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第5話「2体の着ぐるみにマジで泣き出す5秒前」

前世の世界ではゲームというものがあった。様々な媒体でそれこそ多種多様なジャンルがあり、仮想空間を疑似体験して遊ぶというものだ。今の世界には存在しない。この世界での主な娯楽は読書くらいだ。

今となっては薄ぼんやりとしか思い出せないけれど科学技術というものは圧倒的に前世世界が勝っていたように思う。都合のいいことに生活するにおいてのあれこれは今の世界も前の世界のものと遜色はないが、こと娯楽に関してはこの世界は希薄だ。


思い出せた、ということは。

前のわたしもそれをやったことがあるのかと思ったけれど、いくら頑張ってみてもそれっぽい映像が浮かんでこない。そこから察するに…


前のわたしが知っているのはゲームじゃなくて、それを元にして書かれた物語?


そう考える方がしっくりくる。

どちらにせよ、わたしが着ぐるみーズのショーを眺めながらどこかで見たような、とデジャブを感じていたのはショーのあらすじを知っていたからだったのだ。


「ビッチなヒロインが悪役令嬢を嵌めるために自作自演の最終形態・階段落ち…」


でも早くない?

わたし達は同じ学年だし断罪ショーを演じるだろう卒業式は来年だ。

この時点でもう階段落ち?

ひとつ上の学年の卒業式でもまだ半年先だけど。


「そうか!!だからアレク皇子にだけ婚約者がいたんだ!!」


恋愛結婚も許される風習で皇太子殿下すら婚約者がいないのにアレク皇子殿下だけエイレーン様と婚約してるのが不思議だった謎が解けた!


「エイレーン様を悪役にするためだったんだ…」


すごいな、国をあげてショーに協力してるなんて。どんだけだよ。

うーん、ここまで来ると彼らのあれは本気ではなくて本当に演じてる可能性もあり?


「わからなくなってきたなぁ…本気でやってるのか演じてるのか」


だってそのために殿下とエイレーン様が婚約してるなら、お2人の婚約を決めた皇帝陛下までが決められたシナリオになぞった行動をしていることになる。まるで見えない糸で操られているような…


「怖っ…やっぱりこの世界怖っっ」


ぞくりと背筋が冷えた。


何故自分には前世の記憶があるのか。とうの昔に答えを求めることを放棄した謎さえ、

意味があるように感じられてきて


わたしは一人、


恐怖に慄いた。











シルヴィ様から呼び出しを受けたのは、ルル嬢とエイレーン様のバトルを覗き見した日から2日経った放課後だった。


「やっとわたしとの約束を思い出してくれたのね♪」


わたしはスキップしたいほどの心躍る気持ちで指定された生徒会室へ向かった。着ぐるみとサシで向かい合うのは怖いけどマーシャル様に紹介してもらえるのなら我慢してみせよう。

あれから何度かマーシャル様を見かけては声をかけてみようと頑張っているのだけど、緊張で固まってしまってできなかった。マーシャル様はきっとわたしの前世では芸能人並みの容姿なのよ。だからあんなに緊張するんだわ!


コンコン


生徒会室に着くとノックして声をかける。


「シルヴィ様、ユーリアですわ。」


シルヴィ様達は生徒会役員だったっけ?そういえばそうだったかな?

興味なくて知らなかった。


ノックをして少ししてから、ガチャリとドアが開いて


「どうぞ」


とシルヴィ様が大きな顔を出した。


「…何故仰け反るんです」


「すみません…」


圧がすごくて。

わかってはいてもドアから着ぐるみが出てきたら、つい。


「どうぞ」


「失礼しますわ。」


シルヴィ様はわたしの反応にそれ以上追求することはやめたようだ。

何事もなかったように中に招き入れられた。


が、


淑女の仮面をかぶって楚々として入室してびっくり。


「っっ?!」


な、な、な、な……


「ルドフォン伯爵令嬢か」


ななななななんで金の着ぐるみまでここにいるの??!!


「ルドフォン伯爵令嬢…?」


無理!

無理無理無理無理!!

1体以上の着ぐるみと同室なんて絶対無理っ!1体でも怖いのに2体に囲まれるって殺される!!


「……シル、何故彼女は扉にへばりついているんだ。」


「おそらくわたし達がきら…苦手なのかと。」


生徒会室に一歩踏み入れた次の瞬間には後ろに飛びかえって無情にもしっかり閉められている扉にへばりついたわたしを

2体の着ぐるみは呆れたように見ていた。


わたしはもう、泣く寸前だ。


「か…帰ってもいいですか…?」


てか帰る。

帰るったら帰る。

約束が違う!!!


教室のようにある程度の広さがある教室でも怖いのに

ここみたいな狭い部屋で着ぐるみーズと一緒なんて……


ハードル高すぎだって!!


