第8話「恐怖の赤着ぐるみ来襲」
「ルドフォン伯爵令嬢はいるか」
それは突然やってきた。
今までわたしの存在なんてこれっぽっちも認識していなかったはずなのに
「ルドフォン伯爵令嬢、出てきてもらいたい」
その赤着ぐるみは、銀のシルヴィ様が不在の時を狙ってわたし達のクラスにやってきた。
「ユーリア様…」
レイチェル様、お願いだから今その名前を呼ばないで。わたしの存在をあれに知らせないで!!
「ルドフォン伯爵令嬢、ユーリア。話がある。出てきてくれ。」
絶対嫌です!
赤着ぐるみの視線が教室内を彷徨い、わたしを探している。見つかったら最後、きっとわたしは殺される!
自分でも顔色が悪くなっていくのがわかる。怖すぎて身体も震える。
さりげなくレイチェル様の後ろに隠れたけれどクラスメートの視線は明らかにわたし達の方を向いているから見つかるのも時間の問題に思えた。
わ、わたしの名前はレイチェル!
ユーリアではありません!
「そこか」
ぎゃぁぁぁああ!!
「ルドフォン伯爵令嬢、聞きたいことがある。」
ご同行願おうか、と
普通の人間の2倍くらいありそうな巨体の赤着ぐるみがわたしに近づく――
そしてわたしは
まるで刑事にしょっぴかれるように
赤着ぐるみ…いや赤鬼に鬼が島に連れていかれた!
連行されたのは警察署でもなく鬼が島でもなく学院の屋上だった。
そうか、わたしはここで食われるのか。17年…短い生涯だったな。屋上なら発見されるのも遅くなるかもしれない。できれば連行されたことを知るクラスメート達よ、わたしの遺体を見つけてください。
「ルドフォン伯爵令嬢」
屋上へと続く扉をいとも簡単にあけて(鍵がかかってるはずなのにおかしいな?)屋上の中ほどまで歩くと
わたしを振り返り足を止める。
「…何故そこにいる?」
すぐ逃げれるように、とは心の声。口には出さない。
「ここが好きなのです」
「扉にくっつくのがか?」
「ええ。ひんやりしていて気持ちいいのです。」
ちなみに何故わたしがここまで大人しくついてきたかといえば。
怖かったから、の一言に尽きる。
アレク殿下やシルヴィ様のように拒否することすらできないほどに怖かった。威圧感が半端じゃない。
逃げ出そうとしてもすぐ追いつかれるのは目に見えてるし第一この巨大着ぐるみに追っかけられたら腰を抜かして粗相をしてしまいそうである。そんなことになったらわたしの令嬢としての人生は終わる。
よってわたしに連行される以外の選択肢はなかった。
「変わったご令嬢だな」
「恐縮ですわ」
俺、褒めたのか?と首をひねる赤着ぐるみ。わたしに一体何の用だというのだろうか。
というか、
何故赤着ぐるみがわたしを認識してるの!殿下かシルヴィ様がしゃべったの?!
「レイトン様…ですわよね?」
「そうだ。俺のことを知っているようだな。」
「有名人ですから。」
赤着ぐるみのレイトン様は真剣な顔になり、わたしを睨むように見つめた。
「わ、わたくしに何のご用、で、ございましゅでしょうか…」
怖すぎて言葉が!変!
噛んだ!!
恥ずかしすぎてそこから飛び降りたい。いや、生きるッ
レイトン様の瞳に一瞬、憐れみの色が浮かんだ。
くっ…またしても屈辱!!!
着ぐるみに可愛そうなもの見るみたいな目された!
着ぐるみに!!
「……アレク殿下とシルヴィを知っているな」
「も、もちろん存じ上げております!」
今度は声が裏返った!しかもボリュームでかすぎた!
レイトン様が変な顔になった。
気にしないでスルーしてくださいお願いだからっっ
「話をしたことは?」
「………あ、あり、ます、が…」
きょ、きょわ、いぃぃぃいいいい
「あいつらに何を言った?」
ジロリ、と。
意識的に増大させたであろう怒りのオーラ、が……――
「…ルドフォン伯爵令嬢?」
あ、れ……
頭が白く…スーッって……な、って…
「ルドフォン伯爵令嬢?!ルドフォン伯爵令嬢!!!」
いしきが
なく、
な
る――――――――――
意識が浮上する。
ぼんやりと靄がかった風景がゆっくりと明確になっていく。
「………わたし…?」
「ルドフォン伯爵令嬢、気づいたか」
バリトンボイスだ。誰?いい声してるじゃない……
覚醒しきっていない頭は動かず、目線だけで声の行方を探す。するとやたら大きな人間の影――が?!
「ルドフォン伯爵令嬢、よかった。」
「???!!!」
「突然倒れたから驚いたぞ。体調が悪かったのか?申し訳ないことをしたな……」
目覚めてすぐの赤着ぐるみーーー!!!
泣くも笑うも逃げるも何もできない。
わたしは目を見開いたまま固まる。つま先から指の先までわたしの身体は一ミリも動かない。
怖いのに目が赤から離せない――。ただただ頭上の赤を凝視した。
「慌てて保健室に運んだのだが…生憎保険医は不在でな。何もできなかったからすぐに目覚めてよかった」
運んだ?
