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第7話「金と銀による着ぐるみ会談」

※着ぐるみ2体をイメージしてお読みください

ぱたん、と扉が閉じて軽い足音が足早に遠ざかっていくのを聞きながら

アレク皇子は小さく溜息をつき、かけていた椅子に上半身を沈めた。

ちらりと隣に立つ幼馴染を見上げれば閉じた扉をまだじっと見つめている。


「シル」


アレクが声をかける。

するとようやくシルと呼ばれた少年と視線が交わる。


「休憩しようか」


「…ええ」


アレクが立ち上がり、先程まで少女が座っていたソファへ移動する。シルヴィは少女が飲み干したカップを片付けると2人分の新しい紅茶を用意し、アレクは目の前のテーブルにあった菓子が全て綺麗に食べられなくなっているのを見て、ふっと笑みを零した。


「楽しそうですね」


シルヴィがアレクの前に紅茶の器を置くと


「…そうか?」


アレクはそれを手にとり殊更ゆっくり味わってからカップを戻した。


「ええ。顔が笑っています。」


それをじっと見つめていたシルヴィの視線にアレクも視線を合わせる。


「座ったらどうだ?」


アレクに促され、シルヴィもソファに腰を下ろした。

シルヴィは自分の紅茶に手はつける様子はない。アレクは苦笑してから、逆に問いかける。


「シルの方こそ。気に入ってるんじゃないか?」


誰を、とは言わない。

互いに名前を出さなくともわかりきっていた。

シルヴィは苦く顔を歪め、吐き捨てるように答える。


「だからあなたには会わせたくなかったんですよ」


「わたし達は昔から好きになるものが一緒だからな。」


2人は幼馴染だ。同じ年に生まれた同性ということもあり、シルヴィは生まれた時からアレクの側近となるべく一緒に育ってきた。共に学び、共に笑い、時には喧嘩もした。今回のように共に一人の令嬢にいれあげたのは初めてのことだったが…今までであれば奪い合うことになったとしても話し合うことを避け会話のないままに争うようなことはしなかった。我に返って反省した。互いの腹の内を勝手に想像するのは、争いの始まりだ。なのにルルという少女に盲目的に恋をして、一時期2人の関係は険悪になりかけていた。それを寸前のところで止めてくれたのが、

先程の平凡な少女だった。


「とはいえ今度はきちんと相手を見極めよう。同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。」


「そうですね…」


どこからどう見ても、どこにでもいるような平凡な少女だった。

爵位も伯爵位と高くもなく低くもなく、どちらかといえば可愛らしい顔立ちだが目立つほどではない。可愛らしさでいえばルルには遠く及ばないし、美しさでいえばエイレーンの足元にも及ばない。ただ自分達に比べれば、彼女はずいぶんと小柄で折れてしまいそうなほど細く見えた。


「まるで威嚇してくる子猫だな」


少女の様子を思い出し、アレクが呟けばシルヴィも口元だけで笑んでみせた。


何故か自分達を心底怖がっており、無自覚なのか話しかけるたびにビクついて涙目になる。小刻みに震える姿は庇護欲をそそるのに口を開けばあの調子だ。遠慮なく辛辣な物言いで毒を吐く様はさながら威嚇してくる子猫だった。自惚れるわけではないが自分達はどちらかといえば人に好かれる容姿をしている。わざわざ自分から誘わなくても向こうから寄ってきた。なのにあの少女だけは演技ではなく本気で自分達を怖がっているようだった。

