ハロー『H』Tube!
「ハロー『H』Tube!」
彼女は、カメラの前で明るく声を上げた。
現在夕暮れ時、スクールシャツにスカートというラフな格好。その上、金髪碧眼と来れば、Hの言葉がこの上なく卑猥に聞こえるだろう。
現にカメラを映す自分でもそう思う。
HEROの略とはいえ、インパクトがある。
綺麗な彼女を映像にするためカメラを調整し、撮影を続ける。
「今はちょうど、夕暮れ時! これからを考えると素晴らしい時間帯でしょう! 」
彼女の背後では、太陽がそびえつビル群の隙間に落ちていっている。
見栄えも言いし、GW前最後の撮影にしては、粋な演出になった。
学校の帰り道で提案して正解だ。
予想通り、豊満なおっぱいとの相乗効果で再生数が期待できる。
「それでは、張り切って……始めましょう!」
そんな事を考える間に、彼女は現在いる屋上から飛び降りた。自分もカメラを回しながら、飛び降りる。
昨今の動画に消極的なものはいらない。
演出というのは時に刺激が必要なのだ。観客に様々な感情を呼び起こさなければならない。
性欲を喚起するおっぱいと、恐怖を呼ぶ飛び降り。
そして、興奮させるための変身が。
地上に落下し、血染めの花を咲かせるまで残り数十秒。かなり高いビルの上を陣取っていたため、滞空時間は稼げている。
「チャームチェンジ……!」
言葉が紡がれると、彼女の学生服が消えて行く。金髪の髪と、赤い下着が残り、そのまま蒼い光が彼女を包み込む。その間にも地上が近づき、地面落下まで残り僅か。
つい、手を伸ばしそうになるが、それは抑えなければならない。
動画で稼ぐために、我慢しなければならない。映画の盛り上がりのように。固唾を飲んで見守らなければ。
そして、血染花を咲かす寸前に、光が晴れ。
「完了────さあ」
スダンッと舗装されたアスファルトを踏み抜き着地する。
自身は録画前から特殊スーツに変身完了しているため、無傷で静かに着地し、煌びやかになった彼女の姿を映す。
元のセーラ服は消え去り、長い金髪を除いて全体の色は蒼に包まれていた。
蒼のボディスーツ。各部に鱗のような小片の装甲が折り重なり、上半身の動作が行いやすいデザイン。腰から下は装甲を重ねたスカートになっており、場合によっては小片を分解させ組み替えて、ホバースカートに変形可能にもなる。
蒼を基調に、玲瓏とした貴族令嬢をイメージとして作られている装甲服だ。
「今日もファンタジーを駆逐しましょう」
ランスを構え、変身ヒロインの悪に向かってポーズをとる。
そこはビル前のロータリーだった。
荒れたアスファルト、吹き飛んだ標識、手入れされていたであろう中心の桜の木は憐れにもへし折られている。
その荒れ狂った跡地に、『悪』がいる。
それは、魚だった。
空に浮かぶ魚の尾。下半身は童話の人魚を思わせた。だが、上半身は夥しい数の魚の鱗が付いており、異常に伸びた人型の両腕。手のひらには宙を泳ぐからか、水かきがついている。
「ウロ、ウロロロ」
現代で生きる人々と何も変わらぬ顔の造形。差異を上げるとすれば、唇からはみ出るほどに下に伸びた杭のような牙。
これぞ正しく、敵として申し分ないだろう。
そして彼女が、その化け物と向き合い即座に戦闘────ということはせず、茂みに隠れた。
「さて、モーションは撮ったわよね? 素に戻ってもいい? OK? 」
「もういいぞ。あとは編集で誤魔化す」
先程の明るいはつらつとした喋りから、鋭い語りに変わる。
先程のは、動画を作る上で欠かせないキャラ作りだ。
「武器は構えとけ、派手な音だしても気付かない辺りマヌケなだけどな。未だ 獲物を探しているぞ」
「''落下者"よね? そこそこやるって聞いてたんだけど」
先程と比べ、息を潜めて問われる。
答えるための情報を取り出す前に、敵が映るようにカメラを固定。
今のシーンは適当なBGMに解説でも載せて誤魔化す。今回は水っぽいし海賊映画の曲をかけよう。
ひとまずは、スマートフォンでの情報の読み上げだ。
「あの化け物は、元半魚人のエコヒイキさん(30)。 ここ急落市の生活に耐えきれず、薬に手を出した。標準的な麻薬に飽き、大麻に精霊を宿らせて日がな過剰な快楽に酔っていた時に、精霊を誤飲。 その結果体内組織が暴走して今の姿になった、と」
「精霊術も一応高等技術なのにマヌケね。 アフタヌーン・ティーを飲んでおけば良かったのに」
「紅茶より緑茶派が多いぞ日本は。あと、今回の精霊摂取を悪用する奴が増えるな」
