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ごきげん☆魔王様チャンネル!

 石を拾って背中のカゴにポイっ。


 石を拾って背中のカゴにポイっ。




 僅かにしか光が差し込まない深い森。


 チチチという小鳥の囀りと、近くにある清流の柔らかいせせらぎのなか、ジルは黙々と苔生した小さな石を拾っていた。




「魔王様。これは何をされているんですか?」




 尋ねてきたのはレポーターの清水。


 彼女の後ろにはカメラマンの篠原と、そして『にっこり笑ってください』のフリップを持ったディレクターの犬田。




 この世界(アーファム)では、子供がお駄賃欲しさにするような簡単な作業であるが、この世界とは異なる世界『地球』からやってきたという3人にとっては物珍しいらしい。




 魔王――ジルは石を拾う手を止めると、自慢の黒い髪を尊大に掻きあげ、腰に手を当て「ぬははは」と笑い、手に持った石をカメラに突きつけた。




「これはな、魔力石を集めておるのだ。


 手にとってみると、微かな魔力を感じるであろ?


 この石を集め魔力を抽出することによって、より純粋な魔力のエネルギー物質、魔力結晶を生じることができるのだ!」




「でも、こういう作業って面倒じゃありません?」




「なんともつまらぬ問いであるな。


 我が望みは世界の救済にある。このような労苦は、羽虫が求愛するために身を震わせる程度の些事にすぎぬ」




「さすが魔王様っ! かっこいいです!」




「そうであろ! そうであろ!」




 清水の褒め方は大根役者もいいところではあるけれど、それでも褒められて嬉しいというのは人の(さが)。それに、清水の声が視聴者の代弁であると考えれば、それに応えるのも王者の責務というものである。




 と、ひとしきり「ぬははは」と笑い、




「はい、カットー!」「――ええいっ! なんで余が石拾いなどせねばならんのだッ!?」




 撮影終了が声をかかった瞬間、ジルは背負っていたカゴを放り投げた。


 カゴから零れ落ちた石が瑞々しいクローバーの群生する草むらに散らばって落ちる。




 水分を豊富に蓄えた広葉樹林の大森林は叫び声を速やかに吸収し、何事もなかったかのように自然の営みを再開。そのなかでジルは地団駄を踏む。




「魔力結晶を作るのに必要な魔力量は、ここにあるような石で換算するならおおよそ1トン!


 この調子で作業しておったら100年かかるわっ!


 なんで余が、そんな不毛な作業を笑顔でやらねばならんのだ!?」




「視聴数のためです。魔王様、がんばっ!」




 犬田、篠原、そして清水。


 3人の地球人と出会っておよそ1年。


 魔法科学とやらの実験事故でこの世界に迷い込んできたという彼らは、地球とアーファムの間での通信と、一方通行であるが地球からの物質転送の技術を確立していた。




 だが、当たり前であるが、地球から物を取り寄せるのには地球の金銭が必要である。


 そこで彼らが思いついたのは、異世界の風景を動画にして広告収入を得ることだった。


 初めは動画サイトに細々と投稿していたようだが、途中から専用サイトを開設、さらには犬田を社長とする企業を創設し、いまや動画だけでなく、魔法科学関連の世界的な企業にまで成長しているらしい。


 そして今では風景を撮影するに飽き足らず、魔王であるジルすらネタにする始末。(この1年のあいだに紆余曲折があったのだ)


 地球人とはなんともたくましい種族である。




 だが、それとこれとは話が別。


 ワンピースの袖をまくり上げながら、ずずいっと清水に詰め寄る。




「お主ら地球人はいっつもそうだ! 視聴数! 視聴数!


 ――そうだ! このあいだ、篠原から聞いたぞ! おっぱいの大きな女が脱げば簡単に視聴数が稼げるとな!


 清水よ、脱げ! そんなに視聴者が欲しいなら、脱いで全裸でレポートするのだ! そうすれば余がこんなことをせずとアホな男どもががっぽがっぽであるぞ!」




「絶対ヤです! ゴッキーのほうこそ、あんまり無茶言うとひん剥きますよ!?」




「ええい、余をゴッキーと呼ぶでない!


 それに、そんなことをすれば法律にひっかかるであろう! 余はそなたらの世界の法律を勉強したのだ! 児ポ法抵触! 放送禁止! アウトだ、アウト!」




「残念! ここは日本じゃないし、ゴッキーは日本人じゃないので法律の適応外です。だいたい児童って齢じゃないでしょう。合法ロリです。ロリババアです。セーフです! セーフッ!!」




「ば、ババアだと!? この愛らしい見た目をしておる余を捕まえて……。なんと失礼な女であろう!


