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亡霊探偵~旧校舎のホームズ~

 僕が小学生だった頃に近所に住む小父(おじ)さんが言っていた。




 怪談や都市伝説のような怖い話は、所詮は誰かが考えたただの創作だ。


 そこには、如何に相手を怖がらせようかと張り巡らされた蜘蛛糸の様な悪意(きょうふ)しかない。


 人を怖がらせる目的で作られたのだから怖いのであって、本当の出来事じゃないんだ。


 だからこそ、誰もが心の奥底ではそれを創作(うそ)だと理解している。


 創作(うそ)だからこそ、民衆(だいさんしゃ)は怖いもの見たさに恐怖へ足を踏み入れるのだ。




 小父さんの言葉に、僕も確かにそうだと納得していた。




 だけど、僕は今日その考えを改めなければいけなくなった。


 確かに第三者から見れば、怪談や都市伝説は荒唐無稽な創作に聞こえるかもしれない。




 でも、当事者たちからすればそれは全て紛れもない事実(あくむ)であり現実(ぜつぼう)に他ならないのだということを…。




 (よる)次の犠牲者(キミたち)を、今か今かと待ちわびていることを…。








 キイィイぃぃぃィィン、コオォオぉぉぉォォン、


  カアァアぁぁぁァァン、コオォオぉぉぉォォン……。




「……っ!!はっ……はっ…!!」


 深夜の校内に歪で無機質なチャイムが響き渡る。




 心臓は破裂しそうな程に脈打っていたが、それでも僕は足を止めることなく必死に廊下を走っていた。


 旧校舎の廊下は明かり一つ点いておらず、割れた窓ガラスを通じて差し込む月明かりだけが僕の視界を僅かに照らしている。




「ネぇエぇェぇ、まッテェぇヨぉォ…ナぁンデェワタシぃカラニぃゲルノォオぉォぉ……?」


 僕の背後からは壊れたラジオの様な濁った声と共に何かを引きずる様な音が聞こえてくる。




 濁った声の主が出す音の正体が気になった僕は、思わず振り返りそうになった。




 だけど、あの姿(・・・)をもう一度見てしまえば、僕は今度こそ本当に恐怖から完全に動けなくなってしまうと思った僕は、そのまま振り返らずに走り続けることにした。




 必死に走ったせいで服が汗を吸って肌に張り付いて凄く気持ち悪い。


 だけど今はそんなことよりも、僕の背後から追いかけてくる存在の方が圧倒的に怖かった。




 これが夢だったらどんなに良いか。


 内心で夢なら早く覚めてくれと祈りながら、僕は左手の甲を軽くつねってみる。




 だけど、左手には確かな痛みだけが残り、背後から響く不気味な音が止むこともなかった。


 ただ左手に残る軽い痛みが、これが夢ではないということを物語っていた。




 こんな事に巻き込まれるのなら、背後から僕を追いかけてくる彼女・・が提案した『旧校舎へ一緒に肝試しに行こうよ』だなんて誘いに乗らなければ良かったと心の底から後悔した。


