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終わるソシャゲと俺たちの足掻き

終わるソシャゲと俺たちの足掻き


 たった十一文字の文言で、俺の平穏な昼休みは終わりを告げた。


 一生忘れることはないだろう、十月二十日月曜日の十二時半前。


 三限のない、いわゆる昼休みが他の学生より一時間半長い俺はそのブルジョワな気分を楽しむ暇も余裕もなく、学内をスマホを握り締めて走っていた。全力疾走だ。




「くそっ、マジかよ、嘘だろ……!」




 自分の見間違いであってほしいと、何度も何度もスマホの画面を確認する。見ては吐き捨て、見ては吐き捨て、それでも現実は変わらない。


 決まった運命は変えられない。


 落ち始めた砂は戻せない。




「冗談だろ……っ!」




 もつれそうになる足を必死に回転させながら、俺は親友に一刻も早くこの現実を知らせるため――一刻も早くこの焦燥を分かち合うために、大学の床を蹴っ飛ばした。






 少し時間は遡る。軽く三十分前、正午くらいだ。


 俺はいつもの自習室で、昼飯にありついていた。


 自習室と言っても勉強のために使う部屋ではない。いや、本来の目的はそれなのだけど、大学側は何を思ったのか一番寂れた棟の最上階にそれをこさえてしまったので、びっくりするくらい人が来ないのだ。




「今も俺一人だしなー」




 部屋は伊達に広いのだが所詮伊達である。この部屋は出来た当初から目をつけた俺によって、俺の暇つぶしフリースペースと化していた。


 左手に惣菜パン、右手にスマホ。昼休みを過ごし始めるにはあまりにも盤石な体勢だった。最早ルーティンワークと言えるだろう。何に対してのルーティンなのかはさておき。




「そう言えばログインボーナス貰ってなかったな……っと」




 平日の昼間である。普段ソシャゲにいそしまれる皆さんにおかれましては、この時間帯にまだログインボーナスを受け取っていないなんて考えられないだろうが、俺はクソ不真面目な大学生なので、このタイミングで受け取るのだ。


 なんせ一時間前はまだ布団の中である。今日午前中講義なくて良かった。


 一般的な大学生はどうか知らないが、俺はソシャゲを五、六掛け持ちしているのでログインボーナス巡りにも時間がかかる。体力の消費も考えれば尚更だが。


 しかし、あるゲームを起動したところで俺の時間は止まった。




「……………………あ?」




 指も止まる。目も止まる。俺にとっては、鼓動も止まったような気がした。


 余談だが、人生における大抵の重要な知らせは突然降ってくるものだ。聞きかじりでしかないけど。誰かの死、誰かの快挙、誰かの何か。具体的に挙げるなら有名俳優の死去とか、アイドルの脱退表明とか、ライブの席がご用意されなかったとか、そういうことだ。


 これも、突然だった。


 俺が高校生の頃からやっているソシャゲのタイトル画面、見知った女の子たちが可愛らしくタイトルを彩るその最上部――小さく、赤い文字が十一個並んでいた。




「…………えっと?」




 ふむ。


 うん?


 ほう。


 おや?


 俺は文学部の学生だ。というか日本で義務教育を終えているので、カタカナと漢字で構成された文章なら余裕で読める。黒い背景に赤字。見やすさもばっちりだ。……でもおかしい。脳みそが文字を認識しようとしない。認識しているんだけど、その、書いてある意味を理解しようとしない。


 数分、そのまま画面と睨みあう。


 短い文章だ。そう悩むことはない。


 気付けば俺は、まるで導かれるように、その文章を読んでいた。




「『サービス終了のお知らせ』……?」




 小学生の頃、学校の宿題には必ず音読があった。国語の教科書の、今扱っている教材を読むってやつだ。親にちゃんと聞いてもらう必要があるアレ。今までなんでわざわざ声に出して読ませていたのか全く理解に苦しんでいたが、その一端が分かった気がした。




「サービス終了のお知らせ……!?」




 声に出すと、脳が理解し始める。


 画面の向こうの仮想が、急に現実味を帯びてくる。


 冷や汗が背中を流れた。




「おいおいおいおいおいおいおいおい……!」




 他に誰もいない自習室に焦った俺の声が響く。俺自身よく分からない感情に支配されたまま、震え始めた指でその詳細を確認する。


 『【重要】サービス終了のお知らせ』と銘打たれた運営のそのお知らせは、長文だがわかりやすいように書いてあった。わかりやすいのに、俺は何度も何度も同じ箇所に目を滑らせる。一読じゃ内容が全く頭に入って来ない。




「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」




 何かが俺を急き立てる。急き立てる?


