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そうだ、旅に行こう

 日々の暮らしの中で、なんとなく不満に思うことがあるような。ないような……気になるということは、何かしらあるんだろう。その正体が何かわからないまま、もやもやとなって胸にこびりついていた。


 しかし、なんとなく立ち寄った本屋で、不意に目に留まった旅行誌がそれに確信をもたらした。




 思えばしばらく不要の外出というものをしていない。休みといえば家にこもって妖怪食っちゃ寝かゲームで一日を潰している。いくら面白い本でも毎日読んでいれば飽きもくる。日々の暮らしも同じだろう、変化がなければ退屈だ。


 この不満の正体はきっと飽き。


 そうだ、旅に出よう。食欲の秋にはまだ遠いけど、いつもと違う場所でうまい飯を食べればきっといい気分転換になるはずだ。いいね、リフレッシュ休暇だ。




 とはいえ、旅行なんて行こうと思った瞬間に気軽に行けるものでもなく。まずは計画を練る必要があるのだ。期間と、目的地と、交通手段、泊まるなら宿泊施設、旅の目的、スケジュール。行き当たりばったりでいいなら最後のは考える必要はない。今回は初めての旅行だし、スケジュールはなしでいいだろう。きっとうまくは行かないし、そこら辺をぶらぶらするだけでも楽しめるだろう。


 期間に応じて持っていく荷物の量、予算も変わる……とりあえず二泊三日程度で考えようか。場所は……旅行誌に載っている場所で、適当に選ぶ。宿泊施設は寝起きできればいい、程度なら、カプセルホテルが安くていいそうだ。旅先に親しい友人がいるなら、そこを頼るのも手だとか。




 ……つい夢中になって立ち読みしていると、店員さんが威圧的な笑顔でこちらをじっと見つめていたので、買って帰ってゆっくり読むことにする。余談だが、購入後の笑顔は混じりっけなし、感謝100%の気持ちいいものだった。




 帰宅後、買った雑誌を開いてみると、意外にも旅への熱意が冷めてしまったような気がした。計画を考えるのがめんどくさい。お金が減るのが惜しい。旅行へ行く時間で何ができるか。など諸々の現実的な問題が後ろ髪を引く。


 しかし旅行にはこういう考えが邪魔なんだろう。現実を忘れるための旅行なのに、現実にとらわれていては二重の意味でいけない。ともかく、どこへ行くかだけでも決めてしまおう。とりあえずパッと思いつく北の大地か、南の沖縄か。どちらもコインの裏表で。


 財布から十円玉を出し、弾いて床に落とす。裏、ということで沖縄に決定だ。今の時期なら過ごしやすい気温だろうし、離島だけあって本州とは違う気分が得られることだろう。




 目的地が決まれば移動手段も決まる。というか沖縄に行くのに飛行機以外選択肢があるだろうか? フェリー? 往復だけで二日かかる。二泊三日なのにそりゃ論外だろう。




 じゃあ、次は旅の目的だ。沖縄のイメージで一番に思い浮かぶのが、海。サンゴ礁と熱帯魚。スキューバか、水族館か、どっちにしても見ものだろう。お金のことは忘れよう。思い出すと足踏みしてしまう、というか金なんて貯めてても何にもなりはしないんだし、使ってこそ。ああ、やはり物思いに耽ると旅に出たい欲が再燃してきたぞ。


 ようし、明日は休みだし、この勢いのままに計画も完成させてしまおう。




 どうせならカプセルホテルなんかじゃなく、豪華な。いや普通のでいいか。普通のホテルに泊まって、そこを拠点にあちこちウロウロしよう。初日は朝早くに出て、飛行機で沖縄まで。移動にはレンタカーもいるかな。その手配もしなくちゃ。


 ああ……大事なことを忘れてた。何にしても、まず休みを取ってからだな。それは来月、適当にとるとして。とりあえず今日は寝よう。それで明日必要なものを買いに行こう。


 果報は寝て待て、だ。






 で、翌日。自分にしては早起きして、出支度を済ませて外出。目指すのは生活に必要なものが大体揃うショッピングモール。旅行用品を扱う店も当然あるだろう。どこにあるかはさておき。


