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「いつか着ぐるみが脱げる時」

学院での5年間を終え、卒業を迎えたあの日。

私たちの戦いも終わりを迎えた。

卒業式典で代表挨拶に立ったアレク様は堂々と答辞を読み上げ、その姿からはかつてルルに侍っていたことなんて思い出せないほどに、立派な皇子殿下の姿だった。


「結局何もしなくてもよかったってこと?」


「わからないわね。あんたはしっかりアレク達を堕としてくれたし。」


何が正解だったのか今になってもわからない。

ただ何もせずに時を過ごすことなんてできなくて、懸命に足掻いた。あの努力の日々が、無駄だったとは思いたくない。もしかしたらあの日々があったからこそ、あの日、学院の卒業式で、



わたし達は着ぐるみからの脱却に成功したのかもしれないと思うから。



「着ぐるみじゃなくなっても美少女だなんて」


恨みがましくルルを睨めば


「当たり前じゃない。あんたとはレベルが違うのよ」


ルルは鼻で笑って自画自賛する。

二次元のアニメキャラを三次元化した着ぐるみだったルルは、

人間の姿になっても美少女だった。


わたしはこれでも自分をそれなりの美少女だと思ってたのに、やっぱりご当地アイドルか脇役女優くらいだったのかと地団駄踏んで唸ってしまうほど、

人間化したルルは可愛かった。

本当にもう、わたしより遥かに可愛い。口は悪いけど。性格も意地悪だけど。可愛さで全てカバーできそうなほどに可愛かった。


あくまで人間サイズでのぱっちりした瞳、もちろんくっきり二重。適度な高さの鼻に小さめだけどぷっくりした唇。すべすべの肌はしっかり人間の質感で髪の毛だけは着ぐるみの時とあまり変わらない。色はピンクのままで、パーマもしていないのにふんわりと揺れる。おまけに小柄なのに出るところは出すぎなくらい出ている。

これで性格まで可愛かったら完璧だろうに、ルルは人間化してもルルだった。口から飛び出す言葉は変わらず辛辣だった。


「アレク様もシルヴィ様もレイトン様もミラ様も…アイドル系イケメンだったね。」


エイレーン様は女優さんみたいな綺麗さだった。スレンダー美人といった感じの美人さんだった。泣き黒子が妖艶で、あと数年もすれば色気たっぷりの美女になりそうだった。


「まさか卒業することで解放されるなんて、拍子抜けもいいところよね。」


「だねぇ。」


卒業式典の会場で、答辞を読み上げるアレク様を見上げながらわたし達は目を見開いた。

アレク様が、いや、アレク様を、キラキラした粒子が包み込んでいたのだ。わたし達以外の誰も気づいてはいなかった。周囲を見渡しても、驚いているのはわたしとルルだけだったから。


わたし達以外の目には、アレク様を纏うキラキラの粒子は見えていないようだった。


気づけば、ルルの周りにも同じようにキラキラした粒子が現れて、それはシルヴィ様もレイトン様もミラ様も、エイレーン様も、そして何故か、カミュ先生をも纏っていた。もはや誰を見ればいいのかわからなくなって、とりあえず壇上のアレク様の姿に注目していると


やがてアレク様の姿が徐々に変わっていった。


ゆっくりと、一部ずつ、着ぐるみではなく人間の姿へ、変わっていったのだ。


何度も目をこすった。目をこらしてじっとも見つめた。アレク様だけではなくルルもエイレーン様もシルヴィ様もミラ様も変わっていった。カミュ先生だけはそのままだった。

人間になった彼らは、人間になってもイケメンだったのだ。それぞれ違うタイプの、トップアイドル級のイケメンだった。髪の毛と瞳の色だけはそのままのイケメンの姿に変身していた。


呪いが解けた?


いや、ようやくゲームと分離したのだと、


わたし達は悟った。


わたし達以外の誰にも悟られることなく、

ひっそりとゲームと切り離され、完全に独立した世界になれたのだ。


わたし達が着ぐるみから解放された瞬間であった。


長きに渡ったわたし達の解放運動は、ついに幕を下ろしたのだ。


「で?お得意の現実逃避はすんだ?」


ぐっ…


「あんた、フラグ立てすぎ。どうすんのよ、有力者に粉かけまくってわたしよりビッチじゃない。」


「濡れ衣よ!!」


「なに言ってんのよ。現実見なさいよ。求婚の申し込みが殺到して大変らしいじゃない。ビッチな娘をもってあんたのお父様も大変ね~」


「違う!」


おかしい。どうしてなの。

ルルの言うような粉なんてかけてないしフラグも立ててない。わたしはカミュ先生一筋できてたはず。なのに学院の卒業と同時にわたしへの求婚の申し込みがアレク様とシルヴィ様とレイトン様とミラ様とキース理事長からまできているのだ。


カミュ先生からの申し込みももちろん届いているけれども!キース理事長にはお断りしてたはずなのに!アレク様達はわたしの勘違いだったはずなのに!