 いや、むしろ足元が崩れていくような感覚だった。いいや、それすらもあっているかわからない。何もわからない。


 端的に言えば俺は今、混乱していた。


 サービス終了って何だっけ? うん、このゲームが終わるってことだ。終わるって何? 終わるってのは二度とゲームがプレイ出来ないってことだ。二度と? おいおい。




「おいおいじゃねーよ……!」




 タイトル画面から移動したから、ナビゲートキャラクターがいつもの笑顔でログインボーナスを渡してくる。しょっぱいログインボーナスだが、そんなことはどうでも良かった。もうログインボーナスだろうが体力が溢れていようがそんなもんは死ぬほどどうでもよかった。




「えーっと、えーっと」




 まるで小さな少年のような声を上げながら俺は取り敢えず一旦スマホをテーブルの上に置く。画面も消す。自分が混乱しているのが手に取るようにわかる。それどころじゃねぇけど。




「冷静になれ、冷静になれ虎河(こが)友也(ゆうや)……!」




 自分のフルネームを呼びながら冷静になるように言い聞かせる。冷静になれ俺。虎河友也なら冷静になれるはず。まずは何をするべきだ?


 自習室に俺しかいないのが仇になっていた。一人でいるとますます混乱するばかりな気がしてくる。まだ混乱できる気がする。しなくていいんだってば。


 じゃあまずは誰かに知らせる? 誰か、誰か――




「将軍!」




 俺の中に親友の顔が浮かんだ。そして浮かんだ瞬間に、俺はスマホを持って走り出していた。






 だから俺は学内を全力疾走している。


 普段運動しておかないからクソほど足は遅いが、それどころじゃない。走っていると鼓動が早くなるせいか、ますます焦る。事の重大さがじわじわと迫ってくる。冷静になったせいで余計に焦る。




「突然すぎんだろうが……!」




 昨日までそんな素振りはなかった。一昨日だってバカみたいなテーマのイベントが終わったばっかりで今日はてっきり次回イベントの告知だと思ってた。これがイベントなら趣味が悪いにもほどがある!


 三つの棟を駆け抜けて目指すは敷地の一番端にある体育館、に隣接する部室棟。この時間帯なら必ずそこにいる親友を目指して、俺は疾駆する。


 やたら音のする鉄製の粗雑な階段を駆け上がり、部室棟の二階最奥、何の札も掛かってない部室のノブを捻って、俺は中へと転がり込み叫んだ。




「将軍っ!」




 ドアを開いた勢いのままに入ったので、本当に転がり込む形になる。入ったところすぐにある長机に腹部を強打する俺に、奥の窓際に座っていた将軍が振り返る。




「おうおうどうしたユーヤ。お前がそんなに慌てるなんて珍しいな、ん?」




 やや恰幅の良い、悪く言えばややデブの青年は数分前の俺と同じく昼飯中だった。見るからにデブが食いそうなカップラーメンを食っている。だがそれどころじゃない。




「将軍、アイドラ見た!?」


「アイドラ?」




 アイドラ。正しくは『アイドライブガールズ』。最近流行りのアイドルものソシャゲで、さっきサービス終了を俺に突きつけたソシャゲだ。


 将軍も俺と同じくプレイヤーなのだが、将軍はまだお知らせを知らないらしく、面倒くさそうに麺をすする。




「ガシャ更新なら明日だろ」


「そんな場合じゃねぇんだって!」




 自分でも思っている以上に大きい声が出て、将軍と共に驚く。しかし将軍はそれを受けてただごとではないと察したのか、手早くアイドラを起動した。




「…………………は?」




 将軍も動きが止まった。


 俺が見つめる前で、将軍は大きく息を吸い込み、天井を仰いで頭を抱え、そしてまたアイドラのお知らせを見る。




「…………なぁユーヤ」


「どうした将軍」




 俺の声が何故か震えている。どうしたんだ俺の体。


 見れば、将軍の指先も震えていた。




「昨日まで、いや今朝までそんな素振りあったか」


「なかった」


「だよな」




 二人して大きい溜息が出る。うららかな昼休みは、俺達にとってどう受け止めたらいいかわからない感情に渦巻いた鈍色と化していた。




「……ユーヤ」


「どうした将軍」




 将軍はまた大きく息を吸い込むと、沈痛な面持ちで天井を仰いだ。




「こういう時、どう反応したらいいんだ」


「……知らねぇよ、俺だって」




 少なくとも、笑って迎えることなんて出来ない。

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