「……英国を見習って欲しいわ。 女にも紅茶にも献身的な素晴らしい騎士が沢山いるのよ?」
「不健全だな騎士道精神」
落下者とは、別の世界から地球に落ちてきた遭難者の事である。
彼らは当初地球に物理法則とは別の法則を使っていたが、それらは吸収され今では一般的になった技術が多い。
落下者は種族差と能力差、階級差が激しく、手乗りサイズの落下者は実は王族で、地形変動を起こせる人種だった例もある。
だが、まあこの世界は娯楽が多い。 このエコヒイキさんの事例のように、薬に手を出し堕落する人もいる。それを狙いとし、落下者で稼ぐ地球人もいるのだから、この世は醜い。
さらに怪物に成り果てた落下者は懸賞金を掛けられる。故にこの行為は賞金稼ぎ。そして動画でさらなる稼ぎを得ようという算段なのだ。
未だ空を泳ぐ、異形人を見やる。
元が半魚人とはいえ、あのような姿でいるのは可哀想────とも思わない。非合法に手を出して自分達の獲物になったのが運の尽きだ。
再生数の糧になるがいい。
「とりあえず、充填して顔面に数発。長い手は吹き飛ばすから、ルイーザは────」
「分かってるから言わないで、慣れてるわ」
「あいよ、いつも通りに」
「頼むわよ、逸人」
茂みから瞬足で、金の疾風が舞い踊った。彼女の手には、純白の突撃槍。猛然とチャージを仕掛ける。
自分の真っ黒いボディスーツ取り付けた、下半身にある四つのホルスター。そのうち、脚部に付けた二つから二丁をドロー。
赤と白の銃を構え、安全装置を解除。
トリガー引いて、弾を発射させず、魔力という物理法則とは別の法則に則った力を込めた射撃。
瞬間、空間を裂き閃光が魚人怪物に炸裂する。
その隙にルイーザが、疾走し跳躍。
遠心力を生かして威力を上げるムチのように、金髪をしならせ突撃槍を突き出した。
上がる絶叫、憤怒の叫び。
「ヒーローショーの始まりだ」
〇
夜は更け、先程のビルの上に再び自分たちは座っていた。下ではパトカーサイレンが鳴り響き騒々しい。
警察には多数いるヒーローの内、誰がやったかは連絡しているので、賞金を貰い後片付けをお願いしている。
「逸人、丁寧に梳いてよ……映像の途中でカメラを倒してるじゃない」
「振り向くな動くな言うな。綺麗な金髪が千切れるぞ」
騒々しさで沸き立つ中、自分はルイーザの髪を梳いていた。彼女は現在、文句を言いながらも録画したビデオカメラを眺めている。
ヒーロー動画を撮ったあとは乱れた髪と汚れ落としのために梳くのが通例だ。
最近になってお願いされ始めたが、断ると泣き顔になったのは記憶に新しい。
「ねえ、いつ上げるの?」
「動画? そうだな……明日の午後辺りか」
「アフタヌーン・ティー飲みながら確認作業してあげる感じね……いつもの増し増しスコーンで頼むわよ」
「クロテッドクリーム、切れてるから買わないとな」
なお、ルイーザとは一緒の家に住んでいる。
料理は住み込みの家庭婦さんがいるからいいのだが、イギリスでお馴染みの紅茶やスコーンは自分が作らされることが多い。
そんないつもの会話を終わらせようとしていた時だった。
不意に足跡が背後から聞こえ、警戒。
今このビルは下が警察が詰められて入れない。もし自分たちのように自力で登ったのだとしても、途中警官に止められるはずだ。
下から直接通じるハッチも、鍵がかけられて封鎖されている。壊すにしても音が目立つ。
周りのビルから飛び降りてきたにしては、音が無さすぎた。特殊スーツを着るか、転移でやってきた可能性がある。
ゆえに、敵。
「装備は?」
「ランスなら行けるわ。時間稼げる?」
「予備の銃しかないが、昔にもよくあった奇襲だ。なんとかする」
「……お願いね」
手を軽く振って返事をし、彼女の体が光に包まれる。
さて、何秒持つか。
給水塔の影から出てきたのは、特殊スーツを纏ってもなく、武装してすらなく。
そもそも、どこかに出かけるような服装だった。
「ねえっ……?」
そこにはコートの女が立っていた。長い髪に顔を覆いつくすマスク。
俯く姿も相成って、雰囲気は薄暗い。よく見るとマスクは市販品より大きく、顔の下部分、特に口の形を理解させないような作りになっていた。
こんな装備で襲撃とは。無謀が過ぎる。同じ軽装で、戦車を落とせる者もいるが、角や鱗が生えていることが多い。
転移能力者だとしても、転移で間を詰めない時点でない。
そして一瞬で詰められる間合いに達するとその女は、マスクを剥ぎ取り|人間より大きく切り裂かれた口を開けて、問うた。
「私……キレイ?」