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カジノのオーナーですが、勇者様御一行が旅立ってくれません。

「そろそろご出発なされてはいかがでしょうか?」




 カジノホールの喧騒に負けないように大声で私は目の前の青年に声をかける。


 けれど一心不乱にくるくる回るドラムを見つめる彼の耳にその声は全く届いていないのか、こちらを見向きもしない。


 そんなに必死に見つめても目押し式ではなく自動で絵柄が止まる方式のこのスロットにはなんの意味もないというのに。




 彼の目の前でドラムが一つ回転を止め、二番目のドラムがゆっくりとその回転速度を落してゆく。


 やがて二個目のドラムが止まった時、期待を煽るような効果音をスロットマシンが奏でた。




 チャララーン。




「やっと来た! リーチだ!」




 私は視線をスロットの方へ向けると、そこには赤い果物の絵柄が二つ揃っている。


 さほど高い目ではないが、三つ絵柄が揃えばBETしたコインは倍程度返ってくるはず。


 さらに……。




「よっしゃ! キタキタァ! あと二つ来いやぁ!」




 3つめの絵柄が揃った瞬間、彼は大きくガッツポーズし、回転する残り二つのドラムを指差しながら叫びました。


 最終的に全ての絵柄が揃えば掛け金の約十七倍が排出されるはず。


 今まで彼がこのスロットに既に相当額つぎ込んでいるのが、その形相を見ただけでも理解出来てしまう。




「来いっ、赤いの来いっ!」




 彼が両拳を握りしめてドラムを見つめる中、その回転がゆっくりと――止まった。




「あああっ」




 その瞬間、悲痛な声が彼の口から溢れ落ちる。




 必死の願いも虚しく、そこに表示された絵柄は赤い果物ではなく水色のスライムだったのです。




 続いて最後のドラムが無情にも先程まで彼が切望していた赤い絵柄を表示して止まったが時既に遅し。


 せめて最後が違う絵柄であれば「仕方ない」と諦めも付くのに、無駄に当たる可能性を見せつけられたのだからたまらない。




「くっそおおっ雑魚モンスターのくせに絶対許さない! もう一回、もう一回だぁ!」




 手持ちのコイン袋から新たに九枚のコインを投入し、彼が再びスロットを回す。




「うぉぉ、またお前かっ! スライム如きが俺の邪魔をするなぁ!」




 またスライムによって彼の野望は阻止された模様。


 勢い鞘から剣を抜き放ち、表示された絵柄にその切っ先を向ける彼の姿も既に見慣れてしまいました。




 本来なら即刻退店を命じるところなのですが……。




 私は彼の周りに無造作に放置されている伝説の武具たちを見渡すと一つため息を付いた。


 足元に無造作に転がされた『勇者の盾』はひっくり返り、その上に無造作に『勇者の兜』が置かれている。


 暑いという理由で脱ぎ捨てられた『勇者の鎧』は時折興奮した彼によって足蹴にされてガンガンと音を奏でる道具に成り下がっています。


 そして『勇者の剣』は先程からスロット台に向けられたまま。




 その昔、魔王を討ち滅ぼしたと言われる伝説の武具を持つこの男。


 そう、彼こそ数年前に現れた『二代目 魔王』を討ち滅ぼすべく立ち上がった英雄の血を受け継ぎし『勇者様』であり――。




 私はその勇者様が魔王討伐をほっぽりだして絶賛入り浸り中の、この街『ラグナシオン』の目玉施設『カジノ・ラグーナ』のオーナーなのです。




「はぁ、胃が痛い」








■◇■◇■◇■








「勇者様ぁ~、これ見てぇ~」




 私が本日何度目かわからないため息をついて自分の幸せを浪費していると、少し幼さの残った舌っ足らずな声が聞こえて来ました。


 声の方に目を向けると、少し離れたルーレット台から小さな体でこちらに向かって大きく手を振っている可愛らしい金髪少女の姿が見えます。


 その幼い姿からは想像も出来ませんが、実は彼女は約百年前の魔王との戦いにもその名を残すエルフ族の『大賢者様』その人なのです。


 つまり実年齢は既に百歳を超えているはずなのにその外見からは全く伺えません。




 彼女のテーブルにうず高く積まれたコインを見ると、どうやらルーレットで大穴を当てた事を勇者様に自慢したいようですが。




 ――当の勇者様はスロットと絶賛戦闘中で全く反応しない。




「むぅ~っ」




 そんな勇者様を見て彼女はぷっくりと頬を膨らまして不満そうな表情を浮かべます。


 百歳超えのBBA……こほん、淑女とは思えないくらい幼いその表情に私は『あざとい』という言葉しか浮かびません。




 次の瞬間、ギロリッと少女の目が私を睨みました。


 先程までの可愛らしい表情から一変、強い殺意のこもった視線を向けられた私の体が一瞬硬直してしまったのは仕方がないことでしょう。




 まさか心の中を読まれた?