 このままでは、背後から迫ってくる化物に追いつかれるのも時間の問題だった。








 そんな時、絶望感を抱きながら廊下を走り続けていた僕の目の前に一筋の希望が現れた。




 本来ならば、先生や警備員でさえ立ち寄ることのない夜の旧校舎の一室に明かりが灯っていたのである。


 部屋から零れた明かりと外から降り注ぐ月明かりが、入口にある部屋のプレートを微かに照らしている。




 そこには、はっきりと黒い文字で『理科室』と書かれていた。






 そして、次に変化が起きたのは、僕がその明かりの灯った理科室の存在を認識した直後だった。


 背後からの気配が、すっ、と消えた様な気がした。




 もしかしたら、あの化物はこの部屋に近付くことが出来ないんじゃないのか。


 そんな推測が僕の脳裏を過ぎ去る。




 だとすれば、この扉の先にあの化物が避ける何かがあるんじゃないだろうか。


 そう考えた僕は、なけなしの勇気を振り絞って灰褐色の扉に手を掛ける。




 そして、恐る恐る明かりの点いた理科室に入った僕の目の前には、驚きの光景が広がっていた。






 扉を開けた瞬間、鼻に付く様な消毒液の臭いに僕は思わず咳き込んでしまう。


 理科室の中は部屋中明かりが灯っていたが、人の気配がないようだった。




 そして、広々とした部屋の至る所に沢山の瓶と試験管が所狭しと置かれていた。


 空瓶は床に転がったままなのに対して、粉状のものや液体状の薬品などは整然と棚や机の上に並べられている。


 どの瓶や試験管にも読めない字で書かれたラベルが綺麗に貼ってあるのが印象的だった。




 壁には何かの落書きなのか、数字とアルファベットを組み合わせた様な文字が至る所に書かれている。


 他にも、壁には同じクラスの男子生徒が持っている物よりも精巧な作りのモデルガンが幾つも飾られている。




 また、部屋の中央にはかなり大きめの長方形をした木製の黒いテーブルがある。


 テーブルの上には、幾つかの薬品の入った瓶と火の点いたままのアルコールランプがあり、理科室には不釣り合いな豪華な肘掛け椅子がテーブルの傍に置かれていた。




 肘掛け椅子の周囲には、ミミズがのたうち回ったかの様な汚い文字で書かれた紙が何枚も床に落ちている。


 散らかった床を見た僕は、この部屋を使っている人は薬品管理に関してのみ几帳面で、それ以外のことに対しては大雑把なのではないかという疑問が湧いた。


 それと同時に、僕はここが学校の旧校舎にある理科室であるという事実を忘れそうになっていた。








「ほう、これは珍しい! 随分と若く可愛い依頼人が私の研究室(へや)に尋ねてくるとは!」


 その時、僕の背後にある肘掛け椅子の辺りから妙にハッキリとした声が上がった。




 誰もいない筈の理科室に突如響き渡る、喜びに満ちた様子の声の主を確かめるために僕は思い切って振り返った。


 すると、先程まで誰も座っていなかったはずの豪華な肘掛け椅子に、まるで最初からそこにいたかの様に男が座っていた。




「依頼人が来ないままに化学実験だけをひたすら繰り返す日々がどれだけ退屈だったことか! 試薬一つで解決出来る事件は世の中に数えきれない程あるだろうが、探偵の出番が無い様な退屈な事件は私にはどうにも耐えられないからね! いやあ、このまま棚の奥に仕舞ってある秘蔵のウイスキーを開けたくなるほど嬉しい気分だ!」


 目の前の男はひたすら嬉しそうな様子で、自分の言葉に酔っているかの様に話し始める。




「ああ、これほどまでに心が躍る日は久しぶりだ! もしかしたら、あの極めて単純な事件から貴重な教訓を得られた日以来かもしれないな!」


 僕は突如現れた男に対して、警戒心を抱きつつも『彼は一体何者なのか』を知りたいという興味が湧いてきた。




 彼の身長は高く、少なくとも百八十センチ以上はあるように見える。


 顔は多少日に焼けてはいるが外国人モデルの様に整っており、青い瞳が見せる目つきは鋭いものの、瞳の奥からは確かな知性の輝きが垣間見えた。




 髪は短めの茶髪で、無精ひげなどは全くない清潔感溢れる身だしなみだった。


 服装は僕の担任の先生が着ている様な皴の無いシャツの上に薬品の匂いがする白衣を纏っている。


 彼の白衣から見える肌には怪我をしているのか、ところどころに絆創膏の様なものが貼ってあった。


 それに加えて、両手にはインクと思われる黒い汚れが付いていた。




 目の前の男を観察すればするほど、彼は一体何者なのかという疑問が深まって行く。


 そして、彼自身に直接尋ねるべく口を開こうとしたその瞬間、彼の方が僕より先に口を開いた。




「おや? 君は随分と私を警戒しているようだが、私のことを頼って来た依頼人ではないのかな? いや、待ってくれたまえ! せっかくの機会だ! 何故君がここに辿り付いたのか、その目的も含めて私が見事に推理してみせよう!」


 そう言って僕の目の前にいる白衣の男は、新しいおもちゃを貰って喜ぶ子供の様な笑みを浮かべたまま、考え込む様な仕草をし始めた。




 彼の言葉に僕は質問する機会を逃してしまったものの、何故だか彼の思考の邪魔をすることが悪いような気がしてしまい、僕は彼への質問を後回しにすることにした。






 僕としては一刻も早くこの旧校舎から逃げ出したいという思いがあった。


 だが、この部屋に入れたおかげで先程までの不気味な雰囲気が嘘の様に無くなったこともあり、少なくとも部屋の主と思われる男の機嫌を損ねる様な真似はしない方が良いと僕は考えた。


 だからこそ、僕は彼が考えを纏め終えるまでは、近くにある椅子に座りながら静かにその場で待つことにするのだった…。








 これが僕と先生(かれ)との初めての出会い。




 世界最高峰の名探偵だと自称(じまん)する先生(しんし)であり、僕の学校に七番目までしか存在しないはずの怪談の八番目の怪談『旧校舎の名探偵(ホームズ)』の元凶でもある亡霊(せんせい)




 呆れる程の好奇心と底無しの探求心を持ち、人を食った様な態度をとったかと思えば可笑しくなる程のお人好し。




 冷静沈着で論理的かと思えば血気盛んに活動する白衣の先生(しんし)と共に過ごした短い時間は僕にとって驚きと恐怖の連続だった。




 まさか、先生との出会いがその後の僕の人生に大きな影響を与えるなんて、この時の僕には全く想像も出来なかった…。

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