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初恋・淡恋

初恋を泡沫の恋に

作者:

初恋って苦くて苦しいものよ。


私にとってはね。


そうね、王都では『初恋』が流行っているそうね。


何も驚くことはないじゃない。


今じゃ国中が『初恋結婚』が流行りだっていうじゃない。


領地に引っ込んでいてもそれなりの情報は入ってくるわ。


殿下の恋物語……いえ、お相手の女性のシンデレラストーリーにみな、夢中なのね。


ふふ、あなたはどんな『初恋』をしたのかしら?


幼馴染の男の子?

ちょっと年上の男の人?

家庭教師?

使用人の息子さん?


私の初恋はたった数日の出会いだったわ。


そうね、暇だったら聞いてくれる?


無理にとは言わないけど……


そう、待ち合わせの時間までの暇つぶしにくらいにはなると思うわ。



***


私があの人と出会ったのは私の父の領地だった。

父は領地持ちの王宮勤めの官吏だったわ。


母は父が仕事に打ち込めるようにと領地の仕事を行っていたわ。

父は一年の三分の二を王宮で、残りを領地で過ごしていたわ。

父も母もほかの家のように愛人を囲うことはなかった。

毎日のように手紙のやりとをしていたわ。


ちらっと見てしまったことがあるけど、あれは熱烈な恋文だったわ。

毎日飽きずに送りあっていたわ。

領地と王都は1日で行き来できる距離だからできたことね。


魔法のゲートがあればなんて父も母も呟いていたことはあったわ。

そうすれば、毎日会えるのにって。


だからね、私は母に領地経営のノウハウを幼い頃から教えて貰って早く母の代理人になれるように頑張ったの。

少しでも母と父が一緒に居られる時間を作るためにね。


私が10歳の頃だったかしら。

父が倒れたって聞いたときの母の様子は今でも鮮明に覚えているわ。

妻として父の傍に行きたい気持ちと、領主として領民を守られなければという思いの板挟みになっていたわ。

その時の私は母から仕事の半分近くを請け負うほどの能力を身に着けていたわ。

もっとも文官たちの補佐はあって初めて成り立っていたんだけどね。


私は文官たちと結託して母を父のもとに送ったわ。

母は私も一緒にと言っていたけど、遠慮したわ。

ちょうど収穫祭の準備の時期で領主の家の人間が一人はいた方がよかったからね。

それに、たまには仕事の事を少しは忘れて夫婦水入らずで過ごしてほしかったのよ。

こっそり侍従に持たせた王都の屋敷の執事宛の手紙にそのことを仄めかしておいたわ。

後日、執事から分厚い手紙が送られてきた時は何事って慌てたけど内容を読んで脱力したわ。

両親のその日一日のレポートだったのよ。


父は母の看病で翌日には完治したそうだ。

そもそも倒れた原因が久しぶりに母からの恋文をいちばん最初からすべて読み返していて寝不足だったらしい。

表向きは仕事の資料を読んでいて寝不足になって倒れたとなっているが……

2~3日は安静にと言われたそうだが、父は黙ってベッドに横になる気はなかったらしい。

仕事は執事が取り上げたので何もすることがないとぼやきながらも母にべったりだったとか……

母は母で仕事の話をしようものならお付の侍女から今は旦那様の事だけをお考え下さいと窘められたとか。

部屋付きの侍女たちが目のやり場に困るほど終始いちゃついていたと面白おかしく書かれていた。


領地の収穫祭の準備は問題なく進んでいたので私は両親にゆっくり休養するように勧めたわ。

最初は渋っていた父と母も最終的には私の『我が儘』を聞き入れてくれた。


両親が王都で楽しんでいる頃、私はあの人に出会った。


収穫祭の準備で領内を一人で見回っていた時の事だったわ。

影の護衛はついていたけどね。

隣の領地の境界線である森であの人と出会ったの。


境界の森はうちと隣の領地の共同所有というちょっと変わった場所でね。

森の中では諍いは禁止。

狩りも必要最低限で生物の生態系を壊さないことが両領民に通知されているの。

森の中心には『憩いの広場』と呼ばれるちょっとした公園も作ってあるの。

そのほかにも武官たちの鍛錬場とかね。

今思えば、互いの領民たちの交流の場になっていたのね。


そう、休憩のつもりで立ち寄った『憩いの広場』で私はあの人と出会ったの。

あの人は私の恰好を見て、平民と思っていたみたいなの。

確かにあの時は動きやすい恰好のほうが都合がよかったから平民のような服と靴を着ていたわ。

あの人も一応は身なりだけは平民のような恰好だったけど服の生地は高級品だったわ。

それに靴もピカピカに磨かれていたわ。


あの人は私が領主の娘であることに気付いていなかった。

