第6話「着ぐるみに痴女認定の屈辱」
とんでもない目にあったわ…
夕暮れ時、学院から寮に戻りながら
わたしはげっそりとこの数時間で痩せたような心持ちで結局最後まで逃げられなかったひと時を思い出す。
「だから…っ違……!そういう意味じゃなくてですね!!」
言い方か順番か、とにかく色々間違って口にしてしまった言葉は取り消せない。
殿下とシルヴィ様は残念なものを見るような目でわたしを見ていた。
着ぐるみに憐れまれるとは何たる屈辱…!!
「背中…そう!背中だけでいいんです!まずは服の上からでも!背中のチャックを服ごと下ろしてみたいというかですねって違う!誤解を招かない言い方がわからない!!」
「ユーリア嬢、まずは落ち着け」
「大丈夫ですよ、わたし達は誤解していません。」
「絶対してる!その目はわたしを痴女と思ってる目です!!」
着ぐるみに発情する性癖はない!
「しかし君も伯爵家の令嬢だろう。伯爵家の令嬢が男の服を脱がしたいなどと言ったらどうなるか。考えて口にした方がいい。」
「ええ、誘っていると思われるならまだいい方です。最悪…」
「わたしは変態ではありません!!」
心からの叫びに
2人は揃って沈黙した。
くそぅ…失敗した……。
ただそれの中に人間が入っていないか確かめたかっただけなのに…。
着ぐるみのチャックは背中にあるものでしょ!チャックをおろしてみたら中から普通の人間が出てくるのかなと思ったのよ!そうだといいなって!その方が怖くないから!
「もういいです…忘れてください……」
だってあなた達着ぐるみじゃん、とは言えないわたしには
どう言い方を変えても誤解を解けるとは思えなくて
半ば投げやり気味に諦めた。
いいもん…着ぐるみにどう思われたって平気だもん。
痴女でも変態女でも好きにして。
マーシャル様とショーン様にさえ言わないでくれたら。
わたしはぐったりと項垂れた。
「それで…変態女に相談ってなんでしょうか……」
ヤケクソだ。
こうなったら聞くだけ聞いて適当に相談にのったらさっさと帰ろう。
涙目になっているのを自覚しつつ、止まっていた話の続きを促した。
「あ、ああ…」
「相談にのってくださるのですね、助かります。」
「その代わりマーシャル様のことお願いしますね。」
「任せておけ。」
殿下が頷いた。
いつの間に動いていたのか、生徒会室の隅に置かれたソファの間にあるテーブルにお茶が置かれている。
…そっちへ移動しろと?
目線だけで問うと頷かれたけど行きたくない。
「わたし達はこのまま動きませんのでどうぞ。熱いうちに。」
「……では…。」
お2人がこっちに来ないと言うならまあ。
せっかく用意してくれたのに断るのも失礼か。
渋々わたしはソファへ移動した。
殿下は中央の窓際に置かれた机の椅子に座っていて、シルヴィ様はその横に立っている。ソファからはまあ、ちょっと距離がある。
カップを手にとって一口、紅茶をすする。
うん、美味しい。
いい茶葉使ってるわね。
少しだけ気持ちが和らいでここが着ぐるみの巣窟だということを忘れそうになる。
「レイトンとミラもルルに求愛していることは?」
「知っています。」
わたしがカップを置くのを待って、殿下が話し始めた。
レイトンとは赤髪の殿下達よりもさらに体格のいい着ぐるみだ。あれこそ無理。本気で怖い。デカすぎる。
「レイは代々騎士を輩出している伯爵家の嫡男です。レイ自身もいずれは国を守る騎士になるためにと剣の腕を磨いていて実力はもちろんその精神も騎士の鏡のような男なのですが」
「そうらしいですね」
「…ユーリア嬢、先程から少し言葉遣いが乱れてないか?」
「痴女ですから。」
「………」
レイトン伯爵子息は同じ伯爵位ではあるけれどあちらは色持ちの名家。皇帝陛下の信頼も篤い将軍のご子息なのでしがないただの伯爵家のわたしとは面識も接点もない。
「レイは一本気な男だからな。一度惚れた女はとことん信じようとするんだ。わたし達が何を言っても聞き入れようとしない。」
「ほうっておけばいいんじゃないですか」
そのうち目が覚めるか他のライバルがいなくなって一人勝ちするかじゃないですか。
「そうはいかない。レイもわたしと共に兄上とこの国を支える柱となる有望な人物だ。こんなところで躓かせたくない。」
「人間一度くらい挫折を味あわなくては大きくなれません。若い時の失敗は人生において得がたい経験ですわ。」
着ぐるみに適用されるかは知らないけどね。
「なるほど…一理ありますね。」
「一度も挫折をしたことのない人間が大きな失敗をすると脆いですわよ?簡単に折れてしまいます。」
これは前世の記憶から出る言葉だ。
前世のわたしは今よりもっと長く生きていたんじゃないかと思う。
だからこの、青春真っ盛りの彼らの恋愛を生温かい目で見られる。
「いいことを聞いた。やはり君に相談して正解のようだ。」
「もう帰ってもいですか?」
もう相談は終わりでいいんじゃない?