「何を言ってるんですか。駄目に決まってるでしょう。」


溜息をつきながらそうは言いますけどシルヴィ様!

あなたの命令に従う義務はないんですからね!!

あくまでわたしとあなたは同等!断る権利はあるはずです!

わたしがあなた達が苦手と知ってて殿下まで連れてきたんですかこの裏切り者っ!もう二度と相談なんかのってやらないんだからっっ


「…涙目で睨まれても何が言いたいのか全く伝わりません。」


心の中では罵倒しまくってるんだけど

怖すぎて言葉にはなっていなかった。


「彼女はいつもこうなのか?」


再び、呆れたような殿下の声。

シルヴィ様よりほんの少しだけ背が低いけれど普通の人間に比べて1.5倍なのは同じだ。

1.5×2………


()られる。

一瞬でも目を逸らしたら次の瞬間には()られる!

逃げようと背中を向けたら最後だ――!!


「いつも、と言われるほどまだ親しくはありませんが…初めて話した時からこうでしたね。」


「そうか…」


わたしはここまで嫌われることを彼女に何かしたのだろうか、と殿下。

あなたの存在そのものがですと心の中で絶叫したけど本当に口にしたらそれこそ死が待っていそうなので懸命にも黙っていた。


「……マーシャル様の件では…?」


「残念ながらその件ではない。」


やっぱり!

入室した瞬間から察してた!


「しかしこの件が片付いたらわたしからも君を紹介しよう。フリュエ侯爵家のマーシャルだったか?」


「光栄ですが殿下まで介したら押し付けになってしまいますのでご遠慮します」


ぜひともゲットしたい相手だけど無理矢理なことはしたくない。

殿下にまで間に挟んだら半強制に感じてしまうかもしれない。それは嫌だ。

マーシャル様には自分の意思でできることならわたしを好きになってほしい。あくまで自然に仲良くなって恋人になりたいのだ。


アレク殿下の眉が動く。

無表情だったのがわずかに目元が和らいだ。


……ますます怖い!!


「そうか。ならわたしは介入するのはやめておこう。シル、彼女に椅子を。」


「どうぞ」


「………」


シルヴィ様が用意してくれた椅子を目線を下げることでその位置を確認すると

ぎしりぎしり、と音がしそうな動きでゆっくりと椅子に近づき、


「…何故遠ざける。」


椅子を殿下達から可能な限り遠い場所、つまり扉のすぐ手前までひっぱってから座った。


「お気になさらず。」


「殿下、ユーリア嬢は男嫌いなのでしょう。」


「マーシャルへの橋渡しを望んでいるのにか?」


シルヴィ様が殿下からそっと目を逸らした。

アレク殿下の「それほど嫌われているのか?」という呟きは聞こえないふりをする。


「で、だ。」


気を取り直すように咳払いをしてから

アレク殿下が口を開いた。


「シルから、一度わたし達できちんと話し合えとアドバイスをもらったと聞いた。」


わたしはシルヴィ様を睨んだ。怖いけど。

頑張って睨んだ。


「ユーリア嬢のアドバイス通り、まずは殿下とと思いましてね。ルルのことをじっくり2人で話し合ったのです。」


それとわたしの何の関係が?

相談にはのったが2度も3度ものるとまでは言ってない!!


「確かにその通りだと思ってわたしも話し合いに応じた。最近ではルルのことで少しばかり気まずくなっていたからね。いい機会だと思った。」


さようで。


「びっくりしたよ。いや、シルもルルのことを好いているとは知っていたがまさか……。ルルが本当に好きなのはわたしだけだと思っていたんだ。」


「わたしも同じですよ。」


やっぱりわたしの推測は正しかったのか。

ルル嬢は好んで逆ハーレムを築いていたと。


ご愁傷様です。


一国の皇子様がハーレム要員、キープ君とか笑える。


「何か言いたそうだな?」


「いえ特に。」


だって怖いし。


「いい。言いたいことがあるなら言ってくれ。」


「はあ…では、………自業自得なのでは?婚約者がいらっしゃるのにあれほど堂々と浮気するなんてどうかしてますわ。」


皆があなた達をどういう目で見てたか知ってます?

とまでは。

あえて言わずに留めた。


「っっ…本当に……辛辣だな」


「耳どころか心も痛い言葉ですね。」


「エイレーン様も幾度も注意されていたと聞いていますわ。何故聞き流していらっしゃったのですか?」


シルヴィ様は独り身なのでまだいいとして。

浮気、駄目、絶対!だ。


殿下が苦い顔になる。

威圧やめれ。


「エイレーンか……。確かに、彼女には何度も注意されたな。今となっては愚かだと思うがエイレーンの嫉妬からくる言いがかりだと思っていたのだ」


「重病ですね。」


「ユーリア嬢。さすがに殿下に言いすぎではないか?」


「失礼しました。つい本音が。」


今度はシルヴィ様が渋面になった。

ますます怖くなるんだってば!!