まあ、お供を連れていなかったから当然と言えば当然よね。

あの人が隣の領地のお客さまだってすぐにわかったわ。

だってすぐに隣の領地の子息が息を切らして走ってきたんですもの。

彼は私を見て驚いたような表情を浮かべたけど、私の正体をばらすことはなかったわ。

幼馴染だからかしら。

私も彼もあの人に私の身分を明かしてはいけないってとっさに判断したの。


彼が機転を聞かせてくれてあの人はうちの領の収穫祭に興味を持ってくれたわ。

数日後に本番だって伝えたら必ず遊びに行くと瞳をキラキラと輝かせていたわ。

ムスッとしていた表情から一気に表情を緩めたのには驚いたわね。

その時の笑顔が妙に脳裏にこびりついているわ。

幼馴染の彼は苦笑いを浮かべながら、あの人にばれないようにこっそりと護衛を付けることを条件にご両親から許可を取ったと後日教えてくれたわ。


収穫祭当日、あの人を見た両親は驚いていたけど、事前に隣の領主から書状を貰っていたらしくそれほど騒がなかったわ。

私は領民代表としてあの人の案内役を任されたわ。


あの人はあれは何だ!これは何だ!とあちこち見て回っては楽しんでいたわ。


祭りも終盤という時にそれは起こったの。


そう、あなたも知っている殺傷事件。


私はとっさにあの人を庇ってあの人を逃がしたわ。


あの人は護衛騎士たちに守られて無事だったわ。


私は数日間生死を彷徨ったけどね。


あの人はあの後すぐにご自分の領地に戻られたわ。


いえ、幼馴染の彼の両親が無理やり送っていったそうよ。


私は生死を彷徨っていたから事件の概要はすべてが片付いてから聞かされたわ。


その時の私はただあの人が無事でよかったという思いだけだった。


両親や幼馴染の彼にはなんて無茶をしたんだと叱咤されたけどあの人が無事であることが一番だった。


無意識に私はあの人に淡い思いを寄せていたのね。


この思いは今まで誰にも話さなかったわ。


でも幼馴染の彼には気づかれていたみたいだけど。


それでも彼は何も言わなかった。


ただ黙って私の頭を撫でただけだったわ。



それから数年後。


私はあの人と王都の学園で再会した。


あの人は私の事を覚えていなかったわ。


あの事件の事は覚えていても私の事は忘れていたわ。


あの人の傍に彼が付き添っていて私と引き合わせようとしてくれたけど頑なに断ったわ。


あの人があの時の恩人を探していると知っても。


それからはあなたも知っているとおりよ。


あの人はあの事件で自分を助けた少女だと名乗り出た彼女を伴侶に選んだ。


私の両親と彼の両親は何度も私に確認したわ。


本当のことを言わなくていいのかって。


私はただ首を横に振るだけ。


私ではあの人の隣に立つことはできない。


そのことは両親も幼馴染の彼も彼の両親も知っている。


だから、あの事件の真相は私たちの間だけの秘密となった。

当時の護衛騎士たちにも固く口止めをしてあるわ。



あら、ちょうどいい時間ね。


ほらほら、彼を待たせては私がまた彼に怒られちゃうわ。


あ、今日の話は他の人には内緒ね。


まあ、話しても誰も信じないだろうけどね。


私のこの傷があの人を守ったものだなんて。


ああ、もう泣かないの!


私が泣かしたって彼に怒られちゃうじゃない。


彼、あなたに関しては心がものすごーーーーーーーーっく狭いんだから。


ほら、涙を拭いて。


収穫祭、楽しんできてね。


うちの領地の収穫祭は国内外で有名なんだから。


楽しいお土産話よろしくね。




***



本当は名乗り出たかった。


あの人を助けたのは私だって。


でも、それは出来ない。


私は傷物だから。


背中と脚に消えない傷がある。


凶器に塗られた毒が原因で歩くには常に杖が必要になってしまった。


この傷跡はあの人のせいだけどあの人のせいじゃない。


私があの人を守りたかったから受けた傷跡。


あの人がこの傷跡の事を知ったら責任を取るっていうはずだ。


私は責任だけであの人の隣には立ちたくない。


だからずっと黙っているの。


それにあの人はみんなの前で宣言したんだもの。


名乗り出た彼女が本物だって。


幼い頃に殺されそうになったところを身を挺して庇ってくれたのは彼女だって。


体のどこにも......一つも傷がない彼女が本物だと。


だから私のこの想いは封じ込めるの。


いつかこの想い……淡い初恋は泡沫の恋に変えるのだから......





ふと思い付いたものを勢いで書いてしまいました。


本当はほのぼのとしたものを書く予定がどうしてこうなった!?



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