手なずけてみたい、と。男ならば誰でも思うのではないだろうか。


あの毒ばかり吐く口から甘い嬌声をあげさせ、自分を求め懇願させることができたなら――。


込み上げてくる暗い愉悦は想像しただけで甘美だった。


金と銀、2体の着ぐるみからそんな風に見られていることを、当の本人は知らない。

「寒気がする……?」

今頃、悪寒に震えているかもしれない。


「ところで」


と、シルヴィが話題を変えた。


「トラウマの件に心当たりはあるのですね?」


アレクが苦い顔になる。


「まあな…シルもだろう?」


同じく、シルヴィも痛恨の後悔に顔を歪めた。


「ええ…」


「まあ、聞かなくても大体同じようなものだろうな。」


「………」


アレクとシルヴィ。2人の抱えていたトラウマ、と表現するよりもプレッシャーやコンプレックスといった方が正しいが、それらは大体似たものだ。

幼い頃から2人は似た境遇にあった。

アレクは第二皇子として先を歩く優秀な兄に比べられ、また皇子として求められる責任と期待の大きさにプレッシャーとコンプレックスを抱えていた。シルヴィの方は侯爵家の嫡男だが、だからこそ課せられる重圧は計り知れない。シルヴィよりもほんの少しだけ優秀なアレクに対して焦りもあった。


そこに、つけこまれた。

本来なら自分達で克服すべきそこに、甘い言葉を囁かれ心酔してしまった。


「だが腑に落ちない。あの程度の言葉で、何故あそこまでルルを信じたのか。」


「ルルがわたし達を侍らせて喜んでいることなど、すぐに気づけたはずなのに。」


いつもなら相手の裏の裏まで読もうとする2人だけに、自分達がルルを盲目なまでに信じていたことが、信じられなかった。


「ですが話し合うことでわたしも殿下も目が覚めた。その程度の魅了にかかったなど、一生の不覚です。」


「ああ、話し合えと言ってくれたユーリア嬢に感謝しなくてはな。」


今まで誰も、彼らに苦言を呈してこなかった。生徒会の仕事を疎かにしてまで一人の少女を囲い、愛を競い合うみっともない姿を見せていたというのに。噂を耳にしているはずの皇帝も皇后も。皇太子も。侯爵家も。教師や他の生徒達皆が遠巻きに眺めるばかりで注意をしてくれなかった。エイレーンだけは幾度も諌めてくれていたが…ルルに夢中になっていたアレクは何故か、エイレーンの言葉が悉く嫉妬によるものと思い込んだ。

後悔しても時は戻せない。

アレクは明日にでも皇帝に報告と相談をして、公爵家とエイレーンに謝罪をし、けじめとして婚約を解消しようと決意をする。


「レイトンは大方持ち上げられたのでしょうね。将軍はあまりレイを褒めることはしませんし…賞賛の声もレイ自身へ向かうものは少なかったでしょう。」


「素直だからな、レイは。だがいずれ将軍になるのなら…信じるばかりでは危機を招く。今回のことで少しは疑うことを学んでくれればいいんだが。」


レイトンの伯爵家は男児は皆騎士になり、レイの父親は将軍である。故に、幼い時から鍛え上げられ厳しい訓練を受けているのがレイだ。そのため心の教育の方は若干おざなりになっていたともいえよう。レイは素直で真っ直ぐな一本気な男だが…いささか人を信じすぎるきらいがある。

騙そうという悪意には敏感だがルルのような種類の悪意に気づくのは難しい。


シルヴィの視線を受け止めて

アレクはもう一度溜息をついた。


「わかってる。わたしが言えたことではないさ。」


「…わたしもですがね。」


「ただレイはわたし達の話を信じようとしなかった。今でもライバルだと…思っているからな。」


「何度でも話をするしかありませんよ。レイもわたし達がレイを騙すはずがないことくらい理解しています。」


「あとは…ミラか。」


自分達よりも2つ年下の幼馴染。同じ美形でもミラの場合は幼さの残る、可愛らしい美形の少年だ。

ミラまでもがルルに恋をしたことに、アレクもシルヴィも口には出さないながらも驚いていた。自分達と競い合い、決して負けないという想いを、ミラが前面に出してきていたことにも。


「ミラはレイを特に慕っている。レイを説得できれば…ミラも目を覚ましてくれるかもしれない。」


「現状、ミラはわたし達がルルから自分を遠ざけるために嘘を言っていると思っていそうですね。」


「……ルルが()()()()女であることを理解した上での行動ならやっかいだからその方がまだマシだがな。」


「とにかく、ミラがルルのどういう言葉でああなったのか……公爵家を調べてみましょう。」




金と銀、2体の着ぐるみの真剣な話し合いはこの後もしばらく続いた。

着ぐるみ2体をイメージしてお読みいただけましたか?

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