 ちょっとばっかりスタイルがいいからといって、なんたる暴言! なんたる愚弄!」




「どんな見た目をしてても、日本の基準なら100歳以上はババアです。


 ヘイヘイ! おばーちゃん、茶寿のお祝いでもしてあげましょうか?」




「ぐ……ぐぬぬ! うるさーい! どうでもいいからさっさと脱げ!!」




「絶対にヤです!!!」




 ぎゃーぎゃーわーわー。




 と。




「はい、カットー」「うむ。ご苦労であった」




 今度こそ本当(・・)の撮影終了の合図がかかり、ジルは清水の襟をつかんでいた手をパッと放した。




 ジルたちがおこなっている撮影はおおまかに区別すると、台本ありの予定撮影パートと、台本なしの寸劇パートに分けられる。


 予定撮影パートではアーファムの文化を説明し、寸劇パートでは清水(とたまに犬田)を交えた軽快なコメディコントという流れだ。


 寸劇パートはいわゆる異世界における『日常のりありてい』を追求したものであり、普段の清水であればジルのことを「魔王様」と呼ぶのだが、寸劇パートのみ愛称の「ゴッキー」と呼ぶ。


 リアリティって何だっけ、とは清水の(げん)ではあるが。




 ちなみに、ゴッキーとはジルの額から生えている角と、長い黒髪、そして動画名『ごきげん☆魔王様チャンネル』からくる愛称だ。




 さっき放り投げたカゴを拾いに行き、傷がついていないかを入念にチェック。


 さきほどは撮影を面白おかしくするために放り投げたものの、壊れていないか心配だったのだ。




 そんなジルの背中に、清水があきれたように声をかけてくる。




「魔王様って意外とマメですよねー。ただのカゴでしょー、それ?」




 ただのカゴ。まさしくそうだ。


 カゴの底に書かれている文字は『メイド・イン・ジャパン』。


 わざわざこのような小さなカゴにすら名前を刻みこむのだ。彼らの故郷は誇りをもって名乗れる素晴らしい国であるらしい。




 ――ジルは空を見た。


 不意にあふれた涙が零れ落ちそうになったからだ。




 国。


 そう、国だ。




 いまのアーファムに国はない。


 100年前には10の国が存在したのだが、いまはない。ひとつもなくなってしまった。




 なぜならこの世界は敗北したから。




 勇者や魔王といった、地球的な言い方をするならばファンタジックな存在が和気藹々と暮らしていたアーファムはある日、唐突に月から――宇宙(そら)から降ってきた怪物たちに蹂躙された。


 怪物の名は終末の魔獣、ドラゴン。


 各国の名だたる勇者や王が一致団結して立ち向かうもことごとく敗れ、国土と国民は文字通り喰われ、大地は瘴気に侵された。




 そしていま。


 本来であれば最初に討死すべき魔王のみが生き残り、生き恥を晒しながら生存者を探しながらたった一人で放浪しているのだった。




 もしかすると、もはやこの世界で生き残っているのはジルだけなのかもしれない。だが、なればこそ、アーファムを代表として憐憫を抱かせてはならぬ。




「おかしなことを言う。このカゴひとつとっても我が財である。粗末にしてよい道理はなかろう。


 うむ。さすが余であるな。投げ方ひとつとっても慈愛に満ちあふれておるわ!」




「……って言いながら、やっぱり”それ”はするんですね」




 清水がため息をつきながら指摘するのは、恒例にもなったジルの行動だ。


 カゴを回収する代わりに、雨露のかからない岩の影に機械を設置するのを見て、やれやれと肩をすくめる。




 ホログラムの動画再生機。


 地球から取り寄せたもので、ボタン一つでハードディスクに保存された動画を周囲に投影する。


 いまはジルたちが撮影している動画『ごきげん☆魔王様チャンネル』だけが保存されており、予約再生も設定してあるので、時間になればジルたちの姿を空に映し出してくれるだろう。




 この機器を地球から取り寄せるのにかかる費用と手間を思うと、清水が小言を言うのも理解できないわけではないが、




「生き残った者がおれば、これを見れば余が健在であることを知ることができるからな」




「でも、それならもうちょっと威厳のある動画にすればいいと思うんですが……」




 清水が言うのを、ジルは首を横に振って止めた。




「人の心は弱く、己に嘘をつけぬ。


 たとえ我慢をしても、その底に不安の泥濘を溜めこみ、溢れ、いつか心そのものを打ち砕くであろう。


 いま、この世界は悲しみと嘆きに満ちておる。故に」




「故に?」




「いまはせめて、余をゴッキーと呼び、存分に笑いたまえ。それが我が願いである」




 たまに再生機を置いておいた場所を通ると、なくなっているときがある。それはもしかすると、野生動物が戯れに持ち去っているだけなのかもしれないが。




「それにな、余には夢があるのだっ!


 かの醜悪なるドラゴンどもを打ちのめし、この大地に我が黄金の帝国を再興するという夢が!


 それには財が要る。人が要る。余を見て笑顔になる者こそ、我が英雄譚の共演者なのだ!」




 だからジルは、今日も地球からの訪問者とその向こうにいる視聴者、生き残っているはずのこの世界の人々に向かって、明るく元気に笑うのだ。

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