「…帰っても?」


「すみません、怒っていませんからまだいてください。」


帰りたい。


「つまり、殿下とシルヴィ様はルル嬢が故意に皆様を侍らせて曖昧な関係に置いているということを自覚なさったということですか?」


お2人が同時に頷いた。


「今でもルルがわたし一人のものになってくれたらと思う気持ちがないわけではないが……ルルが()()()()令嬢だとわかった以上、距離を置くべきだと判断した。」


「正しい判断だと思います。」


もっと早く気づけばよかったのにね。

殿下達以外は皆気づいてたのにまさに恋は盲目とはこのことだね。


「ではエイレーン様には事情をお話して真摯に謝られるといいかと思います。」


「そのことだが…エイレーンとは婚約を解消しようと思う。」


えっ

やっぱり婚約破棄するの??


なんで???


「殿下はけじめをつけるおつもりなのだ。これまでのエイレーン嬢への無体の数々。謝罪しただけでこのまま婚約を続けるわけにはいかないと。」


「あまりにもむしがよすぎる話だからな。」


「そうですか…それはまあ、わたくしにはなんとも。陛下がお許しになられればいいのではないでしょうか。」


元々皇族でも下位貴族や庶民とでなければ恋愛結婚は許されてるしね。


「ところで」


いい加減、本気で帰りたくなってきた。


「何故わたくしは呼ばれたのでしょうか?てっきりマーシャル様のことだと思って来たのですが……」


この報告のためなの?

全然、別にいらないけど。


殿下とシルヴィ様が目配せした。


「わたし達の目を覚まさせてくれた君を見込んで相談したいことがある。」


「もう嫌です。」


「聞いてくれ。国の威信に関わる大事件に発展するかもしれないんだ。」


「尚更お断りします。わたしには何の力もありません!」


怖いって言ってるのになんでまたさらに関わってこようとするかなあ?!

自分達で解決しろよ!

わたしを巻き込まないで!!


「わたしからも頼みます、ユーリア嬢。」


「絶対嫌です無理です!わたしにはできません!」


あなたからも頼まれたらわたしが引き受けるとなんで思ったのさ?!

尚更お断わりだ!

その自信はカラスの餌にでもしてしまえ!


「マーシャルのことはいいのか?」


「これ以上怖い思いするくらいならもういいです諦めます!マーシャル様のことは自分でなんとかしますし候補ならまだいますから!!」


「ほう…」


「チェリ子爵家のショーンですか?」


またしても何故それを!!


眼鏡をかけた着ぐるみがニヤリと笑う。眼鏡だけは本物そうだけどそのデカ顔に合うサイズ特注ですか?!


「あなたのことは当然下調べしています。」


「っっ変態!ストーカー!訴えてやる!!」


「言ってる意味はよくわからないが…邪魔をすることもできるんだぞ?」


なんだと?!

権力の横暴だ!訴えてやる!!


「本当に…わたし達にここまではっきり言える人材は貴重なんですよ。」


知るか!

わたしは関係ない!


「がっつり怯えられてはいるがな…何故そこまで怖がっているのに出てくる言葉は辛辣なのかつくづく不思議でならない。」


「怯えられる理由もわかりませんね。怖がられる容貌はしていないと思うのですが…」


だってあなた達着ぐるみじゃない!

着ぐるみなのに瞬きもするし口も動くし見た目布なのに触感は人間の肌じゃない!なんなのそのドデカイ目は!いくらなんでも大きすぎでしょ顔の半分くらいあるんじゃないの?!まつげはね!目の中にゴミや埃が入らないための保護の役目があるのよそのまつげは意味をなしてるの?!鼻の形まで人間じゃないのに同じ人間ですが?みたいな態度してるじゃん!!まだ「俺達着ぐるみーズ☆」って開き直ってくれてたら怖くなかったかもしれないのに!!人間のふりしてるのが怖いんだよ!


「他に願いがあれば聞きますので。」


「そうだ。大抵のことなら叶えられるぞ。」


「………本当ですか?」


ちょっぴり心が動いた。

それを敏感に感じ取った2人が身体を乗り出すように動いた。怖い。


「言ってみてくれ。」


「…………………………背中を、見せてもらえませんか?」


「「……は?」」


「背中です。お2人の、背中。できればその、服の上からじゃなく。」


わたしの願いを聞いた二人の顔を見て


しまった!


と我に返った時にはもう遅かった。


「やっ…違……!痴女的な意味ではなく!!!」


次の瞬間にはもう、

わたしは立派な変態女のレッテルを貼られていたのだった。

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