「伝説のユーリア着ぐるみ誕生秘話」
皇都にある、とある一件の仕立て屋で
デザイナーとお針子達があるドレスの注文に頭をひねっていた。
「これは…」
貴族ご用達の仕立て屋であり貴族院の子女からの注文も受け付けているその店でも、その依頼は初めて見るものであった。
「このドレス?は…一体なんなんだ……?」
何故こんなものを、誰が受注を受けたのだ、と
聞いても意味のないことを言いたくなるほどに、その依頼は奇抜だった。
「ドレス?で…合っているのでしょうか…?」
決して上手いとはいえない絵で注文のドレス?の仕様が描かれている紙を
全員が顔を突き合わせて覗き込む。どう見ても、普通のドレスには見えなかった。
「“きぐるみ”というそうだ」
「きぐ…?なんですかそれは?」
「わからん」
貴族院の卒業式までに仕立ててほしいとそれなりの金額で依頼されており、その卒業式までにはまだ十分時間がある。が、何せ初めて見る形のものでどこからどう作り始めていいかすらわからなかった。
「どうやら頭まで全てを覆う仕様のようですね」
「特に顔の部分は念入りに指示があったそうだ」
「要は等身大の人形を作れということなのでしょう」
全員が沈黙した。
「しかも中に入れるもの…?ということですね」
「初めて聞く発想だ」
「ああ、考えたこともなかった」
果たしてこれをドレスと呼んでいいものなのか、しかし依頼主の言う“着ぐるみ”もよくわからなかった。
「とにかく探り探りでもやってみよう。」
受けてしまったものは仕方がない。芸術は時に斬新な発想から生まれるものだ。流行もまた、思いもよらぬところから始まることもある。慣れたものだけを作り続けていても飽きられるだけ、新しさを追求することも忘れるべきではない。店一番の売れっ子デザイナーの言葉に、
お針子を含めた皆が頷いた。
こうして、彼らの初めての戦いが始まったのである。
戦いはまさに、不眠不休で行われた。
作り始めるにつけ、彼らの中に眠る作り手としての何かに火がついた。斬新すぎる発注は彼らの何かを、刺激したのだ。
そして形になっていく毎に、彼らはまるで雷に打たれたような感動に打ち震えることになる。素晴らしい、ああ、自分達はなんというものを作り出そうとしているのか。何故今まで思いつかなかったのだろうか。こんなものが作れたなんて…!
デザイナーはデザイナーとして生計をたてる、それなりの人気デザイナーである自負を砕かれた。自分にはこんな発想はなかった。自分はデザイナーであるのに!それなのにまだ未成年の、貴族の令嬢に何歩も先をいかれた。悔しさと素直な賞賛が、彼の心を駆け巡った。
お針子は、世界で初めての、そしておそらく今後世界中に流行するであろうこの伝説の一着の製作に関われたことに感動した。自分はこれを作るためにこそお針子になったのかもしれないと思うほどに、彼女達は感激し魂をこめて縫い上げた。
やがてそれは、
予定より早くに完成することとなった。
「できた…!」
「素晴らしい…!!」
「これこそ神の美の体現ですね…っ」
この世界には一部の、神に愛されし美貌と呼ばれるほどに美しい人間が存在する。そのほとんどは高位貴族の人間達だが、たまに遭遇する彼らは遠目に見ても目立つほど、それは美しい、美しすぎる美貌を持っている。自分達がどんなに憧れ、その姿に近づこうとしても、彼らの美には遠く及ばない。
しかし彼らは美の演出を手伝うことを生業としたデザイナーとお針子達だ。少しでも美しく、その人間の魅力を惹きたてることのできるドレスをデザイン・製作することが、彼らの仕事であり誇りだ。その誇りにかけて、神に愛されし美貌に遠く及ばずとも少しでも近づけるものを、彼らは目指してきた。
その、理想の体現が今ここに……!!
ついに見つけたのだ。
彼らが長年憧れ、追い続けてきた理想が…!
彼らはそれに、希望の光を見た。
「これは……評判になるぞ。」
「はい…!きっと流行します…っっ」
同じように貴族にも庶民にも、神の美貌に憧れる人間は多い。ドレスやメイクでの努力では超えられない溝を、これならやすやすと越えることができる。
「この依頼主の令嬢は一体何者なんだ……」
「こんなものを考えつくなんて…」
「卒業したらデザイナーとしてうちに就職してもらえないでしょうか?」
「ああ、あの令嬢ならば他にも斬新なデザインを考えつくかもしれない!」
彼らは完成したそれを丁寧に梱包し、ある要望をまとめ、
貴族院の依頼主の元を訪れる。
渾身の、自信を持って引き渡すことのできる、珠玉の一着だ。
「え?お代はいらないってどうしてですか?」
貴族院の寮の一室、依頼主の令嬢は彼らの申し出に困惑して首をかしげた。
見たところ出来栄えに問題はなく、見事な仕上がりだった。しかも、約束の期限よりも早い。よくあの図案で、初めて作るものなのにここまで仕上げてくれたものだと、感心するほどだ。
けれどそれを届けてくれた仕立て屋の店主は、お代は不要だと言う。
「はい。いりません。その代わり…お願いがあるのです。」
「お願い?」
店主は頭を下げ、全員の総意を代表して伝える。
「その代わり、このドレスを製作販売することを許していただけませんでしょうか。あの図案を、わたくし共の店に預けていただき、これから製作販売していくことをお許しいただきたいのです。もちろん、売り上げはルドフォン令嬢に還元させていただきます。利権の一部だけ、わたくし共にいただければ。」
令嬢の頬がひくついたが、その理由を理解できるものはいなかった。
店主は怒りのためと誤解し、懇々とあれの魅力と可能性について情熱をもって説き続けた。
「もういいです……好きにしてください…」
ぐったりしたユーリアが、とうとう諦め承諾したことによって仕立て屋一同の願いは叶い、
彼らの新しい挑戦がここにまた始まったのであった。
「全身となると高額で庶民には手が届きません」
「うむ…コストカットが課題だな」
「貴族向けにはこのままでいいでしょう。男性用も作りましょう!」
「ああ、年齢や性別、顔立ちにいたるまで幅を広げていこう」
「好みの顔立ちを聞いて作るのと、完成形から選んでもらうのとで値段の設定はどうしますか?」
「思いついた!!顔だ!顔だけだ!」
「どういうことです?」
「庶民向けだよ!高額で手が出ない庶民用に、顔だけのものを作るんだ!そうすればより多くの人達にこれを着てもらうことができる!」
「!!いい案です!それでいきましょう!」
彼らの熱意と努力によって
それは瞬く間に拡散され一世を風靡することになる。
皇都の流行は着ぐるみになったのだ。
「ユーリア…」
「ごめん……」
それは“着ぐるみ”という商標名で登録され、後に伝説となる第一号は発案者に敬意を表して“ユーリアモデル”と呼ばれ
長く親しまれることになる始まりであった。
「あっちを見ても着ぐるみこっちを見ても着ぐるみ…着ぐるみ地獄……」
「しかも顔だけ着ぐるみとか…どうしようせっかく克服したのにまた怖くなってきた…!」
「着ぐるみなくすどころか増やしてどうするのよ!!!」
「だからごめんって…っ!」
いつか着ぐるみーズから着ぐるみの呪いがとける日が訪れても
この世界から着ぐるみがなくなる日はないのであった―――――。
「いやぁぁぁあぁあああああマーシャル様とショーン様まで着ぐるみに!!!」
「よくあれの姿が誰とかわかるわねアンタ?!」