レイトン様がわたしを?
わたしは赤着ぐるみに運ばれたのー!
「しかし…」
レイトン様がわたしの身体を上から下までじっくりと見下ろしてきた。
「ルドフォン伯爵家の、ユーリア嬢。さすがにちょっと……軽すぎないか?」
「……………は?」
レイトン様は腕組みをしてしみじみと頷く。
「運んでる時に思ったが…揶揄ではなく羽のようだったぞ。ちゃんと食べてるか?令嬢が体型を気にするのは知っているがさすがに心配になる。軽すぎて子供を抱えているのかと思った。小さすぎだ。男はもっとふくよかな体系の方が好みだぞ。」
お ま え ら が、
でかすぎるんじゃーーーーー!!!
着ぐるみ基準に物言ってんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええ
着ぐるみだけでプラス10キロは余裕じゃねぇか!
声にならない絶叫はレイトン様には届かない。御礼を言う気も飛んでったわ!
心配そうな顔を作っていたレイトン様は今度は申し訳なさそうな顔をした後頭を下げた。
「本当に申し訳なかった。ユーリア嬢、君のようなか弱い令嬢に怒りをぶつけようとするなど…騎士の風上にも置けない行為をするところだった。」
ぶつけようとした、ではなくわたしにとってあれはもうぶつけられてました。
意識的に発しただろう威圧に、レイトン様の意図はしっかり伝わりました。
本当に、怖かった…。
狙って失神したわけじゃないけどあそこで失神できたわたし、グッジョブ!!
「アレク殿下とシルヴィ様にはわたくし……一度きちんとお話合いになったらと提案しただけですのに………」
「っっ、そう、だった、のか……本当に、申し訳ない!俺はてっきり――」
「てっきり…?」
どうやらか弱い令嬢認定されたようなのでのっかっておく。弱々しい話し方?任せて!
顔をあげたレイトン様。苦悩に眉を寄せる。感情豊かな着ぐるみを着てますね。
「てっきり……君が2人にルルのことを…何か、言ったのだと……」
「…何か、とは?どういったことでしょうか…?」
これ言ったって認めたら駄目なパターン?
殺られるパターン?
「っルル、は……同性に、誤解を受けやすい、らしいから…」
「……誤解、ですか…?」
「そうだ!誤解なのだ!ルルは誤解されやすいだけなんだ!なのに殿下もシルヴィも誰に何を言われたのかルルが俺を弄んでるようなことを言って……っ」
2人が君のことを話しているのを聞いたからてっきり君が何か言ったのかと……
と再び頭を下げるレイトン様だけど
すみません、それわたしです。
わたしで合ってます。
なんてお口にチャックです!!
「そうでしたか……」
わたしじゃありませんよー
違いますよー
でも誤解受けやすいだけのいい子は階段落しの冤罪に嵌めようとはしませんよー。
レイトン様も人がいいというか騙されやすい着ぐるみなんですねえ。将来大丈夫ですか?戦ってほら、いつもいつも正々堂々とってわけにはいかないんでしょ?
……………
殿下とシルヴィ様に言われたからではないけれど。
ちょっとだけ口出ししてみようかな?
この雰囲気なら言える気がした。
「レイトン様は…殿下とシルヴィ様とは幼馴染なのですよね?」
でもルル嬢の悪口は言わない方向で!
こういう人には誰かの悪口になりかねない発言はNGです。それより情に訴える方が効果があるでしょう。
って前世のわたしが言っている!
「ああ…そうだ」
何を思ったのかレイトン様はわたしがいまだ横になったままのベッドの
横にある椅子に腰掛けた。
近すぎてひゅんって身体が一瞬冷えたけど頑張って耐える。
わたしは起き上がり、手を貸そうと差し伸べてきたレイトン様を微笑むことで断って、自力でベッドの柵に背中を預けた。
かけられていた毛布を握る手が震えるのはどうしようもない。
「ならば殿下とシルヴィ様は本当に心からレイトン様を案じてらっしゃるだけではないですか?」
「……案じて、る?」
弱々しく見えるように微笑む。
わたしは女優になる!
後ろめたいことがあるからこそ名演技をここで!!
「ええ……あのお2人ならば、例え恋をしても…それが同じ女性でも…友情を捨てることはしないのではないでしょうか…?」
実際は捨てかけてたみたいだけどねっ男同士の友情も案外脆いんだね、残念!
「それは……もちろん…」
小さく首をかしげて続ける。
「レイトン様もでございましょう?」
「っ当然だ!2人は俺の……生涯の、友だ…!」
今度はにっこり笑って。
「ならばお2人を信じてみてはいかが?お2人の言うことに納得いかなくても…きっと理由があるはずです。信じない前提ではなく、フラットな気持ちで…冷静に話を聞いてみれば見えてくるものがあるかもしれませんわ。」
ルル嬢の本性とかね。
2人は一生懸命レイトン様に伝えようとしてるんだから。
早く気づいてあげようよ。
心配してたよー、本当に。いい友達じゃない!
レイトン様は長く沈黙していたけれど。
「―――――わかった。もう一度2人の話をちゃんと聞いてみよう。」
最後にはそう言って
さっぱりした顔になって笑った。