃないよ。資金援助もしてやるから、安心しなさいって」
違う、そういう事じゃないんだ。いや、それは助かるけどさ。
「真奈。真奈って呼んで」
えっ、ちょっ、何この可愛い生き物。普通にしてても可愛いんだけどさ、頬を膨らませて怒るとか、こんな娘を嫁に貰って良いの?
「あー、何だ。ま、真奈はこんなんでいいのか? いやなら、嫌って言って良いからな」
*****
「最後まで兄さんは残念だよ。妹的にポイント低い」
「板倉、そこはなぁ。ってか女子にあそこまで言わせるか?」
「すごかったよね。真奈ちゃんの好きなとこを羅列していくの。聞いてるこっちが恥ずかしくなったよ」
「おおっ、真奈ちゃん大胆。偉い」
パソコンには学園長の前で不満はないのか? と聞き続けていた健人の口を、無理やりに唇でふさいだ真奈の姿が映し出されていた。
「さあ、とりあえず片付けて祝いの準備をしよう」
「真奈ちゃんが、さっきの感じでリードするかもよ」
「板倉が、リードって考えずらいよな」
「健人には悪いけど、それには同意だなぁ」
2人のこれからを勝手に想像して話しながら、2人を待つクラスメイト。そこにようやく2人は戻って来た。初々しくも手をつなぎ、お互い真っ赤になりながら。
「どうしたの、真奈ちゃん? ようやく?」
「えっと、その」
「あー、何だ。真奈と俺、結婚することになりました。命だけは勘弁してください」
勘違いのまま命だけは、と全力で頭を下げる健人のかっこよさはゼロを通り越してマイナスだ。
「フフフ、とりあえずおめでとう」
「2人ともおめでとう」
「おめでとう」
*****
あれ、刃物、鈍器くらいなら飛んでくると思ってたんだけど……祝いの言葉?
「ありがとう。でもなんで? もしかして俺勘違いしてた?」
博人、徹、美波、理恵、皆がすごい勢いで首を縦に振っている。もしかしなくてもクラスの人たちはいい人らしい。
まあ、こんな感じで、俺は18の誕生日に結婚することになった。
これは、そうだな、学園長のパシリで息子な俺と学園のアイドルな真奈、そんな高校生夫婦の話だ。