「いや、まだだ」
チッ
「レイだけじゃない、ミラも…頑ななんだ。『ルルは僕を救ってくれた。僕の恩人なんだ。だからルルが望むなら僕はどうなってもいい』などと言って……」
病んでる。
「かなり重症ですわね」
着ぐるみでヤンデレはちょっとかなり…本気で怖い。
危ない。
ルル嬢をほんの少しでも傷つけたらさくっと何の躊躇もなく殺されそう……!
絶対近づきたくないわ。
リアルで病んでる人ほど怖いものはない。
「やはりそうか…」
「ええ。わたくしでは無理ですわ。幼馴染の殿下方がどうにかしなくては。」
ミラ、とは緑色の髪の着ぐるみだ。学年も一つ?いや二つ?ほど下なので15、6歳か。その年頃の子って思い込み激しいのよねー。そういう時期よねー。
殿下は考え込むように顎に手を置き俯いている。
シルヴィ様は…恐ろしいことにこちらを凝視していた。
その!目が!怖いのよ!!!
「原因がわかればいいのだが…」
「トラウマがあるのではないですか?そこまで重症なら、ルル嬢はミラ様のトラウマを癒したのかもしれません。それでミラ様はルル嬢に傾倒しているのかも。」
テンプレだもんね。
攻略される側って皆トラウマ持ちってあるあるだよね。
まあ、大なり小なり悩みは持ってて当然、悩みのない人間なんていないって言うしね。着ぐるみも人間?だし……??
「トラウマか…」
「ええ、思い当たることはないのですか?」
「いや…シルはどうだ?」
殿下がシルヴィ様を見上げる。
「わたしもすぐには。ですが調べてみましょう。ミラは昔から自分の気持ちを隠して押し殺すところがありますから…心配していたのですがまさかこんなことになるとは。」
「もっと早く手を打つべきだったな。」
「とにかく探ってみましょう。」
「もう帰ってもいいですか?」
まだですか、そうですか。
ではおかわりください。ついでに甘いお菓子があればなおいいです。食べないとやってられません。
願いは伝わったようでシルヴィ様からそっとお菓子が差し出された。
差し出される時に若干身体がひいてしまったが可愛らしい見た目の美味しそうなお菓子にすぐに持ち直した。
「ユーリア嬢、わたし達が揃ってルルにいれあげてしまったのは何故だと思う?」
殿下が聞いてくる。
なんでルドフォン伯爵令嬢からユーリア嬢に呼び方変わってるんですかね?
「何故と聞かれましても……ご自分のことでございましょう?」
なんでわたしに聞くのさ。
あ、これ美味しい。さくさくな食感なのに中はしっとりしてて…甘すぎないところもいい!
「そうなのですが、目が覚めてみると腑に落ちない部分もありましてね」
「プライドが邪魔をしてご自分の失敗を認めたくないのでは?」
うん、このお菓子とこの紅茶の相性最高!
ぴったりだね!
「っそ、それは…そう、かも…しれませんが……」
「ユーリア嬢、あまり苛めないでくれ」
あら。人をサドみたいに言わないでもらえます?
着ぐるみを苛めたら子供に怒られますわ。
「殿下とシルヴィ様もトラウマをお持ちだったのでは?悩みのない人間などいませんもの。それか…自尊心をいい感じにくすぐられました?」
男を落とすには褒めて褒めて持ち上げるといいって前世の記憶が言ってる。
2人はまた黙り込んでしまった。
「思い当たることがあるみたいですわね。」
容姿と身分に惹かれる女はとか言いながらチョロイわね、この着ぐるみ!
「ルル嬢はすごい手管をお持ちのようで、わたくしもご教授願いたいものですわね」
いいなあ。それがあればマーシャル様かショーン様を落とせるかなあ。
この世界ではわたしの顔、平凡だからなあ。
手管くらいないと落とせないかもしれない。
本気で少し、考え込んだ。
でもコンマ一秒くらいですぐに却下した。階段での一幕を思い出したのだ。
あんな怖い着ぐるみの目の前に行きたくない。
「わたしは、ルルは……魅了の魔法のようなものでも発動したのかと考えたのだが」
「トラウマの件にしても、何故子爵家の庶子だった彼女が知りえたのか納得いきませんね」
あ、やっぱトラウマあったんだ。
ていうか魅了って!この世界魔法まであったの?!
「ルルとエイレーンの両方から訴えが来ている。階段から突き落とされたとか嵌められたとか。」
てんこもりだな!!!
「ルルについても調べてみる必要がありますね。階段の件も……目撃者がいないか調べてみましょう」
「………。」
ここにいるけど
黙っておこうかな。
怖いから。
ルル嬢に瞬殺されそうな気がして怖いから。
エイレーン様の冤罪はきっと殿下とシルヴィ様が晴らしてくれるから大丈夫よね!!
そっかあ。
あれ、舞台の練習じゃなかったのかあ。
本気かあ。
…ますます怖っっ!!!
と、いうようなことがあり。
生徒会室から解放される頃にはわたしのお腹はお菓子と紅茶で満腹になっていて
夕飯は食べずに寝たのだった。