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「知らないままが幸せな結末」

大きな窓からはオレンジの夕日が差し込み室内を染める。

帰宅する生徒達の喧騒が遠くに聞こえ、保健室は静かな時間を刻んでいる。

キイッと、椅子の軋む音が響いて


「リア」


カミュ先生の甘い声だけが唐突にわたしの耳を犯す。


「悪い子にはお仕置きが必要だね?」


わたしは涙目で全身をガチガチに固めてカミュ先生にされるがままになっている。


「かみゅせんせい…っ」


わたしは椅子に座ったカミュ先生の膝の上に横向きに座らされて、

意地悪に笑うカミュ先生から逃れられない。

耳たぶを甘噛みされている錯覚を起こしてクラクラする頭に、


「リアはわたしのなのにいけない子だ」


甘すぎる言葉がわたしをのぼせあがらせる。

額に、こめかみに、瞼に、頬に。

降るようなキスをされて期待しないわけがない。

なのにカミュ先生は期待する場所にはくれなくて、代わりにまたわたしの手首をもちあげるとそっとそこへキスをする。

それからちらりと、視線だけでわたしを見ると


()()に―――、つけるものが必要かな?リアは…すぐにふらふらするから。捕まえておかないとね。」


と――。

そんな、本気とも冗談ともつかない甘く恐ろしいことを言う。


「そんな――」


誤解です、と。

言おうとした言葉は遮られ。


「理事長のこと。わたしが知らないと思った?」


「…っっ」


甘さから一転、鋭い眼差しに息がとまる。


「リアは好意を示されると弱いんだね」


「……でも!わたしが好きなのはカミュ先生だけです…っ」


違うとは言い切れないカミュ先生の言葉に、けれどこれだけは伝えておきたくて。

反論とも言えないような声をあげた。

確かにわたしは、イケメンに言い寄られて冷たくあしらえるほどできていない。本音を言えば喜んじゃうくらい弱い。でも、だけど。


浮気だけは、しない!


「…リアはあぶなっかしくて、油断してると誰かにもっていかれそうで不安になる。繋ぎとめておくのは大変ですね」


カミュ先生はわたしを膝にのせたまま、

そんなことを言って溜息をついた。


呆れられたのか、嫌いになられてしまったのかと、

よぎる不安に泣きそうになる。


「卒業まで待つ自信がなくなってきそうですよ」


「カミュ先生…」


あの、別に、待ってくれなくてもいいんですよ?

なんならこのままここで、先に進んじゃってくれても……


「まあ、でも。約束してしまいましたし。仕方ありませんね。」


手首から手を離すと、

わたしの頭に顔をのせてまた溜息をつく。


「下手なことをして彼らを刺激すればそれこそ、リアを守れなくなりそうだ」


わたしの方はかまわないしむしろ望んですらいるのだけど

大人なカミュ先生はやっぱり動いてはくれないらしい。

恋人を作るくらいはいいけれど結婚前に妊娠するのはさすがに少し問題があるから、当然といえば当然なのだけど。


「リアの魅力に気づくのはわたしだけでよかったのに…面倒なことですね。」


「ごめんなさい……」


キース理事長には一応ちゃんと、カミュ先生のことが好きですとは言っているのだけど。

知っているよと笑うばかりで。


「…カミュ先生……?」


急に黙り込んだカミュ先生に不安がこみ上げて

頭上のカミュ先生を見上げた。

その視線はわたしを見ていなくてどこか遠くを見つめている。


どうして、どこを見ているの?

何を考えているの?

やっぱりわたしのことが、もう嫌になってしまった?


恋する乙女モードの今のわたしは

カミュ先生の一挙一動に、些細なことにも気持ちを揺さぶられる。

その瞳にわたしを映してほしい。わたしを見てほしい。わたしだけを――


なのに怖くて聞けない。


だから言葉の代わりに自分からカミュ先生に抱きついた。


そしてやっと、柔らかく微笑んだカミュ先生の視線がわたしに戻ってきた。


「少し、考えていたんですよ。」


わずかに首をかしげてわたしを見下ろすカミュ先生、

何故かその微笑みにぞくりと震えた。

説明できない恐怖を感じてしまったのだ。


「な、なにを……?ですか…?」


「リアと結婚した後のことですよ。リアにも少しだけ、協力してもらわないといけなくなるかもしれません。」


「協力…ですか?」


何をだろう?

今度はわたしが首をかしげる。

けれどカミュ先生は微笑んで


「リアを諦めてもらうための協力、ですよ」


とだけ言うと。

それ以上は教えてくれることはなかった。


そして、


結婚してからもその答えをわたしが知ることは



とうとう最後までなかった。



カミュ先生はなんと爵位を返上してルドフォン伯爵家に婿入りする形で結婚してくれ、

わたし達は領地にひっこみ、皇都へ行かなくてはいけない時は彼だけが行きわたしがついていくことはなかった。

それでいいのかと聞いたわたしに彼は、もともと結婚するつもりはなく爵位も一代限りにするつもりだったのだからいいのだと優しく微笑んだ。わたしは知らなかったのだけど彼は学院の保健医よりも研究をメインにしていたらしく、父の跡を継いでルドフォン伯爵になった彼は領主の仕事と同時に医療薬の研究も続け数多くの病に効く薬を開発した。


心配していた子供は、3人産んだけれど全員普通の人間の容姿で発狂せずにすんだことは幸いだろう。やはり、着ぐるみが多い皇家の人間とはいえ普通の人間の姿の彼とわたしの子供なのだから、考えてみれば普通の姿で生まれてきて当然なのかもしれない。


何年経っても甘くて優しい愛に満ちた結婚生活は幸せで、わたしが不満を感じることはなく。

わたしは領地で家族に囲まれた幸福な一生を過ごした。




ただ一度だけ、ルルから言われた。


「あんたの旦那、怖い」


わたしにはひたすら甘くて優しい旦那様なのに何を言っているのだろうと



やっぱりわたしには何のことだかわからないままだった。

一応、これにて完結とさせていただきますが

また思いついて書けることがありましたら追加していきます。


ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

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