 私のポーカーフェイスは今まで一度も見破られる事は無かったというのに、さすが大賢者様。


 出来ればその知恵と力と洞察力は魔王軍相手に発揮して欲しいものです。




 私は彼女の眼力から逃れるためにスッと目線をルーレット台上のコインの山に移しました。


 おや、コインの山が先程より幾分か減っているような?




 私が見ている間にも確実にコインの山が小さくなっていきます。




「お~い、勇者さまぁ~」




 彼女は全くそれに気がついてないようで、スロットから目を離さない勇者に声を掛け続けています。


 その間も徐々にコインの山は低くなり続け、やがて半分ほどまで減ったところでやっと大賢者様が気づいた様子。




「てめぇ! 何、人様のコイン盗んでんじゃゴラァ!」




 さっきまでの可愛らしい声は何だったのか、あらくれ者も裸足で逃げ出しそうなドスの利いた声を発し大賢者様は対面に座った男を睨みつけます。


 ディーラーも彼女のその豹変っぷりに顔を引きつらせているというのに、睨まれた当人は柳に風の様子でニヤニヤと口元に笑みまで浮かべているのが驚きです。




 彼は『盗賊様』でしたか、隠密行動のプロフェッショナルで勇者パーティでは主に情報収集等を担当しているそうです。


 正直『盗賊』という職業名は外聞的によろしくないと思うのですが本人はむしろ自ら積極的に広めているのだとか。


 何か意味があっての事だとは思うのですが、私にはわかりません。




「せやかて、こんだけあるんやし少し位恵んでもろても罰は当たらんやろ?」


「ああん? アタシが稼いだコインを何でお前なんぞにヤる必要あるんじゃヴォケが」


「そこはほら仲間やん? 仲間同士は助け合うてこそやろ? んじゃサイナラ~」


「待てやゴルァ!」




 疾風の如き速さで逃げ去る盗賊様を追い、大賢者様が走っていくのを眺めて居ると「あらあら、まぁまぁ」という、おっとりとした声が勇者様の方から聞こえてきた。




 この声は『僧侶さん』ですね。




 私はゲンナリしながら振り向くと、長い黒髪を輝かせ、女神のような深い笑みを浮かべた二十歳位の美女が勇者様の横に立って彼に話しかけていました。


 彼女は様々な回復魔法を使いこなし、時には死者をもよみがえらせる奇跡さえ起こすと言われている世界一のヒーラーなのです。


 そんな彼女の唯一の欠点が……。




「あらあら、もうコイン使い切っちゃったの? 仕方ないわね。私のコインあげるね、(ゆう)くん」




 男の趣味が悪い。




 兎にも角にもダメ男に尽くすのを生きがいにしているタイプらしい。


 女神的な優しい心が間違った方向に発揮されているのかもしれない。




「おっ、いつもありがとな。もうすぐ絶対にジャックポットが来るに決まってんだよ」




 ダメ男こと勇者様は僧侶さんからコインの入った革袋を受け取ると早速スロットに投入し始める。


 そんな姿を優しく慈愛に満ちた表情で見つめている僧侶さん。




 私がそんな二人の姿にドン引きしていると、後ろの方から突然怒声が響いてきました。




「ゴルァ! クソ売女! いっつもいっつもアタシの勇者様に手を出して!」




 盗賊様を追いかけて何処かに走り去ったはずの大賢者様が戻ってきた様子。


 しかし、突然罵声を浴びせられたと言うのに当の僧侶さんはにこやかな笑みを浮かべたまま豊満な胸を揺らしながら振り返る。




「うふふ。勇くんは誰のものでもありませんよ」




 その姿に『持たざる物』こと、つるぺた大賢者様は顔を真っ赤にして詰め寄った。




「んだとゴルァ、勇くんとか言うな」


「あらあら、その様な汚い言葉を使ってらっしゃると勇くんに嫌われちゃいますよ」


「うっさいわ! ちゃんと勇者様には聞こえないように遮音魔法は使ってあるんじゃダボがぁ! あと勇くん言うな」




 確かに先程から勇者様の方から音が聞こえてきませんが、これが遮音魔法なのでしょう。




「えいっ、解除っ」




 僧侶さんがニコニコしながら指をくるりと回すと途端に大賢者様が口を閉じます。


 どうやら僧侶さんが大賢者様の施した遮音魔法を解除されたようですね。




 毎日のように喧嘩をしては結局負けるのは大賢者様の方なんですが。


 大いなる賢き者とは一体……。




 一方、当の勇者様といえば先程僧侶さんから受け取ったコインを湯水のようにスロットに投入していて、そんな女の戦いには全く気がついていない模様。


 私は本日何度目かの溜息をつくとその場を後にし、疲れ切った神経を解きほぐすため店の外に出ました。




 目の前に広がる大海原の波音で疲弊した心を癒し、鼻孔に広がる潮の香りを感じながら先程出てきたばかりの店を振り返る。




<<CASINO LAGUNA>>




 魔道具で闇の中でも燦然と光輝いているその看板を見ながら私は心の底から願ったのでした。




『はぁ……勇者様たち、早く魔王退治に出発してくれないかな』

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