「誰を選ぶつもり?」


「カミュ先生に決まってるじゃない!」


「でも決めるのはあんたの父親でしょ?普通に考えれば皇家からの打診を断れるはずないんだからアレクだけどほら、この国その辺も緩いから余計決められないわよね~。」


言い返せない代わりにルルを睨んだ。

けど、そんなのルルには痛くも痒くもないようで。

また鼻で笑う。


「…ルルはいいわよね。さっさと婚約しちゃって。」


「わたしはすぐにでも結婚できるって前から言ってたでしょ。」


「言ってたけどさ。本当にすぐできるなんて思わないじゃない。」


アレク様達を侍らせてたことで美少女でも評価下がってたはずなのに。

いつの間にか盛り返してなかったことになってるらしい。2年も前のことなんて誰も気にしないということなのか。顔か。人間やっぱり顔なのか!?そうだけど!!わたしもそうだけど!!!


「わたしは手堅く伯爵家に嫁入りよ。適度な玉の輿でちょうどいいのよ。下手に高望みすると求められるものも高くなるからね。わたしは楽するわ。」


「ずるい!わたしだって高望みなんてしてないのに!お婿さんもらって領地に戻りたいのに!」


「あんたは無理でしょ。誰を選んでも嫁入りになるんじゃないの?それも、皇家とか公爵家とか。シルヴィにしても侯爵家ね。なるべく下を目指すならシルヴィなんじゃない?」


「カミュ先生が公爵様だったなんて…」


キース理事長にいたっては大公殿下だった。先々帝の皇弟だなんてわかるはずがない。


「ユーリアが皇子妃ね~。ウケル。」


「ならないわよ!!」


「どうしてよ?超!玉の輿よ?ルドフォン家にとっては願ってもない良縁でしょうに。」


「わたしの家は謙虚に堅実に生きていくの!」


「だから決めるのはあんたじゃなくてあんたの父親だってば。いいんじゃない?世界一残念な皇子妃の誕生も。」


「他人事だと思って勝手なことばっかり言って!」


「あんただってわたしが着ぐるみの時勝手なことばっかり言ってたわよね?」


ぐうの音も出ない!


「他人事だとも思ってたでしょ?」


思ってました!


「とにかくあんたも自業自得なんだから尻拭いは自分でするのね。ま、なるようになるわよ。頑張って。」


「ルル冷たい…」


充分優しすぎるくらいよ、愚痴聞いてあげてるでしょ、と。

呆れ顔のルルに突き放される。


いや、わたしもね?

本当のところを言えば時々、もしかして?くらいには思ってたよ?

でもまさかなって!思うじゃない!ないでしょ違うでしょって!ルルにも勘違いの痛い奴だって言われてたし!

信じるでしょ。だってこの世界の美とわたしとの間には深くて深い深すぎる溝があるんだよ?

そこを埋められる可能性は今まで皆無だったんだから!


「わたしの勘違いだって言ってたくせに…」


それにしても浮気とか二股でもしてたみたいなバツの悪さが半端なくてカミュ先生に合わせる顔がない。

カミュ先生といえばとうとうカミュ先生とキース理事長の魅力を周囲が気づいてしまったらしく、焦る気持ちが半端なくてもどかしい。


「カミュ先生怒ってないかなー?怒ってたらどうしよう…」


「会いに行けば?」


「怖くてできない。」


「申し込みはきてるんでしょ?なら平気じゃない。」


「でも、その時はアレク様達のこと知らなかっただけかも。」


「あーもう!!うじうじうじうじ、うっとおしいわね!」


「あっ!ねえ!悪魔さんはどうなったのかな?!あの悪魔さんも着ぐるみ解けてるのかな!?呼び出して確認してみようか??」


「だから現実逃避するんじゃないわよ!!!」


「いやぁ、本当に着ぐるみから解放されてよかったよね!」


「話を振り出しに戻すんじゃないわよ!!」


「うん、ルル。やっぱりわたし達コンビ組もうか?お笑いで世界一を目指そう!」


目指せ漫才世界一!

こんなに鋭いツッコミができるのはルルしかいない!


「だから!わたしは結婚するって言ってるでしょうー!?」


「今時結婚して家庭におさまるなんて古いよルル。これからは女性も社会進出しなきゃ!」


「ここは!貴族社会だっつーの!前世の日本じゃないのよ!」


そうよ!

これからは貴族女性だって仕事を持つべきなのよ!わたし達の新たな使命は女性の社会進出の手助けね!

前世の日本を見習って、この国に庶民向けの学校を設立するのもいいかもしれないわ!孤児院の質の向上も!課題は山積みよルル!


「ちょ…っ?!手を離しなさい!わたしはやらないわよ!?離し…離しなさいってば!!」


いざゆかん!

お笑い芸人世界の頂点へ!


こうして



わたし達の新しい物語の幕開けが、また始まるのだ―――…




「始まらないわよ!!勝手に始めるんじゃないわよ!!!」

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