 無駄に広い店内をうろうろしつつ目的の品を探す……本当、無駄に広い。ゆりかごから墓場まで揃うというのは伊達ではないようだ……繰り返すが、無駄に広い。日ごろの運動不足が祟って、歩き回っただけで疲れた。しかしこの程度でへこたれていては本番で困るぞ。沖縄へ行けば歩き詰めでもっと疲れるのだし。






 しかし色も大きさもいくつかある。色はともかくサイズは大・中・小、どれを選べばいいのやら。大は小を兼ねる? しかしデカすぎても邪魔になるかな。値段はそう変わらないし、どれを選んでもいいだろう。




「お困りですか?」




 腕を組んで悩んでいると、暇そうな……失礼、手すきの店員が寄ってきた。そこで訳を話せば、専門店の担当だけあって、いくつか質問された後に中くらいのサイズを勧められた。


 服だけならそれほど大きいものはいらないが、お土産を入れるのは大きいサイズが便利なのだとか。なるほど、自分だけで楽しむ旅行だが、会社へのお土産も考えなければ。しかし、いくつも袋を提げて歩くというのも手間というか不格好というか。荷物は少ない方がいい、確かに、それだけのスペースがあると便利だと思う。




「では、是非是非」




 セールストークに乗せられ、まんまと買わされてしまった馬鹿は私。まあいいだろう、消耗品ではないのだ。一度買っておけばきっとこれから先、何度も役に立つことになるだろうし。買っておいて損はないさと自分に言い聞かせる。高いもの買わせやがって、と恨みの念を抱いてはいけない、彼らも仕事でやっているのだから。それに、お金は使ってこそだろう。




 あと必要なのはモバイルバッテリー。見知らぬ土地で携帯の電源が切れて迷子になる、なんてのは悪夢だ。文明の利器万歳。歯ブラシやタオルなどの日用品はホテルにあるものを使えばいい、大体のホテルには備え付けてあるはずだ。着替えも普段着でいい。


 普段は家に引きこもっているせいで、買い物に来ただけでちょっとした旅行気分になって浮かれてしまう。本番はまだ先だというのに、我ながら気が早い。




 後日、会社で休みを求め上司と交渉すると渋られたが。そこは労働者の権利ということでごり押して、土産を奮発するのを条件に有休をとれた。早速飛行機・レンタカー・ホテルの予約を取り、あとは自分が出発前に病気やケガをしないよう気を付けるだけでいい。お財布事情については一切考慮しない。


 着々と準備が進む中、そういえばホテルの周りには何があるだろうかとゴーグル先生に頼んで調べてみる。行き当たりばったりの計画でも、ある程度現地で何をするかは考えておかないと。


 なるほど国際通り商店街。観光用の店がここに集中しているのかな、お土産はここで。公設市場、食事はここで摂るのがよさそうだ。なんて、軽く調べるだけで頭の中に、そこで楽し気に歩き回る自分の姿が浮かんでくる。


 それはその日だけでなく、出発までの毎夜、夢を見るようになった。自分が思う以上に旅への期待は大きいらしい。それとも、幽体離脱でもして魂だけあっちに行ってるとか? そんな馬鹿な、怖い怖い。




 そんなこんなで、ようやく前日の夜がやってきた。一日千秋の思いで待ち続けた一か月で、揃えた荷物を一度バラして、旅行に必要なものを書きだした紙と中身を照らし合わせて、準備不足がないかを確認する。


 着替え、よし。


 帽子、よし。


 お金、よし。


 身分証、よし。


 保険証、よし。


 おやつ、よし。


 モバイルバッテリー、充電よし。


 携帯電話と充電器、よし。


 飛行機のチケット、往復共によし。


 ヘッドホン、よし。


 持ち歩き用バッグ、よし


 一つ一つ、揃えたものを確認したら、また一つ一つ元に戻していく。もし足りないものがあれば、現地調達で。全部詰め込み終えた後、それでもキャリーバッグの容量は半分空いていた。もう一つ小さいサイズでよかったかな、と思うけれど買ってしまったものは有効活用するしかない。


 空いた半分は、帰りには埋まっているはず。さあ、今日はもう寝よう。本番で寝坊しては全てが台無しになる。




 電気を消して、誰に言うでもなく、おやすみなさいとつぶやいた。まだ見ぬ景色に胸を躍らせて眠れないということはなく、期待につかれていたせいで、眠りはすぐに訪れた。

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